出演者:
小松浩(毎日新聞論説委員長)
実哲也(日本経済新聞論説副委員長)
杉田弘毅(共同通信編集委員室長)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。さて、言論NPOは9月28日、29日と2日間にわたって東京で、日本と中国の有識者による議論「東京-北京フォーラム」を開催します。それに先駆けて9月9日に、今回で10回目の日中共同世論調査を発表しました。皆さんも新聞紙上、またはテレビなどでご覧になった方があると思いますが、日本だけではなくて世界的にも報道されました。結果に関しては、日本から見ると疑問に思うようなところもありました。そこで今日は、メディアはこの調査結果をどのように受け止めたのか、という視点で議論したいと思います。
ということで今日は日本を代表するジャーナリストの方々に来ていただきました。まず、毎日新聞論説委員長の小松浩さん。続いて、日本経済新聞論説副委員長の実哲也さん。最後に共同通信社編集員室長の杉田弘毅さんです。
まず率直に言って、皆さんはこの調査結果をどのように受け止めたのかというところからお聞きしたいと思います。
メディアから見た第10回日中共同世論調査結果
小松:各紙で見出しになっているように、9割前後の日本人と中国人がそれぞれ相手国に対して悪い印象を持っており、良い印象を持っている人は1割程度に過ぎない、という大きなギャップが強く印象に残りました。過去の世論調査のデータを見てみると、尖閣の国有化、さらにその前の衝突事件の辺りから構造的に互いに相手国に対して良い印象を持っていないという状態がずっと続いているので、それ自体は大きな驚きではありません。しかし、ここ1、2年の間、日中間に特に大きなニュースがあったわけではないにも関わらず、このギャップが一層広がっている状況について考えざるを得ません。細かな分析はさておき、首脳間の対話がないまま日中関係の閉塞状況が続いている象徴として、こういった数字になっているのではないかと思います。ですから、いかに首脳会談の再開が日中関係改善のために必要か、ということを浮き彫りにしているとの印象を受けました。
杉田:実はこの世論調査が発表されたときに、私は取材でトルコに出張していたのですが、トルコの新聞でもこの調査結果が取り上げられていました。その記事の内容は、「中国人の半数以上は日本との戦争の可能性を認識しているという世論調査結果が出た」というものです。国際社会の見方は、日中間の緊張状態について、日本や中国で考えられているほど楽観的ではない。つまり、戦争に発展する可能性があると判断しているという感じがしました。もちろん、国際社会の見方がやや誇張されている、大げさだ、というのが実際のところだと思います。ただ、こういった見方が国際的に広まっているということを認識していないと色々とまずいのではないか、と感じました。トルコではアメリカの学者と話をしましたが、彼は「今、世界にフラッシュポイント(火種)は4か所ある。まず『ウクライナ』、それから『イラクのイスラム国』、さらに『イスラエルとガザ、パレスチナ』」と言った後、それらと同列に並べて「日本と中国」と指摘するのです。前の3地域は実際に戦争が起き、多くの人が亡くなっているにも関わらず、それと日中が同列視されているというのは、非常に衝撃的でした。
この世論調査から見るべきものはたくさんあると思うのですが、やはり日本人として重く受け止めなければならないのは、中国人が持っている日本のイメージとして「軍国主義」、「覇権主義」、「国家主義」などが突出した反応として出る一方で、「民主主義」、「平和主義」、「国際協調主義」など、我々日本人が当然視してきた日本の国の在り方であり、誇りに思っていた日本のイメージが、消えているということだと思います。個人的にもちょっと衝撃的でした。ですから、もしもそういうふうに見られていることが事実であるならば、メディアも含めた日本の対外発信が明らかに劣っていることであると思うし、何より日本にとって大きなマイナスです。ですから、対外発信のあり方と、メディアの重要性を非常に強く再認識しました。
実:両国ともに相手国に対する印象が非常に悪い数字になっており、しかも、この数年間で相手に対するイメージが悪いままで固定化の方向に向かっている、という意味ではやはり嫌な感じがします。確かに、最近は尖閣の国有化後の反日デモや、船の衝突など日中関係を揺るがすような大ニュースはありませんが、日本のメディアも中国のメディアも、相手国の政治家の言動などを悪い方向で拡大解釈し、大げさに報道することによって元々持っていた固定観念をさらに「やっぱりそうだったのか」と思わせるような悪循環に陥ってしまっている。こういうことが、お互いに相手に対するマイナスのイメージがどんどん増大してしまっている背景にあると思います。
ただ一方で、「この状況が心配だ」とか「改善が必要だ」と考える人が日本も中国も7割を超えているので、この多くの声がこれから状況を改善するための1つの土台にはなると思います。
日本人の対中感情悪化の背景には何があるのか
工藤:実さんも言われたのですが、認識の拡張という展開に、メディアの報道がかなり大きく影響しているのではないでしょうか。この世論調査では、10年間毎年、相手国への渡航の有無や知り合いの有無について聞いています。そうするとやはり、直接的な交流が少ないことが浮かび上がってきます。特に、中国人は日本に行ったこともないし、日本人と話したこともない人が圧倒的に多い。その人たちにとって日本に関する情報源としてよりどころになっているのは、自国のニュースメディアやドラマであり、それでしか日本という国について判断できない状況になっています。日本は中国よりは相対的には直接の交流を持っている人が多い状況ですが、それでも中国への渡航経験がある人は2割を切り、中国人の知り合いがいない人は8割近いわけです。両国に共通した傾向は、相手国に対する認識を形成する際に、自国のメディアを情報源とし、その中でもテレビの比率が高い、というのが現状です。
さらに興味深いのは、中国人は中国のメディアに対する信頼度が非常に高くて、中国メディアの日中関係に関する報道を客観的で公平だと見ている人はいつも7割くらいいます。日本人は日本のメディアが日中関係について、客観的で公平な報道をしていると見ている人はいつも2割から3割くらいしかいません。私は7割もの人が自国のメディアを公平で正しいと見ている社会はあまり健全ではないのでは、という気がしています。そうした事情も踏まえた上で、この世論調査結果を見た場合、皆さんはこの国民感情の状況をどう見ていますか。特に、中国人の対日感情はやや沈静化しているのに、日本人の対中感情がかなり悪化している。日韓共同世論調査では対韓感情も悪化していました。日本人の近隣諸国に対する感情が悪化しているわけですが、この状況をどう見ればよいのでしょうか。
小松:メディアが相手国に関するネガティブなニュースしか伝えないことが、国民感情悪化の原因だとしばしば言われます。しかし、両国の政治家の言動など、ニュースの源となるような動きそのものが、否定的なものが多いわけです。結局、政治家とメディアの相互作用で悪循環が起きてしまっている。
お互いに政治家同士の交流がほとんどない中、世論が政治指導者のちょっとした言動で大きく動いてしまう状況の中、求められるメディアの役割とは何か。もちろん、もっと前向きなニュースを伝えることで、少しなりとも関係改善や、国民感情の悪化を食い止めるために出来ることはあるのだとも思います。しかし、そのように相対化して、できるだけ問題を小さくしていくという努力にも、私は一定の限界はあると思います。やはり、大きな政治決断による両国の政治指導者同士のブレイクスルーがない限り、状況が決定的に変わっていくことはないのだろうと思います。
それから、自国のメディアに対する評価で、中国側は73.9%が自国メディアは客観的で公平と見ているのに対し、日本側は3割しかいません。「メディアリテラシー」ということを考えれば、常に情報を吟味して、咀嚼して、自分なりに理解していくことが国民側にも必要なことだと思います。ですから、報道への評価が中国のように高ければ高いほどいいのか、というと必ずしもそうではないと思います。
杉田:なぜ日本人の対中、対韓感情が悪化しているのか、なぜ相手国の日本に対する感情がそれほど悪化していないのか。自分なりに考えてみると、1つは、中国側の世論調査では「経済関係において日中はWin-Winの関係になれる」と考えている人が多い、という結果が出ているように、中国人はいうなれば前向きなのです。非常に勢いのある、若い国だからということもあるかもしれません。日本の場合は経済的に中国に追い越されて、国民の意識的にも、「衰退してしまった」という鬱屈した感情などが、国民感情の悪化の土台としてあるのではないかと思います。
もう1つ、具体的に色々な数字を見てみると、日本人が中国に対して「良くない印象」を持っている理由としてあげられているのは、大国的な行動や政治体制など、中国の本質的な部分への疑いから生じている「良くない印象」だと思います。ところが、中国人が日本に対して「良くない印象」を持っている理由として挙げられているのは、領土や歴史問題などもありますが、「政治家の言動が不適切だから」というのも大きい。これは、ちょっと政治家の歴史問題での表現の仕方が変われば、大きく対日感情が変わっていくような感じもするわけです。
ですから、日中がお互いに持っている悪い印象の根幹にあるのは、日本側の方がより大きく、より本質的で、取り除くことが非常に難しい問題であるのに対し、中国側はある意味で表面的な問題であって、ちょっと工夫すれば何とかなる問題です。だからこそ、中国人は日本に対して、それほど深い意味での感情悪化を拡大させている、という結果にはなっていないのだと思います。
実:基本的に皆さんが言っていることに賛成です。マスメディアの評価に関していうと、日本人のメディアに対する信頼が低いというのは、我々主要メディアは、問題から一歩引いて相対的に見ている、つまり、対立だけでなく「日中関係というのはこんなにも重要なのだ」ということもセットで伝えている。しかし、本屋に行くと、「中国は不倶戴天の敵であり相容れる存在ではない」というような論調の本や雑誌があふれてしまっている。それで、「主要メディアよりもそちらの方が正しいのではないか」と思ってしまう人が増えて来ているからではないでしょうか。
中国の場合は、官製メディアとそうではないところの差があまりないものですから、基本的にメディアに対する支持が高いのかな、という感じがします。
今や新聞、テレビなど主要メディアだけで世論がつくられる時代ではないので、書籍や雑誌、さらにネット世論も含めて冷静に分析し、あまりにも根拠がないものに対しては、「いや、そうではないのではないか」と異議が出てくるように、広く世論のバランスが取れるようにしていくことが重要だと思います。
日中両国に必要なことは、世界の視点を通じて尖閣問題を考えること
工藤:冒頭、杉田さんからお話がありましたが、世界からの日本と中国に対する見方が固定化されて、国際社会からかなり厳しい目で見られています。確かに、この前の調査発表の後に、世界の主要メディアが「2020年までに日中間で軍事紛争が起こるという確率は何%だ」と報道していました。世論調査には「2020年」なんてどこにも書いてないのですが、そういう議論まで起こってきている。そして、そこに対して色々なシンクタンクもコメントを出してきている。実は、日韓共同世論調査の発表時も、「日韓間の軍事紛争の可能性が高いと両国民が認めている」と大きく報道されていました。つまり、世界は北東アジアの緊張感を、かなり拡大して見ているという現象があります。では、なぜ、そういうふうに伝わっているのでしょうか。
実:世論調査に限らず、首脳同士の相手国に対する発言がネガティブなものしか出てきていない。さらに、衝突が実際に起きかねないという状況にあるのですが、例えば、ホットラインをつくるなど紛争を事前に防ぐようなメカニズムもできていない。世界はそういうところを見て、「本当に衝突してしまうのではないか」と懸念してしまうのだと思います。外交政策をいきなりガラッと変えるのは難しいのですが、せめて、紛争を防止するためのメカニズムだけはきちんとつくらなければならないし、それがないと他の地域から見て、「北東アジアは危ないのではないか」と思われても仕方がないと思います。
工藤:メディアはどうしても、悪い状況だからニュースにする、ということがあるのですが、それが結果としてワンボイス、つまり1つの見方だけが世界に伝わることにつながっているような感じはしませんか。
実:実際には安全保障でも多様な見方があるし、日中間で経済的な相互依存関係が非常に強いということは、ビジネスの世界では、日本サイドも中国サイドも分かっている。そういう人たちの声は、特に海外のメディアに紹介されているわけではない。そもそも、安全保障の問題と経済の問題は一緒に考えていかなければならないのですが、日本では別々に議論され、対中政策を考える上でも、あまり総合的に考えられていない。そういう問題もあるのかなという気もします。
杉田:世界がこの地域を見る際に、中国の台頭がありアメリカは少し衰退している、日本はその間にいて困っている、という非常に分かりやすい見方があると思います。また、過去の歴史を見ると台頭する国と既にある大国は、軍事衝突をもって雌雄を決し、そこで同盟関係をつくって、どうやって勝負していくかという非常に単純化されたゲームシナリオみたいに、欧米の人たちは見がちなところもあると思います。
しかも、アメリカのリバランス、あるいは、中国の軍事的な拡張、さらに、軍の航空機同士の異常接近などの現実に起きている状況が、わかりやすく単純な見方を補強し、ストーリーを組み立てやすくしている。実さんが言われたように、経済関係の深さなど、プラスの面は忘れ去られて、単に軍事的なぶつかり合いの可能性が大きい、という見方が一般化されてしまっているという懸念がすごく強くあります。我々メディアにいる人間は、悪いニュースを伝える傾向がありますので、単純でわかりやすい見方を補強するような出来事を伝えると、また国際的な世論マーケットで大きく反響するようなことが実際問題としてあると思います。
また、首脳同士のやり取りがないために、メディアが「実は日中はこんなにも仲が良い、経済的にこんなに深い関係ですよ」と言っても、危機管理メカニズムすらないために、世界はなかなか信用しません。ですから、まずは政治がリーダーシップをとり、首脳同士のやり取りが動き出せば、イメージはかなり変わっていくのだと思います。
やはり、メディアが先導してイメージを変えるということは、好材料がないとそもそも書くことすらできませんから、厳しいものがあると思います。
小松:ヨーロッパあたりからアジアを見ると、北朝鮮もあるし、中台関係も緊張しているわけですから「冷戦がまだ終わっていない」という認識なのだと思います。それらの緊張に加えて、尖閣問題で日中間の緊張が加わってきている。ですから全体的に、この北東アジア地域が紛争地帯であるという認識は元々あるのです。そういう目で見られているということを我々はまず知るべきだと思います。
また、世界第2位と第3位の経済大国間で、仮に軍事衝突が起きたらどうなるのか。確実に2国間を超えて、世界経済、あるいは世界の政治に対する致命的な負の影響を与えると思います。その甚大な影響を考慮せず、「どちらが勝つのか」、「自衛隊の方が強い、いや、人民解放軍の方が強い」などの発想で考えているうちは、どうしても世界の視線とのズレが残ってしまう。尖閣問題は主権と主権のぶつかり合いですから、どうしても自分と相手の国のことしか考えられなくなるとは思いますが、世界に対する責任も意識する必要があります。世界からの視点を通じて、この尖閣問題をどう処理すべきか。これには大国同士の義務と責任があると思いますし、そういう視点、発想を両国の政治家に持ってもらわないと困ると考えています。
なぜ、日中関係は重要なのか
工藤:お互いの国民感情は悪化していますが、この10年間の調査を見ると、「日中関係は自国にとって重要だ」という見方は両国ともにいつも高い状況です。今年は中国では65.0%、日本では70.6%の人が、「日中関係は自国にとって重要だ」と答えています。2010年の調査では、中国人の92.5%が「日中関係が重要だ」と回答していましたので、今年は30ポイントくらい減っているわけです。しかし、それでも65.0%ですから依然として高い水準です。
ただ、みんな本当の意味で日中関係が重要だと思っているのか、というとやや疑問視せざるを得ません。世論調査では、「重要である理由」についても尋ねているのですが、その回答は、「隣国だから」や「経済大国だから」などのように一般的な見方が多く、アジアの未来を考えていく上で、日中関係にどのような意味があるのか、ということを実感できている人はほとんどいないような感じがしています。また、世論調査では、日中関係は今後も対立を続けるのか、それとも平和的な共存・共栄関係になるのだろうか、ということも聞いていますが、両国ともに半数以上の人が「共存・共栄関係になることを期待するが、それが実現するかどうかわからない」と答えています。つまり、多くの人は何となく日中関係が重要だと考えているけれど、その重みを実感しているわけではない、という感じがするのですが、皆さんはどのように考えていますか。
小松:日中関係は重要であり、共存・共栄すべきだということは論ずるまでもありません。ただ、無条件ではなく、やはり共存していくためのルールのようなものは重視する必要があると思います。単に、隣国であるとか、経済的なつながりが強いというだけではなく、一緒にやっていくためには価値観、例えば、「法の支配」や「市場経済」など、様々なグローバルルールを中国が尊重するかどうか、ということは大きいと思います。
もし、中国が新しい大国として、覇権を握るために自国のルールを押し付け、既存のグローバルルールを変えていくような強引なやり方をしていくようであれば、共存・共栄も難しい。そこを、中国に分かってもらう必要がある。そして、開放的な仕組みの中で、お互い平和的に付き合っていくために何が必要か、ということを日中は考えるべきだし、首脳会談もそこを出発点として欲しいと思います。
杉田:「日中関係は自国にとって重要である」という理由を見ると、日本の場合は「隣国同士だから」という一般的な見方が53.4%なのに対し、中国では45.5%とやや低くなっている。日本の中国に対する意識は「そこにある大国だから付き合わざるを得ない」という受け身的な発想だと思うのです。中国の場合は、やはり、大国としての意識が強いと思うので、日本人と比較すれば受け身ではなく、能動的な意味で、「日本は中国にとって本当に重要な国なのか」ということを考えている、という印象を受けました。
日本人の場合、そういう受け身的な発想から、一歩、二歩踏み込んで考えてみれば、おそらく今、小松さんもおっしゃったような、ルールの問題や、あるいは政治体制の問題など、様々な中国の欠点みたいなものをどうしても認識せざるを得ない。そうすると、仮に隣国ではなく、遠く離れた国であったならば、おそらく日本人にとってこれほど高い数字を持って「日中関係は自国にとって重要である」という答えが出てこない可能性もあるのではないかと思います。
このように日中関係の重要性に関する双方の認識の違いは、今の日中関係を象徴しているので、この辺をきちんと解き明かして考える。そういうことをやっていかないと、ただ単に「隣国同士だから」という抽象的なくくりで、相手に対して日中関係の重要性を説得しようとしても、これからは難しいと思います。
実:まず、工藤さんも触れられましたが、中国側では「日中関係が中国にとって重要である」という比率がどんどん下がってきている。その背景には、中国人の中国経済に対する過剰な自信があると思います。しかし、これから本当に中国人の生活水準が上がっていくためには、相当大きな経済改革が迫られるし、政治体制自体もこのままではいけないという認識を持っている人は、専門家では多い。しかし、一般の人はまだそういう認識ではなく、過信になっている。それがこの調査結果にも表れていると思います。つまり、「もう日本など相手にしなくてもいい」と考える中国人が増えてきていることが、重要性の低下の背景にある。
例えば、環境問題であれば中国の環境悪化は日本にも影響しますし、エネルギーでも例えば、LNGの調達などでは同じ地域にあるわけですから共同調達すればもっとコストを安くできるわけです。ですから、日中関係が重要である理由について、「隣国同士だから」ということが、まずベースとしてあっても良いのではないかと思います。その上で、日中の経済関係を考えると、日中関係が重要である理由がより明確になってくる。今や日本企業も中国企業もグローバルに展開しており、、日本企業は中国から離れたら、中国や中国企業と無縁でいられるかというと、そんなことはない。取引関係のある東南アジアの企業は中国企業とも親密な関係を持っているということがある。中国も日本の技術と無縁で、自分たちだけでできるという状況ではない。日中が一緒にやった方が当然お互いにとってプラスになるという感覚は、ビジネスの世界の人の間では日中で完全に共有していると思います。ですから、ビジネスの世界の人たちが、現場では実際にどうなっているのか、ということを交えながら、日中関係の重要性について声を上げるというか、説明していただけると良いと思います。
アジアの将来を見据えながら、日中両国の首脳はどう決断するのか
工藤:政府間外交の問題についても、今回の世論調査の中で1つの傾向が見られたので、それについても議論をしたいと思います。11月にAPECで日中首脳会談を行おうという動きがあることはメディアでも報道されていますが、世論調査では政府間外交の有効性と首脳会談の必要性について尋ねています。まず、日本人では半数以上が、「政府間外交が有効に機能していない」と答えていますが、逆に中国人では半数が「有効に機能している」と答えています。これは「日本に対しては突っぱねてもかまわない」と考えている人が多いために、日中首脳会談がないことがむしろ「有効に機能している」という評価につながっているのだと思います。もっとも、中国人の中でも3割近くが「有効に機能していない」と答えている点は注目されます。
「有効に機能していない」理由については、日本人では39.5%、中国人では47.7%が「相手国のリーダーの政治姿勢」をあげています。しかし、逆に「自国のリーダーの政治姿勢」問題だと考えている人も、日本では57.5%、中国でも15.4%います。
それを踏まえ、「首脳会談は必要か」という質問に対しては、日本人は60.6%、中国では52.7%が「必要である」と答えています。ただ、中国人では「必要ではない」との回答も37.1%ありました。皆さんはこの結果をどのようにご覧になりましたか。
小松:双方とも50%以上の国民が首脳会談を必要である、と言っている。これは前向きな数字だと受け止めていいと思います。他方、首脳会談での議論課題という設問では、日中間のギャップがうかがえる。日本側は「両国の関係改善に向けた広範な話し合い」が最も多いのですが、中国側は「尖閣問題」と「歴史認識」という日中間の2つのトゲについて正面から議論すべきだ、という認識が多いので、こうなるとなかなか難しい。
しかし、それでも会わなければいけないだろうし、会うことによってしか打開できない問題はあるのだろうと思います。基本的には尖閣には領土問題はない、というのが日本政府のスタンスですが、かつて民主党政権は「領土問題はないが外交問題はある」と言っていた。つまり、両国間で領有権をめぐる係争があると。国際的にもそう見られています。ですから、これは多分に修辞学的な世界といいますか、お互い漢字の国ですし、「領土問題がある」と言わなくても事実上この問題を首脳同士が何らかの形で緊張緩和させることは可能だと思います。最近、丹羽前中国大使が「1972年に締結した日中共同声明以来、42年間に結ばれた4つの共同声明・宣言を順守すべきだ」と言っているように、4つの共同文書の原点に返り、全ての日中間の問題は武力を用いず平和的に解決する、ということを確認する。それだけでも、日中は尖閣問題について決して武力ではなく、平和的に対応していく、ということが暗示されるわけです。これは昨今、日本側では超党派の訪中団の人がそういうことを言っているし、中国側もそういうことを言っている。ここに一つの落としどころのヒントがあるような気がしています。
工藤:APECで首脳会談は実現するというふうに見ていますか。
小松:正式な長い会談になるかどうかは分かりませんが、何らかの形で短い会談ないし接触は必ずあるだろうと思います。
工藤:首脳会談が実現すると、これはかなり大きな世界的ニュースになるのでしょうか。
杉田:冒頭でお話しした通り、世界から見た北東アジアというのは、大きな紛争の火種の1つであるわけですから、そこの緊張が緩和されれば、これは世界的にも非常に前向きなニュースになると思います。ですから、両国政府は、この地域に生きている者の1つの責任として、国際社会に対して前向きなメッセージを届けることになる首脳会談実現に向けて努力すべきだと思います。
その首脳会談の議題については、中国人は「領土問題」を求める声が多いですが、その領土問題の「解決方法」に関する世論調査結果を見ると、中国世論の主張は日本側にとってかなり厳しいものです。「領土を守るため、中国側の実質的なコントロールを強化すべき」や「外交交渉を通じて日本に領土問題の存在を認めさせるべき」といった主張が上位を占めているので、日本側としてこのままではなかなか「はい、わかりました」ということにはならない。ただ、首脳会談も外交交渉である以上、当事国それぞれが解釈できる余地を残した形で何らかの合意ができる、という可能性があります。つまり、双方が自国の国民が満足する、納得するような説明ができる範囲で、会談結果を出せばよいわけですから、そこは知恵を出す余地は大いにあると思います。つまり、「黒か白か」ではなく、いくつもの解決方法があるわけです。
それから、「是非とも首脳会談をやるべきだ」というように両国の国内で気運を高めていくことも非常に重要だと思います。この調査結果だけを見ると、「とてもじゃないけど合意が成立するような余地はない」「非常に大きくかけ離れた立場だな」と結論づけてしまいがちです。そこで国民間の気運が高まれば、政治指導者を動かす一番大きな原動力になります。ですから、そういった気運を醸成していく。それが今、APECを前にして求められていることであると思います。
実:首脳会談の実現可能性はかなり出てきたのかなと思います。ただ、そこでは、あまり大きな問題の解決まで期待しすぎないほうがいいと思います。ここしばらく、全然やっていなかった首脳会談を開いて、まず、首脳同士が笑顔で握手するような写真を撮る。そして、環境、エネルギーなど両国がポジティブに協力できるような分野をテーマとして出していく。そういう形にしていけば、中国サイドは特にそうだと思いますが、「首脳同士が会うなら我々も会ってもいいのだよな」と下級官僚、経済、地方、さらには民間など色々な分野での交流が再開していく、という新しいモーメンタムをつくっていくことになるのだと思います。とにかくまずは1回会い、それを定期的に続けていく。続けていくうちに徐々に厄介な問題に取り組んでいく。そういうステップを踏んでいくべきだと思います。
今回のAPECは中国開催ですので、中国サイドも「ここで日本の首相を無視するのはさすがにまずいかな」という程度の認識である可能性もある。今回限りの首脳会談ではなく、継続的に開かれるような形にするためには、実は首脳会談後の対応に一番注意が必要です。尖閣国有化も野田さんと胡錦濤さんが会った直後でしたので、信頼関係が崩れてしまった面があるわけです。特に、両国とも政権のバックにはナショナリスティックな世論があるわけですから、首脳会談後の発言、行動については注意をした方がいいでしょう。
工藤:確かに、今回会わないと何も始まらないということなので、会談はした方が絶対いいし、それを多くの人が期待している。ただ、2006年に安倍さんが訪中して「戦略的互恵関係」を結びましたが、その後、具体化したわけではない。今回、首脳会談が実現したとして、それがどのように発展していくのか。ただ単に会うだけなのか。それとも大きな展開を期待してよいものなのでしょうか。
小松:それは首脳本人の胸中を覗かないと分からないことですが、ただ、習近平体制は10年の任期がある。安倍さんもかなり長期政権を意識している。ですから、2人ともかなり戦略的に考えていると思いますし、今のままの状況が続いて良いとは思っていないはずです。
さらに言えば、日中関係の国民感情が悪い中では、親中的な政治家ではなく、安倍さんだからこそできる、ということがあると思います。日本国内の世論は保守的であるわけですから、その世論に対する抑えが効くという意味では、安倍さんだからできるものが必ずあると思います。
来年、戦後70年の節目を前に、アジアの将来を見据えながら戦略的にどう決断するか。そこは首脳同士に委ねるしかありません。
危機管理メカニズム構築への突破口を開くべき
工藤:尖閣諸島周辺では偶発的事故の危険性が高まっていますが、首脳会談をベースにして、ある程度危機管理メカニズムの構築ができる状況になっていくのでしょうか。
杉田:それは最重要課題ですから、何とか突破口だけでもつくりたいところです。それができないと、おそらく国際社会の失望は大きいと思います。ですから、戦略的互恵関係のようなある意味で壮大な枠組みについて話し合うこともいいですが、危機管理メカニズム構築についてどれだけ話ができるか。何らかの合意が実現するのか。そこが一番注目されることだと思います。
それから、中国側は習近平が就任からまだ時間があまり経っていませんが、この間、対米・対日関係で色々あれこれ悩んできました。そして今、中国が経済的に若干難しい立場にあること、あるいは国際的に少し孤立していることもあり、単なる日中関係だけではなく、もう少し中国を国際社会の中に包摂していくという意味においても、この首脳会談が実現すれば非常に重要な意味を持つと思います。
実:首脳会談が実現すれば、これは1つの大きなステップにはなるのではないかと思います。これまでお話がありましたが、国際社会は「世界第2位と第3位の経済大国が軍事衝突するかもしれない」と日中を見ているわけです。つまり、両国は成熟した国家として、本当にお互いの関係をマネージできるのか、という疑いの目で見られている。ですから、理想を言えば、初の首脳会談でも危機管理のためのホットライン構築について議論するなど、そういうところまで踏み込んでほしいと思います。もっとも、専門家に言わせるとそれもなかなか難しいだろう、ということですから、まずは、「会う」ということ自体を実現してほしい。やや期待値が低いかもしれませんが、そこから期待していきたいと思っています。
工藤:今日は世論調査を軸にメディアがどのように今の日中関係を考えているのか議論をしました。これまで議論してきたように、国民感情に悪化については、メディアの報道がかなり影響しているのも事実です。今後、日中関係の改善していくために、メディア報道がどのような展開をしていくのかという点に私は注目しています。今後も皆さんの御奮闘をお祈りしています。
言論NPOも9月28日、29日という、まさにAPECの直前に、大規模な日中の対話を東京で開催します。この内容は全てインターネットで中継しますし、録画でも公開することになっておりますが、直接参加できる方は、是非申し込んでいただければと思います。皆さん、今日はどうもありがとうございました。