第11回日中共同世論調査をどう読み解くか

2015年10月22日

2015年10月22日(木)
出演者:
高原明生(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
加茂具樹(慶應義塾大学総合政策学部教授)
坂東賢治(毎日新聞論説室専門編集委員)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
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工藤泰志 工藤:言論NPOの工藤です。

 さて、私たちが10年前から取り組んできた日本と中国との民間の対話が、いよいよ今年11回目を迎えます。そのフォーラムの前に私たちは毎年、日本と中国の国民がお互いの関係や課題をどのように考えているのかを調査し、結果をフォーラムの対話に活かしていくために世論調査を行っていて、今年が11回目の調査となります。私たちは、これまで行ってきた11年間の日通両国の世論の変化について非常に注目しています。そこで今日は、今回の調査の結果をどのように読み解けばいいのか、日中問題に詳しい三人の専門家の方に来ていただきました。東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生さん、慶應義塾大学総合政策学部教授の加茂具樹さん、毎日新聞論説室専門編集委員の坂東賢治さんです。みなさん、よろしくお願いします。

 ということで今日は3人でこの世論調査を分解して、分析していきたいと思っております。今回の調査は、安倍談話が公表された後の9月に行いました。日本では全国で調査を行い、中国では10大都市でそれぞれ行いました。これまで中国は5大都市での調査でしたが、今回は10大都市になりました。

 今回の調査結果では、相手国に対する印象、現在の日中関係について改善がみられるということです。ただこの改善は、すでに昨年から始まっていて、昨年の結果でも改善傾向が見えました。一方で、日本はなかなか改善しなかったのですが、今回の調査結果では、日本もやや改善が始まってきています。これは確かな変化なのか、という問題があります。一方で日中関係の現状に関しても、お互い改善は始まっていて、日本も改善しているのですが、中国に足踏みがみられるような状況があります。まず、このあたりの結果について、どのように見ていけばいいのか、議論を始めたいのですが。高原さんからいかがでしょうか。


日中両国の相手国への意識は、改善に向かって進み始めた

 高原:初歩的な印象ということにならざるを得ないわけですが、私はお互いの相手に対する印象がよくなったことは、ある意味当然ではないかという気がしています。というのも、これまでの数年間の趨勢を見てみると、印象が悪くなっているときというのは、何か事件が起きるときなのです。あるいは、日本の場合だと事件のインパクトが長続きして、南シナ海などでも埋め立てを行うなど、様々な事件があり、そうした影響が及んでしまいます。一方、中国人の日本に対する印象を見ると、ここ数年間、印象が悪化したのは2回しかありません。具体的に言えば、2010年の漁船衝突事件があった翌年の2011年、それから例の尖閣諸島を政府が買った2012年のあとの2013年。その2回だけが下がっているのであって、あとは放っておけば印象はよくなっていくというのが、一般の傾向としてある。それが今回反映されたということではないかと思っています。

工藤:続いて、高原さんにお伺いしたいのですが、2010年の漁船衝突後の2011年の世論調査では、中国の中で日本に対して良い印象を持っていないという人が、65.9%いました。今回はそれから見るとちょっと高い状況です。事件はないのですが、印象の度合いが大きく改善しているというわけではないということでしょうか。

高原:それはその通りだと思います。何が影響しているかと言いますと、今年は戦後70年ということで、中国において日本との間の戦争の歴史についての報道が非常に多かったわけです。そのインパクトが同時に及んでいる、そういう状況の表れが今回の世論調査ではないかと思います。


日本への渡航経験、知り合いの有無が少し増えた中国世論

 坂東:私も両国国民の感情の悪化、というのが底を打ったと感じました。もちろん、高原先生がおっしゃったように、大きな衝突するような事件が日中間ではなかったということが影響していると思います。ただ、ある意味で、日中間に仲良くなれない構造的な問題があるのだ、ということが理解されつつあるのではないかと感じています。単なる感情の悪化だけではなくて、日中関係をどのように運営していくのか、ということは結構難しいものがあるぞ、ということも徐々に広がってきていると思います。

 一方で、日本に来る中国人の「爆買い」が話題になりましたが、本当に嫌いだったら日本に来るわけがない、というのはその通りで、日本に対する憧れ、買い物をしに来るし、自然がきれいだと感じている。そういったものは、時間と共にどんどん広がってくるのだな、という印象を持っています。

工藤:今、坂東さんがおっしゃった通りで、この調査をやる際に、日本のことを知る際の情報源について、日本への渡航や知り合いの有無についても聞いています。この10年間、日本に話をする知り合いもいないし、日本に来たことがある人も少ないのは変わりませんでした。しかし今回は、渡航経験、知り合いの有無、というところで少し増えています。そうしたことが、ひょっとしたら印象の改善に寄与している可能性があるのではないか、と感じました。

 加茂:重要な論点は出尽くしたと思いますが、1つ大きな点でいうと、日中の首脳が会談したという政治的な交流が始まったということが、両国の国民に対する相手国の認識を改善するための起点になったのではないかと感じています。だから、この状況がこれからどうなっていくのか、ということは興味深い問題だと思います。

工藤:今の話を総合すると、確かに、「爆買い」もあり日本に来る人も増えた。また、政府間で見れば、首脳間の対話も2回行われ、日中間で主だった事件もなかった。そうであれば、もっと一気に改善してもいいような気もしています。ただ、現在の日中関係についても聞いていますが、昨年は日本人の83.4%が「悪い」と回答していましたが、今回は71.9%と10ポイント以上改善しています。中国人は、2年前の2013年には「悪い」との回答が90.3%とかなり高かったのですが、昨年、一気に67.2%まで下がりました。しかし、先程、加茂さんもおっしゃったように、昨年から今年にかけて首脳会談も行われたのに、現在の日中関係について見れば、今年は昨年の調査と同じで67.2%で変化がありませんでした。これはどのように読み解けばいいのでしょうか。


習近平主席からの日中関係改善のシグナルと、戦後70年のメディア報道

高原:ご指摘の点は、非常に面白い現象で、昨年11月の首脳会談、今年4月に2回目の首脳会談が行われました。そして5月23日には、習近平さんが日本人3000人を前にして、大変友好的な演説が行われました。そういうシグナルが習近平さんから直接、はっきりとした言葉で出ていながら、日中関係の改善を多くの中国人が感じていないという、中国共産党、習近平さんにとって、ある意味では衝撃的な結果が出てしまったとも言えると思います。

 では、なぜかということですが、私は、戦後70年という節目の年の中国のメディア報道の影響が大きかったのではないかと思います。例えば、今回の調査でも日本に対して「良くない印象」を持っている中国人の理由を見てみると、「中国を侵略した歴史についてきちんと謝罪し反省していないから」という回答が一番多くなっていて、昨年と比べて11ポインと、最大の伸びを示しています。ここから考えると、やはりメディアの歴史報道が大きなインパクトを及ぼしているのではないかと思います。

坂東:安倍談話に関して言えば、今回の調査結果では評価は低いものの、日中関係の基礎をつぶすようなものにはならなかった。むしろ、何とか乗り切れるというもので、決定的にダメだったというのは少数意見だと思います。

 先程も出ましたように、歴史の問題が影響しているのはその通りだと思います。それから、中国メディア、中国の人たちは軍事報道が大好きで、しょっちゅう軍事報道がなされています。彼らの中にあるのは、大きな戦略で日本とアメリカが一緒になって、中国を取り囲んでくるのではないかというイメージを、メディアを含めて持っています。これが直接、安保法案に対する警戒として表れていないかもしれませんが、アメリカのリバランス政策などとセットで行われてくるということに対する漠然とした警戒感はあるのではないでしょうか。

工藤:今回の安倍談話の経緯を見ていると、安倍談話がどのような影響を与え、どのような議論が始まるのか、と非常に心配していたのですが、中国はかなりハードルを下げてきました。この談話が大きな影響にならないように努力してきた。しかし、日中関係の現状に対する評価が去年と比べて大きく改善していない。こうした問題を加茂先生はどのようにご覧になっていますか。

加茂:この調査が行われたのが8月末ということで、このタイミングが非常に重要なポイントだと思います。先程来、指摘されているようにメディアの影響があると思います。同時に、日本に対する構造的な、潜在的な不安感、脅威感、認識の問題があると思います。そうした2つの側面が同時にでてきた結果だと感じます。

工藤:高原さんは先程、習近平の影響力が低下しているのではないかと言われていましたが、いかがでしょうか。

高原:低下と言いますか、本来であれば、あれだけはっきりとした親日的な演説を受けて、「日中関係はこれからよくなるのだな」と思わなければならないわけです。しかし、そうした結果にはなっていない。逆に、日本側はそういう演説を見ていて、日本人の中で日中関係はよくなったのではないか、と思う人が増えているわけです。その点が、非常にキーポイントではないかと思っています。

 1つは、習近平さんのメディアに対する統制力に問題があるか、あるいは、対日カードといいますか、日本の歴史カードをまだ持っていたいので分業をさせて、宣伝部門については日本批判を続けなさいと指示をしているか、あるいは日本批判を容認する立場をとっているのか、両方の可能性があると思います。


日本を「軍国主義」と回答する中国人が急増した背景に何があったのか

工藤:この中で、両国民の相手国への基本的な理解という問題に何か変化はあるのか、ということで、お互いに国の体制についてどうみているのか、今回も聞いています。日本の中国に対する対中理解というのは、大体いつも同じです。ただ、中国の中では、今年1年間で「軍国主義」との回答が10ポイントぐらい増加しています。今まで、こうした形で急激に増えることもあまりなかったのですが、それほど安保法制や安倍談話という問題が、そうした調査結果に表れてきたのでしょうか。

坂東:私も中国を訪問した際にテレビを見ていても、戦後70年のドキュメンタリーや、抗日戦争の歴史を辿る番組をやっていましたし、また、抗日戦争のドラマの類はずっとやっているわけです。中国で作っているテレビドラマなどから、日本に対する人たちは結構多くいるのが現実です。そうした番組では、日本人は敵役で出てくるわけです。そうした過去の歴史に加えて、現代の動きもそれと矛盾しないような、安保法制や日米の関係強化ということがニュースでも取り上げられるわけです。そうした歴史と現在がセットになっているのかな、という気がします。

工藤:先ほど加茂さんもおっしゃったように、調査時期も関係しているのかもしれません。基本的な流れとして、日中関係は改善に向かっているのですが、歴史問題やメディア報道などが国民の中に残っている。本当はそこに対して、日本がいろいろな主張をすべきだと思いますが、そういう風な理解で全体的な基調をとらえていいのでしょうか。

加茂:おそらく、5月に習近平さんが演説をして、中国国民に対して日中関係の改善というメッセージをはっきりと出しました。ところが、日本側の行動が、そうしたメッセージ対して答えているようには中国で報道されなかった点が、相手国の社会・政治体制に対する認識が、ある種浮かび上がってきてしまったのではないかと思います。

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