第2部:尖閣諸島など領土問題や福島原発への対応が調査結果に反映
日中とも、お互いに悪い印象を持つ人が急増
工藤:第7回目の日中世論調査の結果の分析に移りたいと思います。今年は、私も北京に行ってかなり緊張感ある記者会見だったのですが、昨年と比べて大きな変化がありました。それはお互いの相手に対するイメージとか日中関係の現状に対する評価、その他色々なところで、マイナスの動きがかなり大きなものになっていました。特に相手国に対する印象の関係については非常に悪い数字になったのですが、これはボードで説明していきたいと思っております。
これは相手国に対してどういうふうなイメージを持っているかということなのですね。ピンクと赤があるのですが、ピンクの方が「良い印象」で、赤系が「悪い印象」です。日本は今年中国に対してマイナスのイメージを持っている人が、なんと78.3%。つまり8割くらいの人が中国に対してマイナスのイメージを持っている。去年も日本は高くて、72%でしたからだいたい6ポイントくらい上がったということになります。
中国の世論もこの傾向は同じです。このグラフを見てもわかるように、去年から今年1年で悪化していて、マイナスイメージの赤が増えています。これが65.9%いるわけです。去年の比較で見ると10ポイントくらい上がっているわけです。
つまり、今年1年でお互いの印象が悪いという人たちがかなり増えたということです。その理由を尋ねてみました。中国に対して「良い印象」を持っている人に、その理由を尋ねますと、中国経済の発展が日本経済に不可欠だという経済的な理由を挙げている人が多いです。これに対して、中国の人で日本に「良い印象」を持っている人は、その理由として、基本的に今年は日本人がまじめだとか積極的に仕事をするというのがあります。3月の東日本大震災のときに、日本の市民がお互いに助け合ったり、支援しあっているそういう連帯感に感動したというのも、約5割ありました。
しかし、それよりもマイナスの方が全然多いわけです。では、マイナスの理由は何なのかっていうことになりますと、日本の世論ではやはり、この前の漁船拿捕事件、尖閣列島問題に対する中国の対抗措置のところですね。それから、デモとかも色々ありましたけれど、そういうところに対して反発して、中国にマイナスイメージを強めたのが約64%ありました。後は、資源やエネルギー関係で中国の行動に対して色々な問題があるのではないかとか、領土紛争問題とかそういうことが出てきている。一方の中国世論は、基本的にいつも歴史問題、日本が中国を過去に侵略し戦争しているという、そういう過去の戦争に対する認識がいつも多いのですが、今回、新しい傾向が2つありました。1つは尖閣列島で日本政府の対応が非常に強硬だったということ、もう1つは福島原発、つまり震災後の原発対応に問題があると。この2つでマイナスイメージが強まっているという状況です。
次に日中関係ですが、これも基本的に大きな変化がありました。日本人で今の日中関係が「悪い」と思っている人が51.7%ですから、半数になっています。これを去年と比べると、23ポイントも増えたという形で急増しているという状況です。これに対して中国はですね、まだ半数以上が日中関係は「よい」と見ています。ただこの表で見られるように、去年と比較すると、やはり20ポイントくらい減少しています。ですから、日本は半数以上が日中関係は「良くない」と思っていて、中国は半数以上が「良い」と思っているのですが、どちらも悪化という傾向、悪いという人が大きく増えています。
この日中関係が悪くなった理由を直接聞いた設問はないのですが、日中関係の発展を阻害するものは何なのかという設問はあります。この問いに対して、日中双方で6割近い数字になったのが「領土問題」ということになります。後は資源問題、お互いの国民間にまだ信頼関係が薄いという問題が続いていますが、その中でも領土問題が圧倒的に多くなってきているという状況でした。この大きな変化をどういうふうに読んでいくのかということで、高原先生、分析をよろしくお願いします。
日中関係は事件が起きると、一気に世論が悪化する不安定な構造
高原:そうですね、2006年の途中まで小泉さんが首相で、彼は毎年靖国参拝をして、その局面を一気に打開したのが2006年10月の安倍訪中だったわけです。中国側から見ると、安倍さん以降の総理大臣は誰も靖国に参拝しないし、去年の尖閣までは特段大きな事件がなかったのですね。中国側からすると関係はどんどんよくなっていくと。去年の場合ですと、7割以上が「良い」というふうに見ていたわけですね。ところが日本側から見るとそうではなくて、日本側から見ると非常に重要だったのが2008年の毒ギョウザの問題だったわけです。生活重視の日本社会、日本人にとっては大変重要な事件だと受け止められて、ここでちょっと中国側と日本側との間に認識のギャップができたというのが1つ。それから、日本側とすればもう1つの問題は、中国の軍事的な拡張ということです。これは中国側にとってみれば、当然、何の問題もないというわけですから、ここでも認識のギャップが誕生したということをこの結果は説明しているのではないかと思います。
工藤:特に尖閣列島の問題は、完全に紛争というかトラブルがあったということが映像もあり、かなり目に見えましたよね。これは大きな影響になったのではないですかね。
高原:こういう事件が起きると一気に悪化するという構図は、これは昔からそうなわけです。2004年のアジアカップサッカーでのデモやブーイングの問題、それから2005年の反日デモの問題と、そういう事件がないとじりじりとよくなっていく。しかし、何かあるとドカーンと悪くなる、というパターンが今回も繰り返されたということじゃないかと思います。
工藤:さっきボードにはなかったのですが、日中の首脳会談について、日本と中国の国民は、具体的な成果がなくてあまり評価していないという回答が、だいたい半数くらいあって、かなり増えてきているのですね。その設問に続けて、何を首脳会談でやればいいんだと聞くと、やはり領土問題が出てきています。つまり、今まで領土問題というのは、現状での解決は難しいので、将来解決しましょう、みたいな感じだったのですが、顕在化してしまって、この処理をどうすればいいかまったく見えない状況になっていて、それが国民世論に色々な形で出てしまっているような感じもするのですが、どのように尖閣問題を考えればよいのですかね。
領土問題はお互い自己中心になると、ぶつかるしかない
高原:領土というのは他の経済問題等とは違って、持っているか、持っていないかという白黒をはっきりせざるを得ない問題であって、なかなかWin-Winという関係にはできないわけですよね。特に尖閣については、日本側は100%自分のものだという強い信念を持っています。向こうも当然そういう意見です。したがって、例えば中露の陸上国境のようにうまく割るとか、そういうことにはならない問題として捉えられている、だからそういう構造的な難しい問題なのだと。どっちも熱くなりやすい領土ナショナリズムがかき立てられやすい問題だということもみんなわかっていて、やっぱり領土問題が一番カギとなる問題なのではないか、という答えになっているのではないでしょうか。みんな、よく分かっていると思いますよ。
工藤:この領土問題は、日本と中国の間では元々どういう扱いになっていたのですか。
高原:日本側は国交正常化する際も、平和友好条約を78年に結ぶ際も、はっきりさせたかったわけですね。話し合いをしようと中国側にアプローチしていました。日本側としては、もちろんはっきりと日本のものだということを認めてもらいたかったわけですが、中国側は話し合いを拒否するのですね。鄧小平さんの78年の言い方だと、次の世代の方が我々よりも賢いだろうから次の世代に任せましょうと、今はとにかく触らないでおきましょうという、それが中国側の対応で、今日までずっときています。最近は中国の海洋進出あるいは積極的な外交、主権の主張ということを唱える人が増えてきて、実際実力も高まってきて、事件が起きるようになってきた。そういう段階に入ってきたということだと思います。
工藤:そうですよね。日本の国民から見ると、中国が海洋で色々なことを自己主張し始めているというか、行動しているという感じですね。あまり説明はないのだけれども行動だけしているみたいな、これは何か怖いような感じがしますよね。しかも、去年は経済的に中国が日本を逆転して、先行きは別にしてもかなり大きな大国になるという感じが目に見えてきましたよね。
高原:中国側の論理というのは、あそこは自分の領土なのだから、あそこの周りで何か行動をしようともそれは防衛的な行動である、ということを言うわけです。ですけれども我々からすればあそこは自分のものですから、いくら相手が防衛のためと言っても、日本からすれば侵略になるわけなので、その辺のことを中国の人によくわかってもらわないといけない。そういうことをあまり考えていない人も実はいるのですよね。相手には相手の事情があるのだと、あまり自己中心的になるなと。みんなが自己中心的になればぶつかるしかないわけですから、それは気をつけないとダメじゃないか、というふうに我々が粘り強く訴えていく、あるいは相手の国民にもアピールしていくということが大事だと思います。
工藤:確かに、ああいう問題があって日本の政府の問題もあるのですが、どうしようかという具体的な動きがないという状況です。ただ、残念なのが「良い」と思う理由なのですが、4月に北京-東京フォーラムの打ち合わせに行ったときに、中国の人たちと対話すると、東日本大震災のときに日本人が中国の研修生をかなり優先的に救済して亡くなった方が英雄的なドラマ的な話題に中国ではなっていたのですね。僕たちも尖閣問題のことが話題にならないくらい、非常に日本人はすばらしいみたいな感じがあったのですが、世論調査ではそういう設問もあったのですが、全体の印象を変えるまでは行っていない。これは何なのかなということです。
日本に余裕があれば、震災強力は外国的なチャンスだった
高原:もう少し日本側の対応に余裕があれば、これは外交的なチャンスだということでうまくできた部分もあったかもしれません。しかし、ああいう混乱の状況の中で、世界中の国々が日本を助けようとして、それぞれの国がなかなかもどかしい思いをした、やっぱり現場の事情からすると、簡単には各国のそれぞれの支援の思いを全面的に受け入れることができなかったという現実があったのだとは思います。
工藤:あのとき中国も当然支援しようとしていたのですが、メディア報道としては良くわからなかったですよね、中国の支援の姿が。
高原:まあもうちょっと象徴的なプログラムと言いますか、行動のようなものがあって、それがメディアで大きく取り上げられるとか、例えば中国側は病院船を出したがっていたわけですよね。そんなのはよっしゃと言って受け入れればよかったのですが、色々な事情でできなかったのでしょう。今の話は一例に過ぎませんけれども、何かシンボリックなことがあったらよかったと思いますけれども。
工藤:次の話になるのかもしれないですけれど、あの震災で大変なときにも、中国の話題というのは放射能を調べるために領海侵犯したとか、マイナスのニュースだけになっていませんか。つまり、この1年間、対決色がメディア報道に強まっているような感じはしますが。
高原:そうですね。尖閣の事件があったから特にということだと思うのですけれども、何となく世の中のムードとしては、中国報道というとやや警戒の側面が先に立つような雰囲気が今あるのですが、ただ理性といいますか、あるいは利益といいますか、実際の日中の経済交流であるとか社会文化交流であるとか、それは永々としてまだ続いているわけであって、ただそれを実際にやっている方々はあまりメディアで発言しません。我々は、なかなか見えない現実があることを忘れてはならないと思います。
工藤:わかりました。また休息をはさんで最後のセッションに行きたいと思います。