日中共同世論調査の結果から見えた、
世論の構造とメディアが取り組むべき課題とは
―メディア分科会前半 報告
メディア分科会は、日中両国のメディア関係者ら20氏のパネリストが参加して行われました。
今回のテーマは「日中両国の世論の改善に何が必要か―世論の構造とメディアの変化を考える」。フォーラムに先立って言論NPOが発表した日中共同世論調査結果で、日中両国の国民が持つ相手国への印象が大幅に改善。当日午前の全体会議でも、この結果にメディア報道が果たしたプラスの影響への言及が相次ぎました。メディア分科会ではそれを受け、日中の世論が抱える真の課題や、その解決にこれからのメディアがどのように貢献できるかを探る議論が行われました。
日中両国のパネリストは以下の通りです(敬称略)。
【日本】杉田弘毅(共同通信社論説委員長):前半司会、青樹明子(日中友好会館理事):後半司会、五十嵐文(読売新聞論説委員)、加茂具樹(慶應義塾大学客員教授)、坂尻信義(朝日新聞社国際報道部長)、萩原豊(TBS外信部デスク)、神子田章博(NHK解説主幹)、山田孝男(毎日新聞政治部特別編集委員)
【中国】王暁輝(中国ネット総編集長):前半司会、高岸明(中国日報社副総編集長):後半司会、趙啓正(元国務院新聞弁公室主任)、金瑩(中国社会科学院日本研究所研究員)、陳小川(第12回全国政治協商会議委員)、余熙(長江日報高級記者)、王衆一(人民中国雑誌社総編集長)、白岩松(中央テレビ局評論員)、劉華(参考消息報社新メディアセンター副主任)、袁岳(零点研究諮詢グループ会長)、黄海波(フェニックステレビ中国語副所長)、段躍中(日本僑報出版社代表)
国民感情に果たす「輿論」と「直接交流」の役割
中国側からはまず、対外広報の担当閣僚として本フォーラムに長く携わってきた趙氏が、「両国政府の政策は国民感情に大きく影響される」と世論が日中関係に果たす重要性を説明し、今回の世論調査でプラスの結果が出たことについて、「我々の仕事はようやく効果が見えてきた」と希望を語りました。
趙氏は続いて、日本語では、知識人による冷静な議論の積み重ねである「輿論」と、市井に流れる扇情的な「世論」は別物である一方で、中国語にはその区別がなく、中国語と日本語では「世論」という言葉の意味合いに違いがあると指摘。そして、世論形成のプロセスにおいて国民が「客観性」を備えることが特に重要だと強調し、間違った「世論」に左右されないため、ジャーナリストらの冷静な言論と、両国民の直接交流による相手国への真の理解の双方が重要になると問題提起しました。
また、金氏は、中国側から見た世論調査の分析を披露しました。金氏はまず、今後の日中関係の見通しに関する楽観的な見方が、中国側で昨年の19.6%から28.7%へと大幅に改善していることを紹介。また、アジアや世界の平和に向けた日中の協力に期待する声が大幅に増えていることにも注目していると語りました。
一方、関係改善の障害としては「領土をめぐる対立」や「歴史認識」を挙げる人が多いこと、特に「歴史問題が解決しなければ日中関係は発展しない」と考える中国人が5割を超えることに触れ、「中国人は、歴史問題の解決を強く希望しているのではないか」との見方を提示しました。
金氏は最後に民間交流の重要性にも言及し、「中国では9割の人が日本に行ったことがなく、この分野が関係改善に与えるポテンシャルは大きい」と述べました。
今回の調査結果から見えなかった「足腰の強い」日中関係とは
一方、日本側から問題提起を行った加茂氏は、「日中両国民の相互認識が改善し始めたことは間違いない」としつつも、今回の調査結果を「手放しでは喜べない」と警鐘を鳴らしました。
その理由は、「国民感情を改善した先に描かれる日中関係のあるべき姿」で両国民が合意されていないことであり、それを実現してこそ日中関係の「足腰が強く」なると加茂氏は主張し、「あるべき姿」の土台となる認識について、以下3点の課題を挙げました。
第一に、日中関係発展を妨げるものが歴史問題だ、いう見方は日中で共通しているが、その中身については日中間で認識が違っている、という点。第二に、日中を取り巻く国際環境についての認識であり、今回の調査では、自国への軍事的脅威を感じている国として、日本では北朝鮮と中国が1位、2位で続く一方、中国では1位が米国、2位が日本で北朝鮮の脅威への認識が低いなど、認識のズレが明らかになっており、日中間の将来的な軍事紛争を予測する声も、特に中国側で5割前後と多いことを注視します。
そして第三に、日中経済についての認識です。調査の結果、世界やアジアの経済発展に対する日中協力は両国の大半が肯定していますが、両国民はその具体策を共有しているとは言えません。また、「日中がWin-Winの経済関係を築くことができる」と考える中国人は6割に達する一方、日本では3割を切り、中国主導の経済構想に日本が「協力すべき」との見方は1割を切っています。
両国からの問題提起の後、日本側司会の杉田氏が、加茂氏の発言に応えるかたちで、「今回の調査の改善傾向をどう見るか、足腰が強い関係に結びつけるにはどうすればいいか。メディアの役割もそこにある」と議論の焦点を提示。討論がスタートしました。
客観的な理解を妨げる一面的な報道
両国のパネリストは、趙氏も言及した「相互の客観的な理解」を実現するためのメディア側の課題を、次々と指摘しました。
口火を切ったのは青樹氏です。青樹氏は「日中関係の改善が相当進んだというが、肌感覚ではその実感がない」と断言。具体的には、中国人は、日本訪問を機に日本への印象が劇的に良くなることが多いのに対し、日本では、中国を訪問した人が中国への良い評価を口にしていない、という点を挙げました。
その原因として指摘したのは、「日本メディアの中国に対する報道が一面的である」ことです。例えば、「日本の観光地を訪れた中国人が、試食でべたべたになった手で高級店の商品を触り、売主が困っている」という報道。この報道の背景には、中国人が「店先に並んでいるものは試供品だ」という認識を持っている背景を、日本人が知らないことが根底にあります。さらに、「日本のメディアは面白い現象だけを取り上げる一方、その背景にある文化の説明をしない」と批判し、改善の余地は大きいと結論付けました。
神子田氏と坂尻氏は、中国への駐在経験を持つジャーナリストの立場から、目立つニュースと、国全体に関する報道とを切り分ける必要性を話しました。
神子田氏は、2012年の尖閣諸島国有化を受けた反日デモの際、在中国の日本企業から「NHKがあのようにデモを報道すると、中国全体でデモが行われているように感じる」と抗議を受けたことを紹介。また、青樹氏の発言に同調し、「面白おかしく取り上げるのではなく、中国人がなぜ怒るのかも伝えるべきだ。より深い報道がよりよい理解につながる」と述べました。
坂尻氏は、「他の国に対する印象と異なり、日本人は『中国』を語るときはどうしても『国家』を意識してしまう」と語り、「そういう中でメディアが報道をするとき、『中国』の文字が意味するのは政府なのか、個人なのかを区別することが重要だ」と指摘しました。
これを受け、中国側からも日本のメディアへの指摘が出されました。
劉氏は中国社会のデジタル化を象徴する電子決済について、日本ではその危険性ばかりが着目されている点を挙げ、「日本メディアは細かい部分にこだわり、中国全体の大きな方向の把握をおろそかにしている」と批判しました。一方で劉氏は、「同じ傾向は中国メディアの対外報道にも出ている」という自己批判も述べました。
香港拠点の衛星テレビに籍を置く黄氏は、「日本では、あるメディアが一つのコンセプトを打ち出すと、全てのメディアが『右へ倣え』でそれに流される」と指摘。具体例として「中国脅威論」や「爆買い」における日本メディアの報道を挙げました。
中国駐在記者と東京本社の間に存在する温度差
日中のパネリストが取り上げたメディアの一面的、扇情的な報道はなぜ起こるのか。山田氏は、視聴率や特ダネを追いかける商業主義的な姿勢を原因に上げました。その解決策として、山田氏は「政府が統制するのではなくメディア内部で高い視野を持ち、自発的に取り組むことが必要だ」と指摘。
別の視点からメディア内部の問題点に触れたのは、今年4月まで読売新聞の中国総局長を務めていた五十嵐氏です。「現地の記者は、政治や経済だけでなく、中国の民間の動きや文化を取り上げたい。しかし、東京の本社が考える報道の優先順位は異なり、国家としての中国の報道を中心に考えている」。
中国の新聞社勤務を経て、日本で出版社を創業した段氏も、「中国の現場で感じ取るものと、本社の編集部が理解する中国像は違う」としました
また段氏は、「日本ではSNSで中国を紹介することが少ない。もっと発信してほしい」と要望。中国側からは黄氏も、「日本では、青樹氏のように、中国語で日本の良いところを発信するジャーナリストがおり、それが中国における日本への好感度に貢献している。しかし、その逆は少ない。中国のいいところを日本語で語れる中国人がもっと出てきてほしい」と、日本における中国への印象改善に向けたさらなる課題を語りました。
日中のジャーナリストは「事実」の意味をどう考えているか
さらに、TBSの萩原氏は、今年、世界の言論空間を席巻した「ポスト真実」や「フェイクニュース」に関連し、中国メディアが「事実」への向き合い方をどう考えているか、と問いを投げかけました。
「日本のジャーナリストは事実に誠実に向き合うのが基本。その視座として、権力側でなく市民あるいは弱者側に立つのは原則だ。中国のメディアは、政府の発表を流すだけの報道になっている。権力側が反日姿勢をとったとき、世論が反日に傾くことへの歯止めがなくなるのではないか?」
これに答えたのは、共産党青年組織の機関紙に所属した経験も持つ陳氏です。陳氏は「事実の報道が新聞記者の本職」としながらも、「もともと立場が違うことによって事実の判断も違い、報道も違う」と主張しました。そして、自身が報道にあたり重視する点として、「事象の大きな背景の把握」「記者自身の素質」「メディアとしての責任感」を上げ、「ひたすら事実を伝達したか、だけを事実の唯一の基準にしてはいけない」と訴えました。
これを受け、日本側からは「中国メディアはなぜ政府の報道ばかりするのか?」と質問がなされ、陳氏は「共産党は与党だから」と回答。「共産党は建国以来、国民生活の全てを率いてきた。その言動は13億人の生活にかかわるので一番大きなニュースだ」と理解を求めました。
日中関係の「新常態」にどう向き合うか
ジャーナリストの観点から日中関係全体をどう見るかについても、複数のパネリストから発言がありました。
中国側の白氏は、2008年に日本を訪問し各界著名人へのインタビュー番組を作成した経験を語り、当時の期待は失望に変わったと、白氏は無力感を表明します。その理由は、日中のパワーバランスが当時と比べて中国側に傾き、軍事衝突の可能性などの様々な問題を抱えた状態を「正常」と考えなければいけなくなった一方、中国の日本への期待が相対的に低下したからです。そうした状況を前提とした中でも、首脳の往来が常に可能となるような新しい中日関係を構築すべきと述べました。
また、神子田氏は南シナ海問題に言及しましたが、「中国は国際ルールを守る国だ。習近平政権は法制国家の構築を最重要課題の一つにしている」と高氏は回答。世論調査結果について、「日本では3分の2の国民が、アジアが将来実現すべき理念に『平和』を挙げているが、それをいかに実現すべきか分からない国民が多い」と指摘し、その理由として、メディアがその解決方法を提示できていないことを挙げ、自身が所属するメディアの役割の重要性を指摘しました。
最後に日本側司会の杉田氏が「自身の主張を述べるだけでなく、討論の形で良いやり取りができた。後半もこうした議論がしたい」と締めくくり、メディア分科会の前半の議論は終了しました。