米朝会談の評価と朝鮮半島の今後を考える

2018年6月23日

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 公開セッションの第2部は、言論NPO代表の工藤の司会の下、「米朝会談の評価と朝鮮半島の今後を考える」をテーマに議論が行われ、辛星昊氏(ソウル大学校国際大学院教授)ら四氏が基調報告しました。


トランプだからできた米朝首脳会談

YKAA0283.jpg 辛星昊氏は、「日本は明治維新150年で大変、重要な時期を迎えているが、将来に向けて行動をするなら、過去を振り返るのが大事だ。多くの朝鮮通信使が通った下関は、日清戦争の講和条約が結ばれた地で、北東アジアの情勢も大きく変化していた。その時と同じで、北東アジアでは毎週のように首脳会談が行われている」と、まず日韓の歴史を振り返りました。

 そして辛星昊氏は、「米朝首脳会談については、会談自体は問題なく終了し、G7の雰囲気が悪かったこともあり、トランプ大統領はシンガポールでは満足していたのではないか」と、直前に開かれ米国とG6の間の溝を引きYKAA0286.jpg 合いに出して語ります。その上で、米朝会談の評価として、「失望も多かった」と指摘。「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」の合意を期待していたものの、一般的な宣言だけで成果はなかった、と語りました。一方で、アメリカと北朝鮮の最高司令官同士が70年ぶりに会談したことについては、「トランプ氏が大統領だったからできたことで、オバマ前政権だったら不可能だった。トランプ流の外交に対して批判はあるが、ユニークな外交スタイルで、自分独自の判断で決め、金正恩氏がそのチャンスを捉えた結果だ」と歴史的な会談の実現について、トランプ流の外交に一定程度の評価を与えました。

 但し、トランプ大統領が在韓米軍の韓国との合同軍事演習を停止する、と電撃的に記者会見で表明したことについて、米国と他国の同盟に及ぼす影響は大きく、トランプ大統領が歴史的な米朝首脳会談という高揚感からか口走ってしまった米韓合同軍事演習停止の影響を心配します。


非核化のプロセスと平和のプロセスを同時に行うことは可能か

YKAA0209.jpg 次の基調報告は、中国から朝鮮半島を観察している川島真氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)です。川島氏は「明治維新100年は、1968年で東アジアでは未曾有の学生による民主化運動が起こり、日本は世界2位の経済大国になった。維新150年の2018年は東アジアは歴史的な大きな転換点であり、変動の時期になるのではないか」と詰め掛けた聴衆に語ります。

 そのうえで、朝鮮半島の非核化について、「米朝関係の信頼関係形成が前提条件になっているが、果たしてそれをいかに行うのか、ということは不透明なままであり、今回の合意事項は"プロセス"というべきものだ。トランプ政権の今後、個々の担当者の継続性から見れば、そのプロセスの遂行は可能なのか疑問が残る」と今回の米朝合意に疑問を投げかけます。さらに、非核化のプロセスと、平和のプロセスを同時に行うことについて、「政治、安全保障、経済などの面での『保障』を与えながら非核化していくということになり、どのような非核化の行為に対して、どのような保障を与えるのかということも定かではない」と述べ、非核化と平和プロセスの複雑な背景を説明。加えて、川島氏は「アメリカ側が主張していたような、非核化が完遂してから次のプロセスに行くのではなく、非核化と平和のプロセスを同時に進めようとしているが、これは中国自身が提案していたことでもあり、中国は自らの提案が実現したと胸を張っている」と話します。


日本にとっても様々な面で避けて通れない北朝鮮問題

YKAA0296.jpg こうした点も踏まえながら、非核化の完遂と拉致問題の解決を、経済支援などの条件としてきた日本にとっては、大きな衝撃であり、安倍政権は北朝鮮の問題を避けて通れなくなるだろうと語ります。そして、日本は少なくとも、非核化のプロセスとともに、平和のプロセスにも一定の貢献を求められ、経済支援もそこには含まれるかもしれない、と川島氏は分析しました。

 また、朝鮮戦争の終結が行われれば、国連軍司令部が撤退することになり、同時に在韓米軍の改編が行われることは必至と見られ、これは日米同盟のありかただけでなく、東アジア全体の安全保障体制に影響する問題で、この点で日本は、米中韓と密接な関係を持ちつつ、北朝鮮との直接対話をするよう求められるだろう、と川島氏は指摘します。その上で、難しいのは中国のスタンスだと主張。「中国から見れば、北朝鮮の核保有以上に在韓米軍が問題だった。20世紀後半、アメリカを中心とするハブ&スポークスの切り崩しを図り、1979年に台湾から米軍が撤退し、1990年代にはフィリピンから米軍が撤退すると、中国は南シナ海に展開した。今回、朝鮮半島から米軍が撤退すれば、三度目の成果となるだろう」と過去の状況も踏まえた見解を主張しました。

 今回の米朝接近に際して、金正恩が三度にわたり訪中し、中国が深くコミットしたことについて川島氏は、「特に注目されているのは、二回目の大連での中朝首脳会談後、北朝鮮が国家建設の重点を経済に移すと宣言し、中国がこれを支持したこと。これは事実上、経済制裁を解除することを示唆していたと言える」と語りました。さらに、6月12日の会談当日、中国外交部スポークスマンが、経済制裁解除と、あるいは暫時凍結をほのめかしてることに触れ、「日朝二国間ではなく、東アジアという大きな枠組みから日本に役割が求められた場合、安倍政権はそこにコミットせざるをえなくなる」と述べる川島氏でした。


北の核武装阻止ができないということは、パンドラの箱を開けるのと同義

YKAA0333.jpg 次いで香田洋二氏(元自衛艦隊司令官)がマイクを握ります。「アメリカは二度と過ちを繰り返さないこと。クリントン政権時は核凍結で合意し、六カ国協議の時も、2012年のオバマの時には非核化合意も、実施の段階で徹底してできなかった」と過去の北朝鮮に対する合意を振り返りました。その上で、「北朝鮮の首に縄をつけてでも徹底的にやらせる。これができるのがトランプなのだ」と、持論を展開します。一方で、今回の米朝会談後の記者会見でトランプ大統領が「同盟は金がかかる」と発言したことで、ドイツ、イタリア、イギリスに8万人の米兵を置くNATOとの同盟、3万2千人を置く米韓同盟、7万人を数える日米同盟の三つの同盟の足元がグラついていることを指摘。こうした状況を高笑いしてみているのか中国だと語ります。

YKAA0341.jpg さらに香田氏は、「北の核武装阻止は、核拡散のカギを開けさせないためで、拡散すれば人類が消滅してしまう。だからこそパンドラの箱を開けてはいけない」として、今後、どんな道筋を描いていくのか、米朝の交渉を心配しながらも、北の核武装阻止は人類にとって必要不可欠だと強く話す香田氏です。


日韓両国は歴史問題を乗り越え、信頼関係を改善し、北朝鮮を説得できるような協力強化を

YKAA0355.jpg 田奉根氏(国立外交院教授)は、米朝首脳会談の成果として、①お互いの立場を確認したこと、②包括的ではあるが米朝関係を改善し、朝鮮半島の非核化の合意をしたこと、③独裁者を国際社会に引っ張りだしてきたことを挙げました。そして、田奉根氏は何より衝撃だったこととして、軍事演習の中止が記者会見で語られたことで、核の非核化をしない可能性が出てきたことを挙げ、「根本的な解決はさらに難しくなった」との見解を示しました。

 さらに、今回の会談を受けて日韓両国の協力できることとして、日韓両国が立場を超えて努力すること、経済的な面のみならず、様々な形で協力できるような改革を行うこと、核脅威が完全に消えるまで日韓の安全保障協力を強化することを指摘し、そのためにも日韓両国は、たとえ、歴史問題を抱えていても信頼関係を改善し、拉致や関係問題を解決できるように一緒に説得できるように協力を強化することが必要だと語りました。


YKAA0238.jpg 4人の基調報告終了後、司会を務める言論NPO代表の工藤泰志が、「金正恩氏は本気で核を止めようと思っているのか」とパネリストに投げかけると、「本気だ」と手を挙げたのは慶應義塾大学法学部教授の西野純也氏、これに対して「本気ではない」と手を挙げたのは元自衛艦隊司令官の香田洋二氏で、多くのパネリストは北朝鮮の非核化に対する本気度については、決めかねていると回答し、議論はスタートしました。


認めるわけにはいかない「力の外交の勝利」

YKAA0368.jpg まず、韓国大使を務めたこともある小倉和夫氏(国際交流基金顧問)は、今回の米朝会談について、北朝鮮は米国が善意の措置をとれば自国も善意の措置を取るといい、米国は北朝鮮が自国を信頼するに値する何らかの措置をとれば行動する、という態度をとっており、米朝間での埋められていないギャップを指摘。その上で小倉氏は、「米朝両国とも『力の外交の勝利』と言っているが、これを世界中で認めるわけにはいかない」として、そのためにも米朝間のギャップを埋めるために、日本も間接的に協力しながら、韓国が米朝間の間を取り持つことができるのではないかと語り、韓国と日本の役割に言及しました。

YKAA0376.jpg 続いて発言した申珏秀氏(韓国国立外交院国際法センター所長、元駐日韓国大使)は米朝会談について、信頼関係の初めのボタンが半分かけられたことは評価しているとする一方で、米国の強い圧力による交渉にもかかわらず、追加的な交渉は行われるとしても、結局は北朝鮮が主張してきた段階的な核軍縮が確認されたと言えるのではないか、と指摘。そして、「我々は後戻りできない橋を渡ったかもしれない、ということを深刻に考えるべきだ」と語り、今後、日米韓3カ国や国際社会が「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)」が実現するかを注視していく必要性を強調しました。さらに重要な点として、①時間を引き延ばすだけでは北朝鮮の核開発は続く可能性があるためタイムリミットを設定すること、②未来、現在の核の廃棄と、ICBM能力を制限するという線で適当に終わらせる可能性もあるため、過去の核の廃棄まで求める、③制裁についても多様な制裁の方法があるため、今後の交渉におけるロードマップが重要だ、との見解を示しました。

YKAA0396.jpg慶應義塾大学法学部教授の添谷芳秀氏は、「米朝両首脳が会談し合意したことは1つの成果だ」と評価する一方で、「交渉したものの公表するレベルに至らず、具体的な合意を盛り込めなかったのではないか」と推察し、今後の米朝間の交渉で重要になる点として、米朝の信頼醸成に基づく関係改善、平和体制の構築、非核化を挙げました。そして、冒頭の工藤の質問に対しては、「理論的には本気だと思う」として、2016年の段階で金正恩氏は内部で非核化を決定していたのではないか、と指摘。その上で、金正恩氏が非核化に本気であるなら、我々がいざなうことを試してみる価値はある、と語りました。

YKAA0406.jpg李大根氏(京郷新聞論説主幹)は、金正恩氏が核実験設備を廃止し、経済並進路線から、経済発展へ方針転換するなど、非核化に関する事後措置がとられ、今までとは違う展開を見せており、騙すことにプラスの作用がないと述べました。その上で、外部が本当に非核化の条件作り出せるかどうかだと主張し、「米朝会談については米朝両国の勝利だった」と語りました。

YKAA0417.jpg冒頭の工藤の質問に対して「本気だ」と主張した西野氏は、「本気で準備しているが決断はしていないし、決断する必要はない」と説明。その上で、金正恩氏が米朝間で相互信頼関係が醸成されることが非核化につながると判断した時点で決断するだろう、と語りました。

 さらに西野氏は、日本は拉致と非核化、韓国は非核化と朝鮮半島の緊張緩和に重点を置いており、日韓両国で米朝会談に対する評価基準が違うことを改めて意識しておくことが重要だと指摘しました。


北朝鮮の核とミサイル開発の理由は、「体制保証」に向けた時間稼ぎ

YKAA0448.jpg 防衛事務次官を務めた西正典氏は、今回の米朝会談について、明確な定義や合意がなく、空中に漂っている状況だとの見解を示しました。こうした状況下では、判断基準をトランプ氏と金正恩氏が握っており、恣意的な判断で、相手が期待に沿わなかったら自分に約束したことを守らなかったといい、態度を変更することができると分析。今回の初手でトランプが譲れるものをほとんど譲ってしまったことで、それに報いるだけのプレゼントを金正恩氏が送らないと、トランプは腹を立て、何度か軍事的な危機が起こり、それが解消しという形で物事が動いていくだろうと主張。ただし、トランプ氏には任期があり、金正恩氏には任期がないことについても注意しながら、今後の米朝会談の行方を見ていく必要があると、独自の視点で解説します。

 さらに西氏は、当初は金正日氏が先軍政治を掲げ、軍が正面に立って責任を負いながら前に進めていたことから、核とミサイルの開発も軍が主導する形で行われていたものの、金正恩氏がトップになると軍を排除し、核もミサイルも党が主導して開発しており、かなりの数の軍人が粛清されているという現状を解説しました。加えて、自身が予算編成にかかわった経験から、通常兵器は高額である一方で抑止力も限定的であるが、通常兵器よりも安価な核とミサイルを開発することで、ワシントンやモスクワを射程にいれる大きな抑止力を持つことが達成できたと指摘。その上で、北朝鮮が核を持つことはあくまでも抑止力と、その抑止力が効いている間に譲歩を獲得するための時間確保のためだけであり、確保できた時間によって、「体制の保障」を図ることが目的だと西氏は付け加えます。こうした交渉は今後、アメリカだけではなく、北京、モスクワ、ソウル、東京全てに対して行われると解説。そこには軍の姿はなく、トップと党の姿しかないだろう、と語ります。ただそうした交渉が始まるまでに、もう一度核の恐怖は起こるだろうし、軍事的な協議も起こるだろうが、それらを一つ一つ乗り越える必要がある強調すると同時に、交渉を受ける側がどこまでネットワークを整理できるのかが課題になる、と今後の状況を分析しました。

YKAA0469.jpg 国連大使も務めた朴仁國氏(韓国高等教育財団事務総長)は、「米朝会談は成功だった」としつつ、①アメリカの戦略的利益と日韓の安保に対する見方にズレが生じていること、②北朝鮮の非核化に向けたロードマップをどう作るかが不透明である中、本来、最後に出てくる話題である在韓米軍の話が早い段階出てきた、という2点について懸念を示しました。


北東アジアの平和構築に向けて日韓に何ができるか

 その後、会場からの質問として、仮に在韓米軍が撤退した場合、安全保障上大きな影響が出るが、そうした状況下で日本ができる協力として何があるのか、日本が北東アジアにおける平和構築に向けて、何ができるのか、と質問が投げかけられました。

YKAA0086.jpg これに対して、日本側かはら西野氏が、専門家の間では共通の認識であると前置きした上で、「朝鮮半島における米国のプレゼンスが縮小していくと不安定な状態に陥るが、それを立て直すため日韓両国が協力していくことが1つのモデル」と述べました。そして具体例として冷戦期の構造を挙げ、「今の状況は冷戦期の構造に近い」と指摘。朝鮮半島情勢が大きく動き、トランプ政権の行動や今後の行方に対して日韓両国が不安を持っている状況では、日韓が協力して管理・マネジメントをしていくことが必要だ、と主張しました。

 さらに西野氏は、朝鮮半島における平和秩序の構築については、「南北朝鮮と米中の2プラス2が中心的なプレーヤーであるものの、より広い意味での北東アジアの平和という点では日本は協力しなければいけない。日本が朝鮮半島の新しい秩序に賛意を示すことが必要」と主張。さらに、国交がない北朝鮮、国交はあるものの平和条約がないロシアとの関係については、戦後の日本外交の宿題であり、必ず超えていかなければいけない日本外交の課題である、と語りました。


 続けて会場から、政治的目的のためにヘイトスピーチなど利用する人たちがいるが、それをどのようにコントロールするか、との質問が韓国側に投げかけられました。

YKAA0482.jpg 自身も正しい未来党の政治家である鄭柄国氏は、日韓関係を悪化する要因の1つとして、「政治家がその時、その時で政治家の票につながる発言をし、国民世論に影響を及ぼしていることは否めない」と語り、政治科自身の問題を認める一幕もありました。

 最後に孫洌氏は、今日の議論を聞いた多くの人たちが、北東アジアに新しい秩序をつくっていくためには、日韓両国の協力が必要不可欠であるということを肌で感じたのではない、日韓新時代をさらに発展させるためにも、私たちの日韓未来対話が重要であり、来年の7回目の対話への期待を込めて挨拶を締めくくり、「第6回日韓未来対話」の公開セッションは幕を閉じました。