出演者:
加藤青延(日本放送協会解説主幹)
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
宮本雄二氏(宮本アジア研究所代表、前駐中国特命全権大使)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
第1部:世論調査で示された「相手国に対する印象の悪化」をどう見るか
工藤:この前メディアで頻繁に取り上げられたのですが、「相手国に対する印象」という点が今回の調査で非常に大きな問題になりました。日本人は中国に対してどのような印象を持っているかについて、「あまり良くない印象を持っている」、つまり、「良い印象を持っていない」人が8割を超えています。これまで相手国に対する印象は色々な事件に影響を受けてきました。例えば2009年の餃子事件では「中国の対応はおかしいじゃないか」等の声がありましたが、一昨年までは改善していました。それが去年悪化し、今回はなんと80%を超えてしまいました。中国でも去年は少し改善しましたが、今年また悪化し、6割程の人が日本に対して良くない印象を持っています。この問題をどのように見るかという点から始めて行きたいと思いますが、加藤さん、いかがでしょうか。報道を通じて中国のことを色々考えていると思いますが。
中国に良い印象を持つ日本人が20%を切った
加藤:私は日中間の国民感情を、今まで「鏡」のようなものだと捉えていました。日中間の関係が悪くなれば国民感情もお互い悪くなりますし、良くなれば比較的お互い良くなるのではないかと。若干のばらつきはありますが、ある程度、両国の感情は連動している印象を受けていましたが、今回は違う印象を受けました。今、工藤さんは印象が悪くなったとおっしゃいましたけど、中国に対してプラスのイメージを持っている日本の人は、「良いと思っている」人と、「どちらかといえば良いと思っている」人の両方を合わせても16%弱しかいませんでした。今までずっと調査をやってきましたが、この数字は常に20%を超えていました。しかし、ついに20%の大台を割りました。
一方、中国はどうかと見ましたら、中国人で日本に対して「良い」と、あるいは「どちらかといえば良い」と思っている方の割合は32%弱、つまり日本よりも中国の方が2倍相手国に対して良い印象を持っているという事です。今までばらつきはあっても、これだけ差が開いたのは初めてで、しかも日本側のみ悪くなっています。特に今年は国交正常化40周年ということで仲良くなるために色々な努力がなされている中で、また中国に対して餃子事件のようなものや漁船の衝突事件のようなものがあまりない中で、これだけ落ち込んだということはどういうことなのか。そうしたことが非常に気になる調査結果です。
高原:今回の調査の中で良くない印象を持っている理由は何かというのがあります。それによりますと、一番多かったのが「資源やエネルギーの確保で自己中心的に見えるから」です。2番目が「尖閣諸島を巡り対立が続いているから」、同じくらいの割合で3番目に多かった答が「国際的なルールと異なる行動をするから」でした。一昨年の尖閣沖の衝突事件が大きな衝撃をもたらし、その残響がまだ続いていると思います。それに昨今の南シナ海における中国と東南アジア諸国との間の摩擦・軋轢・暴動が響いている印象をこの回答結果から見ることが出来ます。
日本と中国の相手国に対する意識の違いをどのように見るか
工藤:今の残響という話ですが、一番その影響が大きかったのは去年の世論調査ですね。漁船の衝突事件は一昨年ですから、去年はかなり悪化しました。今年は、中国では良くない印象を持つ人の割合が高いままですが、少し落ちました。少し風化しています。しかし、今年、日本はまた中国に対して良くない印象を持っている人が増えています。この日本と中国の意識の違いをどのように見ればいいのでしょうか。
高原:尖閣事件が日本の人たちにとってそれほどショックなものだったのだと思います。衝突したことだけではなく、衝突した後の中国側の対応、経済領域における対抗措置、文化領域における対抗措置、例えば上海万博に呼んでいた大学生の招聘を急に延期するなど、そのような様々な措置が取られたので非常に大きなショックを日本の方は感じました。これがやはり一番大きな原因だと思います。先ほど加藤さんがおっしゃったように何も事件がないと相手国のイメージは改善するものです。今年は初めてそういうことがありませんでした。なので、来年の結果が非常に注目されます。
工藤:ちょっとこのスライドを見てほしいのですが、これが先ほど加藤さんがおっしゃったことですが、これは2005年からの時系列のグラフですが、これで見ると「悪い」印象が84.3%に達しました。下が先ほど加藤さんのおっしゃっていたことで、中国では「良い」というのが31.8%で、日本では15%なので中国の半分ぐらいなのです。このような差が今、生じています。宮本さんは、これをどう思いますか。
宮本:分析は難しいと思いますが、おそらく中国が経済規模で日本を抜いたことが確認されたのが2011年、去年じゃないでしょうか。2010年に抜いたという数字の表が去年なのです。中国にはっきりと経済規模で抜かれたということの影響もある気がしないでもありません。高原先生がおっしゃったように来年の調査ではっきりすると思いますが、国民の心理状態が結構影響していると思います。一点だけ補足しますと、私は中国も日本も「空気社会」だと思います。冷静かつ合理的な判断をしているということよりも社会の空気、日本ではすぐに社会の空気ができあがりますけど、中国でも同じようなものです。だから、これまで、社会の空気に連動する形で両国間の印象はそれと同じように推移してきました。しかし、今度は両国間で異なる動きを見せたということが、この事態の変化を表していると思いますが、日本と中国の社会がちょっと変わってきた感じがします。
両国とも自国のメディアを通じて相手国を認識している
工藤:今、宮本さんから言われた話で少し補足したほうが良いと思ったのは、この世論調査は日本全国で1000人を対象にやっています。中国は5つの都市でだいたい1600人を対象にやっていまして、これを05年から毎年継続して、やっていますので世論の変化が結構分かります。実を言うと両国の構造は同じでありまして、つまり、ほとんどの国民で直接的な交流が圧倒的に少ないのです。例えば、日本で中国に行ったことがある人が16%ぐらいで、「中国に知り合いがいますか」、「中国人で話が出来る人がいますか」という質問でだいたい20%程です。この比率は2005年からほとんど変わりません。中国人はどのようになっているかというと、日本に行ったことがある人がだいたい1.6%です。それから中国で日本人と話が出来る人、例えば友達がいるといった人たちは今年も合わせて3%しかいません。
ということは、国民はお互いの直接交流が少ない中でどのように認識を作っているのかというと、そのほとんどが自国のメディアによってなのです。「空気」と宮本さんがおっしゃいましたが、中国は中国のニュースメディア、日本は日本のニュースメディアにかなり影響を受けてしまう。それから中国の場合、それだけではなく、例えばドラマ等にも影響を受けます。このような現状の中でお互いの認識が作られているという状況はなかなか変わっていません。
なぜ、多くの中国人は日本を「軍国主義」と捉えているのか
工藤:その上でもう一つ私が注目したのは「相手国の政治社会体制をどう見ているのか」という設問です。これは実を言うと日本から見れば中国は社会主義の国だし、日本が資本主義の国で、また日本は民主主義の国です。僕たちはこのように思っていますが、この世論調査を見ると全く異なる認識が出てきます。特に中国の人に「日本の社会はどんな社会ですか」ということを聞いてみると、民主主義と答える人は15.6%しかいません。また驚いたのが、日本を軍国主義だと考えている人が46.2%と半数近くいます。去年が36.4%なので、10ポイント増えている状況です。実を言うと「日本の2050年はどのようになりますか」という別の設問でも日本が軍国主義の大国となると答えた人が3割程いました。この軍国主義は僕たちから見れば全く間違った認識だと思いますが、なぜここまで増えたのか。また加藤さんお願いします。
加藤:中国が日本に対して抱いている軍国主義というイメージは、軍事力等を背景にしたものと言うよりもむしろ、思想的にタカ派路線、強硬路線に傾くことが、かつての軍国主義に近づいているというイメージに繋がっているという風に感じます。ですから、私たちから見ると、日本の政治家が普通に自分の言論を表明しているだけのように見えます。若干タカ派と呼ばれていますが、右派的な方たちのことを何か軍国主義の思想を持っている人たちであるかのように宣伝する雑誌を見たことがありますし、少し強硬派、タカ派ということになると、軍国主義につながるようなイメージを中国の人は抱いているのかと思います。そう言われてみると、私も中国の方に聞きましたけど、最近日本の政治は何となく内向き、あるいは保守的になりつつあると感じている方が多くいました。それとその軍国主義がだぶってきている感じがします。
工藤:高原先生、この軍国主義の見方は僕たちの考えているそれとは違うものですよね?
高原:定義がはっきりとしません。定義がはっきりしないまま、中国メディアによく出てくる言葉なので、この世論調査に答えた人たちもそれほど深く考えないで、それこそ加藤さんがおっしゃったように空気を読んで「軍国主義」とつける、そういうことじゃないでしょうか。例えば、「社会の軍事化がどれほど進んでいるのか」ということを基準に、その国が軍国主義かどうかを判断するとします。これを私は時々中国の学生に言いますと、どの指標を取っても中国の方が軍国主義であることに彼らは後で驚いています。ですから、彼らは深く詰めて軍国主義の定義を考えたことがないのではないかと思います。
工藤:宮本さん、今の軍国主義と関連しますが、逆に日本は自国を平和国家、民主主義の国だと思っていますが、中国では日本を平和主義だと言う人が7%しかおらず、民主主義も15%ほどしかいません。この反面、軍国主義が半数近くになるのは不本意ですよね。大使を経験されてこの結果をどのように感じていますか。
平和国家としての生き方が中国に理解されないフラストレーション
宮本:私どもは「戦後日本の生き様がどうして中国に伝わってないのか」というフラストレーションを常に感じながら中国と仕事をしてきました。少なくとも戦後日本で生きてきた我々は平和憲法を用い、軍事大国にならない約束をし、武器輸出、非核三原則などの色んなものをもって平和国家として生きてきたという自負心を持っていますよね。それが中国に伝わっていない。1つはそのような教育を中国当局がしてない問題がありますが、中国人の日本に対する意識は、日本が米国と組んで米国の動きの中での日本というものになっています。2010年の尖閣問題により、日米の軍事関係が緊密化しており、それが間違いなく大きく中国で報道されています。ですから、日本単独ということもありますけど、今は主として日本の軍事と安全保障を意識するのは米国と連動したケースが多いということじゃないでしょうか。ちなみに何処が一番脅威かと中国人が考えているかというと、米国です。その次に日本が来ますが。
工藤:ただ軍国主義と答えてしまうというのはどういうことかと思っていまして、前の記者会見の時、中国の人から質問が出て、高原先生が「日中間でこの間、事件がなかった」と言ったら、中国の人は「石原さんの発言が事件だ」と言っていましたね。中国社会ではあのような発言を「事件」と捉えるのでしょうか。
加藤:そうですね。こちらから見ると当たり前のことをしているだけなのに。日本の中では正当な言論活動であるにも関わらず、向こうの人から見ると「これは自分たちに対して挑戦をしているものではないか」、あるいは「非常に政治的な悪意を持って中国人を傷つけているのではないか」と、このような捉え方をされることが結構あります。そうすると、彼らはまさに石原発言を政治的な強い意図を持つ自分たちに対する挑戦であると感じます。
工藤:この話をもうちょっと続けたいのですが、一度休息を入れます。