私たち言論NPOが、韓国のシンクタンクEAIと共同で6回目の日韓共同世論調査を行ったのは、2018年の5月中旬から6月初旬にかけてである。
この調査期間は、4月27日の韓国と北朝鮮の南北首脳会談が終わり、6月12日の歴史的な米国首脳会談の開催に向け様々な駆け引きが行われた時期と重なっている。
北朝鮮の完全な非核化は先行きが見えた状況とは言い難く、むしろその難しさだけが浮かび上がっているが、解決に向け一歩を踏み出した可能性は高く、それが朝鮮戦争の終結や朝鮮半島の将来を巡る動きを視野に入れた歴史的な局面にある。
今回の世論調査がこれまでと異なるのは、歴史問題を軸に複雑な国民感情を抱えてきた日韓両国にとって、未来に向けた関係づくりが本格的に問われ始めた中で行われた調査だ、ということである。
ここで確認したかったのは両国民の意識の中に両国の関係改善を未来志向で考えようとする準備や兆しがでているのか、ということである。
浮き彫りとなった北朝鮮の非核化に関する両国民の意識の差
まず、今回の調査で浮き彫りになったのは、北朝鮮の核問題の解決や朝鮮半島の未来に対する日韓両国民の意識の大きな差である。
朝鮮半島で始まった歴史的なチャレンジに対して、韓国人の意識はこの一年で大きく変化し、前向きなものに変わっている。これに対して、日本人の回答は依然、懐疑的なものとなっている。
例えば一連の首脳会談で非核化は「実現する」、あるいは最終的には時間がかかる、としながらも「非核化は動き出した」と前向きに判断している日本人は25.5%と3割に満たないのに対して、韓国ではその倍の59.3%と6割近くいる。
これに対して、首脳間の「合意だけでは(非核化ができるかは)判断できない」、あるいは「最終的にとん挫する」と答えたのは韓国の36.6%に対して、日本では56.9%と半数を超え、日本側の悲観的な見方が際立っている。
また北朝鮮の核問題解決の見通しについても両国民の意識は真逆の方向にある。
日本では、「解決が難しい」と考える人は65.1%と7割近いが、これは昨年の調査時とほとんど変化はない。ところが、韓国では「解決が難しい」と考える人は23.2%となり、昨年の71.3%から大きく減少している。
しかも、その解決の時期を「今年中」から「10年後」にまで広げると、「解決する」と考える韓国人は60.6%と6割を超えたのに対して、日本では10.2%と一割程度しかない。
悲観的な見方が日本で際立って多いことは、この調査と同時に言論NPOが行った米国との共同世論調査でもより鮮明に出ている。
言論NPOでは同じ質問を米国のメリーランド大学の協力で米国民にも聞いたが、米国民も、韓国民の意識と同様に、半数近く(48.4%)が北朝鮮の核問題は「今年中」から「10年後」で解決すると回答しており、「解決は難しい」は25.8%しかない。
この日米の調査では金正恩氏の朝鮮半島の平和に向けた意思を信頼できるかも、聞いている。「信頼できる」と回答したのは日米の国民で一割にも満たず、6割を超える人が「信頼できない」と回答している。それにもかかわらず、核問題の解決を米国民が日本よりも多く期待しているのは、交渉の当事者である米国では、政府の説明やメディア報道を通じて多くの米国人に首脳会談の意義への理解が広がっているからなのだろう。
こうした日本と韓国との意識のギャップは朝鮮半島の今後についても同様に表れている。昨年の調査では韓国人の半数は、10年後の朝鮮半島の情勢を「現状の不安定なまま」か「緊張が高まる」と回答している。ところが、今年、韓国人の見方は劇的に変わり、6割が「韓国と北朝鮮は関係を改善する」と判断しているのである。
つまり、韓国人の多くは、北朝鮮問題に関する文政権の取り組みを支持し、朝鮮半島の未来を期待し始めている。朝鮮半島の将来の姿に関しても7割もが「完全な統一」や「連邦制」、さらには「EUのような国家連合」を望んでいるのは、そのためである。
これに対して日本人には朝鮮半島の将来にそこまでの期待は現時点で見られない。
朝鮮半島問題に対する意識は、メディア報道に依存せざるを得ない状況
日本人の懐疑的な見方の背景には、日本がその交渉の枠外にあるという距離感だけではなく、拉致という人権にかかわる北朝鮮への強い反感があることを否定するのは難しい。メディアでも北朝鮮の問題は、拉致の問題として語られることが多い。
しかし、それ以上に大きいのは、この間、国民感情として深刻化していた韓国への不信の意識が、韓国大統領の行動の理解へのブレーキとなっていることである。しかも、国民は一連の首脳交渉への判断を、日本のメディア報道に依存せざるを得ない。
この傾向はいくつかの設問での回答をクロスで組み合わせるとある程度説明できる。
例えば日本では、他の世代と比べて韓国への印象が比較的に良い20代や、20代未満の若い世代に、北朝鮮の核問題の解決に向けた前向きな見方が多い。韓国への理解がある層には、今回の事態を期待する傾向が強い。また、日韓問題の情報源としてオピニオンの役割を持つ「新聞」を活用している層には、テレビなどを活用する層と比べて前向きに今回の事態を見る傾向がある。ただ残念ながら「新聞」を情報源として活用する人は、日韓両国でごく少数である。
つまり、日本の国民には朝鮮半島の状況を判断する十分な情報がまだ少ないのである。
日韓間の現状やお互いの理解に新しい変化は存在しているのか
私たちが次に考えなくてはならないことは、両国民は現状の日韓関係をどう考えているのか、または、お互いの停滞した国民感情に新しい変化があるのか、ということである。
ここでは相手国への相互理解や現状の日韓関係に対する評価、さらには両国関係の重要性に絞って、この一年の変化を明らかにしてみる。
まず、両国民の相手国への印象、さらには現状の日韓関係に関する国民の評価は、日韓のそれぞれで昨年よりは改善の傾向を強めている。
特に韓国人の日本に対する印象の改善は顕著で、日本に「良くない印象」を持つ韓国人は今年50.6%(昨年56.1%)まで改善し、調査を開始した2013年の76.65%からは26ポイントも減少している。「良い」と回答した人も昨年の26.8%から、28.3%に増加している。
これに対して、日本人の韓国に対する印象も若干改善したが、増えたのは「どちらともいえない」であり、好転に向かっているわけではない。
この背景にはいくつかの要因が観察できる。まず韓国人の日本への渡航客の増加がある。2017年の日本への観光客は714万人と前年を200万人上回っている。世論調査にもこれが反映されており、日本を訪問したことがある韓国人は38.6%(昨年35.1%)になっている。
この日本に渡航経験がある層は49.1%と半数近くが日本に「良い」印象を持っており、訪問経験のない層の15.3%と比較すると、3倍もの人が日本に好印象を持っている。
これに対して、日本人の韓国への訪問数はこの数年ほとんど変わらず、停滞したままであり、訪問者による印象の改善はほとんど見られない。
もう一つ、お互いの国に対する印象は世代間で大きく異なるということである。両国民ともに30代未満は相手国への良い印象を持っており、またこの世代は携帯の情報サイトなどを活用して、相手国の状況を理解する人が多い。
なぜ日韓両国民が、未来志向の両国関係に確信を持てないのか
今回の調査では、現状の日韓関係を「悪い」と見る人も、日本人が40.6%(昨年は57.7%)韓国は54.8%(昨年は65.6%)と共に昨年から大幅に改善し、いずれもこの調査が開始した2013年からは最も低い水準となっている。
しかし、これが好転したわけではないことは、日韓両国民ともに現在の日韓関係を「良い」と判断する人が一割にも満たないことからも分かる。また、日本人の47.8%(昨年45.2%)、韓国の57.2%(49.7%)が、日韓関係は今後も「変わらない」と回答し、昨年よりも増加している。つまり、両国民ともに日韓関係の好転をまだ確信できていないのである。
ではなぜ、日韓関係の好転を見通すことはできないのか。
日韓関係を改善に向かっていると国民が判断しているのは、政府首脳間の頻繁な動きが背景にある。文在寅政権が2017年5月10日に誕生してから、日韓首脳会談は電話会議も含めて15回行われ、この中では毎回、北朝鮮の核問題でも両者は意思疎通に努めている。この間、未来志向で政府関係を構築し、従軍慰安婦問題など困難な問題は適切に管理していくことなどで一致し、今年5月9日に再開された日中韓サミットでは、北朝鮮の非核化で3カ国が合意している。
ただ、こうした政府間の動きがあっても、それが日韓関係の好転に繋がらないのは、日韓関係がなぜ重要なのか、それ自体に両国民は確信を持てていないからだろう。
日韓関係が重要である、と考えているのはそれぞれ昨年よりは減少しているが、日本で56.3%(昨年64.3%)、で韓国は82.4%(昨年は89.9%)とかなり高い水準である。もちろん、この重要性も中国を含めた三カ国間や世界的な視野で考えれば、その重要性の意味が異なることになるが、二国間の重要性は、日韓両国民は率直に認めている。
しかし、問題はその理由である。日本と韓国民はお互いを重要だと判断している理由は基本的に「隣国」や「同じアジアの国」という一般的な認識のみで、韓国では経済面から重要性を見ている人もいるが、米国との同盟関係を、その理由にあげたのは2割以下である。民主主義という共通の価値観を理由としたのはそれぞれ1割にも満たない。
私たちの調査では、「日韓関係の改善のためにすべきことは何か」を毎回、両国民に尋ねている。これに対する両国民の回答は毎年同じである。
日本の戦争認識、従軍慰安婦、竹島問題である。今回もその3つの課題を韓国の7割が昨年と同じように取り上げ、日本人は4割程度がそれを選んでいる。
毎回、この過去の歴史問題しか選べないのは、それ以外に日韓関係をどのように解決していけばいいのか、両国民は分からないのである。
この歴史問題について今回の設問では、韓国では「日韓関係が発展するにつれ、歴史認識問題は徐々に解決する」が増加し、日本では「日韓関係が発展しても、歴史認識問題を解決することは困難だ」が最も多い回答になっている。日韓関係のこれからに向けて歴史問題の解決が重要なのは紛れもない事実だが、それだけで、この硬直した日韓関係に対する意識構造を壊せないことは、この歴史問題での回答が明らかにしている。
日韓関係が好転するためには、両国民がお互いの重要性を深く考えるしかない。なぜ日韓関係がこれからのアジアや朝鮮半島の未来に向けて重要なのか、これに答えを出さない限り、この閉塞感は本当の意味で変わらないのである。
朝鮮半島の平和的安定のために、日韓両国が準備を始める時である
今回の北朝鮮問題は、朝鮮半島や北東アジアの将来や平和につながる、まさに未来志向の課題である。この先行きがまだ不鮮明な中で、両国民の意識に大きな差があることは冒頭で説明したが、この問題に今後、どう両国が取り組み、協力するかは、日韓関係の将来を占うことになる。
残念ながら、今回の調査結果では、その変化に向けた準備が始まっていることを明らかにすることはできなかったが、新設した設問ではこんな回答がある。
「日韓米は軍事協力を今後強めるべきか」では、「賛成(「どちらかといえば」を含む)」する回答は日本で35.8%、韓国で60.9%である。日本では「どちらともいえない」が45.1%で最も多かったが、「反対(「どちらかといえば」を含む)」する人は韓国で6.6%、日本でも18.7%しかない。その理由も尋ねたが、「朝鮮半島の平和的な安定にためには不可欠」が日本で60.3%、韓国で79.4%と突出している。
日韓両国民は朝鮮半島の平和的な未来のために、両国が力を合わせるべきことには気づいているのである。問題は今が、その準備を始める時期なのか、である。