アジア・リバランスについて、アメリカ国民の間の意見は拮している
まず、司会の工藤は、ピューリサーチが行った調査結果について、中国の台頭により、北東アジアの地政学的なパワーバランスが大きく変化している中で、米国はアジア太平洋に軸足を移したが、日本を含めて多くのアジア各国で、米国のアジア・リバランスを歓迎する見方が多いものの、当のアメリカ国民の中ではリバランスに対する意見が分かれ、拮抗していることに触れ、その背景がどこにあるのか、疑問を投げかけました。
これに対してストークス氏は、こういった回答をするためにはある程度の知識が必要であり、多くの国民はそれを持っていないとして、「なぜ世論がそういった回答をするのかはわからない」としつつ、「アメリカ国民が全体として分断されているのは、民主党支持者は国際的な軍事費に予算を使うよりも、国内の福祉政策に予算を割くことを望んでおり、アジア・リバランスにお金を使っている場合ではない」と考えていることが背景にあるのではないか、と語りました。
フクシマ氏は、「アジア・リバランスはこれまで軍事的な動きを指すものだったが、TPPに象徴されるように、最近ではその定義が経済など他分野にも広がっている」と説明。その背景として、アジア地域の市場としての魅力のほか、アメリカでのアジア系人口の高い増加率にも言及しました。
こうした意見を受けて工藤は、「アジアのリバランスは中国との対立だけを指すのではなく、『この地域をどのように作っていくのか』ということに対してアメリカが参加する、という大きなビジョンの話」という点について理解を示しつつ、「アメリカの国民の中では、米国のアジア・リバランスの結果、中国との紛争・対立に神経質になっている人たちもある程度存在しているのか」と問いかけました。
ストークス氏は、オバマ大統領が「アメリカの世界観の中でアジアを中心に位置づけた初めての大統領だ」と紹介した上で、アジアに対する米国の経済的・軍事的な注力は今後も続いていく、との見方を示しつつも、経済的よりも軍事的な側面で中国に対する一定の脅威感が米国世論の中にも存在していることを指摘しました。
日米関係の強化は日本の経済成長が鍵
藤崎氏は、米中関係について、「中国の軍事的な拡張や海洋ルールの無視は脅威であり、米国は中国の人権問題を懸念しているが、中国の経済成長によって米国にとってのチャンスも広がっている。また、国連での合意形成にも中国は不可欠だ」と、中国の台頭は米国にとってプラスとマイナス両方の側面があると、語りました。これに対して、ストークス氏は日米関係の将来について、「日米二国間の関係をさらに促進していくためには、日本の経済を改善することが唯一必要なことではないか」と、日米関係の強化には、安定的な政権運営に基づいた日本の経済成長が鍵を握っているという見解を述べました。また、調査結果で、アメリカ人は『中国は好きでない』『中国は怖い』と回答している一方、米中の経済関係を重視する見方が多いことにも言及し、アメリカ人は、「ものすごく現実的で実際的だ」と指摘しました。
紛争の状況によって異なる、アジアでの軍事介入への米国民の賛否
次に、工藤は、アメリカにおける世論と政策形成の関係について、「世論調査では『平和・安全のために日本に何をやってほしいのか』との問いに、「日本の防衛的な動きは制限した方がよい」という声がアメリカの中に4割ほどあることを紹介し、「『中国の台頭の中で日米同盟が大事だ』という声は日米両国に大きくなっているものの、アジアにおける日米同盟の役割をどうしていくのか、アメリカの国民レベルで見えていないのではないか」と疑問を呈し、さらに、「アジアの同盟国に軍事紛争が起こった場合、アメリカはどう対処するか」との問いには、「軍事力を利用すべきだ」という回答が半数を超えている、ことにアメリカの国民の意識は本当にそれを支持しているのか、と問題を提起しました。
ストークス氏は、実際に紛争が起きた場合の介入を肯定する見方は共和・民主両党に存在するが、例えば「明日、紛争が起きれば介入すべきか」といった具体的な場面を想定した設問では、米国世論の見解は分かれるのではないか、との見方を示しました。さらに、「同盟国との争いに引きずり込まれたくない」という感情はアメリカの世論にも存在すると述べた上で、「どちらが先に挑発したか」といった状況やそれに対するイメージによって世論の見方は変わるのではないか、と指摘しました。フクシマ氏は、「政府やメディアが紛争の状況をどう発信するかによって、世論や、それによって形作られる議会の態度が規定される」と述べました。
中国が経済面で躍進を遂げる中、多国間の公正な経済運営ルール作りが必要
続いて工藤は経済問題について、「世論調査では、アメリカにおいて日本よりも、中国との経済関係を相対的に重視する声が多いが、これをどう読み解けばよいのか」と問いかけました。フクシマ氏は、「中国経済には一時的な問題が生じているとしても、日本の人口減少などを考慮すれば、少なくとも今後20~30年間、米国にとって経済的なメリットが多い相手は日本よりも中国だ」と、構造的な背景に触れて説明しました。
また、アメリカの世論の間で中国との貿易に対する不公平感が強まっている点について、ストークス氏は、「特に共和党支持者の間では貿易赤字問題への脅威感が強いが、アメリカ国民の貿易問題に対する関心度は相対的に低い」と述べ、米中関係全体に与える悪影響は少ないとの見方を示しました。これに対し、藤崎氏は、オバマ大統領が選挙の際、NAFTA(北米自由貿易協定)による負の影響を強調したことを挙げ、「米国で投票の重要な判断基準となるのは失業率である。その意味で、政治家が雇用問題と貿易問題を結び付け『自由貿易が我々の雇用をこんなにも奪っている』という議論を行っているのは事実だ」と述べました。また、中国が新たな国際経済秩序を提案し始めている中、RCEPや日中韓投資協定のような、多国間の公平な議論に基づいたルール作りが重要になっていると指摘しました。
この後、議論は、会場の参加者の質問に対するパネリストからの回答に移りました。「世界的な課題に関して、アメリカの有識者が『日本にこういう貢献をしてほしい』と議論することはあるか」という質問に対して、フクシマ氏は、安保問題の専門家の間では、日本のより積極的な貢献に期待する声が強いと説明する一方、「アメリカが日本に何を期待しているか、と考える時代は終わった。それよりも日本自身で国際貢献のあり方を考え、アメリカに説明すればいい」と述べました。
世論と連動した課題解決へのチャレンジが始まる
工藤は、今回の世論調査結果からはアメリカ国民の認識がいろいろなところで二つに分かれている点を指摘した上で、「通常、世論の声を基盤にした政策体系ができるが、これまでの議論ではそうなっておらず、あくまで「世論は世論」というかたちになっている。調査の対象になっている世論と、政策形成とは、米国においてどのような関係を持つのか。そして、実際にピューリサーチは、世論調査と政策形成に対して何かの役割を果たす意欲を持っているのか」との質問を投げかけました。これに対してストークス氏は、「世論調査は政策決定に大きく影響する。ベトナム戦争やイラク戦争などを経て、世論を否定すればかなりの代償を払わなければいけないことをアメリカ政府も認識した」と説明。一方、「民主主義国家であるから世論の意見は重要だが、世論調査の結果に過剰に反応して、政策形成を行ってはいけない」とも指摘しました。
最後に工藤は、「世論が感情的になっていろいろな課題解決の障害になるのではなく、課題解決を世論がバックアップできるような環境をつくる。そこには『言論』の役割が問われている。アジアや世界の平和環境が大きく変化する中、課題解決に世論をどう位置づけるかいうチャレンジを行いたい」と、言論NPOが取り組んでいる「言論外交」の決意を示した上で、2時間半にわたる議論を締めくくりました。
言論NPOが取り組む、東アジアでの平和構築を目指した、「言論外交」の挑戦は、今後10月19日(月)の日米対話、20日(火)の日米中韓4ヵ国対話、24日(土)、25日(日)の「第11回 東京-北京フォーラム」に舞台を移します。この模様は、随時、言論NPOのホームページでお伝えしてきますので、ぜひご覧ください。