メディア分科会「日中両国の世論の改善に何が必要か―世論の構造とメディアの変化を考える」報告

2017年12月17日

ニューメディアが台頭する中、
日中のジャーナリズムが持つ価値と求められる役割とは
                    -メディア分科会後半 報告


 メディア分科会の後半は、読売新聞の五十嵐氏、中国日報社の高氏が両国の司会を務めました。

伝統メディアはポピュリズムへの免疫を持つことができるか

0B9A3450.jpg 最初に、問題提起を行った中国側の陳氏は、中国のネットメディアで「12月18日(本分科会の2日後)に米国が北朝鮮を攻撃する」という根拠のない情報が出回っており、驚いていると紹介。「中日ともにますます、真実主義、ジャーナリズムが薄れてきた」と危機感を表明する陳氏は、インターネットを通して誰もが記者になれる「WeMedia」が台頭する中で、「記者という職業は非常に経験を積んだプロフェッショナルであり、誰もが記者になれるわけではない」と指摘し、一般人と記者の発するニュースの違いを強調しました。

 フェイクニュースを利用した、ナショナリズムとポピュリズムという「二つの病気」が世界に広がる中、「その波がネットメディアから伝統メディアに伝染しつつある」という現状認識を語る陳氏。「我々はその免疫を持つことができるのか」と、伝統メディアの出身者たちが大半を占めるパネリストたちに訴えました。

ch.jpg 中国側から二人目の問題提起者として、余氏が発言しました。余氏は、「中国のメディアがほとんど政府の立場を代弁しているというのが誤解だ。絶対的に自由なメディアなどありえず、それぞれの立場がある」と、前半で日本側から出された疑念に答えました。

 その上で余氏は、メディアの役割には「公的な外交」の役割もあるとの見解を示しました。余氏が用意したプレゼンテーション資料のタイトルは、「日本の毎日新聞がなぜ平和を報道するのか」。60年前に日本の労働者たちが中国に対し、旗の寄付を通して平和を訴えたことを、2015年に取り上げた同紙。余氏は、所属する長江報業でこの活動を紹介し、翌16年に中国新聞賞を受賞したとのこと。ジャーナリズムに基づき、平和を求める声を発信していく努力が必要だと訴えました。


ジャーナリズムが信頼を取り戻すためには

 続いて日本側の問題提起が行われました。青樹氏はまず会場を見渡し、「今日のパネリストはベテランの記者が中心だが、会場には若い人が多い」と指摘。若者を中心に7億人のユーザーを集める中国のニュースアプリは、編集者を雇わず、アルゴリズムが個人の嗜好に合わせてニュースを配信する仕組みになっていることを紹介しました。

i.jpg 五十嵐氏は日本の状況についても、「伝統メディアへの信頼度はまだ高いが、今後は手軽さから主要媒体がネットに移行するのは不可避だ。若い人を中心に、既存メディアがきちんと事実を伝えていないという批判にも目を向けないといけない」という懸念を表明。

 そして五十嵐氏は、匿名性や、情報が連鎖的に拡散していく点といったインターネットでは、「記者や編集者が介在しなければ、極端な主張の広がりをコントロールすることが難しい」と主張。最後に、「紙はあと数年でなくなるだろう」と予測するワシントンポストが、この2~3年間で記者の採用を120名増やした事例に触れ、ジャーナリズムの価値をどう守るかという世界的な課題について、日中のメディアも解決策を模索すべきだと呼びかけました。

 その後も、伝統メディアの記者が、ネットメディアの台頭をめぐって次々と発言。

04.jpg 黄氏は、若い人の間で「脱中心化」「脱権威化」の流れが強まり、「WeMedia」で一人一人の発信者が自由につながる状況が生まれていると指摘。その環境下で、民族主義やエゴイズムを適切にコントロールすることができれば、両国民間の交流がうまくいくのではないか、と語りました。

s.jpg 杉田氏は、伝統メディアに対する不信の背景に、ジャーナリストの質の問題があると指摘。「生身の記者が生きてきた経験の塊、すなわち豊かな企画力・発想力・問題意識の3要素に基づいた記事こそ、AIが作るニュースを凌駕するインパクトを与えられる」と語る杉田氏。

 最近の記者はこれらの資質が貧困になって「爆買い」などのステレオタイプ的な記事が量産され、読者に新しい視点を提供できなくなっている、と懸念を表明しました。

ogi.jpg 萩原氏はジャーナリズムへの不信について、。「日本も米国も、メディアは政府の言っていることを垂れ流すだけだった。そうではなく、政府の発表を冷静に検証し、しっかり取材をして問題提起をしていくことにジャーナリズム性がある」と指摘し、そうした努力を怠れば、メディアが市民からの信頼をますます失っていく、と話しました。


日中が互いに尊重すべきネット情報管理の「流儀」

e.jpg 一方、ニューメディアの前向きな役割を評価する意見がありました。袁氏は、観光や医療など、ニューメディアの専門性が伝統メディアに勝っている分野もあると主張。特に、若者に関心の高いポップカルチャーの分野では、中国の若者が日本に好感を抱くにあたり、ニューメディアが伝統メディアにない資源を提供していると語りました。

0B9A3893.jpg 神子田氏は中国におけるネットメディアの価値について、共産党政権が世論を「反日」に誘導しようとした場合、政権と異なる見方がネットメディアで広がれば国民感情悪化の防波堤になるという可能性に言及。

 その上で、ネットでの情報管理という微妙な問題について、次のようなエピソードを持ち出して持論を展開しました。

 「2012年の反日デモの際、中国人が日本企業を攻撃した映像がネットに流れたが、中国当局はその映像をすぐに削除してしまった。報道するために映像を保存する日本メディアとの大きな違い。なぜかと聞けば、映像を見た別の中国人なデモを起こさないようにするためだ、と聞いた。このように中国には中国の事情、流儀があるが、この説明が聞けるという環境が非常にいいのではないか」

k.jpg 続いて加茂氏が、「中国では日本以上に、情報入手のルートがテレビからネットや携帯機器にシフトしている。それによって、日本に対する理解の形、深さがどのように変わるのだろうか」と根本的な疑問を提示。

k.jpg これに対し、メディア論に詳しい金氏は、日本では知られていないが中国人のニーズをつかむことのできる和食や温泉などが、SNSを通して中国人に広まっている、という実例を紹介。そうした現象を「ニューメディアにおける公共の外交」と位置づけ、日本の伝統メディアに対しても、「中国人に受け入れられやすい情報をどのように提供するのか」と注文をつけました。


メディアが日中の相互理解に役割を果たすための、具体的な将来提案

 対話が終盤を迎えたところで、日本側司会の青樹氏が、「せっかくメディア人が集まっているので、将来の日中関係やその中でメディアが果たすことのできる役割を議論したい」と呼びかけました。

sa.jpg 坂尻氏は、「メディアが視聴率などの獲得を目指したビジネスにあまりに傾いてしまうと、センセーショナルな報道に傾き、それは日中両国でいうとお互いのナショナリズムを煽る危険性を持っている」と悲観的な見方を提示。「ただ、伝統的なメディアとしては、ジャーナリズムの倫理、質の高いコンテンツを堅持して信頼を積み重ねるしかない」と決意を述べました。

 一方、王暁輝氏はニュースサイト編集長の立場から、「ニューメディアが支持されているのは、技術的に高い利便性を持っているからだ」と発言。そうである以上、伝統メディアもニューメディアに融合していくしかない、という見方を示しました。

 「もう少し明るい未来の提案を」という青樹氏に対し、段氏は、「例えば、来年は中日平和友好条約締結40周年、また中国の改革開放40周年でもあるので、両国の出版業界は40周年の共同出版をしたらどうだろうか。例えば、改革解放に貢献した40名の中国人と日本人のストーリーを織り込んだ本を出版したらどうか」と提案しました。段氏は、こうした企画に若者を巻き込むことで、両国の歴史についてより積極的に見ていく人も増えていくのではないかとし、。メディア間の相互交流を通し、そうした状況を作り出すことが両国のメディア人の肩にかかっている、と、段氏は決意を語りました。

 神子田氏もメディア間の交流に前向きな姿勢を表明。その上で、トランプ大統領の誕生や英国のEU離脱を受けて自由主義体制の揺らぎが叫ばれる中、「中国流のやり方、これまでの自由主義世界のやり方、それぞれにいいところがあってコミュニケーションすることが大事」と語り、「日本の新聞は紙面上で中国の記事をそのまま載せているところがある。そうした取り組みを相互に実施すれば、中国の人も日本の人の考えが分かるのでは」と、真の相互信頼に向けて提案しました。


若者自身は、メディアの変化と真の相互理解についてどう考えているか


 
 議論の最後に、青樹氏の呼びかけにより、会場に詰め掛けた若い参加者との質疑応答を実施。北京で日本語を学んでいるという中国人女性が質問に立ちました。

 「90年代生まれの私たちは、ニューメディアを『選んだ』というより、選ばざるをえない環境にあった。しかし、内容においては伝統メディアの優位性もあるし、若者も深みのある情報を読みたい」

 その上で、世論調査では、相手国への好感度で日本が中国を大きく下回っていることについて、「中国に肯定的な報道が少ないためではないか」との仮説を提示。「中国人にとっての日本アニメのような、逆に日本の若者は中国の何に魅力を持つのか」と、居並ぶ日本のジャーナリストに質問しました。

0B9A2868.jpg 青樹氏は、漫画『キングダム』を通して春秋戦国時代に興味を持った日本の若者が多いことを紹介。「中国を舞台にした大衆文化が日本の若者に支持されていることを、伝統メディアにももっと取り上げてほしい」と述べました。

 3時間にわたる議論の最後に、中国側司会の高氏が、「メディアのイノベーション、単なるニュースとジャーナリズムとの関係をめぐって率直な対話が展開され、大変すばらしかった」と総括。ただ、「時間が短すぎ、悔しくてしょうがない」と述べる高氏。

 「中日両国にとどまらず、より広い視野でメディア人の理解を推進するプラットフォームにしていきたい」と、来年東京で開かれる本フォーラムの今後に期待を表し、メディア分科会を締めくくりました。


⇒ メディア分科会「日中両国の世論の改善に何が必要か―世論の構造とメディアの変化を考える」前半はこちら

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