尖閣問題と経済問題を両国民はどう考えたか
工藤:では、尖閣問題や経済、まさに両国に問われた様々な課題に関して、話を進めたいと思います。
まず経済の問題ですが、「尖閣問題がお互いの経済に影響を与えているのか」と聞きました。実はこの設問は、今回初めて入れたのですが、「両国の経済に尖閣問題が影響を与えているのかどうか」ということになると、中国は82.2%、日本は67.7%の人が「影響を与えている」ということです。では、「どちらの方により悪影響を与えているのか」ということも聞いたのですが、日本は65.1%が「日本と中国のどちらにも影響を与えている」、つまり共倒れになるような状況になっている。中国もそのような見方が52.4%で、半数以上が「両国経済に影響を与えている」という認識を持っている。ただ、3割くらいは「中国よりも日本に影響がある」という意見があります。
もう一つ気になったのは両国の経済関係です。今まで9年間調査する中で、初めは「中国の経済は日本にとって脅威だ」という見方が日本の国内にありました。それがだんだん「Win-Winの関係で、両国の経済発展は非常に重要だ」という感じになっていったのですが、今回の調査では、中国側は半数以上、「お互いWin-Winの関係を築くことができる」というのでまだ残っているのですが、日本の中に「Win-Winの関係を築くことが難しいのではないか」という人が4割以上いて、それが一番多くなっている。
あと、昔、経済は盛り上がっているが政治は冷え込んでいるという「政冷経熱」という言葉がありまして、今回の世論調査では「『政冷経熱』という状況を維持することはできるか」、つまり経済と政治は分離できるかということも聞いたのですが、やはり半数を超える人たちが「政治の問題が経済にも影響する」という形で、日中ともに、「政冷経冷」に向かうと見ている。加藤さん、これはどうですか。
政治問題は両国経済に影響を与えるか
加藤:確かに、経済が両国関係の影響を受けているという側面が現実に起きているので、こういう形になっているのだと思うのですね。ただ、例えば、レアアースなどはあの時止められてしまって大きな問題になったからはっきりしていますけれど、それ以外の部分では、日中関係が悪くなったという問題と、もう一つは中国の経済成長が相当鈍化してきている。鉄鋼生産がかなり落ち込んだり、いろんなところでブレーキがかかっているというのが、日中の経済関係にもある程度影響を与えている部分があって、どこまでが日中関係の影響か、どこまでが経済の鈍化なのか、若干分かりにくいところがあると思います。
ただ、この前、韓国の朴槿恵大統領が、非常に大勢の経済代表団を連れて中国に乗り込みましたね。政治が悪いとき、あのような形で、経済と政治を結びつけて「政治経済外交」のようなものをやる国が多いわけですね。アメリカもロシアもドイツもそう。(ところが日本の場合)そういうことをやられた時に、日本の方から見ても「経団連だけ行って大丈夫なのか」という問題が実際にありますし、行ってもなかなか偉い人に会わせてもらえなかったりという現状が起きたりしました。深刻な問題になりつつあるな、という実感を持っていることも間違いないと思いますね。
工藤:経済関係で意識的に要人が会わなかったり、いろんな形がありますよね。
加藤:最近、若干変わってきているような感じはしますけれど。
日本と中国は「Win-Winの関係を築くことができる」のか
高原:「両国の経済関係」という問いの答えがすごく面白いと思うのですね。というのは、日本の世論の方を見ると、実はすごく増えているのが「分からない」。それで、「Win-Winの関係を築くことは難しい」と答えた人は1ポイントしか増えていない。やはり、島の問題が起きてからの、暴力的な反日デモなどといったものを見て、すごく当惑しているという感じがありますよね。政治が経済に波及する中国の振る舞いが当惑を呼んでいる。
それから、中国世論の方は、これもすごく面白いと思って見ているのですが、「Win-Winの関係を築くことができる」という人も増えているのです。どちらかといえば「Win-Winの関係を築くことは難しい」という人も増えてはいるのだけれど、それはなぜかというと「分からない」という答えが減ったからなのですよね。「関係を築くことは難しい」という人も若干増えているけれど、「築くことができる」という人も増えているという中国の回答になっていますよね。
だから、経済はまだどちらの可能性もあるというのが、このアンケートから分かるのではないでしょうか。
宮本:私は、経済関係は日中関係を支える基礎だと思ってきたわけですね。その将来に関して、中国側は引き続きWin-Winの関係を作れるけれども、日本で「分からない」という気持ちが出てきたということは、事態を少しは深刻に受け止めた方がいいだろうという感じがしますね。これまで、放っておけば経済は自分の力で伸びていただろうと思ったけれど、我々はちょっと意識して、両国政府および政府指導者もそこを意識しておかないと、経済の面でも影響が出るということが分かったと思いますね。「どちらにより大きな影響か」ということに関していえば、日中双方とも、マジョリティーが「お互いに影響を受ける」という、ある意味では健全な反応だったのでそれは良かったのですが、将来に関していえば、これまでのような楽観的な意識というより、政治が経済にある程度影響を及ぼすと見ている。その視点で、政治関係についても両国指導者は考える必要があるなと感じました。
「日中両国間に領土問題は存在している」のか
工藤:両国の事態は、解決に向かって動かないといけない局面に来ている。それが今回の調査で非常に痛感するのですが、その中心的な課題が、尖閣問題です。この点では、これは世論調査でいろいろ質問しているのですが、「領土紛争が存在していますか」という問いでは、この一年で中国側も、「存在している」という人が82.2%に大きく上がっています。 しかも、「近い将来、日中両国で、尖閣および周辺の島々をめぐって軍事紛争が起こると思いますか」と直球で聞いているのですが、日本の方が去年より増えて44.7%と半数近くが「起こらない」と思っているのですが、中国は「起こる」が「数年以内」と「将来」を合わせると50%を超えているという状況です。「起こらない」と思っているのは32.3%です。そして中国の有識者も半数以上が「起こる」という見方、日本の有識者は、やはり「起こらない」と思う人がけっこう多いです。こうした認識をどう思いましたか。
宮本:面白いですね。「領土問題は存在するか」という問いで中国側の答えを見ると、「存在していない」が有識者で今年34.1%に増えているのですね。これは、領土問題と領有権問題とがなかなか難しいのですよ。領土問題と言っているのが本当は何を意味しているのか正確に聞いたら、全部はぎ落すと領有権問題なのです。その領土がどちらのものかを争う領有権の問題が、実は領土問題の本質なのですね。中国の立場は、尖閣は100%自分のものですから、領有権の問題は存在していないのです。
しかし、素朴な国民感情はこういうことで、「存在している」が増えたということですよ。それはそれで、まさに「存在している以上は話し合いで解決しないといけない」というところに持っていけると思うのですが、「日中間で軍事紛争が起こるか」という問題、これは間違いなく日本のイメージとも連動しているのですよ。「日本は歴史の反省をしない」というのは、歴史の間違いを犯すということでしょ。で、覇権主義、力で自分の主張を押し付けようとしている、そういうイメージが彼らの中に摺り込まれたので、戦争が起こることになるのですよ。そのように分析できると思います。ですから、どういうイメージを日本に抱いたか、抱かせる理由は何か、ということを考えていくことによって、それを解き放つ方法も見えてくるのではないかと思いますね。
高原:ちょっと驚いたのは、日本側で「軍事紛争が起きる」と答えた人が減っていますよね。これはどうしてなのかよく分からない。中国側は若干増えているわけですけれどね。もっと増えるかなと思ったのですが、ここをどう理解したらいいのか私もよく説明できないところです。
両国のメディアは尖閣問題をどう報じてきたか
工藤:加藤さん、日本のメディアが尖閣問題の議論をする時、今ある緊張状態を冷静にする報道ってあるのですか。
加藤:そうですね。普通のメディアはあまりやらない。むしろ、外交的な努力で何とかしようとしなくてはいけない、というのが論調でありますから。中国に関して言いますと、中国の一般庶民がよく立ち寄って新聞を買う新聞スタンドに行くと、あまり主流のメディアではないのですが、もう「日中開戦間近」、あるいは戦争している絵か何かがガンガン載っている。
工藤:日本でも、「軍事比較」とかありましたよね。
加藤:それは一時期やめましょうという話になったのですが、その後「海洋強国を目指すんだ」とか、公式にも言っていますが「戦争に勝つための軍隊を作る」とか、こういうことをプロパガンダとしてガンガン言っていますから、では、直近でどこと戦争するのかという時に、中国の周辺を考えると、やはり「あそこの島あたりが最初にあるのではないか」と思う人たちが増えても仕方がないなと思うような、今の中国の報道ぶりを感じるのですね。
工藤:やはりお互いのメディアの報道は非常にまずいですよね。
日本社会に伝わらない「現場」の軍事衝突の切迫感
宮本:高原先生がおっしゃったことに関連して言うと、現場の情報に比較的アクセスすることができる高原先生や加藤さんや私などは、軍事衝突の切迫感を持っているのですよ。それが日本社会に正確に伝わっていないのではないか。だから、緊急にこれに対応しないといけないという我々の持っている危機感と、かい離があるように思える。
工藤:世界もまた、東アジアの紛争回避に注目しているのですが。
宮本:工藤さんも昨年の秋に、シンガポールで「紛争をいかに封じ込めるか」と、議論をされましたが、それからも、世界は非常に心配して見ています。
尖閣問題に解決の道筋はあるか
工藤:確かにその、緊張感が足りないですね。それから、今回私が驚いたのは、「尖閣問題をどのように解決するのか」と、去年に引き続いて世論調査で聞いたのですが、去年の方が設問がアバウトなところがあって、今回は具体的に絞り込んだのですが、認識がかなり異なっています。日本側は「交渉によって平和的解決を目指す」と、「国際司法裁判所に提訴して、国際法の枠組みで解決する」、つまり、「平和的解決」が49%、「国際司法裁判所」が42.2%あって、たぶん日本の国民世論はここのところに収斂され始めているのですが、中国は逆でして、去年は「平和的解決」が52.7%で圧倒的に多かったのですね。これが今回、43.6%で10ポイントくらい減った代わりに、選択肢が増えたということもあるのですが、例えば「領土を守るために自主的なコントロールを強化する」とか「外交交渉を通じて領土問題の存在を認めてもらう」とか、こういうところを選ぶ人が結構多い。
つまり、日本は課題解決型、何とかしなければいけないという思いを感じるのですが、中国側はまだ主張の段階にいるように見えてしまうのですが、このあたりはどうですか。
加藤:「実質的にコントロールを強化すべきだ」とか「領土問題の存在を認めさせるべきだ」というのは、玄人が宣伝しないと一般の人には分からない話です。相当政府が日本に対して「日本はけしからん」とか「盗み取った」とか「認めていない」とかいうことを言って、上からガンガン流すのですから、それに影響されたのではないかという気がしますね。
やはり、平和的解決をすべきであるということは言わざるを得ない、それ以外に選択肢はないと思うのですが、やはり、向こうには、日本がこの問題で全然譲歩しないことに対するいら立ちというものがあって、それがいろいろな形で国民にじわじわと伝わっている、またそういう方向に政府が扇動しようとしている可能性がある。
逆に言うと、こういう結論が出ますと...
工藤:逆に引き返せなくなってしまいますよね。
加藤:そうですね。中国政府自体が縛られるので、日本も交渉しづらくなるなという感じがします。
工藤:高原先生、どうでしょうか。
高原:去年と設問が少し違うのですが、同じ項目として「国際司法裁判所に提訴し、国際法規に則り解決すべき」というのがあって、中国側も7.5%から20.1%に増えていますよね。それもまた一つの傾向。だから、中国側の答えを見ていると、相反するようなことが同時に起きている。中国ではよくあることですけれど、そこも大事かなと思います。社会の中にどちらの傾向もある。ですから我々としては、健全な方向にどうやって押していったらいいのか、そういう発想でアプローチするのがいいと思いますね。
工藤:宮本さん、どうでしょうか。
宮本:設問の違いもあるのではないですか。中国メディアの設問と日本側の設問は違いますから。
工藤:実はそうなのです。ここは、設問を作るだけで大変で、夜中までかかりました。
宮本:なかなか摺り合わせがつかなかったということだと思いますが、まさに、今の気持ちの反映と、将来的にどうするか冷静になって考えているところ、その次元の違いがもろに出てしまって、高原先生がおっしゃったように相矛盾するものが同時に存在する中国社会を表していると思います。繰り返して申し上げますと、中国の今回のプロパガンダ、日本に対するキャンペーンはすさまじかったということです。そこで徹底的に、尖閣に関する彼らの物語を摺り込まれて、そこで描かれた日本というのがあって、その結果、最初の(「日中間で軍事紛争が起こる」という回答が)50%を超えている、これをまず認めないといけないという心理状況にしているのは間違いないですね。
ですから、去年以降、対日キャンペーンというものが、日中関係上本当に痛かったという気がしますね。
一年前から大きく変化した中国の尖閣問題
工藤:1年前は、中国国民は尖閣問題をどのように理解していたのでしょうか。
宮本:1年前と今回の一番大きな違いはまさに尖閣問題でしょう。それで、これだけの違いがいろいろ出てきたと思います。同時に、高原先生がおっしゃったようにポジティブな面も増えていることを忘れてはいけないと思います。しかし、尖閣に関して沖縄返還交渉まではアメリカが実効支配をやっていたのですが施政権の返還で日本に戻ってきて、ずっと日本が実効支配を続けたということさえ多くの中国の人は知らない。中国国民が摺り込まれているのは、いわば誰も手を付けなかったところに、日本が新たに国有化という手段で取りに来たということで、それが、普通の国民の認識になってしまった。
工藤:中国では、尖閣を日本が実効支配をしていたことも、知らない人が多い。
宮本:ですから、そこは中国側も、もう少し客観的な事実を報道する必要があるということです。
日中平和友好条約にみる解決策
工藤:日中平和友好条約から今年で35周年ですが、まさにこの条文には、「すべての紛争を平和的手段で解決して、武力または武力による威嚇に訴えない」という今にぴったりな項目があり、第2条には「両国は覇権を求めるべきではない」「覇権を確立する試みには断固反対する」、これは時代状況としてはソ連を意識したということはあるのですが、今回、世論調査で「日中平和友好条約を知っていますか」と聞いたら、日本は62.7%が「知っている」で、「知らなかった」が36.9%。中国は41.2%が知っていて、知らなかったのは58.8%でした。知っている人に、さっきの条文で「今だったらどれを支持しますか」と聞くと、日本の国民で最も多いのは、第1条(平和的手段での解決)なのですが、中国は7割近くが「覇権を求めるべきではない」という話になってしまった。
こうした認識の違いはどこに問題があるのでしょうか。
加藤:たぶん、「覇権を求めるべきではない」を彼らが支持しているのは、「日清戦争の最中に日本が盗み取った」という宣伝を散々やっているから、「日本はその時以来覇権主義で、今なおそれを主張しようとしている」という考えで言っているのだと思います。日本は「とんでもない。あそこは誰もいないところで、無主地先制の原理で日本が踏み入れて、その時に清は何も文句を言わなかったじゃないか」という話ですから、まったく認識がずれているわけですが、そういうプロパガンダを流されてしまっているから、「あそこは日本のものだ」と言っただけで、彼らは覇権主義だと思ってしまう。そういう、我々としては好ましくない世論が形成されたのだという感じがします。何もしなければ大丈夫だったのに、泣く子を起こすような形でかえって大泣きしてしまっているという困った状況です。
メディアを通した「事実求是」を日本から
高原:そうですね。日本の覇権主義を心配するというのは、ある意味では、中国の社会に昔からある被害者意識の表れという面もありますよね。ですから我々としては、中国人は「実事求是」という言い方をしますが、事実は何なのかということを、何らかの方法で中国の人たちに伝えていく、こういう試みも大変重要だと思います。テレビ、そしてインターネットが重要な世の中になりましたから、インターネットは我々の方から発信できますので、そういったメディアを通して、「日本側がとらえている事実はこうなんだ」ということを、一生懸命中国の人たちに訴えていく。「実事求是」でいきましょう、ということの重要性を改めて感じさせる結果だと思います。
工藤:宮本さん、最後に一言お願いします。
宮本:中国のかなりの方が平和友好条約をご存じなかったというのは、想像の範囲内といえば範囲内ですが、私にとっては失望を禁じ得ない結果でしたね。私たちは必死になって、こういう国と国との約束事を作ってきたのですね。日本の国家としては、約束事を作ったらしっかりと守るという覚悟で、いろいろなことを約束しています。それがこのように、ほとんど中国の中で報じられずに、多くの方が知らなかったというのは残念だと思います。今年で35周年ですから、これを機会にぜひとも平和友好条約を日中双方でさらに再認識してもらいたいと、しみじみ思います。
それから、高原先生が本当にいいポイントを突かれました。これからいかにして、相手に自分たちの客観的な真実を伝えていくか。中国の人も、短期的に相手の世論をどうするかという狭い視野ではなく、中長期的に正しい理解を日本に求められることは、長い目で見れば本当は中国の利益になるのです。そういう方向での、中国の客観的な真実の姿を日本に伝える努力をしていただきたいと思います。
この状況を改善するための対話が、必要
工藤:ということで、今日は中国と日本の共同世論調査をどう読むかで、緊急の議論をさせていただきました。今回の結果はこれまでの調査と比べて厳しいものですが、それを驚くのではなくて、こうした状況を解決しようという動きを、私たちも、当然しないといけないと思いました。この状況を改善するためには、世論調査の内容にはいろいろなことを考えさせられる点がありますので、さまざまな形で議論を行い、中国の人たちとも同じ立場で対話を深めていきたいと思っております。この調査の内容は言論NPOのホームページでも公開しますので、ぜひ皆さんもご覧になってください。皆さん、今日はどうもありがとうございました。
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