2018年2月26日(月)
登壇者:
ブルース・ストークス(ピューリサーチセンター・ディレクター)
近藤誠一(近藤文化・外交研究所代表、元文化庁長官)
司会:
工藤泰志(言論NPO代表)
2月26日、言論NPOは、都内の事務所1階会議室にて、ブルース・ストークス氏(ピューリサーチセンター・ディレクター)、近藤誠一氏(近藤文化・外交研究所代表、元文化庁長官)をゲストにお招きし、言論フォーラム「北朝鮮問題と日米の世論-国民の声で戦争を食い止めることができるか」を開催しました。
言論NPOは昨年末の12月28日、米・メリーランド大学と共同で行った北朝鮮問題に関する日米共同世論調査結果を公表しましたが、そこでは日米の国民間に大きな認識ギャップがあることが明らかになりました。こうした状況の中、北朝鮮の核脅威に対する国民の不安が外交プロセスにまで影響してしまう危険性も存在しています。
そこで今回のフォーラムでは、こうした世論の問題や調査で浮かび上がった日米両国民の意識の違いなどについて議論が交わされました。
フォーラムではまず、ストークス氏が、ピューリサーチセンターが実施した調査を中心に、アメリカ国内における北朝鮮問題に関連する様々な世論調査結果を紹介。そこでは、特に北朝鮮についての知識を持たない平均的なアメリカ国民も米朝間で戦争が始まることに対して強い懸念を抱くようになってきている、という現状が明らかにされました。そうした戦争を懸念する声は3年前から大幅に増加し、さらに共和、民主両党の支持者間の差も縮まっているとストークス氏は解説しました。
もっともストークス氏は、こうした調査では「多くの日米韓の人々が死ぬような事態になったとしても戦争をすべきか」などのように、戦争にどの程度「コスト」をかけるか、ということまでは掘り下げて尋ねていないため、「その本気度は分からない、バーチャルな世論だ」と留保を付けました。
重要な問題について、世論の姿を浮き彫りにすることこそ調査機関に課せられた責務
これを受けて司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志も、改めて年末に発表した日米共同世論調査結果を振り返りました。その中で日本人が自国日本の核武装に「賛成」する声がこの1年間で2倍に増加したという結果に対して、韓国メディアが強く反応したことを紹介し、世論調査が及ぼすインパクトをどう考えるか、調査結果の公表には慎重であるべきか、などと問いかけました。
近藤氏も、世論調査は核武装の是非を問うような設問では、調査結果を時の政権に都合よく利用される危険性もあると指摘。数字という形でわかりやすく国民意識が表れてしまうためにその設計は慎重に行わなければならないとしつつ、その一方で表面的な結果しか出ないようだと調査の意味がないため、うまくバランスを取ることが課題になると語りました。
ストークス氏も、調査結果がどのように受け取られるかまで念頭に置きながら、設問の設計は慎重に行うべきと発言。しかし同時に、「調査によって敏感な問題を掘り起こしてならないのかというとそうではない」、「例えば、北朝鮮との戦争によって在韓米人にどの程度被害が及ぶのか多くのアメリカ人は知らない。それを知らしめるためには設問に入れてもいい」、「本当に重要な問題については、厳しい設問も厭わずに世論の姿を浮き彫りにしていかなければならない」などと調査機関に課せられた厳しい責務について語りました。
アメリカ人の日本に対する認識はそれほど高くないのが現実
続いて議論は、アメリカ人の対日観に移りました。
ストークス氏は、平均的なアメリカ人は世界地理に対して知識も関心もないのが現状であるが、日本もその例外ではないことを説明。「日本が北朝鮮や中国から攻撃されたらアメリカは日本を守るべきかと聞かれたら、大多数の人は『Yes』と回答するだろう。しかし、日本に関して知っていることを質問しても、最初に来るのは『寿司』であり、安倍首相さえも知られていない。知っている出来事も第2次大戦と福島の原発事故だけで、その間約70年間のことはほとんど知られていない。あれほど激しかった貿易摩擦でさえも忘れている」と語りました。
次に、工藤はアメリカ世論の中に日本の核武装に対して「賛成」する声が3割見られる背景を尋ねました。
ストークス氏はまず、ピューリサーチが以前の調査で「日本はもっと地域の防衛のために貢献すべきか」と質問した際、多くの人が「Yes」と回答したことを振り返り、その背景には「自国の防衛には自国で責任を持て。アメリカはこれまで十分に守ってあげてきた」という意識があり、今回の調査でもそうした意識が出たと解説。
それに加えて歴史認識もこの結果の要因として挙げました。そこでは、「中国や韓国とは異なり、アメリカは日本との過去の戦争を思い起こす機会が乏しく、多くの人にとって第2次世界大戦は過去のものとなっている。そもそも歴史観というものがなく、未来しか見ていないために、日本が軍備を増強したり、核武装をしたりしてもかつての軍国主義が復活するなどとは思っていないのだろう」と分析しました。
これを受けて近藤氏は、日本人とアメリカ人の武力行使に対する認識の相違を指摘。日本人は徹底した平和主義志向で、極力軍事は避けようとするのに対し、アメリカ人は国際社会はアナーキーな構造であると認識しているため、問題解決のためには武力行使も辞さない意識が強く、特に、核武装に対する意識では、そうした意識差が顕著に表れるとしました。
なぜアメリカ人の4割は「北朝鮮の核保有を認めてもかまわない」と思っているのか
続いて工藤は、訪米時の対話では「安全保障の専門家も、北朝鮮は事実としてすでに核保有しているのだから、その現実は認めた上で、どう放棄させるかを考えるべきという発想から『なぜ核保有を認めないのか』と言っていた」と振り返りつつ、アメリカ世論の中で北朝鮮の核保有を認めるという声が37.6%見られることについての背景をストークスに問いました。
ストークス氏は、「平均的な一般人は質問されても、真剣に検討した上で回答などしないものだ」と世論調査の性質に触れつつ、この37.6%の人々も「それほど深く考えないで、聞かれたからそう回答しただけではないか」との見方を示しました。
ただし、「感情的、直感的」には、北朝鮮が核を持っても構わないと思っているということには注意が必要であるとし、その背景にはアメリカ人のプラグマティックな物事の考え方があり、したがって「放棄させるべきだが、すでに核保有している以上、その現状は事実として認めるべきだ」という思考につながっていると解説しました。
近藤氏はまず、アメリカ人は過去の経験から「いったん核保有を認めた上で、米ソのような核管理体制を敷いた方がよい」と考えているのかもしれないと推測。
しかし同時に、「単に知識が浅い状態で答えてしまったのかもしれない」とし、「フォーカスグループで議論したら、核兵器不拡散条約(NPT)を勝手に脱退したような国の核保有を認めてよいはずがないということは容易に分かるはず」と語り、そうした予備知識抜きで行う世論調査の限界も指摘しました。
北朝鮮問題について、トランプ大統領にかける一縷の望み
北朝鮮情勢の今後の展開について話題が及ぶと、ストークス氏は今後実施されるかもしれない対話次第との見方を示しました。ストークス氏はトランプ大統領の危機に対する対応能力について多くのアメリカ国民が心許ないと思っているとする一方で、「ビジネスにおけるタフな交渉経験が活かされるかもしれない」と一縷の望みを託しました。
世界各地で失墜するアメリカに対する信頼
「世界の平和と安全に脅威をもたらす首脳」に関する設問において、日本世論では金正恩朝鮮労働党委員長(44.1%)よりもトランプ大統領(49.6%)を選択した回答が多かったことに関して、ストークス氏は「欧州の方がもっと酷い調査結果が出ている。大統領個人に対する信頼度とアメリカという国に対する信頼度はリンクしているが、独仏などではアメリカに対する信頼度が7割から8割落ちている。ジョージ・ブッシュ元大統領が8年かけて失った信頼をトランプ大統領は2カ月で失った」と語ると、会場からは思わず失笑が漏れました。
近藤氏は、これまでアメリカは日本にとって唯一頼ることができる「ビッグブラザー」だったが、そのアメリカが「アメリカ・ファースト」を掲げ、突然頼れるかどうかわからない存在になってしまったことのショックがこの結果に反映されているとの見方を示しました。
議論を受けて最後に工藤は、ウッドロー・ウィルソン大統領がパリ講和会議の時に、オープンディプロマシー、すなわち開かれた外交を提唱したが、それが実現できなかったことの背景として「結局世論というものを信じていないからだ」と指摘。その上で、「しかし、それでは駄目だ。世論が政治や外交に関心を持ち、参加していくという流れが外交を強くしていく。それが言論NPOの原点であり、この間、目指してきたことだ」と語り、今後もそのような世論に関する調査や議論を継続的に実施していくことの意欲を示し、1時間半に及ぶ議論を締めくくりました。
言論NPOは北東アジアの平和構築に向けて、今後も様々な活動を行っていきます。