11月2日(水)、言論NPOは記者会見を行い、言論NPO、中国の零点研究コンサルテーショングループ、韓国の東アジア研究院(EAI)の3カ国のシンクタンクが共同で実施した北東アジア地域の将来や安全保障の課題に関する世論調査結果を公表しました。
会見には、日本から言論NPO代表の工藤泰志、中国から零点研究コンサルテーショングループ董事長の袁岳氏、韓国から延世大学国際研究大学院院長の孫洌氏が出席しました。
周辺国の国民の理解を進めながら、北東アジアの平和構築に向けた環境整備を
まず、はじめに冒頭のあいさつに立った工藤は、北東アジアで中国の台頭や、北朝鮮の核開発で不安定化する朝鮮半島情勢など様々な変化が起こっている状況下で、「この地域には平和的な秩序のための地域的なガバナンスが存在しておらず、様々な紛争の要因を抱え、国民間の懸念材料となっている」と指摘。その上で工藤は、「不安定な北東アジア地域において今後、どのような平和秩序を目指すべきか、その場合の課題は何か。そして、当事国である日中韓3カ国は、この地域の平和のためにどのように協力すべきなのか」との問題意識に触れながら、「この北東アジアの平和構築のために、周辺国の国民の理解を進め、民間レベルの対話を行い、その環境整備に着手したい」と語り、昨年に続いて3カ国の世論調査を実施した理由を説明しました。
この1年間で変化したいくつかの重要な国民の意識
続けて工藤は日本側を代表して、今回の世論調査結果のポイントについて説明を行いました。まず工藤は、今年の調査でも、中国の影響力がアジアでさらに増大するとみる人は、日本人の51.9%と半数を超え、特に韓国民は71.2%と突出していること、一方で、アメリカの影響力の拡大については、「現在と変わらない」とみる人が、韓国で66.3%、日本で36.5%、中国で43.6%と3カ国のそれぞれの回答で最も多い点を紹介。その上で、「この一年間で国民間の意識に幾つかの重要な変化がみられる」と指摘しました。
まず、中国の影響力が今後、アジアで拡大すると予想する人が3カ国で昨年よりも減少したこと、とりわけ、自国の影響力の拡大に自信を深めていた中国国民の間でその傾向は特に大きく、今回の調査で自国の影響力が増大するとみる中国人は66.4%と昨年の82.5%から大きく減少し、逆に影響力が「減少する」とみる人は昨年の1.6%から、今年は5.7%にわずかながら増えていることを挙げました。
続いて、もう一つの変化として、この一年で中国人の対韓意識が、大きく一方的に悪化したことに加え、韓国のアジアでの影響力を今後10年間で「減少する」と回答した中国人は30.6%と昨年の8%から大幅に増加していることを紹介しました。その原因として工藤は、在韓米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備を巡る中国と韓国との対立や、中国メディアの反韓キャンペーンが中国世論に大きな影響を与えていることを挙げました。
一方で、工藤は、昨年まで、韓国人の45.6%と半数近くが自国のアジアでの今後の影響力を「増大する」とみていたものの、今年の調査では24.2%まで減少している点を踏まえ、「これまで中国経済に強く依存し、中国傾斜を強めていた韓国国民の意識にも、アジアで影響力を強める中国との対立は変化をもたらしている」点を指摘しました。
ロシアに対する日中韓の国民間の意識の違いが浮き彫りに
続いて工藤は、アジアの将来で注目する変化として、中国国民のロシアへの期待の高まりを挙げました。中国人の46.8%と半数近くが、アジアで今後、ロシアの影響力がさらに「増大する」とみており、さらに中国人の7割が、ロシアが世界の課題に「責任ある行動をとると思う」と回答していることに触れ、中国人がh日本と韓国とは全く異なる意識を示していることを紹介しました。その上で工藤は、「この北東アジアの地域でロシアをどう位置づけるかは、この3カ国の国民間の認識に差があるが、日本もロシアとの外交を重視し、プーチン大統領の訪日を控えている。ロシアを今後、この地域の参加者としてどのように考えていくかは、国民間も判断を迫られることになろう」と述べ、今後のロシアとの付き合い方の難しさを語りました。
東アジアの目指すべき価値観として「平和」を挙げる国民の意識こそ、静かな多数派の声である
次に工藤は、アジアの今後10年間の姿について、3カ国の国民の意識がわずか一年間で大きく変わろうとしている背景として、これまで世界経済を牽引してきた中国経済の構造調整の動向、不安定化するこのアジア地域での安全保障の厳しい環境などを挙げ、「影響力を増す中国とアメリカを軸としたハブ・アンド・スポークの安全保障構造との対立があり、それが国民間の平和に関する意識に不安を高めている」と語りました。
今回の調査でも、東アジアの目指すべき価値観について、日本人の64.3%、中国人の41.5%、さらに韓国人の50.3%が、「平和」を挙げている点に触れ、「この傾向は昨年と同じであり、この地域に平和を求める国民間の意識が大きく、それこそが静かな多数派の声だと判断できる」と指摘し、国民の間には、将来の目指すべきアジアの理念として「平和」という課題がより大きなものとして意識されている点を紹介しました。
しかし、現在、対立関係にある中国とアメリカも入れた平和秩序が将来、東アジアに実現するかと尋ねると、「実現する」と回答したのは、日本人はわずかに14.0%、韓国で27.8%にすぎなかった一方で、中国の国民は48.7%が、「実現する」と回答していることについて工藤は、「これは実現してほしいという願望を示したものと判断したほうがいい」と語りました。
さらに、今回の設問では、アジア太平洋の国の中で最も信頼できるパートナーを3カ国間の国民に尋ねたところ、日本人は81.8%と8割が、「アメリカ」を最も「信頼できる」パートナーとみているが、「中国」に対しては76.1%と7割が「信頼できない」とみており、「韓国」に対しては昨年よりは改善しているが、それでも「信頼できない」が57.6%と半数を超えています。これに対して、中国人は、最も「信頼できる」パートナーとして「ロシア」を挙げる人が80.7%と8割を超えており、「日本」に対しては昨年よりは改善したが、まだ「信頼できない」が78.9%と8割近い。
こうした調査結果を受けて工藤は、「北東アジアの『平和』は、3カ国の国民にとっては強く期待するものだが、将来の平和を考える場合、日中韓3カ国の国民間に十分な信頼関係がいまだに構築できていない点が最も大きな問題だ」と指摘しました。
日中韓3カ国は、お互いの信頼関係の向上に全力を尽くすべき
最後に工藤は、12月に東京で開催予定の日中韓の首脳サミットで何を議論すべきか、との調査結果を紹介しました。日本人の51.2%は「北朝鮮の核問題」を協議すべきだと考えているものの、韓国では隣国の「北朝鮮の核問題」(38.4%)よりも「歴史認識問題」(44.0%)や「首脳同士の信頼関係の向上」(42.6%)を議論すべきと考える人の方が多く、中国では27.0%が「北朝鮮の核問題」を協議すべきと考えているが、最も多いのは「首脳同士の信頼関係の向上」(30.9%)を挙げていることを紹介し、「北東アジアの平和の実現に向けた展望を描けない中で、まず3カ国はお互いの信頼関係の向上に全力を示す段階だ」として、調査結果の報告を締めくくりました。
韓国側は今回の調査結果はどう読み解いたか
続いて報告した韓国側の孫洌氏は「韓国は日本や中国に比べて、この地域の安定と秩序、将来に関してより悲観的である」と指摘。その背景として、「韓国では北朝鮮の核開発やミサイル問題で、アメリカの核の傘の中で、アメリカが本当に北朝鮮を抑止できるのか」、「中国の北朝鮮に対する影響力が限られていることがわかり、中国が緊張緩和に役割を果たしているのか」という懸念や不満が高まっていることを紹介しました。さらに、孫洌氏は、グローバル経済が不安定化し、ヨーロッパやアメリカでも保護主義の波が高まる中、韓国では経済的な競争が潜在的な問題だという見解があることなどにも触れ、今の国際的な枠組みに対して、疑問を持っていることを紹介しました。
また、今回の調査での驚くべき結果として孫洌氏は、核武装に対して韓国での支持が高まっていることを挙げ、「現実的ではない」としつつも、北朝鮮の核問題などによって、核に対する韓国人の不安の表れではないか、と語りました。
さらに孫洌氏は、「韓国は中国寄りか」という点について、「韓国は中国を好んでいるわけではないが、経済的、安全保障的に重要な国だと考えており、その根幹には『中国が唯一、北朝鮮に影響力を与えることができる国である』との認識が存在しているのではないか」と述べました。その上で、在韓米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備を巡る問題で、韓国は中国から経済的に制裁を加えられるのではないかとの懸念が広がっており、その懸念が、韓国側の対中関係に大きく寄与していることを指摘しました。
中国側は今回の調査結果をどう読み解いたか
最後に報告した中国側の袁岳氏は、中国とアメリカを含め、東アジアに平和的な秩序が実現できるのか、との問いに対して、中国人の最も多くの人が「実現できる」と回答している点に触れ、「過去の調査を振り返ってみても、中米とのコミュニケーション、やりとりに期待する声、政治的な緊張はあるが、妥協というか、共通項目を見出すことを望む声が存在しており、そうした声が調査結果に出たのではないか」と語りました。
一方で、袁岳氏は、日韓両国民の約6割が、米大統領選の結果、「ドナルド・トランプ大統領」が誕生すれば北東アジアの安保環境は「より不安定化する」と考えているものの、中国人ではトランプ大統領によって「より不安定化する」との見方は3割程度であり、「影響はない」が43.6%で最も多く、逆に「ヒラリー・クリントン大統領」によって「より不安定化する」(45.7%)と考える人の方が多い点について触れ、トランプはビジネスマンが故に、政策自体は厳しいが、最終的には交渉の余地あり、という結果が表れているのではないかと指摘するなど、中国側の調査結果について報告を行いました。
その後、出席したメディアから、今後10年間のアジアにおける中国の影響力について、自国の影響力が増大すると考える中国人が、昨年より20ポイント近く下がったのはなぜか、さらに、中国人がロシアを信頼できるパートナーとみているのはなぜかなど、中国人の認識に対する質問が多く寄せられるなど、活発な質疑応答が交わされました。
記者会見終了後、記者会見に参加した3カ国の専門家に加えて、アメリカから世界で最も著名な世論調査シンクタンクであるピューリサーチセンターのディレクターであるブルース・ストークス氏、日本から川島真氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)、田中均氏(日本総研国際戦略研究所理事長)、宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)を加え、「第2回日中米韓4カ国対話 ~日中韓世論調査で見る北東アジアの将来~」が開催されました。