「被害の極小化」から「利益の極大化」へ/明石康(「東京-北京フォーラム」実行委員委員長、国際文化会館理事長)

2015年10月14日

151006 akashi 明石康
 国際文化会館理事長



課題山積の日中関係

 昨年から2度にわたって日中首脳会談が行われたことをきっかけに、両国の関係はやっと改善の兆しが見え始めてきた。さらに今年の8月14日には、注目の「安部談話」が発表されているが、当初懸念されたほどの悪い内容では決してなく、日本国内ではむしろ全体として肯定的に見ようではないかという意見が強い。中国の一部には批判的な意見もあるようだが、同時に日本と同様の評価を下す向きもあるという報道がされている。

 9月3日には、北京で抗日戦争勝利70周年の軍事パレードが行われた。最新兵器がお目見えしていたものの、中国の「強さ」を誇示するような性格のものではなかったようだし、パレード当日に発表された声明では、230万の兵力のうち30万を減少すると宣言している。人員削減は軍備の近代化路線に基づいたものだといえるが、ここ20数年続いてきた国防費の二ケタ成長を止めたことに、中国のある程度の抑制的な態度が感じられ、日本を含むアジア諸国その他からの懸念の目に配慮している点には注目すべきだろう。

 しかし、日中関係は「これでいい」と満足できる段階にはまだ達してはいない。双方ともども今まで以上の努力をし、関係改善に懸命に努めなければ、今後、空や海上で不測の事態が起きる懸念は払拭できない。軍事的な安定をめざして、互いの意図を間違って判断するようなことがないよう、危機回避の努力をするという基本姿勢では双方が一致していることから、不測の事態は、日本も中国も決して欲していないのは明らかである。軍事的安定メカニズムをできるだけ早く実施に移すことは今後の大きな課題だが、両国ともに、いわゆる「軍備競争」が持つジレンマが働くことは否定できず、自国を守るための軍備にすぎないものが、相手国から見ると威嚇的にみえてしまうという矛盾が常にちらついている。それを解消するために、日中両国はそれぞれ冷静な国益の判断をもって、虚像に怯え誤解が雪だるま式に大きくなっていくことが起きないように、冷静かつ現実的な関係への移行を一刻も早く実現すべきである。

 首脳レベルの会談は日中の間に昨年来確かに2度行われてはいるが、会談の時間がきわめて短かったことから、両国の最高指導者が、互いに胸襟を開いて親しく話し合うという段階には達していないと思われる。これに比べて米中間の話し合いは今後も積極的に行われるであろうが、日中対話のレベルは残念ながらその域にとても到達していないのが現状である。今後は是非、両国の多様な指導者がより自由な形でお互いの国を訪ね、国民との対話も持てるレベルにまで関係改善を実現していただきたい。以上のことから、今後やるべき課題は山積していると言って言い過ぎでは決してない。

「グレーゾーン」を重視する

 北京--東京フォーラムは、両国政府の関係が非常に困難な状況においても、あらゆる立場の人びとが参加して、政治外交・経済・文化・メディア・安全保障という分野に長けた「民間人」の対話が非常に率直な形でなされてきた。さらに近年は「北京コンセンサス」と「東京コンセンサス」という形をとって、どんなに意見の相違があろうとも、戦火を交えることは絶対してはいけないと共に力強く宣言してきた。また、コミュニケーションを常に絶やさず、各チャネルをより多角的に、より広範囲に拡げようという、真摯{しんし}な努力も行ってきた。これらの努力は、日中関係において大きな役割を果たしていると感じている。

 フォーラムを通じ、日本側参加者のわれわれは中国側参加者の発言から、一方的に政府を代弁するだけでは決してなく、日本に対する個々の注文や批判、または期待を知ることができた。また、日本を知ってもらうという意味では、日中間に長年横たわるA級戦犯を合祀する靖国神社参拝の問題などについてさまざまな意見を発信し、日本は総理大臣の言動が全てではなく、さまざまな考えを持った人間がいることを、中国側によく認識してもらったと思っている。このように相互理解を深めることにより、このフォーラムでは問題と誤解を生む種をまきつづけることなく、対策を見出し、且つともに受け入れることができる妥協案を探ろうという真摯な努力がなされてきた。白か黒かという両極端なものの見方ではなく、中間のグレーゾーンの意見を認め合い、また、グレーゾーンの考えを持った人びとが果たしている役割が決して小さくないことを、常に証明してきたと思っている。確かに両国関係はいまだ緊張しているには違いないが、その緊張を低くするための真摯な努力が可能であることを、両国民に向けて知らしめたと言えるだろう。

 また、同じアジア人であるという見地から、アジアにおける平和と安定を目指そうという不断の努力もあった。中国は国連安全保障理事会の常任理事国として行動し、常任理事国ではない日本も59年前に国連に加盟し、国連の理念や課題に取り組んできている。国際平和、開発、環境問題などありとあらゆる問題について、グローバルな視点での努力も行っていこうとしてきている。最近の例では、新しい感染症、海賊、テロリズムなどの問題などがテーマに挙げられ、共通の観点から手を携えて努力をしようという試みを次々と実現している。政治、経済、文化といった各方面において共通の視点を明確にし、それを広げていく作業を繰り返すことで、こうした発想を慣習化し、それがいい意味で両国民の慣行になりつつあると感じている。

対等な関係から「共通の夢」へ

 今年でこのフォーラムも11年目を迎えたが、過去10年間において果たしてきた役割はとても大きいと感じている。その一番の功績は、お互いが決して別世界に属するのではなく「同じ人間」だという認識ができたことだろう。{かみしも}裃を脱ぎ、平服を着た人間同士として、また、アジアにおける同僚として語り合う努力を10年続けることにより、それが何となく身についてきた、と言った感じだろうか。これが、日中関係悪化を戦争という最悪の事態に発展させない抑止力となっているとも思われる。

 今後の10年は、それをより大きな歩幅の一歩にする試みがなされるだろう。政治、経済、社会、文化などのあらゆる方面においてより大胆に変化に取り組むことで、中華民族の夢、日本民族の夢という枠を超えて、より長期的なタイムスパンで共通の夢を見ていこうという目標をもって、今後の10年を迎えたいと思っている。

 今年から、中国側のパートナーに国務院直属の外文局を迎えた。これにより日中双方が{あい}相{こう}好しうる、さらに信頼できる相手として、より複雑な難題に取り組む意気込みで進んでいける10年になることが予想される。過去の10年は、ある意味では「被害を極小化」する10年であったが、これからの10年は逆に「利益を極大化」する共通利益追求の10年にしたいと思っているし、また、それが実現できるのだと信じている。