非公開第2セッションでは、日本側は小倉和夫氏(国際交流基金顧問、元駐大韓民国大使)、韓国側は申珏秀氏(元駐日本国大使)による司会進行の下、「朝鮮半島の未来と日韓協力」をテーマに議論が行われました。
"ブラック・スワン"が出現するかもしれない
最初に韓国側から基調報告として、尹徳敏氏(元国立外交院院長)が登壇。尹氏はまず、米朝首脳会談を受けて、「『米朝首脳会談を低評価することは民意に反する』と非難する人が韓国国内にはいるが、それなら私は民意に反対することになりそうである」と切り出しました。その低評価の理由としては、両首脳が署名した合意文書では、掲げられた目標は努力目標にとどまり、様々な措置もロードマップもないことを挙げ、会談は「非核化ではなく、米朝間の信頼関係醸成がメインの目的だったのだろう」との見方を示しました。
また、その後にトランプ大統領が米韓合同演習中止の方針を打ち出したこと、さらには在韓米軍の撤退まで示唆したことに対しても、「率直に驚くべき話」であり、「北朝鮮は得たかったものをすべて得ることができた」と嘆きました。同時に、このような結果に終わった理由を「アメリカ側の準備不足に尽きる」と断じました。
最後に尹氏は、かつては存在しないと思われていたブラック・スワン(黒い白鳥)が発見され、大きな驚きをもたらしたことに習って、「あり得ないと考えられていたことが突然発生すると、大きな衝撃が起こる」というブラック・スワン理論に言及。その上で、これから始まる長い非核化プロセスの中で、韓国におけるブラック・スワンとは「北朝鮮の核武装の既成事実化」、「米韓同盟の解体」、「戦後の地域安全保守体制の崩壊」などを意味するとし、「この発生を防ぐための知恵を出すことが我々の使命だ」と語りました。
4つのシナリオを想定しながら日韓の協力強化を進めるべき
続いて、日本側最初の基調報告として、香田洋二氏(ジャパンマリンユナイテッド顧問、元自衛艦隊司令官)が発言しました。香田氏は、米朝首脳会談後の核問題における今後考えられるシナリオとして、4つのケースを提示。具体的には、①北朝鮮は「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」に沿った非核化プロセスを実施し、米朝融和が進展、②北朝鮮はCVIDとは別の独自の非核化プロセスを実施し、米朝融和が進展、③米朝の非核化プロセスの条件設定が難航し停滞。北朝鮮は核と弾道弾開発を凍結したまま米朝交渉を継続、合意を模索(このケース③では、グッドシナリオとバッドシナリオの両方が考えられる)、④米朝の非核化プロセスの条件設定が難航し交渉が決裂。北朝鮮は核と弾道弾開発凍結を解除、弾頭用核実験とICBM発射実験を再開する、の4点であると説明しました。
その上で香田氏は、「個人的にはケース③のバッドシナリオだと思うが」としつつ、全てのケースに実現可能性があるとの認識を示し、「そうである以上、日韓米はすべてのケースに対応できるように準備をしなければならない」と訴えました。
次に香田氏は、ケース①と②の米朝融和シナリオの場合、北朝鮮の体制のあり方をどう考えるべきか、という問題が出てくることを指摘。ここでは特に、中国とロシアの対応について、「アメリカの影響を強く受ける北朝鮮」の誕生を忌避することを予測。そこでは日米と中露の考え方は異なることになるとした上で、「では、韓国はどうするのか」と韓国側に問いかけました。それと同時に、日韓協力の重要性についても強調。アジアにおける有事の際、アメリカが対応に来ることになるが、例えば、朝鮮半島有事で日本が「これは韓国の問題であり、日本には直接的に関わらない問題だから」と言って関与を避けるようだと、「アメリカの100の力を60に低減してしまうことになる」と指摘。アメリカの能力をフルに活かすためにも日韓米の戦略上の調整が必要であり、そのためにはまず日韓の協力強化が不可欠であるとしました。
今回こそ合意を破棄されないように、早急なアクションが求められる
韓国側2人目の基調報告者である田奉根氏(国立外交院教授)はまず、米朝首脳会談に対する韓国国内の評価が二分されている背景について解説。韓国では1990年代後半頃から、北朝鮮寄りの親北派と反北派のイデオロギー対立や分裂を意味する「南南葛藤」が深まっているとした上で、この原因を「双方が対北朝鮮政策について、『統一の価値』、『安全保障の価値』、『平和の価値』など相反する価値を追求し合っているからだ」との見方を示し、このうち、文在寅大統領は「平和の価値」に重点を置いているとしました。しかし、その実現の方向性については、「現時点でまだ見えていない」とし、その理由として、対話とディールによって何でも解決できると考えているトランプ大統領の不確実性を挙げました。
米朝首脳会談の評価としては、「トランプ大統領、文在寅大統領、"若く、野心のある独裁者"の三者による共同作品」と形容。そこで発出された合意文書については、政治的な宣言文にとどまっているとの認識を示しました。もっとも、戦争に踏み切るのも平和を維持するのもその決断を下すのは政治リーダーである以上、そのリーダー同士がサインしたという意味ではプラスの価値もあるとも評しました。
今後の非核化プロセスについてはまず、これまで27年に渡る努力を失敗だったと総括した上で、北朝鮮が非核化に前向きな姿勢を見せている今でも「裏では核弾頭と核物質の生産は続いているかもしれない」と注意喚起。したがって、米韓合同軍事演習の中止など安全保障体制が縮小しかねない状況であるが、「国防と安保の総量を減らしてはならない」と強く主張しました。
最後に田氏は、これまで北朝鮮が様々な合意を破棄してきたことを振り返りつつ、今回の合意が破棄されないように、過去の教訓を活かすべきと指摘。さらに、問題が長引くほど非核化コストは増大していくために、「早急にアクションを起こすべき」と主張しました。
日本は経済協力を戦略的なカードとすべき
伊集院敦氏(日本経済研究センター首席研究員)は、南北、米朝首脳会談など、一連の外交展開を「日本など周辺国にとっても未来への期待を抱かせるもの」と評価。その上で、経済に焦点を当てて日本側2人目の基調報告を行いました。
まず、韓国政府が掲げる「朝鮮半島新経済地図」について、「日本を含む周辺国家にとっても非常に興味深い構想」とし、それは地域の経済発展に役立つだけでなく、冷戦構造が残るこの地域の緊張緩和にも役立つと評価しました。
その一方で伊集院氏は、「非核化のメドさえ立っていない段階では、北朝鮮の政権の利益に直結する経済協力は慎重に進める必要がある」、「北朝鮮に援助の『つまみ食い』を許し、最重要課題の核問題の解決にマイナスの作用を及ぼす可能性がある。さらに、将来の経済秩序をめぐり、関係国の対立を呼び起こす可能性も否定できない」などと警鐘も鳴らしました。そのため、北朝鮮にいつ、どのようなかたちで経済協力を行うか、については、「関係国が十分に話し合い、条件や速度、実施方法などの戦略を綿密に調整する必要がある」、「そのためには、関係国による情報交換や意思疎通のメカニズムをつくることが先決」とし、非核化をめぐる協議と並行して、経済問題を協議する多国間の対話の場をつくるべきと主張しました。
また、核やミサイル、拉致などの諸懸案が解決した後に国交を正常化し、経済協力を行う方針である日本がなすべきことにも言及。「日朝の2国間協力方式だけでなく、多国間協力が向いている分野もあるだろう」とした上で、「特に韓国とは北朝鮮の経済復興に向け、協力し合えるプロジェクトが多いのではないか。韓国が考える朝鮮半島の将来の構想と日本の対朝鮮半島政策が相互協力的な方向に進むのが望ましい」と述べました。ただ、経済強力は日本にとっての大事なカードであることに理解を示しつつも、「『待っていればよい』という受け身の発想ではなく、もう少し戦略的にやった方がよい」と注文を付けました。
基調報告の後、出席者によるディスカッションに入りました。
まず、米朝首脳会談の成果と、それを受けた非核化プロセスの行方については、慎重な見方も相次ぎましたが、すでに動き出している以上、「このプロセスをいかにして望ましいかたちで着地させるか」など、現状を好機と捉えた前向きな見方も寄せられました。
また、非核化に関する費用負担を日韓両国だけに求めてきたり、韓国に事前の相談なく米韓軍事演習の中止を打ち出したりしてきたトランプ大統領及びアメリカと、今後どのような距離感で関わっていくべきか、という点についての意見が相次ぎました。
日韓間の安全保障協力に関しては、物品役務相互提供協定(ACSA)や海洋安全保障など、新たな取り組みを進めることによって協力関係の幅を広げることの重要性に関する指摘や、日米同盟と米韓同盟が相乗効果を発揮するための取り組みを求める意見が寄せられました。同時に、多国間安全保障体制の構想についても議論する段階に入ったとの意見も見られました。
さらに、この問題における世論が持つ影響力の大きさに着目し、とりわけ韓国国内の一般世論の現状と今後の動向をどう考えるか、などについての議論も展開されました。
様々な課題が提示された議論を受けて小倉氏は、今後も継続して議論をすべきとの認識を示しつつ、非公開第2セッションを締めくくりました。