宮本雄二(宮本アジア研究所代表、元駐中国特命全権大使)
山口廣秀(日興リサーチセンター株式会社理事長、前日本銀行副総裁)
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:私たちは、「第11回 東京-北京フォーラム」を10月24日(土)、25日(日)の2日間にわたって開催します。今日は、今回のフォーラムにご参加いただく宮本さん、山口さんに、今回のフォーラムへの意気込みを語っていただきます。
さて、私たちは2005年から2014年までの10年間、この対話を続けてきましたが、現在の日中関係を踏まえつつ、こうした対話を民間レベルで行うことの意味についてお話しいただければと思います。
10年間の継続開催で生まれた、両国の参加者間の信頼関係
宮本:2010年~13年、日中関係が緊張することで、日中間の対話のチャネルがしぼんでいきました。しかし、「東京-北京フォーラム」は途絶えることなく、日中関係が厳しければ厳しいほど議論するという姿勢を貫いてきました。それに応えてくれた中国の人たちがいてくれたこともありがたいことですが、我々は何とか10年間、対話を続けてこられました。
現時点においても、依然として日中間の対話のチャネルは足りません。とりわけ、政治、経済、外交、安全保障、地方交流、文化などあらゆる分野を包括的に、なおかつ国民に開かれ、議論の中身を国民に分かってもらえるような対話の場はほとんどありません「東京-北京フォーラム」は過去10年間それを担ってきました。そして今年、「次の10年」のスタートとして11回目の対話が行われるわけです。日中関係全体における対話の仕組みがどんどん弱くなる中で、「東京-北京フォーラム」はそれを超えて新たな分野を開拓していくという、非常に重要な意味を持っているのではないでしょうか。
山口:私自身もこのフォーラムにはこれまで何度か参加していますが、これまでの10回を振り返ってみて、日中間の大きな問題に対して明確な答えを出せたかといえば、必ずしもそうではありません。にもかかわらず、一貫してフォーラムを続けてきました。その結果、フォーラムに関係する人たちを中心とした両国の参加者の絆、信頼がしっかり維持されてきたし、むしろ強まってきたと思っています。
今後10年を考えたとき、こうした信頼関係、強い絆を基盤にしながら、これからも続くだろう日中間の難しい問題の解決に少しでも貢献していく、あるいは具体的な解決策が出てくれば、それを両国政府に向けて積極的に発信していく。こういう構えが大事になるのではないかと思っています。
工藤:「第11回 東京-北京フォーラム」は、今まさに準備が大詰めを迎えています。今回の議論の中で、特に大きな2つの問題が非常に注目されることになると思います。それは「安全保障」と「経済」の問題です。
今回、宮本さんには安全保障分科会の、山口さんには経済分科会の日本側司会をお願いしています。
安全保障に関しては、私たちは一昨年のフォーラムで、日中両国の間で「不戦の誓い」に合意し、両国の間で戦争ができないような環境をつくっていくという決意を表明しました。その合意を北東アジアにも広げ、未来に向けて展開できるような議論を開始したいと思っています。
一方、経済については、中国経済の構造改革の行方が、中国経済の減速もあって世界的なリスクになっています。中国はこのフォーラムの直前に、次期5カ年計画を中央委員会で決定します。その中で行われる対話ということで、経済分科会も非常に注目されると思います。
お二人はそれぞれの問題をどのように考え、マネジメントしていこうとお考えなのでしょうか。
日中間における数少ない安保対話の場で、「いかに平和をつくるか」を議論する
宮本:「日中関係がまったく新しい段階に入ったな」と実感させられるのは、日中関係の大きな柱の1つに安全保障が入ってきたということです。これまで、日中間での安全保障の議論は、アメリカと中国との関係、とりわけ台湾問題との絡みで日米安保条約がどのように働くのかというテーマが中心であり、いわば日本は脇役でした。しかし現在では、日本と中国が安全保障問題で正面からがっちり取り組まないと、日本と中国の関係全体がうまくいかない状況になりました。
なおかつ、安全保障というのは、基本的には相手に対する猜疑心、「こちらが隙を見せれば、相手は必ず悪いことをしてくる」という性悪説に立った世界です。だから、自国を守るために準備すれば、相手国は「自国に対する脅威が増大した。自分たちも準備しなければいけない」ということで、いわゆる「安全保障のジレンマ」に入ってしまう、極めて扱いにくい問題を抱え込んでしまっています。
ところが、アメリカと中国との関係に比べても、日本と中国が安全保障問題について対話する場は圧倒的に少ないのが現実です。そのような中で、「東京-北京フォーラム」は、それをカバーするという重要な役割を担っていると思います。我々の安全保障分科会の最大の強みは、顔ぶれが固定されてきたことで、前口上を置かずにすぐ本題に入り、一定の信頼感をもって議論できる環境が出来上がったことです。
工藤さんが頑張って、2年前に「不戦の誓い」を立てました。「不戦」とは、消極的に
「戦いません」ということではなく、いかにして平和をつくるか、ということです。そのために何をすべきかについて、もう一度日中で徹底的に議論してみるのがよいのではないでしょうか。
中国経済の不安定化克服に向け、「アジアの隣国」ならではのアドバイスを
山口:今回の日中共同世論調査の結果、「東アジアが目指すべき価値観」として、日中両国民が「平和」と「協力発展」の2つを掲げています。もちろん「平和」も大事なのですが、経済分科会のテーマに関して言えば、「協力発展」をどう実現していくか、ということが国民の意識としても重要な課題になってくると思います。ですから、「協力発展」をきちんと頭に置いて議論していかなければいけない、ということははっきりしていると思います。
その上で、世界の金融市場は、今、非常に不安定化しています。きっかけはギリシャ問題などいろいろありますが、直近でいえば、やはり中国の株価の下落、それにとどまらない中国経済自体の不安定化が背景にあります。日中の対話の中で、まず、これをどうとらえるべきか。克服していくにはどのような対応がありうるのか。これらの点をきちんと議論する必要があります。
これは、別に日本が教師として高みに立って語るという意味ではありません。振り返ってみると、日本自身も1980年代後半のバブルの膨張、90年代のバブル崩壊を経験する過程で、実は中国と同じような苦しみを相当味わってきました。それを克服していく過程はそう簡単ではなく、さまざまな試行錯誤が行われてきました。その過程でアメリカからもさまざまなアドバイスが行われましたし、ヨーロッパからもいろいろな意見が示されてきました。しかし、「アジアの日本」にとって「本当にそうだな」と思えるような、心にしっかりと刺さるようなアドバイスがあったかというと、あまりなかったのが現実です。
今の中国が置かれている状況を考えると、中国も実は、相当しっかりしたアドバイスを求めているのだと思います。そのときに、同じアジア人、一衣帯水の隣国同士として、今までの日本に対する欧米のアドバイスとは違った、日本的な、そして中国の隣国として、彼らの心にきちんと訴えるアドバイスができるかどうかだと思います。できないというわけにはいかないので、フォーラムの議論の中でもアドバイスできるようにしていかなければならない。ただ、おそらくフォーラムでは完結しないと思いますが、フォーラムでの対話を1つの大きなきっかけにして、それをさらに発展させていく動きにつなげていければいいと思います。
工藤:最後に、今の日中関係がどういう状況にあるのか、ということに関してお聞きします。私たちが実施した今回の共同世論調査の分析を見ても、相手国への印象は若干改善しています。一方、この1年間、歴史認識問題、安倍談話、安保法制など、日中関係を刺激するようないろいろな動きがありました。また、その中で首脳会談が行われています。日中関係は今どういう局面にあり、その中で今回の「東京-北京フォーラム」はどのような役割を果たすべきなのでしょうか。
相手国への正しい認識について、公開対話で国民の理解を促す
宮本:今は、「相手国がこういう対応をしてくれた。だから日中関係が改善したのだ」とお互いに思えるものがありません。確かに首脳会談が行われ、それ自体は良いことなのですが、だからと言って、日中関係が改善しているという確証が持てない状況になっていると思います。しかし、その前提となる相手国への見方は、必ずしも正確ではない可能性があります。中国では日本に対して、軍事力を重視した新たな国づくりに向かっているという印象が強いのですが、大部分の日本人はそれにピンと来ません。我々日本人も、中国は力によって新たに権益を拡大しようとしている、と感じる傾向がありますが、これも中国人にはピンと来ないのです。中国は、昔の勢力を取り返そうとしているのであり、それを超えて外に進出している認識はありません。
いずれにしても、お互いの認識が現実と異なるということで日中関係が悪くなっているという側面がありますから、そのことについて最低限、我々は議論の中で意識しなければなりません。なぜなら、我々の議論は国民に開かれているからです。我々が議論していくことによって、国民にいろいろなことを理解してもらえます。なおかつ、できれば、どういう措置をすればその次の段階に進めるのか、ということについても、参加者の方々に自分の意見を出していただき、その結果、政府に何か提言することが見つかれば素晴らしいと思います。
工藤:確かに、今の日中関係は、危機的な局面に陥っていくというよりも改善に向けた兆候があるものの、確実に改善が始まったとも言い切れないという、非常にあいまいな印象があります。その中で今回の対話が行われ、課題として非常に重要なことを議論しなければいけないわけです。私たちの対話が、今の日中関係の状況に対して果たす役割を、山口さんはどうお考えでしょうか。
山口:宮本さんがおっしゃったことに、ほぼ尽きると思います。経済の問題について見ても、「日中の経済関係が良好だ」とは必ずしも言えない状況にあります。一方で、中国の抱える課題は大きく、日本も、これからアベノミクスの第2弾、新しい「三本の矢」が放たれ、そのもとでどのように構造を変えていくのかが問われています。日本も、中国経済だけを見て考えていればいいのではなく、自国を見ながら、どのような発展形があるのかを考えていかなければいけません。お互いに難しい局面にあるわけですが、こういうときに、お互いが溝を超えて、両国にとっての積極的なプラスになるような意見交換ができるかどうかがポイントですし、今回の対話では、必ず実現しなければいけないと思います。
日中の協力発展に向け、両国と地域の「未来」を議論する舞台に
工藤:我々は、安全保障や経済、そして、自国の将来において自国が進めているビジョンや考え方を、相手国が理解できるようにきちんと説明しなければいけないだろうと思います。そうした議論から、お互いが協力発展できる領域を見つけ出し、それに向けて動くきっかけをつくれるか。そういう意味で、私はこの対話を、お互いの国、またこの地域の「未来」を考える舞台にしていきたいと思います。そして、政治分野においては、北東アジアの平和な環境を実現する「言論外交」の舞台にしていきたいと考えています。世論を重要視し、世論を大きく動かしながら、この対話をもっと強いものにしていきたいと思っているところです。
私たちは、10月24、25日の両日、約40人の日本側パネリストともに北京に乗り込みます。そして、日中合わせて約100人の有識者が参加し、公開型の議論を行い、課題解決を競うような議論をしていきたいと思っています。今回の議論の内容は、ウェブサイトで随時公開していきますので、ぜひご覧いただければと思います。
ということで、宮本さん、山口さん、今日はありがとうございました。そして、北京でもよろしくお願いします。