率直な本音の議論で相互信頼の醸成を / 小林陽太郎氏の発言

2015年9月08日

第6回 北京-東京フォーラム 8月31日 全体会議 基調報告

小林陽太郎(富士ゼロックス株式会社 元取締役会長)
1956年慶應義塾大学経済学部卒業。ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了後、富士写真フイルム入社。63年富士ゼロックスに転じ代表取締役社長、代表取締役会長を経て2006年4月より相談役最高顧問。09年退任。社団法人経済同友会前代表幹事。

※役職・肩書は2010年の発言当時のものです

 おはようございます。残念ながら私は昨日までこの第6回「東京-北京フォーラム」に参加できませんでした。皆様より、第1回から第5回までを上回る大変率直な、そして充実した内容のご講演、討議、対話、分科会がそれぞれの分野で行われたと伺い、これより嬉しいものはありません。

 言い訳になりますが、昨日までこちらに参加できませんでしたのは、私が20年ほど、毎年主催している会合がありまして、それにどうしても欠席することができなかったからです。


広がる「トランスサイエンス」の分野

 実は今年、そこでのテーマは「不確実性」でした。哲学者、物理学者、科学思想家、経営者などが2日半議論をしておりました。私も科学思想、哲学を深く勉強しているわけではありませんが、この不確実性という問題は、確かに世の中に確実なものはあるかと問えば全て不確実なものになりますが、アジアの将来の問題、或いはアジアを含む世界の将来、或いは正に中国、日本のお互いの関係、それだけでなく日本、中国そのものについての現在、将来、いろいろな不確実性がいっぱいであることは、我々も充分に承知しております。その哲学者、物理学者、科学思想家などがこの不確実性について、どんな考え方をしているのか。集まった方が万能だというわけではありませんが、非常に興味を持ったのは、そこで「トランスサイエンス」と言う言葉が出てきたことです。

 具体的に申し上げますと、大した事はありませんが、全てを科学で解決できるか。例えば、この不確実性の問題についても、科学が進歩することによって、不確実性が全く存在しない世の中が実現するのだろうか。もちろん、そのようなことはないわけです。その理由の一つは、「トランスサイエンス」というのは、科学と、例えば政治が重なる部分がどんどん増えてきている。科学は、事実によって十分に証明された推量によって、いろいろな答えを出すことができますが、極めて情緒的で、極めて人間的で、合理的な判断が入ることを許さない要素を持っている政治の分野。実はいまのように、情緒的で非合理的というのは政治に限りません。経済の分野もかなりそのような要素を持っております。しかし正に、そのような分野がどんどん増えてくる。そうすると、科学でさえも頼れないということになると、これから増えるであろう不確実性に対して、我々はどのような態度で臨めばよいのだろうか。


広く深い教養、謙虚さ等を兼備する人材を増やすことで不確実性に対処を

 この度の結論、議論の中で出てきたことの一つは、やはり、それは広い深い教養と、歴史の正しい認識と、謙虚さとを併せ持った人間を1人でも多く政治の分野に、経済の分野に、外交の分野に、あるいはアカデミアに、そして草の根にも増やすことによって、人間同士の相互信頼、謙虚さとか、教養とか、それらを併せ持った人たち、尚且つそのような人たちが、謙虚に、これから増えるであろう不確実性に対処して、問題解決に努める。100点の答が出なければ、さらに次の進歩に向かって努力を続ける。それしかないのではないか。

 なんだ、そんなことか。大哲学者が、大物理学者がそのぐらいの答えしか出ないのかとおっしゃるかもしれませんが、しかし、世の中の実態とはそういうものだと思いますし、中国も、我が国日本も、あるいは世界のほかの国々でも、先人はそういう努力の積み重ねで今日を形成されてきたのだと思います。しかしなおかつ、過去を上回るような複雑な、あるいは大きな不確実性が我々の目の前に広がっている。であるからこそ、この「東京-北京フォーラム」、ここで実現している参加メンバー間の相互の信頼醸成、また、このフォーラムの皆さんの討論や対話や結果に寄せる中日両国、また、アジアのほかの国々の皆さんの期待というのは、まさにこの信頼醸成が着実にこのフォーラムで行われつつある。そのベースにあるのは、非常に率直な、飾らない、胸の内をぶつけ合った議論がそこにあるのだという認識が着実に広まりつつあるのだからだと思います。

 私のことは先ほどご紹介いただいたように、このフォーラムをスタートすることについて、多くの方々と共に同意してまいりましただけに、第1回から今回の第6回までの着実なこのフォーラムの内容の充実については、こんなに嬉しいことはありません。いや、不確実と言ったって、アジアの将来に日中の協力が不可欠だということぐらい確実なことはないじゃないかと言われれば、私もそう思いますが、事はそれで終わりじゃない。日中の協力は不可欠です。しかし、それをいかにして実現していくか、そしてそれをアジアのほかの国々、欧米のほかの国々の皆さんの信頼に結び付けるには何が必要なのか。正にそれが、今回のメディアを含めた分科会で、皆さんが議論しておられる、成果がつながっていく、非常に大切なことだと思います。


日中間の脆弱性を小さくするために着実に歩を進める

 ぜひ、このフォーラムが、我々のいままでの成果に甘えずに――もちろんいままで、多くのことが成し遂げられましたが、また、戦略的互恵関係の中身についても着々と進化は見られるけれども――、まだ、少なからず脆弱性が見受けられるという先ほどの宮本前大使からのご指摘もありました。そういったことでも、このフォーラムがお互いに謙虚さと、少しずつ大きくなる相互信頼を基礎にして、着実に歩を前に進めることによって、完全になくなることはないが、少しでも脆弱性を小さくする、あるいは、正にアジアに対する日中の貢献を、我々の喜びだけではなく、アジアの皆さんの喜びとしても現実のものにする、そういう日々がこれから続いていくように、このフォーラムのこれからの運営などについて、さらに皆様のご助言とご協力を心からお願いを申し上げまして、挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。