課題解決に向けた世論を形成し、各国が力を合わせていく段階に ~言論NPOフォーラム「不安定化する国際秩序と民間外交の役割」報告~

2016年6月08日

 6月7日、東京都内の茅場町スタジオにおいて、言論NPOフォーラム「不安定化する国際秩序と民間外交の役割」が開催されました。本フォーラムは、言論NPOと慶應義塾大学SFC研究所の共催によるもので、慶應義塾大学SFC研究所の渡辺靖氏の司会進行の下、パネリストとして、元文化庁長官で近藤文化・外交研究所代表の近藤誠一氏、言論NPO代表の工藤泰志、さらにパブリック・ディプロマシーの世界最先端の研究所である南カリフォルニア大学パブリック・ディプロマシー・センター所長のジェイ・ワン氏、同大学コミュニケーション学部教授のトマス・ホリハン氏が参加し、約2時間にわたって白熱した議論が展開されました。


北東アジアで平和な環境をつくるために、言論NPOが取り組んできたこと

 最初に登壇した工藤は、「東京-北京フォーラム」や「日韓未来対話」など言論NPOが取り組んでいる民間外交の実践者としての立場から問題提起を行いました。

 まず工藤は、政府間外交では互いに主権を主張し合う結果、双方の国民感情を刺激し、そのように加熱した世論の突き上げにより政府は身動きができなくなるという「政府間外交のジレンマ」について説明。そして、歴史認識問題や東シナ海における対立をめぐり、日本政府と中国政府がまさにそのジレンマ状態に陥る中、政府間外交の「基礎工事」をしつつ、平和実現という課題に向かい合った世論に基づく新しい対話の必要性から生まれたのが「東京-北京フォーラム」だったと振り返りました。さらに、日本政府の尖閣諸島国有化を契機として、日中間の対立がピークに達する中、2013年10月に北京で開催された第9回フォーラムで日中両国が合意した「不戦の誓い」は、何としても戦争を避けるという両国市民の問題意識を結実したものだったと語りました。

 その上で工藤は、こうした取り組みで重要視しているのは世論の役割であり、多くの人たちが問題を共有し、世論を課題解決の意志あるものに変えていくというサイクルが始まっていくというプロセスが、北東アジアでは市民レベルで広がっていることを多くの人たちに知ってもらいたいと述べました。


外交では政府が主導的な役割を果たすべきだが、民間の有効性が大きな領域も拡大している

 続いて、民間外交の役割や可能性について理論面からワン氏が問題提起を行いました。ワン氏は「公的な外交に対して民間部門の色々なアクターの関与があること」という南カリフォルニア大学で用いられているパブリック・ディプロマシーの定義を紹介しつつ、現在の外交でこのアクターが多様化、広範化していることを解説しました。その背景としてワン氏は、外交において政府は依然として主導的な役割を果たすべきではあるものの、課題のグローバル化に伴い、国家というチャネルでは対応できない問題が増えていること、また、情報化の進展やIT技術の普及により、双方向コミュニケーションが容易な民間部門のアクターの方が相手国に対して「伝える」ということに長けている部分があることなどを挙げつつ、特に「相互理解と共感」をしていく上では民間外交の有効性は大きいと語りました。


「民主主義の質」を追求することが国境を越えた課題解決にも結びつく

 続いて発言した近藤氏は、多くの国で民主化が進み、言論の自由が拡大する中で、ワン氏の定義するパブリック・ディプロマシーの拡大はもはや不可逆的な流れだとしつつ、「本当に非国家主体は課題解決できるのか」と問題提起をしました。近藤氏は、選挙を経て構成される政府が外交にあたるのは民主的な正当性があるが、市民が外交に携わる場合、何によってそういった正当性が基礎づけられるのか、さらに、イスラム国(ISIS)のような「悪い」非国家主体もいる中、「良い」非国家主体だけをどのように選別するのか、など次々に問いを投げかけた上で、「結局、我々市民が見る目を持たなければならない。そうしないとポピュリズム的に狭い国益を追求する動きばかりになってしまう」と語り、各国社会が「民主主義の質」を追求することが結局、国境を越えた課題解決にも結びつくと主張しました。


市民からのプレッシャーが、新しいパブリック・ディプロマシーには不可欠

 ホリハン氏は、人間から感情を完全に排除することは不可能である以上、むしろその感情に訴えることでワン氏が指摘したような共感につなげ、人々の問題意識を促すことも一つの手段だと指摘しました。そして、そのように課題解決の意識を持った市民が、政府に課題解決に取り組むようにプレッシャーをかけていくことが新しいパブリック・ディプロマシーのあり方だと述べました。


国境を超えて課題解決に乗り出すために必要なこととは

 パネリストの発言が一巡した後、渡辺氏は、特に東アジアでは民主主義体制の国とそうではない体制の国があるが、そのような状況の中で国境を超えて共に課題解決に乗り出すことが可能なのか、さらに「平和」を志向するような良識的な声を、国境を越えてつなげていくためにはどうすればよいか、と問いかけました。

 これに対し工藤は、体制が異なっていても合意できる課題解決すべき事項はあるとした上で、その例として、昨年の日中共同世論調査で明らかになった「平和」や「経済発展」を上げ、そうした声を拾い上げて民間側でアジェンダ設定をしていくことが重要だと指摘。そのためには、近藤氏が問題提起した市民外交の正当性を基礎づけるものとして、「世論の支持を受けていること」が必要だと述べました。そうした状況を作り出していくためにも、「感情的な国民の不安とか不満に便乗して、それに対して支持を集めるような政治ではなく、国民の不安を解決するために答えを出す政治のあり方」が重要であり、「有識者やメディアなど、いろいろな人たちが課題解決に対してどのくらい世論に向かい合えるのかが重要だ」と語り、民間外交の問題ではなく、民主主義そのものの問題であることを強調しました。

 ワン氏はアメリカの神学者ラインホールド・ニーバーの著書「道徳的人間と非道徳的社会」を紹介し、人間は個人レベルでは他者のために自己犠牲をすることができるが、社会レベルになると国を中心に考えてしまうなど、その所属するグループに対する忠誠心が強く出てきてしまうと語り、その隘路から抜け出すためには「社会的協働」を進めることによって、価値に対するより大きなイマジネーションを涵養する必要があると述べました。ただ、同時にそれは未だ成功したことのない大きな試みであるとも語りました。

 これを受けて近藤氏は、そのようなグループ・ロイヤリティを乗り越えるためには「オープン・ディプロマシー」によって何が正しいことなのか模索し続け、人間の「善性」を押し上げ、それがさらに政府を動かす、というメカニズムが不可欠との認識を示しました。

 中国を国際的な課題解決に引き込む方策に話題が及ぶと、ワン氏は中国は現在、国際的なアイデンティティを確立する重要な時期に差しかかっていると指摘した上で、ここで中国がどのような方向を向くのかによって「2050年の世界が、政治的、経済的、文化的にも決まってくる」と語りました。そこで重要になってくるのは、日本を含めた世界が様々なチャネルを通じて「中国をエンゲージさせる」ことによって、国境を越えた課題に対して積極的役割を果たすようなアイデンティティを形成するように仕向けることだと主張しました。


今、問われているのはデモクラシーに対するチャレンジ

 一方、工藤は日本とアメリカについても、「これまでは安全保障に偏り過ぎた関係で、本当の意味で多面的な交流ができていなかったのではないか」と述べ、日米が様々な世界的な課題について、世論調査を組み込みながらオープンに議論するメカニズムの必要性に言及しました。その上で工藤は、それを言論NPOがすでに行っている中国、韓国、インドネシアとの対話と合わせることにより、各国の知識層が「世界的な課題について一緒に考えるプラットフォーム」をつくる構想を披露しました。

 同時に、日本やアメリカ、ヨーロッパを始めとして、そうした知識層やジャーナリズムが国内のポピュリズムの傾向に無力化していることを指摘。知識層が、「国内での民主主義のインフラとしてきちんと機能してこう」というコンセンサスをつくることが大事であり、そうした視点でアメリカの人たちとの対話を模索していくと語りました。

 議論の最後に、近藤氏はこれまで提示されてこなかった視点として「正義」に言及しました。近藤氏は世界各地で発生している様々な問題の背景には、民主主義という制度によって、オープンな議論の末に国内外の問題にしっかりと対応し、正義を実現していると自信を持って言えるような状況が現出できていないことがあると分析。国境を超えた問題を解決していく上で、このように「正義」が実現されていない現状にどう向き合うか、ということも大きな課題であると語りました。


 その後、会場からの質疑応答を経て、最後に渡辺氏から「今後の誓い」を求められた工藤は、世界では国家主義的な動きの復活や政治指導者個人への権力集中など、「デモクラシーの後退」とも言うべき状況が起こっているとした上で、だからこそ世論に基づいて国境を越えた課題解決のサイクルをまわしていくという「大きなチャレンジに踏み出すタイミングに来ている」と語り、今後の言論NPOの活動の展開に意欲を示し、フォーラムを締めくくりました。