7月29日、東京・青山の国連大学ローズホールにて、「第5回日韓未来対話(言論NPO、東アジア研究院、韓国高等教育財団主催)」の公開セッションが行われました。
この対話は、第二次安倍政権、朴槿恵政権が発足した2013年に始まりました。議論の模様はインターネットで公開され、また対話に先立って行う世論調査で明らかになった日韓両国の国民意識をもとに行われます。なぜなら、多くの市民が当事者として両国が直面する課題の解決にともに取り組まない限り、日韓関係の未来は描けないと、私たちは考えているからです。
こうした思いを共有し、両国が未来に向かうため、まず現在の課題に取り組むきっかけを作ろうと、日韓を代表する有識者35氏がパネリストとして集まりました。また、会場では150人を超える市民や報道陣が議論を見守りました。
「過去」と「未来」の対立を克服するため、まず現在の課題に向き合い行動を起こすことが大切
冒頭、日本側座長の小倉和夫・元駐韓国大使が開会の挨拶を行いました。小倉氏はまず、これまで5年間の対話の継続に尽力した両国の主催団体や関係者に感謝の意を表しました。その上で、これまでの対話では過去の問題が議題の中心になってきた、と振り返り、「韓国人には、過去を完全に清算しないと未来は語れない、と考える人がいる。一方、日本には、未来を語ってこそ過去の対立は克服されるという見方がある」と指摘。この矛盾を解決するために、両国が現在直面する課題に向かい合い、行動を起こすことが重要だと訴えました。
続いて小倉氏は、知識人に対する市民の不満、不信感が世界中に蔓延していることを踏まえ、市民との対話、交流を知的交流の一環として考えるべきだと発言。さらに、今回の2つのテーマである「日韓関係」と「北朝鮮問題」について、「北朝鮮には対話と圧力の双方を絡み合わせることが必要だが、この議論においても一般国民の意識がどうなっているかが大きな問題である。したがって、双方の議論は連動している」と述べました。
最後に小倉氏は、「困難な時にこそ改革ができ、危機があるから対話の道が開ける。そういう思いで今回の対話を進めていきたい」と、両国のパネリストらに呼びかけました。
続いて挨拶に立った韓国側座長の申珏秀・元駐日大使は、この対話の意義について「両国を代表する有識者が継続して参加する中、世論を意識した対話によって健全な世論をつくる役割を果たしている」と強調。そして、日韓関係の三つの側面に言及しました。
一つ目は、5月に就任した文在寅大統領の対日政策についてです。申氏は、ドイツでの日韓首脳会談で、文大統領が、「歴史問題と他の問題を分けて解決を図る2トラックの外交姿勢を示したことや、6年間途絶えていた首脳間の相互訪問の再開で両国が合意したことに言及。これらは「両国関係を正常に戻す上で重要な意味を持つ」と指摘しました。
二つ目は不確実性を増す北東アジア情勢についてです。申氏は、北朝鮮のICBM(大陸間弾道ミサイル)開発が予想より早く進んでおり、ここ数年が朝鮮半島非核化の最後の機会だ、との見通しを示しました。そして「日韓が米・中・露の各国に働きかけ、核を放棄しなければ自国の存続が難しい、と北朝鮮が認識するほどの圧力をかけなければならない」と、日韓協力の重要性を強調。また中国の台頭についても、アメリカがこの地域の平和的な秩序に引き続き関与するよう、日韓両国の努力が重要だと述べました。
第三に、申氏は、世界が排外主義に直面する中、各国が協力してグローバルな課題を解決するための秩序の維持に向け、日韓が力を合わせる必要性にも言及しました。
申氏は、こうした局面が日韓関係の「ターニングポイント」だとし、可能な分野から両国が協力して信頼を回復し、協力により生まれる様々な潜在的可能性を活かすよう呼び掛けました。
「静かな多数派」の存在を踏まえ、日韓関係改善へ声を上げるべき
第1セッションは、「なぜ日韓関係はここまで悪いのか」と題して行われました。
最初に基調報告を行った言論NPO代表の工藤泰志は、まず、「このセッションで考えたいのは、日韓関係がなぜ重要なのか、重要なのであれば、関係を立て直すために私たちに何ができるのか、ということだ」と問題提起しました。
そして、過去5年間の世論調査結果を振り返り、「日韓関係が『悪い』と考える人が大半を占める状況は、両国で全く変わっていない」と指摘。具体的な特徴として次のような点を指摘しました。
1. 相手国との直接交流がある人は、そうでない人に比べて相手国への印象がはるかに良い。直接交流の経験がない人では、自国のメディア報道が相手国への印象を左右している。
2. 日韓関係の重要性を対中関係と比べたとき、日韓双方で「日韓関係が中国との関係よりも重要だ」という回答は1割を切っている。両国民が日韓関係の重要性に確信を持てない状況が進行している。
3. この調査について、日本のメディアでは慰安婦合意への韓国国民の評価の低さだけが強調された。しかし、韓国側では「日韓関係が改善しても歴史問題の解決は難しい。歴史よりも将来の課題を考えるべきだ」という建設的な見方が増えている。メディアが世論のネガティブな面だけを取り上げたり、それが政治問題化されたりすることで国民感情が悪化するという問題を考えるべきだ。
最後に工藤は、日韓の約7割の国民が「国民感情が悪いという問題を改善すべきだ」と考えていることを強調。「こうした『静かな多数派』の存在を踏まえ、日韓関係の問題を考えようという声を上げるタイミングに来ている」と述べ、報告を終えました。
続いて、韓国側から延世大学教授の孫洌氏が発言に立ちました。孫氏は、「歴史問題が政治、経済、安保の面での協力を妨げているが、かといって両国関係が決定的に悪化しているとは思わない」と述べ、世論調査のポイントとして以下四点を示しました。
1.「嫌韓」「反日」の両方が依然として多いが、韓国側の日本に対する印象は改善している。今後の日韓関係の見通しも、韓国側では改善している。
2. 韓国では若い世代ほど、また保守派より革新派の方が、日本に友好的な印象を持っている。
3. 韓国では特に若い世代で、中国よりも日本に親近感を持つ人がはるかに多い。その理由は、「日本人は親切でまじめだから」という日本のアイデンティティに関する内容である。
4.2015年の慰安婦合意については、合意そのものに問題があったという評価が日韓両国で多い。同時に韓国では、歴史問題は長期的な観点で議論し、それと並行して、外交や経済について協力できる課題の解決を進めるべきだ、との認識が強まっている。
孫氏はこのように、比較的前向きな見解を示しました。
これに対し、日本側の小倉氏は、世論調査に現れていない日本社会の傾向として、以下三つの懸念を述べました。
1. 韓国への疲労感、不信感が広がっている
2. 韓国の大統領選は、実際には、高い投票率や政権交代の実現など民主政治が定着している証拠と考えることができる。しかし、日本の世論では、韓国政治の混乱の象徴というネガティブな印象が強い
3. 留学生の減少など、若い人の内向きの傾向が見られ、関係改善のために行動を起こす人が少ない
小倉氏は、こうした点が今後考えるべきテーマだと訴えました。
日本人は過去を、韓国人は将来をもっと考えるべき
続いて発言した藤崎一郎・前駐米国大使は、日韓両国の国民に意識変化を呼びかけました。
「日本人は過去にもっと向き合うべきだ。若い人がもっと歴史の真実を勉強すると、ヘイトスピーチに便乗して対韓批判に走ることはなくなる。同時に、韓国人はもっと将来を考えてほしい。仮に戦後の日米が『真珠湾攻撃』『原爆投下』を非難し合うだけであれば、これほど成熟した関係にはならなかった」
また、藤崎氏は慰安婦合意について、合意を直ちに実行できない韓国側の事情に理解を示しながらも「韓国が、合意が不可逆的だという性質に反して慰安婦像の設置などを行うと、両国の基本的な信頼に関わる」と指摘し、日韓双方が現段階では目立った行動を避けるべきだと主張しました。
これに対し韓国側の尹徳敏氏(元国立外交院院長)は、日韓関係悪化の原因を、歴史認識をめぐる日本の政治家の言動に求めました。「この20年、日本は歴史認識を修正してきた。以前は近隣諸国に配慮していた教科書の記述が、自国の主張を強調するものに変わった。また、かつて日本の閣僚が韓国を刺激する発言をすれば更迭されたが、現在はそのような発言が責任を問われなくなっている」と語り、尹氏はこうした現象が韓国人の心を傷つけてきたと主張しました。
韓国の現職国会議員である鄭柄國氏(正しい政党)も、問題は政治にあると主張。「慰安婦合意は履行されるべきだが、政府対政府の謝罪では意味がない。元慰安婦37人が生きている間に、彼女らが日本政府の謝罪を受け入れられなければ、この問題は永遠に解決できない」と訴えました。
一方、日本側から初参加した伊集院敦氏(日本経済研究センター首席研究員)は、歴史問題で「韓国がゴールポスト(合意された到達点)を動かしている」ことが日本側の韓国への不信につながっているという見方について、次のような意見を披露しました。
「ゴールポストが動くのは本当に悪いことなのか。トランプ米政権が国際合意を覆しているように、それは韓国の専売特許ではない。むしろ、民主主義が機能している証拠とみることもできる。日韓にあって中国、北朝鮮にないのは民主主義、市場経済だ」
伊集院氏はこのように述べ、民主主義や市場経済の価値を再認識する作業が必要だと指摘しました。
自由民主主義の機能不全、メディア環境の変化が過激な世論をつくっている
続いて、日本側の近藤誠一・元文化庁長官は、日韓関係が悪化する原因について、世界的な風潮にも関連し、次のように述べました。
「人類の歴史で最も良い制度として広まった自由民主主義が、機能しなくなっている。その要因は、貧富の格差、エリートの腐敗、移民に職を奪われること、への庶民の不満が広がる中で、既存の政治や歴史的なしこりのある国が不満のはけ口になっているからだ」
その上で近藤氏は、「政治は主権国家として守るべき建前がある。経済界にも、損得を越えて社会貢献する人は少ない。メディアは視聴率を意識し、感情に訴える報道に走ってしまう」と指摘し、結局、市民レベルの対話が重要だと強調。そして、日韓の市民間で格差や教育など共通の課題を語り合うことで、一緒に課題に取り組もうという気運が出てくる、と主張しました。
青木照護氏(日本青年会議所会頭)も、グローバリズムによって若者が職を失い、富裕層へのねたみが強まっていると指摘。これに対処するため、課題解決型の強い民主主義をつくるための「主権者教育」が鍵を握っているとし、次のように訴えました。
「各国で民間対話に参加しているが、共通するキーワードは教育だ。自国の伝統を守り、国民を豊かにするという『主権者』を育てていく。政治・経済の仕組みを教えることで、政策の良し悪しを判断する力を育む。また、株主だけではなく顧客や地域社会などへの利益の還元を実践できる人を育てなければいけない」
韓国の金泰榮・元国防長官は近藤氏の発言に関連し、世論をリードすべき政治家やメディアの責任について、次のように述べました。
「韓国ではここ10年、慰安婦問題などを提起する市民団体の力が強くなった。加えてSNSの普及により、匿名のまま刺激的な発言が出され、拡散する状況になっている。エリートがこうした動きに逆に引っ張られ、過激な発言が世論をつくっているかのような錯覚に陥っている」
金氏は上記のような現象により、1990年代に急速に改善した両国の国民感情が不信の構造に戻ってしまったと憂慮し、その解決策として、匿名でなく、公開で対話する機会を増やすことの必要性を訴えました。
日韓の将来と東アジアの平和を築くための、政治、市民、言論界の責任とは
韓国国会議員の李哲熙氏(共に民主党)は、日韓関係よりも中国との関係が重要、という意識が日韓関係悪化の原因だという見方に関し、「日韓は中国との関係において互いをうまく活用する戦略を立てられるが、実際は相手国をないがしろにし、アメリカに背中を押されてやむを得ず対話してきた。日韓関係を強固にするためには、互いの新しい魅力、価値を見出すことが大切。そのニーズを探すのはエリートや指導者の役割だ」として、政治家や知識層は「反省」すべきだと語りました。
日本側の宮本雄二・元駐中国大使は、李議員の発言に答える形で「日韓が何を達成するのか」もう一度考えるべきだと主張。言論NPOが行う中国との民間対話「東京-北京フォーラム」に長く携わってきた宮本氏は、「東アジアにどんな平和・発展のメカニズムをつくるかが喫緊の課題になっている。その中心となるのは、基本的な価値観を共有している日韓ではないか。その両国がどうして対話しないのか」と、強い疑問を投げかけました。
その上で次のように述べました。
「両国の政治がやるべきことは、これまで培った外交の技術を活用し、難しい問題を脇に置いて前向きの関係を作り始めることだ。世界で課題が山積する中、難しい問題をきっかけに関係をストップさせている余裕はない。その関係をつくるのは政治であり、成熟した国民社会だ。日韓とも成熟した民主主義国、つまり国民が指導者の言動を監視し、意見を言える国だ。そして、メディアや言論界には、その判断材料を国民に提供する義務がある。しかし、日韓の言論空間には、どの意見が正しいかを公平に判断できる場がない」
宮本氏はこのように、「強い民主主義」と「言論の責任」という言論NPOのミッションにも言及し、発言を締めくくりました。
「やるべきでないこと」を規定し、政治が行動に移すべき
日韓双方から多数のパネリストが発言した後、韓国側座長の申氏が再び発言に立ちました。申氏は「今の悪い関係を改善するため、日韓間でやるべきこと、やるべきではないことを分け、特に政府レベルで行動、実践に移していくことが重要だ」と述べ、「やるべきでないこと」について以下の三点を挙げました。
1. 歴史問題の話し合いなしには健全な関係が構築できない。約10年間中断している歴史共同会議を再開するなど、中長期的なアプローチが必要だ。
2. 批判を繰り返すのでなく、何が問題なのか相手の立場で考えなければいけない。両国ともゴールポストを動かしているが、ゴールを明確にして前進すべきだ。
3. 長年蓄積された問題を振り出しに戻してはいけない。これらを一つずつ解決していく姿勢が両国に求められている。
日本の川口順子・元外務大臣は、世論調査の結果に触れ、韓国側で日本に対する印象が改善したことや、「『慰安婦問題をまず解決してから』という手法ではうまくいかない」という認識が広がっていることを「関係改善のチャンスと考えている」と述べました。
そして、相互の理解を深められる点から対話を開始するとともに、相手国から指摘を受けた点は、改善する役割を政治が担っている、と主張しました。
最後に、韓国側主催者の李淑鐘氏(東アジア研究院院長)が総括を述べました。李氏は、「日韓関係はなぜここまで悪いのか」という問いの答えとして、両国の社会変化と外交環境の双方に原因があるとの認識を示しました。前者については、「メディアや市民社会の変化によって、少数の過激な主張が世論を操作できるようになり、政治家がこれに迎合して人気を集めている」と、政府間関係と国民感情の悪化が連動する構造を指摘。後者については、「中国の台頭によって、『日韓関係が重要だ』という相互の認識が低下している。また、『問題が起きたらアメリカが何とかしてくれるだろう』という態度が日韓関係の悪化を放置してきた」との見解を示しました。
そして、社会、外交・安全保障、経済など幅広い側面から、日韓が共有できる戦略的な価値を見出すことが必要だと述べ、第1セッションの議論は終了しました。