第10回日中共同世論調査をどう読み解くか

2014年9月10日

2014年9月10日(水)
出演者:
高原明生(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
加藤青延(日本放送協会解説委員)
加茂具樹(慶應義塾大学総合政策学准教授)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

議論で使用した世論調査はこちらからご覧下さい

 11月のAPECで日中首脳会談が実現するかどうか注目が集まる中、第10回日中共同世論調査結果では、日中関係の障害として、日中両国政府間の信頼関係の欠如を指摘する声や、政府間外交の問題点として、自国のリーダーの政治姿勢を指摘する声が数多く見られるなど、停滞する政府間関係の再起動を望む両国世論の姿が浮かび上がってきている。しかし一方で、軍事・安全保障に関しては日中両国で見解の相違が目立つなど、世論の中に危険な兆候も見られる。
 「第10回 東京-北京フォーラム」を間近に控えた今、座談会ではこの世論調査結果を読み解き、背景にある課題を浮き彫りにしながら、日中関係改善のために求められる視座を示していく。


工藤泰志工藤:工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。さて、言論NPOは、9月28日、29日の2日間にわたって、東京で「第10回 東京-北京フォーラム」を開催します。この対話では安全保障、政治、経済、メディアと4つのセッションが行われますが、中国側からは閣僚級も含めて30人のパネリストが東京に来ることになっています。11月に北京でAPECが行われ、そこで日中首脳会談が実現するかどうか注目されていますが、その直前に日本と中国の大規模な対話が東京で行われるということで是非、皆さんにも注目していただきたいと思います。

 それに先駆けて、言論NPOは9月9日に第10回日中共同世論調査の結果を発表しました。この調査結果は何を意味しているのか、これをきちんと分析する必要があるということで、今回の言論スタジオでは、この世論調査をどう読み解くかについて議論していきます。

 それでは、ゲストのご紹介です。まず、東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生さんです。続いて、日本放送協会解説委員の加藤青延さん。最後に、慶應義塾大学総合政策学部准教授の加茂具樹さんです。

 まず議論の前に、この世論調査がどのような形で構成されているのかご説明します。まず、相手に対する印象や、日中関係の今の状況に関する認識などを質問しています。さらに、お互いの相手国に対する基礎的な理解について聞いています。これによってなぜこのような認識が出てきたのか、ということを多面的に分析することができ、この世論調査の根幹になっています。その他、尖閣問題や安全保障の問題、アジアの将来についての考え方など色々な設問がありますので、この3つの部門に分けて議論していきたいと思います。

 ということで、まず「相手国への印象」についてです。世論調査では例年、「あなたは、相手国に対してどのような印象を持っていますか」という質問をしています。昨年は尖閣諸島国有化後の調査ということもあり、日本と中国もそれぞれ相手に対してマイナスのイメージを強める結果となりました。今年は中国側では、「良くない印象」が去年の92.8%から86.8%まで減少し、若干の改善が見られました。ただ、改善といっても86.8%と高い水準です。これに対して、日本側は昨年の90.1%から93.0%になり、依然として増え続けている状況です。このような認識の背景にはやはり、歴史認識問題や、尖閣諸島を含めた領土の問題があるということが調査結果にも出ています。

 ただ、今回の調査では、「この数年、日中両国民の相手国に対する国民感情が悪化しています。このような状況をあなたはどう思いますか」と、相手国に対する国民感情が悪化している現状についての問題意識を問う設問を加えました。そうしたところ、この状況は「望ましくなく、心配している」「問題であり、改善する必要がある」と、この今の状況を問題視する人が日本の中で8割、中国の中で7割以上もいるということが明らかになりました。これらの結果について、皆さんはどのようにご覧になりましたか。


世論からの現状を懸念する声が、両国の首脳をも動かす

高原明生氏高原:中国側の対日イメージは、少し良くなりました。最近、日本に来る中国人観光客が急増しているということもあったので、予想通りの結果だと思います。ところが、日本側の対中イメージが相変わらず非常に悪いままなのは気がかりな点です。ただ、工藤さんもおっしゃったように、こういう状況について非常に多くの人が強く懸念しており、こういった声が日中関係改善に向けて両国の首脳をも動かす原動力にもなると思います。

加藤青延氏加藤:私は日中双方の世論が、いずれも政治の動きに引きずられている側面があると感じています。たとえば、これまで尖閣諸島の問題をめぐって、中国政府は日本に対して非常に厳しい姿勢を強く打ち出していました。しかし、1年くらい前から、文化や経済など民間との交流と、政府間の問題を分けて考えるべきである、というような宣伝の仕方も増えてきた。それで中国世論も幾分変わってきたという感じがします。一方、日本に関しては、やはり、安倍政権がこのところ、徐々に「安倍政権らしさ」を見せてきた、というところがあり、それがなんとなく日本の世論にも反映して、今回のような調査結果になったのではないか、という印象を受けました。

加茂具樹氏加茂:「良い印象を持っている」理由に関して、中国側は「日本人はまじめで、努力家で、積極的に仕事をするから」とか「日本人は親切で、マナーを重んじ、民度が高いから」、「日本製品の質は高いから」などが半数を超えており、今の日本を実際に見て、その結果として日本に対する印象を変えてきているのではないか、ということを感じました。

 また、全体的に世論では、双方が相手に対して厳しい印象を持っているわけですが、その一方で有識者の印象は、世論と比べて良いものになっているというのは注目すべきポイントであると思います。


相手国を客観的に見られるようになりつつある中国人

工藤:「相手国に対する基礎的な理解」のところに話を進めます。今回の調査では、特に中国の中で改善というか、沈静化している傾向を感じます。例えば、「日本と聞いて何を思い浮かべるか」という質問では、去年は「尖閣」や歴史認識に関わるものが突出しており、今年もそれらがまだ相対的には多いのですが、かなり減少してきている。そして、「富士山」や「桜」など、政治とは関係ない一般的なものを思い浮かべる人たちが結構出てきている。これは中国の中の改善傾向と見ても良いのでしょうか。それとも、去年があまりにも悪すぎただけで、少し揺り戻しが起こっているだけだ、というレベルなのでしょうか。

高原:その両方あるような気がします。去年が悪すぎたということもあるでしょうが、そもそも多くの中国人が日本の良さというのを知るようになってきている。実際に私が中国の人たちと話をすると、「日本に行った人はみんな日本を好きになる」「帰国すると多くの友人にどれほど日本がきれいで、日本人が礼儀正しく優しいか、ということを言って聞かせている」という話をよく聞きます。そういうことが広がりを見せてきているという印象はあります。

加藤:まもなく11月にAPECがありますので、そこに向けて中国の対日政策も、日中関係を何とか改善しようという方向に変わってきているように見えます。中国は、やはり議長国として、APECをきちんと開けるようにしたい、という方向に舵を切っているように見えます。実際、先ほど申し上げたように、去年から文化や経済面での交流は元に戻そうとしています。そういった中国側の姿勢の変化を反映して、どんどん中国人観光客が日本を訪れています。中国政府のこのような政策転換によって、中国人が日本をこれまでより客観的に見ることができる環境が整ってきたのではないかと思います。


メディアによって相手国へのイメージを形成している構造は変わっていない

工藤:しかし、日本側の見方は依然として悪化しています。例えば、国民性に対する認識では、日本人の7割は中国人を「信用できない」と考えており、6割以上が「利己的で不正直、非協調的、頑固で好戦的」などと厳しく見ています。この調査結果とメディアとの相関も見なければいけないと思いますが、この1年間の日本のメディア報道は、中国に対してかなり厳しいものだったような印象がありますが、いかがでしょうか。

加藤:確かにそういうことがいえると思います。実際、「中国は素晴らしい」というプラス報道は近年、日本ではほとんど目にしませんでした。世論調査では、「日本人の中国に関する情報源」として特に「テレビ」が多いという結果でしたから、テレビメディアの一人として責任の重さを感じてしまいますが、私たちNHKも含めて、中国のプラスの情報を出せるチャンスはほとんどありませんでした。例えば、大気汚染や防空識別圏の設定、戦闘機の異常接近など中国のマイナス面はどんどん報道してきましたが、逆に中国がこんなに良いことをやっている、というプラスの情報をする機会はほとんどありませんでした。日本側からすれば、中国側の宣伝に乗っかって、「中国がこんな良いことをしました」という報道をすることはできませんから、プラスの情報を発信するということは、そう簡単なことではありません。ただ、日本に伝えられる中国報道が、マイナス面一色になれば、日本の視聴者は「中国は何と酷い国なのだろう」という感情しか持てないでしょう。それは、中国自身にも責任はあると思いますが、日本側としても、中国が、日本で報道されているほどそんなに悪い国なのか、ということに関して、もう少しバランスのとれた見方はできないものか、いろいろと考えさせられる世論調査の結果になったと思います。

工藤:確かに今回、中国の世論も同じで、やはりテレビなど色々な報道に反応して、感情や認識が悪化している傾向が色々なところで見えてきます。

 続いて、「相手国の社会、政治体制をどう見るのか」という質問についてです。いつも日本側がショックを受けるし、日本のメディアにもよく取り上げられるところです。昨年、驚いたのは「日本は覇権主義の国だ」という中国人の認識が非常に多いという見方でした。しかし、去年は頭ひとつ抜けていたこの見方が今回は少し収まってきて、今年は「資本主義」「国家主義」「覇権主義」「軍国主義」という4つのイメージが、それぞれ4割近くで並んでいます。日本人は中国を「社会主義・共産主義」とみる見方がやはり7割ある。それに「全体主義(一党独裁)」「軍国主義」が続いています。

 これを10年間の推移で見ると、基本的な傾向が見えてきます。日本人は中国を「社会主義・共産主義」とみる見方が一番多いのはいつも変わりません。しかし、「全体主義」「覇権主義」の増加傾向が顕著です。一方、中国人は次第に日本を「覇権主義」「国家主義」とみる見方が増えてきている。以前は「軍国主義」や「民族主義」ばかりだったのですが、それに代わり「覇権主義」「国家主義」が増えています。日本を「平和主義」「民主主義」「国際協調主義」と見ているのは10年間いつも1割程度で変化がありません。このように中国世論の日本に対する認識は、私たちから見ると「全然違う」というものになってしまっているのですが、これはどう考えればいいのでしょうか。

高原:どういう意味で「国家主義」という言葉を理解しているのかわからないので、判断するのは難しい面があります。「軍国主義」などは世論では減っていますけれど、有識者ではものすごく増えているとか、なかなか傾向を分析するのが難しい。内情をもう少し検討しないと、軽々に判断できないですね。

工藤:日中関係の悪いニュースばかりが報道されるから、それが相手国に対する基礎的な理解になってしまうというのは釈然としませんよね。

加藤:先ほど、日本側の中国に関する報道状況について申しましたが、逆の立場からいえば、中国側も同じような状況で、日本の良いところはほとんど伝えず、悪いところばかりをつくニュースになる。日本では、ここ数年、ナショナリスティックな意見や考えが目立つようになってきましたが、中国でそれがものすごく誇張されて報道されると、中国の人たちの中に、日本の実情とはかなり異なるバイアスのかかった悪い認識が形成されてしまうことになります。これは中国メディアの責任が大きいと思います。

工藤:中国人が日本を「軍国主義」とみる見方は最初の2007年では6割あったのですが、今年は36.5%まで下がってきていて、よく8年間で改善したと思います。しかし、今度は「覇権主義」が伸びてきているわけですから、理解が難しい。相手国に対してはこのように非常に厳しい、あるいは極端な認識を持ってしまいがちなものなのでしょうか。

高原:そうでしょうね。「どう思いますか」と聞かれたらどうしてもわかりやすいところにチェックを入れてしまうという事情もあろうかと思います。


日中両国民は「信頼関係の欠如」を問題視している

工藤:「現在の日中関係をあなたはどのように考えていますか」と毎回聞いているのですが、昨年は、日本人の79.7%が、「日中関係が悪い」と答えていました。中国人はなんと90.3%が「日中関係が悪い」と答えていたのですが、今年は67.2%へと大きく下がりました。もっとも、過去10年間で見ると、2005年に日中関係がきわめて厳しかったときも「日中関係が悪い」という回答は54.9%でしたから、下がったといっても2005年を上回る水準です。一方、日本人は「日中関係が悪い」という回答がさらに増えて、今回は83.4%まで増加しています。

 続けて、「今後、日中関係はどうなるのか」と聞いてみました。先ほど、現在の日中関係について、中国側には「改善傾向がみられた」と言いましたが、先行きという点で見ると、49.8%、つまり半数近くが「今後も悪くなっていく」と見ており、日本人の36.8%が「今後も悪くなっていく」と見ています。ということは、日中関係の現状に対する評価は中国ではかなり改善したのですが、それでも先行きに対して非常にマイナスの見方があるわけです。一方で、APECを前に、日中両国政府には「日中関係を改善に向けて何とかしよう」という動きが見られるのですが、このあたりについてはいかがでしょうか。

高原:「今後の日中関係」について、中国の方では「良くなっていく」と思う人も増えていますが、「悪くなっていく」と思う人も増えている。日本の方も悲観的な人、つまり将来の日中関係について不安に思う人が増えている。だからこそ、先ほどの現状の問題意識を問う設問で、「改善しなければ」という思いを持つ人が両国で多くなった、ということだと思います。

工藤:では、「日中関係の発展を何が阻害しているのか」ということについては、やはり「領土問題」、それから「歴史認識問題」が上位にきています。日本では「領土問題(尖閣諸島問題)」が58.6%で最も多く、「中国の反日教育」といった歴史認識の問題が続きます。中国も「領土問題(尖閣諸島問題)」が64.8%で最も多く、「日本の歴史認識や歴史教育」が31.9%となりました。ただ、この2つの項目の割合は、去年よりはかなり下がりました。これは、私たちが今年「両国間の信頼関係の欠如」に関する新しい選択肢を追加したことが影響しています。1つは、「日中両国政府の間に信頼関係ができていないこと」という選択肢ですが、日本では35.0%と3番手に浮上し、中国も25.4%でした。それからもう1つが、「日中両国民の間で信頼関係ができていないこと」という選択肢で、日本では25.0%ですから、合計すると「両国間の信頼関係の欠如」だけで6割近くになります。中国でも15.5%となり、「両国間の信頼関係の欠如」の合計が4割くらいある。日中両国民の間に、「信頼関係ができていないのはまずいのではないか」ということを冷静に考える人が増えてきているということなのでしょうか。

高原:隣国同士で、経済交流もこんなに密接で、お互い非常に大事な国なのに、相手に対する不信感が残っているどころか、むしろ逆に大きくなっている。これは何とか解決しなければならない問題であり、そのためには特に「政府間の信頼関係」が重要であるのに、そこに「大きな問題がある」ということを多くの人が感じているということでしょうか。

加藤:私もまったく同感です。今、日中間では首脳同士が会談できない状況が続いています。この状況がこのまま続けば続くほど、日本人の気持ちの中に、相互の信頼関係が築かれていないことに対する不安が大きく広がることになると思います。やはりそういうときは、お互いの首脳同士、あるいは政府同士が、まず率先して信頼関係を築くべきです。実際に、中国軍機が自衛隊機に、異常接近したりする事態が発生していますので、自衛隊と中国人民解放軍との間で協議して衝突防止のためのメカニズムをつくるとか、そういう努力を前に進めなければならない。こういった最低限の安心のための枠組みができないまま、、ずるずると時が経てば国民の中の不安はますます高まるでしょう。ですから、まず両国の政府同士が動いてくれないといけないのですが、それができていない現状への苛立ちが今回の世論調査にもよく表れていると思います。

加茂:中国世論の中では「政府間外交の有効性」についても実はそれほど評価が高くなく、その一方で「民間交流の重要性」についての認識が日本に比べて高いというのも、政府間の信頼関係構築が進まない現状への苛立ちを反映しているのだと思います。


政府間外交の機能不全の要因として、冷静な見方が両国で広がっている

工藤:今、加茂さんからご指摘がありましたが、「政府間外交が有効に機能しているのか」と尋ねたところ、日本では「有効に機能している」という人は4.5%と1割を切り、「どちらかといえば有効に機能していない」「有効に機能していない」の合計が5割近くあります。中国は、政府外交に対する認識が違うのだと思いますが、「有効に機能している」という人が13.7%もいて、「どちらかといえば有効に機能している」も37.3%でした。ただ、それでも「機能していない」と言い切っている人も、「どちらかといえば有効に機能していな」と合わせて3割ぐらい存在しています。

 中国という国の体制の中でこのような論評が出始めたことをどう見るか、ということも1つの論点になると思います。ただ、私がもっと驚いたのは、「政府間外交が機能していない」という人たちに「なぜ機能していないのか」と聞いたところ、当然、両国ともに「領土や歴史認識に関する対立があるから」という人が多いのですが、日本の中で「日本のリーダーの政治姿勢に問題がある」と回答した人が39.5%いるなど、自国のリーダーの政治姿勢を問題視する見方が一定数存在しています。一方で中国でも、自国のリーダーの政治姿勢を問う声が15.4%ありました。少ないといえども、中国の中でこういう意見が出てきていることをどう見ればよいのでしょうか。

高原:中国の人から見ると、日中関係だけではなく、ベトナムとの間でも大きな衝突がありましたし、フィリピンとの間でも揉め事があり、「どうなっているのだ」「近隣の国々とぶつかってばかりじゃないか」という苛立ちは実はかなり大きい。自国のリーダーの政治姿勢を問う声というのは、その苛立ちを反映しているのではないかと思います。

 もう1つ、「両国の国内政治事情」という回答が日本側では34.6%、中国側でも4分の1以上の26.4%ありましたが、これも興味深いところです。中国においても、内政と外交の連動がある。そういう自覚があるというのは非常に面白い点だと思います。また、「過熱するナショナリズムを背景にした世論」を機能していない理由とする中国人も27.3%ぐらいおり、中国の人は、内政についてはみんな敏感なのだと思います。

加藤:まず、日本側について言うと、「政府間外交が機能しているか、していないか」ということの以前に、政府間外交そのものが国民にはよく見えてこないのだと思います。時々「どこかで立ち話をした」とか、「接触した」とか、「非公式接触で会談」という報道が出てきますが、何をやっているかどこまで突っ込んだやりとりがあったか、裏の部分まではよう分かりづらい。ですから、国民の中では「しっかりやっていないから機能していない」という評価になってしまうのではないでしょうか。

 逆に中国側で「機能している」と思っている人が多いのは、「日本に対しては突っぱねてもかまわない」と考えている人が多いために、日中首脳会談がないことがむしろ自分たちの主張を貫く形になり、「機能している」という評価につながってくるのだと思います。ただ、中国の中でも「機能していない」という評価が3割ある。習近平政権は今、かなり強いリーダーシップを発揮しているわけですが、「それだけの強いリーダーシップを発揮できるのだったら、日中関係改善にもっと力を発揮してほしい」ということを望む声なのではないかと思います。「機能していない理由」で自国のリーダーの政治姿勢を問う声が15.4%あるのも、少ないとはいえその1つの表れだと思います。


首脳会談の必要性では食い違う日中の認識

工藤:「首脳会談の必要性」という質問では、日本人では圧倒的に「必要だ」という声が世論では64.6%、有識者に至っては84.6%となりました。逆に、中国人は「必要でない」と言い切っている人が37.1%と4割近くいて、有識者でも44.3%います。「突っぱねている」というのはそういうことなのかもしれませんが、この違いはどのように考えればいいのでしょうか。

高原:習近平さんは今、「独裁的」というと言いすぎかもしれませんが、トップリーダーとしての権威、権力を打ち立てつつある。これまで拒絶してきた日中首脳会談を行うということは、その最高権力者が「これから対日関係を改善する」というシグナルを出したことを意味します。そういったシグナルが出れば下級官僚たちの対日対応も自動的に変わるわけですから、早く首脳会談を開くことが、日中関係改善に向けては一番有効な手である、と日本人は理解していると思います。それに対して、中国の人たちは、首脳会談を開くということがどういう意味を持つか、あまり深く考えていないのかもしれません。


経済的な状況の変化により、中国にとって日本の重要度が下がってきた

工藤:「日中関係は重要か」ということも毎年質問しています。今回も日本人では70.6%、中国人でも65.0%が「重要である」と回答しました。ただ、10年間で見ると、日本では「重要である」がいつも7割から8割の間で変動しているのですが、中国は2010年、つまりGDPで中国が日本を逆転した年ですが、その年に92.5%の人が「重要である」と回答していたのに、今年は65.0%まで下がってきています。このあたりをどう読み解けばいいのでしょうか。

加藤:日本と中国は経済的にかなり結びついて一体化していて、相互補完関係にあるといえると思います。日本経済は中国経済なしにはやっていけないし、中国経済の方も、日本経済あるいは日本のコア技術というものがなければ、とても大きな成長は見込めないという状況にあります。そうした状況がこれまでは、日中双方とも相手が「重要である」という認識につながってきたと思うのですが、最近は、中国の技術レベルが徐々に上がってきたことにより、「日本にさほど頼らなくてもできる」という自信がついてきた。それが、一時は9割あった「重要である」との回答が、6割ぐらいまで下がってきた1つの理由ではないかと思います。

 今までは、肝心な部分では日本にどうしても頼らざるを得ないところがあったのが、かなり裾野産業も広がり、コア技術についてもだいぶ自分たちでできる目途がついた。あるいは、日本でなくても、ヨーロッパあるいは韓国などから導入できる目途がついた。こういうことを背景とした「日本離れ」というのがあるのだと思います。


未だ大国としての自覚が薄い中国

工藤:「なぜ日中関係は重要なのか」とその理由についても聞いています。すると、日本人の中で最も多かったのは「アジアの平和と発展には日中両国の協力が必要だから」という回答で55.8%もありました。ただ、中国人ではこの「アジアの平和と発展には日中両国の協力が必要だから」はわずか29.4%にすぎず、多かったのは「隣国同士だから」「世界第2位、第3位の経済大国であり両国の行動が強い影響力を持つから」などです。そうなってくると、ひょっとしたら、お互いに相手国との関係を重要だと認識しているものの、「なぜ重要なのか」という理由はかみ合っていない。これは意外に深刻な状況ではないか、と感じるのですがいかがでしょうか。

加茂:中国側の理由で一番である「世界第2位、第3位の経済大国で両国の行動が強い影響力を持つから」というのも、それ自体はポジティブな理解であって良いのではないのかと思います。ただ、問題なのは、日本がこれからどんどん経済力が落ちていって、「2位、3位」というカテゴリーで分類できなくなったときに中国の答えがどう変わるのか、というところに一抹の不安を感じています。

高原:「アジアの平和と発展に日中の協力が必要だから」が日本で高い、中国ではそうでもない、ということなのですが、「アジアにおける日中」といったときに、競争の面と協力の面との両方があるわけです。どうも中国では、まだまだ競争の面を見る傾向が日本よりも強いのではないか。逆に日本は、協力の側面を見る傾向がまだ強い。それはなぜかというと、やはり日本の方が、アジアにおける大国としての経験は長いわけです。大国は協力というか、全体の利益を考えて行動しなければならない、結局はそれが自分たちの利益にもなるのだ、というような発想になります。しかし、中国はまだ、アジア全体のために自分が公共財を提供して、みんなの利益を考えていく、という発想が比較的弱いのではないかという印象を受けました。


日本よりも韓国に傾斜する中国

工藤:続いて、「日中関係と対米関係ではどちらが重要か」と質問しましたが、今回は韓国との関係についても尋ねてみました。まず、米国との比較について、「日中関係と対米関係ではどちらが重要か」と尋ねたところ、両国ともに「どちらも重要だ」という回答が最多となります。しかし、それ以外の選択肢では面白い結果が出ました。中国で「日中関係の方が重要だ」と回答する人が10ポイントも増えて22.0%になり、「中米関係の方が重要だ」の22.5%と並びました。一方で、韓国と比較すると、「中韓関係の方が重要だ」という中国人がなんと33.3%もあり、「日中関係の方が重要だ」との回答は6.5%しかありません。これらの結果をどう見ればいいのでしょうか。

高原:米中関係は徐々に複雑でやりにくくなり、色々な矛盾も目立ってきています。そうすると、何となく重要度が落ちてきたように感じてくる。また、日本と比べれば、韓国との方が色々とやりやすい面がある。それに加えて、韓流ドラマや、韓国企業の製品などが身の回りに増えているという意味での親しみやすさの向上もある。アンケートをとった時期に、習近平の訪韓も行われました。この結果にはそういった様々な背景があると思います。

加藤:日本は日本としての存在感を中国に見せて、日本の重要性というものを中国側に強く意識させる必要があるのですが、残念ながら今の日中の政府間関係がぎくしゃくしている中で、そういう意識は薄れてしまったのではないかと思います。中国側に、「中韓関係の方が重要だ」という回答が多いのは、そのあたりも影響しているのではないかと思います。


相手国への脅威感を提言するためにも信頼醸成メカニズムの構築を

工藤:続いて、軍事・安全保障や領土の問題についてです。「軍事的な脅威を感じる国」という設問については、お互いがお互いに対して「軍事的な脅威だ」と感じている傾向が強く出ています。日本人では毎年、「北朝鮮」を軍事的な脅威と感じている人が圧倒的に多かったのですが、今年は「北朝鮮」の68.6%に対して、「中国」が64.3%とかなり近づいてきています。一方、中国人が抱いている軍事的な脅威として、以前は「米国」が圧倒的だったのですが、今年は「米国」が57.8%なのに対して、「日本」が55.2%となり、こちらもかなり接近している。

 さらに、「なぜ相手国に対して軍事的脅威を感じるのか」ということも聞いているのですが、日本は「しばしば領海を侵犯するから」など、尖閣問題に関連する理由認識が上位に並んでいます。更に、構造的に「中国は軍事力を増強しているから」も5割を超えている。一方、中国では「日本は米国と連携して軍事的に中国を包囲しようとしているから」が最も多く、「日本は侵略戦争を起こしたのに、未だに歴史的事実を否定、隠蔽しようとし、反省や謝罪の気持ちが薄らいでいるから」や「日本が長期にわたり釣魚島及び周辺諸島を占有し、領土問題の存在を認めないから」が5割を超えています。

 そして、「日中間で軍事紛争は起こるのか」ということ尋ねたところ、「将来的に起こると思う」「数年以内に起こると思う」という回答が、日本も中国も増えています。中国人では、軍事的な紛争が「数年以内に起こる」の11.2%と、「将来的には起こる」の42.2%を合計すると、半数くらいが「日中間で軍事紛争が起こる」と思っている。日本も3割くらいです。これらに結果について、皆さんはどう思われますか。

高原:去年11月に中国がADIZ(防空識別圏)の設定を発表し、今年の5、6月にはニアミス事件が起きました。それによって「万が一事故が起きた場合に一体どうなるのだろう」という具体的な心配をする人が去年よりも増えた。この「空の問題が加わった」ということが、日本で対中軍事的脅威感や、紛争勃発の懸念が増えたことの要因としては非常に大きいと思います。

加藤:私は、相手国に対する軍事的脅威がなぜ生じるかという原因を考えると、つまるところ、「相手が何をしでかすか分からない」ということが一番大きいと思います。アメリカは巨大な軍事力がありますから中国にとって大きな脅威だったけれども、米中の間ではかなり意思疎通のパイプができてきている。しかし、日本との間ではそれが今、ほとんど断絶したような状態になっているわけです。ですから、日本側にも中国に対する脅威、不信感というのが高まるし、逆に中国側にも、日本に対する不信感が高まる。そうすると、「このままいけばおそらくぶつかるのではないか」という懸念も当然出てくると思います。やはり外交当局者同士はもちろん、自衛隊と中国人民解放軍の当局者間の意思疎通を頻繁に行うことによって、信頼関係を築いて、互いに相手が脅威ではないのだということを確認し合う。そういうメカニズムを一刻も早くつくらないと、お互いの相手に対する疑心暗鬼、あるいは相手に対する脅威の認識や警戒感というものが今後もどんどん高まっていくことになると思います。

加茂:中国側の「相手国に軍事的脅威を感じる理由」で気になったのは、「日本は米国と連携し軍事的に中国を包囲しているから」と、「日本の防衛大綱が明らかに中国を仮想敵国として位置づけているから」が一定の支持を得ていることです。これが事実かどうかは別として、日本の平和と繁栄を確保する上で当然視しているアセット(資産)自体に対して中国が不安を感じているというのは、我々日本側としては注意して考えなければならない。であるがゆえに、政府間の対話、国民同士の対話というものを通じて、ある種の誤解を解くためにも、日本にとって必要なものについての無用な誤解を生まないようなスキームをつくっていくということが大切です。

工藤:もう1つ、「領土問題をどう解決するか」という設問では、明らかに、日本と中国の世論の次元の違いを感じます。日本人では「両国間ですみやかに交渉し、平和的解決を目指すべき」や「国際司法裁判所に提訴して国際法に則り裁決すべき」が多いのですが、「解決を急がずに、まずは偶発的な軍事衝突を回避すべき」がだんだん増えてきているのが特徴的です。世論で27.1%、有識者ではなんと6割を超えて圧倒的最多になっています。しかし中国では、この「偶発事故を回避」というのが、世論も有識者も含めて20数%のレベルで収まっている。一方で、「中国の実質的なコントロールを強化すべき」が6割を超えており、まだ争う意識が強いわけです。こういった世論状況の中では政府がコミュニケーションしていくのも大変だという感じがしました。

高原:ご指摘の通り、尖閣について昨年と比べても「もう少し実力で取れるものは取った方がいいのではないか」というような姿勢が中国側で強まっているのは、非常に気になるところです。そうであるがゆえに、「軍事紛争の可能性が高まっている」という答えになっているのかもしれません。ただ、現状を「良くない」と思っている人も他方では多いわけですから、全体を通して見ると、一面的ではない、色々な思いが同時に出てきているアンケート結果になっていると思います。


「戦略的互損関係」から「共存・共栄関係」へ

工藤:最後の質問になります。今回の調査から「日中関係の将来の発展」についても聞いています。隣国である以上、日本は中国にどんなに多くの問題があっても離れることはできないわけですから、結局は平和的な共存関係を構築するしかありません。では、国民レベルで、その件についてどのように考えているのか、聞いてみました。これに対して、5割を超す両国の国民は「平和的な共存・共栄関係に期待したい、しかし実現するかどうかは分からない」と答えています。むしろ「対立関係が継続してしまう」という回答も中国に20.7%、日本で17.3%ありました。「共存・共栄が実現する」という楽観的な見方は、中国では16.5%と一定数ありますが、日本は7.8%でした。この結果についてはいかがでしょうか。

高原:おそらく、11月のAPECで日中首脳会談が実現するかどうかによって、大きく答えが変わってくるのではないかと思います。つまり、「平和的な共存・共栄関係が実現できると思う」と「対立関係が継続すると思う」では正反対なわけですが、その時々の日中関係の状況によって、かなり答えの変動幅が大きくなるのではないかと思います。

加藤:私は、今の日中関係の状況はまさに「戦略的互損関係」になっていると思います。関係が悪くなればなるほど、お互いに損をする状況に陥っているのです。ですから、共存・共栄の方向に向ってこれまでとは違う方向に、前向きに取り組んでほしいと思います。APECで首脳会談ができるかどうか分かりませんが、双方のリーダーには、活かせるチャンスを是非ものにして、関係改善の方に舵を切ってほしいと期待しています。

加茂:両国の間でどれだけ現実的、具体的な共通の利益を見出すことができるのかで、この数値はだいぶ変わってくるのだろうと思います。しかし、「共存・共栄関係」の実現に向けて何ができるのか、対話を通じて認識を共有していく必要性があるのではないかと思います。

工藤:今回の言論スタジオは、第10回日中共同世論調査の結果について議論しました。今回の調査結果を分析していて、国民の中で「政府間が対話をすべきだ」、「今の状況の障害を乗り越えるために、それぞれの国のリーダーの政治姿勢が問われている」という視点が意外に多いと感じました。一方で、まったく手つかずで、放置されているような状況にある軍事的な緊張の問題に関しては、様々な見方が出て、ある意味では非常に危険な状況が続いている。そういう点からしても、そろそろ政府間が対話を開始しなければ次に進めないなということが、今回の世論調査で非常に浮かび上がってきているのではないかなと思いました。

 最後になりますが、冒頭に言った通り、今年の9月28日、29日に、私たちは「第10回 東京-北京フォーラム」「に臨みます。また、11月にはAPECが北京で行われ、まさに今、北東アジアの外交というものが大きな流れが始まるかどうかの、1つの岐路に来ている状況だと思います。こういうときだからこそ、「世論」という問題をきちんと意識しながら、政府も行動してほしいと思います。

 ということで、今日は皆さん、どうもありがとうございました。