工藤:先ほど、今回の調査から読み取れる基本的な傾向について議論してきました。その中で浮かび上がったのは、今回の調査結果から読み取れる基本的な基調は「改善」なのですが、安倍談話やメディアの報道もあり、日本のことを「軍国主義」だと考える中国人が10ポイントも増える結果となりました。こうした結果に、私たちもショックを受けているのですが、その中で安倍談話の評価についても聞いています。日本では多様な評価になっており、ある意味で、様々な人たちに配慮した内容になったからこそ、評価についてのバランスが取れているということは読み取れます。一方、中国では安倍談話に関する評価は低くなっています。そして、先ほど、高原先生もおっしゃったように、侵略戦争に対する認識が足りないのではないかと。そうした思いが、中国国民の中に残っているということだと思うのですが、これからどうしていけばいいのでしょうか。
硬軟使い分けた、中国の安倍談話に関する評価
高原:中国としては、いろいろな理由で対日関係を改善したいと思っている。それは習近平さんも同じで、それが基本にはあると思います。同時に、今年は戦後70年という節目の年でもあり、軍事パレードもやったわけですが、ナショナリズムを利用して国内の統一を図り、まとめていきたいという気持ちも相変わらず強い、という二面性がこうした結果に表れているのではないかと思います。
安倍談話について言えば、外交部としては正面から批判はしませんが、宣伝部門、つまりメディアは非常に厳しく批判するという使い分けをしているというのも、先程行った二面性と関係していると思います。
坂東:最近、中国の環球時報が、楊潔篪国務委員が日本を訪れた時に社論を載せて、日本と戦うことは中国の戦略的利益にならないということを書いていました。それをよく読むと、やはり日本と仲良くすることに対する国内の反対意見も意識して、楊潔篪さんが日本に行っていることも決して悪いわけではなく、この後、日中間の首脳会談をやる、更にはAPECでも首脳会談をやる、そういうことに対する地ならしの意味もあって、メディアが、習近平がやっていることをエンドースしなければならない、という状況は、中国の政治状況として現実的にあると思います。ただ、トップの意志ですから、そのあたりをどこまで抑えていけるかだと思います。
私は、中国にはまだまだ被害者意識が根強くあって、大国としての自信というのは折に触れて見えるようになってきましたが、ベースにあるのはまだまだ我々は痛めつけられてやられてきた、という意識です。しかし日本は、中国は立派な大国であって、その大国が日本に無理難題を吹っ掛けてくるように見えているわけです。そうした国民意識の差というのが非常にわかると思います。
大きな事件がなかったからこそ浮かび上がる、中国人の対日認識の構造
工藤:歴史問題について、10年間の世論調査を見ていると、傾向がよくわかります。日中間の政府間関係が改善すると、それに伴った歴史問題も徐々に解決するという比率が増えます。今回も日本側はそうした傾向があって、日中関係が改善するにつれて、歴史問題も徐々に解決するという回答が増加しています。一方、中国は逆で、政府間関係は改善し始めているのですが、改善使用が何しようが、歴史問題の解決は難しいという回答が増えています。この点について、どのように見ていけばいいのでしょうか。
加茂:今回の調査のタイミングも絡めて考えると、昨年末から今年の前半にかけては、政治的に、政策的に日中関係改善に向けて世論を誘導したわけです。それが、一区切りついて、何の政治的な影響力もないような状況の中で、中国人が日本に対してどのような問題意識を感じているのか、どのような点について日本に不安を感じているのか、という中国人の対日認識の構造が浮かび上がってくるようなタイミングの調査だったのかな、という印象を持っています。
中国人にとって脅威のある国として、
「米国」を抜いて「日本」が最多となった背景にあることとは
工藤:日本では安倍談話と並んで、集団的自衛権の見直し、安保法制の成立など、安全保障上の考え方が大きく変わる年となりました。安全保障に対する日中両国民の認識を見ると、尖閣問題が大きくクローズアップされている時は、中国人の中で軍事紛争が起きるのではないか、という声がかなり多くありましたが、今回は少し落ち着いています。しかし、お互いの国に対して軍事的な脅威があるかと尋ねると、「ある」と回答した国民は両国共に6割を超えています。その人たちに、どの国に脅威を感じているか、と尋ねたところ、日本は、北朝鮮と中国との回答が多数を占めました。この傾向は、毎年変わりません。一方で、中国人では「日本」との回答が「米国」を上回り、今回、初めて最多となりました。
高原:1つの要因としては、アメリカについて考えた方がいいかもしれません。習近平さんが9月下旬に訪米しました。学者もメディアも、この訪米をどうやって盛り上げて成功させるか、ということでやってきました。ですから、この調査が行われた夏の時期には、アメリカに対して対抗が目立つような意見が突出していなかった。それに対して、日本の場合は、9月3日の抗日戦争・反ファシズム戦争勝利式典に向けて、様々な報道があった。そうした表れだと言えるかもしれません。
坂東:先ほど言ったように、中国の被害者意識ということが、まだまだ根強いな、ということがあります。中国からしてみれば、日本は脅威だけではなくて、日本から侵略を受けたという歴史もありますから、日本人が思う以上に、中国人は日本に対して脅威感を元々持っている国だと思います。その部分が払拭されないままに、安保法制をやった。安保法制が通った前後も、中国メディアは比較的落ち着いていましたが、日本がいわゆる普通の国、正常な国になり、軍事力を強化し、今までとは違う歩みをしていくであろう、という分析がたくさんメディアでもなされます。日本の行く末について、やや警戒を強めたとしても不思議ではないと思います。
加茂:日本とアメリカに対する脅威認識が高いというのは、中国の人たちが考える国際情勢に対する認識について、「包囲されている」という認識があることが影響していると思います。そして、「日本」が高いというのは、物理的な距離の近さと、過去の実績というか、日本から侵略を受けたという過去の経験というものが強く印象に残っている。加えて、安保法制など、日本の直近の動きに対して、中国側の反応が数字上、表れたのではないかと思います。
工藤:私は、認識ギャップというか、議論不足というものが大きく影響しているのではないかと思っています。つまり、地政学的に中国がかなり大きくなって、日本が集団的自衛権も含めて、アメリカと共同して地域環境に対応する展開を考えてきている。それに対して、きちんとした議論がないという状況になると、「日本がアメリカと組んで中国を敵とみなして、体制を整えてきている」と中国国民が思っても仕方がないわけですよね。そうすると、尖閣は少し落ち着いてきているけれども、中国の中でもっと激しい世論が出てくる可能性もあるような気がするのですが、そこまでは思っていないわけですか。
高原:1つは、日本の安保法制というのは非常に複雑な問題で、よくわからないというのがあると思います。もう1つは、中国の人たちにとって今一番重要なことは経済の減速であって、そちらの方に気持ちが向いているではないか、という感じがします。
工藤:中国のメディアが安保法制について、激しい意見を主張したりはしていませんでしたか。
坂東:私は、それほどでもなかったと思います。安保法制について、日本でも様々な議論がありますから、そういったものの紹介という中でやっていたと思います。それはコントロールの範囲内ですから、今の日中関係の改善ムード自体に水を差すようなことがないようには配慮しているのだと思います。
ただ、先ほど、高原さんがおっしゃったように、習近平さんが対日改善に意欲を燃やしている理由の1つは、経済です。ですから、8月の中国発の株安を経て、日本との改善の歩みを止めるわけにはいかないのだ、という思いは高まっているのではないでしょうか。
加茂:この軍事的脅威という指標だけではなくて、別の指標も併せてみると、中国社会の日本に対する認識という多面性が見えてきます。今、高原先生がおっしゃったように、経済的な分野に対する日本への期待や重要性が浮かび上がってきていると思います。
そうしたことを多面的に観察していくと、より中国社会の対日認識がより立体的に浮かび上がってくる気がしています。
中国政府高官が経済交流が滞る理由として挙げたのは「政治的な要因」
工藤:確かに、この世論調査でもそうしたことを意識した設問があります。日中関係は今、貿易や投資が減少しています。こうした状況の中で、両国の国民が、この状況はまだ改善せずに、減少していくのではないか、という見方があります。これをどう乗り越えるか、といった時に、日本人では「政府間関係の改善」との回答が62.9%となり、中国人の50.3%が同様に回答しています。つまり、経済関係を改善するためには、政府間関係の改善が重要であると国民は考えているわけです。それに続くのが、「民間企業による地道な経済活動の強化」との回答です。つまり、経済問題でも、やはり政府間関係の改善が大きなテーマになってきているということです。
一方で、日中間の経済環境がWin-Winの関係で共存発展するという点に関して、日本は元々Win-Winになるという回答は少ないのですが、今回の調査では少し増えた半面、中国国内ではWin-Winは難しいのではないかとの声が増えています。
高原:みんな悩んでいる、確信を持てないけれど、うまくいったらいいなとか、経済は大事で、もっと交流をする必要があると考えている。しかし、そのためには、政府の関係がよくなって、雰囲気が改善されないと経済交流も滞ってしまうのではないか、また、滞ってしまっているのは政府間の政治的な影響が影を落としているからだ、という理解ではないでしょうか。だからこそ、先ほど坂東さんがおっしゃったように、経済交流をもう一度盛り返そうというのが、昨年から中国政府が対日政策を変えてきた1つの大きな理由だと思います。それは昨年の9月に、日中経済協会の大きな代表団が中国を訪れた時に、中国の商務部長さんがはっきり言ってくれました。彼が言ったことは、「政治的な問題が経済交流に悪影響を及ぼしている姿は、我々は見たくない姿だ」とはっきり言っていました。そもそも経済交流が滞る理由は、中国の賃金が上がっているなど様々なことが挙げられますが、政治的な要因がある、ということを中国の指導部が認識しているということが、その発言を通じて、はっきりとわかりました。
工藤:現在の日中関係、今回の調査でも分かる通り、材料は盛りだくさんなのですが、その中でも経済という問題の比重の大きさが見えてきた、ということですね。
日中間の関係改善は、中国が期待する経済関係の強化のための1つの取り組み
坂東:ミクロの経済の話なので、直接、どこまで世論に影響が出ているかわかりませんが、中国も産業構造の高度化が次の目標なってきます。そうすると、かつて日本との関係は垂直関係にありましたが、競合してくる場面もでてくるわけです。日本では中国人の爆買いが大きく取り上げられていますが、中国国内では爆買い報道が、「なぜ、わざわざ日本に行ってまで買うのか」となり、メイド・イン・チャイナの質がまだまだ日本に及ばない、という質論争という形でメディアに報道されるわけです。そうすると、これから中国製品というのは、日本との競合関係で買っていかないと将来はないぞという点が、中国人がなかなかWin-Winと答えられない理由なのかな、という気がしています。
工藤:私、軍事パレードの日を避けるように中国から帰ってきたのですが、北京の空港が旅行客で溢れていました。
加茂:日中の経済関係が、両国でWin-Winになるべきかとの問いには、中国人の方がWin-Winになるという回答が極めて高いわけです。日本に対する軍事的な脅威認識が高くても、Win-Winになれるという点が面白いところです。また、経済関係を改善していくために必要なことは「政府間関係の改善」をしなければいけない、と回答しているわけで、こうした3つの結果を繋げると、1つのストーリーができるわけです。昨今の日中間の関係改善というのは、中国側が期待している経済関係の強化のための1つの取り組み、という文脈で物語を理解できると思います。
工藤:こうした状況をどのように変えていくのか、そして、国民が日中間の課題をどのように捉えているのか、アジアの未来について両国民はどう考えているのか、といった点に議論を移していきたいと思います。