第9回日中共同世論調査をどう読み解くか

2013年8月05日


日中関係の現状をどう考えていけばいいのか

工藤:さて、このセッションで非常に重要なのは、日中関係の現状を、どう両国の国民は考えているのか、ということです。この結果にも私はかなり驚きました。確かに政府間の首脳会談もないわけですから、日中関係が悪いと思って当然だと思うのですが、日本は去年「悪い」が53.7%だったのが、今年は79.7%、これも20ポイントくらい上がってしまった。中国はなんと90.3%が「日中関係の現状が悪い」と答える状況なのですね。

これに関しては、去年「どちらともいえない」という選択肢があったので単純比較はできないのですが、ただ中国は「日中関係が悪い」というのは去年41.0%しかなかったので、それだけを比べると50ポイントぐらいも悪化し、かなり衝撃的です。

さらに、「今後、両国関係がどうなるか」ということなのですが、今までは、現状がどんなにひどくても「来年以降は良くなっていくのではないか」という声が国民レベルではあったのですが、今回は「今後もさらに悪化していくだろう」という声が、少なくとも中国では4割を超えています。「今の状況が変わらない」が3割いますから、中国の国民の約7割が今の深刻な状況がこのまま続くか、さらに悪化すると見ている。日本も、「悪くなっていく」が28.3%となっています。これはどのように考えればいいのでしょうか。


参院選の結果がもたらす中国側の悲観論

加藤:日本の政権はコロコロ代わりましたし、政権交代もあって政策も随分変わったので、次が分からない。だから、これまでは、期待的、希望的に、「次は良くなるだろう」と考える余地があったのではないかと思うのです。ところが今回の場合、参院選で自民党が勝つだろうということは、何となく中国の方でも前から織り込み済みだったのではないかと思います。そうなると、今の悪い現状があまり変わり得ない、むしろ続くだろうと感じる。まず、日本の政治制度の問題からそう考えるところがあったのかもしれません。

なおかつ安倍さんは、第1次安倍内閣の時に、就任直後に中国を訪れて雪解けをしましたよね。そういう期待があったのですが、今回はそれがなく、逆に「あれ、安倍さん、ちょっとこの前と違うね」という感じがあるものですから、中国としてはむしろ逆で、「悪くなるのではないか」という気持ちが強くて、そういう政権がもしこれから3年とか長く続くと、日中関係にプラスになる要素は考えにくいという気持ちが相当広まったのではないのかという気がします。


尖閣問題で冷静さを欠く中国

高原:もう一つの問いとして「両国関係の発展を妨げるものは何ですか」というのがありますよね。それに対する中国世論の答えとして一番多いのはもちろん領土のことなのですが、もう一つ注目すべきだと思われるのは、去年だと「中国国民のナショナリズムや反日感情」が両国関係の発展を妨げているという、ある意味では冷静な自己認識があったのが、今年は我々の目から客観的に見ても中国のナショナリズムがすごく高まっているにもかかわらず、その点を指摘する人が半分以下になってしまって、去年は21.3%だったのが、今年は8.0%に下がっている。ちょっとみんな頭に血が上ってしまったということが分かると思いますね。

工藤:今、高原先生がおっしゃったように、去年は「中国国民のナショナリズムに問題がある」という声が2割くらいで、けっこう冷静な見方があったのですが、今回は確かにみんなカッカしてしまっている感じですよね。そして、領土問題がやはり一番の問題になっている。

宮本さんは中国大使も経験されたということでお話を伺いたいのですが、こういう時は首脳会談を再開すべきだと思われますか。加藤さんがおっしゃったように、安倍さんは第1次政権の時は電撃訪中をして日中関係の改善のために動いたわけですよね。

ですから、私たちも、ある意味ではリアリズムの考え方を安倍さんに期待するところもあるのですが、「首脳会談は必要ですか」と両国民に聞くと、日本は64.9%、中国は57.1%の国民が「必要である」と答えています。だから基本的に6割が「必要である」と思っている、これは十分だと思うのですが、ちょっと気になるのは、中国側には「必要でない」と思っている人が37.3%いるということなのですね。つまり課題の解決という点で、非常に疑心暗鬼があるような感じが世論から見えるのですが、宮本さん、どのように考えればいいのでしょうか。


「首脳会談」は膠着状態を変えられるか

宮本:イメージとしての日本の悪化、日本との将来の関係をどうしていくのか、ということが全部響いていると思いますね。したがって、日本のイメージがいかにして悪化したかという原因究明の中に、今後のことについての一つの解答はあるだろうと思います。面白いのは、首脳会談は「必要」なのですよね。問題が難しくなればなるほど首脳が決めるしかない、いくら部下に準備しろと言っても限界があるわけですね。したがって、いざという時には首脳が顔を出すのは当たり前の話なのですが、中国の場合は(「首脳会談が必要だ」という声が)50数%あったとしても、30数%の人は「やる必要はない」と言っているのですね。この認識の違い、問題があった時に首脳が出かけて解決するのが当たり前だという日本の認識と、そんな日本とは首脳が会う必要はないのだと思う中国社会との、首脳会談に対する感覚の違いが出てきますね。これが両国首脳の判断に影響するということなのです。両国首脳はすべて国内の認識、判断をもとにやっていきますので、中国国内で「こんな時に会う必要はない」という声がこんなに強いということは、習近平さんの判断に一定の影響を及ぼす。もちろん、50数%が「やれ」ということですから、基本はやるということだと思いますが、ちょっと日本と違うなと思います。

中国は日本との関係を改善しようという意識はあるか

工藤:今のお話を伺って別の疑問が出てきたのですが、私たちは「こういう状況だから何とか解決しないといけない」とすぐ頭に浮かぶのですが、中国の世論では、なかなか「この状況を直さないといけない」という意識にならない、ということなのでしょうか。

宮本:中国の世論は、日本との関係が悪くなっているということもありますし、将来どうなっていくかという時に、日本との関係が間違いなく落ちていくと思っているのです。現在の状況は、客観的に見れば、中国も日本を間違いなくお互いを、必要としているのですね。日本だけに恩恵を与えるのではなく中国にも恩恵を与えるという明確な相互関係があるのですが、中国の人は、実現するかどうか分からない将来の姿を前提にして、「日本との関係はその程度でいい」ということで、切迫して「日本との関係を良くしないといけない」という気持ちが生まれてきていないのではないでしょうか。

工藤:これは重要なところですね。高原先生どうでしょうか。

高原:「両国関係は現在重要か」という問いがありますよね。私はここがどれほど下がるかと心配していたのですけれど、それほど大きくは下がらなかったというので、やや安堵しているところがあるのです。

工藤:両国民の7割くらいが「重要だ」と思っています。

高原:去年は8割くらいあったと思うのですが、日本に対するイメージ、感情が非常に悪くなったけれども、まだ理性的には7割の人が両国関係の重要性を認識しているということも、習近平さんはよく認識してほしいと思いますし、日本側でも同様ですよね。「重要である」という人の割合がそんなに下がっていないわけですから。


民間交流は日中関係を良くするか

工藤:いつも「日中関係は悪いのだけれど、お互いは重要だ」と考えているところが救いになっているのですよね。これはまだ7割くらいで崩れていない。

次に「両国関係とアメリカとの関係」、日米/中米関係と日中関係のどちらが大事なのかという設問をいつもしているのですが、これを見ると同じ傾向が出ている。少なくとも「どちらも大事だ」というのが半数を超えているのですね。ただ、「日米/中米関係の方がより大事だ」という声がどちらも増えているのですが、日本の方が10ポイントくらい増えてきているという状況が今回あります。

併せて聞きたいのですが、「日中関係を考える時に民間交流が大事か」に対して前回は8割~9割が「重要だ」と言っていたのですが、今回「重要だ」は日本でも6割、中国でも6割台に下がってきているのですね。本来、民間の交流というものが、クッション役とかいろいろな大事な役割を持っているのですけれど、全般的に何かトーンが変わってきているような気がしてしまうのですが。


「最も重要な国の一つではない」 ―中国にとって変わりつつある日本の重要性

加藤:一つ一つの数字を見ると、ちょっと減ったくらいで済んでいるところもあると思うのですが、いくつかの同じような傾向を見ると、やはりここまで全面的に減っているというのにはちょっと引っかかりますね。それは10ポイントとか5ポイントくらいのズレかもしれないのですが、これはもしかすると、これから先どんどんその傾向が続いていく可能性があるのではないか、その予想を感じさせる怖さがありましたね。

私が中国の方と話をしている時に、今までは中国の人は必ず「日中関係は最も重要な2国間関係の一つである」という言い方をしてくれることが多かったのですが、最近は「日本は最も重要と言えるのかな」という人がいまして、中国の目線の中で、「日本は確かに重要なのだけれど、最も重要な国の一つではなくなりつつある」というとらえ方が出てきたのかなと思います。

そういう意識の変化が、ちょっとですが数字で表れているという気がします。これについては、たまたま今年の特徴なのかもしれないし、来年以降この傾向が続くのか、続かないのか、もう少ししっかりと長期的に見ていくと、日本に対する中国人の気持ちの変化が見えるでしょう。そこにすごく注目したいですね。

工藤:私も、これはもう少し分析しないといけないと思っています。というのは、宣伝とかメディアを通じた認識という点では誤解も結構あると思うのです。例えば日本の首相のイメージも、メディア報道によってかなり過激につくられる可能性があるので、このあたりはトップの首脳会談で変わると思うのですが、民間交流そのものをあまり重要と感じていない人が増える、という話は、宣伝の問題とどうつながるのかと気になっています。

宮本:それは、民間交流に従事している人が絶対的に少ないということですよね。とりわけ中国においては、ここでされているのは全部抽象的な話なのです。自分で体験して自分で考えた結果ではないのですね。そういう抽象的な世界で「もう必要ないだろう」と。むしろ日本ではけっこう民間交流をやっておられる方はいるのですが、こういう、本当に民間交流をやらないといけない時に、交流を止めてくるような中国とはもう付き合いきれない、というところはあるのだと思います。長いこと日中関係をやっておられる方からは、ため息とともに希望を失うような声を地方でもよく聞きますからね。ですから、民間交流をやった方がいいと思ってきたのだけれど、こういう対応をされると「本当に民間交流をやっていけるのだろうか」という見方が出てきているのだと思いますね。

それから、日本に対するいろんな見方が弱くなっている一つの大きな理由は、「2030年の相手国」というところを見ていると、中国で一番多いのが、33.1%で「日本は2030年には経済大国の地位も影響力も低下する」と見ているのですよ。これが、先程の「最も重要な大国の一つなのかな?」と疑問視されている前提になっている認識なのですね。ですから、これは日本が経済をもう一度成長の軌道に乗せて、2%でも3%でもできれば、中国も未来永劫7%ではなく落ちてきますから、すると2030年代になるとお互いに2%や3%くらいの経済成長でそんなに差がつかなくなってくる。日本は相変わらず、先端技術とかソフトの面では優れているという日本にしておけば、この33.1%はもっと減るのではないかと思いますけれどね。


相手国の将来に悲観的な見方が広がっている

工藤:一方「中国の将来に対して日本の国民はどう感じているか」というと、以前は中国の経済台頭に伴って「アメリカに接近するのではないか」と思っていたのですが、今年は「中国経済は順調に成長する」よりも「将来は極めて不透明だ」が29.3%。だから、お互いに相手国の将来に対して慎重に見るようになっている。

加藤:このように相手を見てしまうと、関係を強化することに対する動機づけが弱まってきますね。

高原:日本からすると、最近の中国の話題というと、もちろん島の問題もありますが、大気汚染ですよね。環境汚染の問題のイメージが非常に強い。昔からある問題を中国はなかなか解決できていない。これからは、社会の高齢化もいよいよ速い速度で進展するとか、日本がこれまで経験してきたような問題に中国が行き当たっていて、それをうまく解決できるだろうか、どうもその兆しがない、といったような印象があるかなと。特に、大気汚染は、非常に可視化された形で、中国のこれからのリスクというものを、印象として人々に植えつけたのではないかなという気がします。

工藤:今の高原先生の話は非常に重要で、両国関係に関しては、お互いに共通利益というか、いろいろ解決しなければいけない問題はいっぱいありますよね。だから、本当はそのためにも、協力を深めようと、そういう認識が出てこないといけない。中国はたぶんそう思っている人たちが多いと思うのですが、なかなかこういう意識は、世論調査には出てこなくて、対立だけが加速されているという現状のような気がしました。では少し休憩にして、最後のセッションにいきたいと思います。

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