「第14回東京-北京フォーラム」の政治・外交分科会は10月14日(土)、「日中平和友好条約の今日的な意味と日中関係の未来」をテーマに、日中両国を代表する15氏の政治家や外交関係者が参加して開催されました。
両国のパネリスト一覧は以下の通りです(敬称略)。
【日本側】
工藤泰志(言論NPO代表)
高原明生(東京大学公共政策大学院院長)
川口順子(武蔵野大学国際総合研究所フェロー、元外務大臣)
玉木雄一郎(国民民主党代表)
増田寛也(野村総合研究所顧問、元総務大臣)
藤田幸久(参議院外交防衛委員会筆頭理事、元財務副大臣)
加藤鮎子(衆議院議員)
木原誠二(衆議院議員、元外務副大臣)
山口壯(衆議院議員、元外務副大臣)
遠山清彦(衆議院議員、公明党国際委員長)
【中国側】
賈慶国(中国人民政治協商会議第13期全国委員会常務委員、北京大学国際関係学院院長)
劉洪才(中国国際交流協会副会長、元中国共産党中央対外連絡部副部長)
曹衛洲(第12期全国人民代表大会常務委員会委員、外事委員会副主任委員)
韓方明(中国人民政治協商会議第13期全国委員会外事委員会副主任、察哈爾(チャハル)学会会長)
楊伯江(中国社会科学院日本研究所副所長)
前半の日本側司会を務めた工藤は冒頭、本分科会の開催にあたって、日中平和友好条約の条文が持つ意味や締結の経緯を詳しく勉強したことを紹介。同条約を含む、日中関係のあり方を規定してきた「4つの政治文書」について、「先人たちは、この地域の平和と発展に責任を負うという意識を持っている」という見解を述べました。一方、言論NPOがフォーラムに先立って行った日中共同世論調査で、日中両国民のそれぞれ約4割が、同条約の理念が「十分に実現していない」と考えていることが明らかになったと紹介。米中の対立をはじめ国際秩序が大きな変化に直面する中、「平和と発展への『責任』を私たちがこれからも負うのであれば、日中の新しい協力関係を動かさないといけない。しかし、日本や中国の政治に、その覚悟は本当にあるのか」と疑問を投げかけ、分科会はスタートしました。
「反覇権」実現に必要な「自制」と「法の支配」
続いて、日中計3氏のパネリストが問題提起を行いました。
最初に発言した日本側の高原氏は、「そもそも平和友好条約を読んだことがあるでしょうか」と、会場に集まった聴衆らに問い、条約の3つのポイントを説明しました。すなわち、
・中国側が1950年代から主張する「平和5原則」の基礎の上に、両国間の基本的な平和友好条約を発展させること(1条1項)
・全ての紛争を平和的手段により解決し、武力または武力による威嚇に訴えないこと(1条2項)
・日中はいずれも、アジア太平洋地域また他のいずれの地域においても覇権を求めず、覇権を確立しようとする他のいかなる試みにも反対すること(2条)」
です。
このうち2条の「覇権」の概念について高原氏は、中国語では「実力によって自分の意思を相手に押し付けること」だと定義します。したがって、紛争が起きたときに手を出さず自制すること、さらに、そうした平和的な状況を担保する「法の支配」を日中間や北東アジアで確立することが、「反覇権」の条項を実現するために極めて重要だ、と高原氏は説きました。
条約が締結された1970年代の特徴として、日中間でソ連という共通の脅威が認識されていたことを挙げ、「当時と異なり、今は日中間で戦略的な目標が共有されていない。そういう状況下で、どのように自制や法の支配を実現できるのかがポイントだ」と語りました。
今日に引き継ぐべき平和友好条約の4つの精神
中国側で最初にマイクを握った曹衛洲氏は、「条約を読み返してみたが、一文字一文字に深い歴史的意義があると述べ、条約が持つ精神として以下の4つの側面を挙げました。
第一に、「平和」「友好」を際立たせた条約だったことです。曹衛洲氏は、この条約の根本には、「友好関係の基礎を確認した上で、アジアや世界の平和に貢献しよう」という願いがあると紹介。「今もその価値に変化はない」と強調し、高原氏も言及した「反覇権条項」についても「今日の情勢に当てはまる」と語りました。
第二に、「大同を求め小異を残す」ことです。社会制度や発展段階など様々な面が異なる日中両国ですが、「それが影響を与えてはならない」と曹衛洲氏は述べ、昨年の中国共産党大会で習近平主席が掲げた「人類運命共同体」を作るために、日中がともに貢献すべきだという立場を示しました。
第三に「大所高所に立つ」ことです。時局の大勢を見た政治的決断や、全人類の平和という視野に立って問題を解決することが重要であり、「それができれば、両国関係のさらなる前進につながる」と語る曹衛洲氏でした。
最後は「協力」と「ウィンウィン」の精神です。曹衛洲氏は、この40年間で日中の貿易額が60倍に増えたことや、日中の人的往来が既に年1000万人を突破していることなど、平和友好条約の恩恵として両国が享受した成果を紹介。「今後もこの精神を活用したい」と話しました。
国民民主党の玉木氏は、1972年の国交正常化当時、大平正芳外相が北京からの帰りの飛行機で語った言葉として、「日本は今、国交回復に浮かれているが、あと30年もすると中国が国力をつけて、日本にとってはそう簡単でない状況になってくる」という、昨今の中国の台頭を予言していたかのような言葉を引用し、「反覇権条項の今日的意義」を考えることの重要性を指摘ました。また、工藤と同様、「条約の柱は、地域の平和と繁栄に責任を持つことだ」と語り、今日における「責任」を再定義しなければならない、とも述べました。
また、今回の共同世論調査で、日本に軍事的な脅威を感じる中国人が8割に迫る結果となったことについては、「日本が決して覇権を求めないことは、戦後の平和国家の歩みを見てもらえれば明確だ」と強調。他方、脅威感の原因となっている「日本が米国と一体となり、中国を包囲しようとしている」という認識については「安全保障面でも米国と異なる判断が常にできる国だ、と示すことが、平和国家として納得してもらう一つの方法」と述べ、その一環として、日本が主体となり日米地位協定を改定することを提案しました。
さらに玉木氏は、条約の今日的な展開の一側面として朝鮮半島情勢にも言及。日朝二国間の課題だけでなく、非核化が実現した朝鮮半島、さらには中国、モンゴルといった地域全体を俯瞰し、「北東アジアの平和と繁栄の新たなメカニズムを、日中が中心となり築いていくという構想をもって、北朝鮮問題に臨むことが大事だ」と語りました。
「平和」「友好」の促進に欠かせない「正確な相互理解」
3人の問題提起を受け工藤は、「条約の理念、目的は実現できているのか。そうでないなら、どこを改善すべきか」とパネリストらに問いかけ、自由討論がスタートしました。
中国を代表する国際政治学者で、フォーラムの発起人の一人でもある賈慶国氏は、条約の名称である「平和」と「友好」について、「平和は中日の歴史的事実であり、双方の目標である。多くの時期において、中日関係の歴史は平和であった。一方、かつて戦争もしている。いかに戦争を起こさないかが両国の奮闘目標だ」と語りました。加えて、「友好はここ数年の事実でもあり、今後の期待である。日中の経済社会の交流は本当に増え、国民感情にも深いつながりがあると思っており、友好を拡大し強化したい」。そして、一層の「平和」「友好」を実現するための課題として「相手を正確に知る」ことが重要だと強調。「日本も中国も今の国際システムの受益者であり、国際的な責任を進んで担おうという国だ。こうした角度から相手国を知ることが重要」と語る賈慶国氏は、国際秩序が大きな挑戦に直面する今こそ、両国がグローバルガバナンスのもとでさらなる協力を進める局面だと述べました。
日本側の遠山氏も「正確な理解」の重要性を指摘。「中国のSNSで100万人のフォロワーを持つ有名人が日本を訪れた際、自分が誰にも尾行されておらず驚いた」というエピソードを紹介し、「そうした理解の欠如があるために、条約の精神の堅持が妨げられている」と懸念を示しました。
さらに、今回のパネリストである玉木氏らも参加する「日中次世代交流委員会」という超党派議連を立ち上げ、6年間一度も休まず中国訪問を続けてきたことを紹介。これにより、中国への理解が一段と深まった、と振り返り、特に政治家にとって、相互の交流を欠かさず継続することが重要だ、と強調しました。
一方、中国側の韓方明氏は、中国外交への日本側の「理解」が不足しているとの立場から、自身が考える「覇権」の定義を「大国、強国が小国を強引に従わせる」ことだと説明。それを実践してきたのは、あくまで近代の欧州諸国や第二次大戦後の米国だとし、中国については「伝統的に、覇権、拡張、侵略の歴史はなく、今後も覇権を求めることはない。日本人から聞かれる『北東アジアで最も警戒すべきは中国の台頭だ』という見方は不公平だ。中国の台頭は平和的発展を意味し、善隣友好を常としている」と語る韓方明氏でした。
中国が歩むのは「王道」か「覇道」か
これに対し日本側からは、中国の姿勢に釘を刺す発言が相次ぎました。自民党衆院議員の山口氏は、日露戦争の勝利に湧く日本で孫文が演説した際の言葉「力による覇道でなく、徳による王道を目指してほしい」を引用。「中国にはそのつもりはない、と韓方明氏は言うが、覇道に傾いてしまわないようにしてほしいのが我々の希望だ」と本音を語ります。
元外務大臣の川口氏はまず、「日中平和友好条約は、基本的にきちんと守られている」と評価しました。ただし「条約はいつの時代もどの国であっても、結ばれた時点の国際社会あるいは自国の考え方に基づき、互いの国がイエスと思える条文を書くもの。だから、その後の理解が違うこともよくあるし、国際情勢が変わってくれば予期せぬ事態も起こる」と指摘します。そして、日本世論の中国に対する印象の改善が遅れているという日中共同世論調査の結果に触れ、「中国側はその理由を考えてほしい」と要求。東シナ海、南シナ海において中国が「覇道」を歩む、つまり力によって自国の意思を押し付けようとしているのではないか、という、多くの日本国民の不安を代弁しました。
これに対し劉洪才氏は、「反覇権条項は中国自身を拘束するものだ」と、日本側に理解を求めます。かつて鄧小平が国連の演説で「現在の中国に覇権を求める資格はないし、中国は将来強大になっても第三世界に属し、覇権を求めない。もし将来覇権を求めることがあれば、世界の人民は中国人民とともに覇権を求める中国政府に反対するべきである」と語ったことを紹介。「中国は王道を歩み平和発展を求める。他国の主権を武力によって脅かそうとはしない。これは憲法にも共産党憲章にも書いてある国民の共通認識だ」と訴えました。
ここで日本側の増田氏が「条約の精神を守っていこうという意思は日中ともにはっきりしている一方、覇権を巡る両国の立場の違いが明らかになってきた」と、これまでの議論を総括します。増田氏は世論調査結果から読み取れる国民感情の現状について「今年は日中関係の改善が順調に進む期待感が高まっているが、相互理解から先、本当の意味での相互信頼の域に達していないのは事実」との解釈を提示しました。米トランプ政権が世界の貿易ルールから逸脱するなど、国家間、国民間の信頼に逆行する世界の動きに触れ、「日本と中国が相互信頼の中身を詰め、さらに進化させていくことが期待されているのではないか」と語り、覇権の意味を話し合うことこそが、相互信頼をさらに進化させていくことへの近道だ、と述べる増田氏でした。
加藤氏は、領土問題で日中関係が冷え込んでいた5~10年前にも訪中を重ねていました。その経験から「日中それぞれの政府にも、相手国の国民感情に配慮することがあるのだ」と感じていた加藤氏。「そのハードルが下がった今は、相互信頼に踏み込む良い時期ではないか」と語り、「日中共通の課題など取り組みやすいテーマから対話を始めるだけでなく、両国社会のシステムの違いからどんな誤解が起こりやすいか、といったことを議論することの必要性を訴えました。
日本人が抱く「自己中心的な中国」の姿は事実なのか、誤解なのか
前半の議論も半ばにさしかかったところで、工藤が二つの新たな論点を提示します。
まず、「『覇権を求めない』という中国側の説明には勇気づけられるが、日本国民は、中国が自己中心的で大国的だと考えている。それは事実なのか、それとも日本側の誤解なのか」と語り、そうした点を整理することこそが、今後の日中関係を考えるために必要だと問いかけます。
さらに、日中関係のもう一つの課題として、「平和、友好の精神を基礎としてアジアや世界の平和に貢献することが必要だが、その平和をつくるための多国間安全保障のシステムが、この地域には存在しない。条約の精神を尊重しながらも、私たちは条約が想定していなかった先のステップに進まなければいけないのではないか」とパネリストに問いかけます。
このうち前者の論点について、改めて日中双方の見解の相違が明らかになります。
玉木氏は、「昨年、重慶を訪問したことで、中国の内陸都市のイメージがガラッと変わった。政治家ももっと中国の様々な都市を訪れるべき」と相互理解の重要性を話します。一方、尖閣諸島の接続水域への公船侵入が後を絶たないことに言及し、「客観的現実があると、覇権主義への懸念、不信感がぬぐえない。この払拭に向けどう努力するか」と中国側に問いかけました。さらに、「4つの政治文書」の一つであり、日中の戦略的互恵関係をうたった2008年の日中共同声明の発表から半年後、尖閣周辺で初めて中国公船による領海侵犯が起きたことにも触れました。「取り決めを守るだけでなく、いかに実行に移すかが大事」と、重ねて注文をつけました。
高原氏は、「主権」と「覇権」のパラドックスという表現で、中国側は要望しました。「一国にとっては、主権の実践であり自由にやっていいだろうと思われることでも、主権をめぐり意見の不一致があった場合、他国にとっては覇権の行使に他ならない。東シナ海、南シナ海で今、それが起きていることを正しく理解してほしい」と求めました。そして、「覇権を志向しないと主張するだけでは、他国民へのアピールにならない。日本や南シナ海沿岸諸国の国民の立場に立って考えてほしい」と、中国の政治家らに率直に語り掛けました。
これに対し劉洪才氏は、中国が実践する国際的課題の解決方法として、「皆で相談すべきであり、自分の国の価値観だけを優先するべきでない」と強調。日本も巻き込んだ具体的な協力のあり方として「一帯一路」におけるアフリカなど第三国での開発を挙げ、協力の分野を拡大できると述べました。
賈慶国氏は、領土紛争は多くの国が直面する問題であり、「覇権」とは性質の異なる問題だ、との見解を披露。その上で、中国は建国後、領土を巡り常に関係国との対話、交渉によって解決を模索し、意見の違う国と譲歩してきた、と述べました。
その上で、「かつて中国は非常に弱く、現在、中国が領有を主張する海域にベトナムなどの侵入を許したところで、中国の主張が認められることはなかった」との経緯を説明。「最近、力を身につけた中国は、自国の権利を求めるために行動をしただけだ」と、南シナ海や東シナ海を巡る問題が注目を集めるようになった背景を語りました。
「地域の平和メカニズム」「朝鮮半島の非核化」という課題を共有する日中
一方で劉洪才氏は、北東アジアにおいて「地域の恒久平和メカニズムの確立」「朝鮮半島の非核化」という目的が重要になっていると強調。二国間や地域が直面する平和、安全の問題について最大公約数を見つけ出すとともに、それぞれの国が進む方向性を明確にするための基本原則が必要であり、それによって地域の反覇権的、平和的な発展を堅持すべきだと語りました。また、北朝鮮の非核化プロセスについては「現在、前向きな方向性を見せている」と高く評価し、日本に対しても「蚊帳の外にいるのではなく、中に入って蚊を取り除いてほしい」という期待を述べました。
韓方明氏は、北東アジアの平和メカニズムに北朝鮮を取り込む必要性を強調。朝鮮半島を巡って南北、米朝で行われている一連の外交折衝に対しては、半島の戦争プロセスの終結という点で楽観的に見る必要がある、と語りました。
一方、日本側の山口氏は、今の融和ムードに理解を示しながらも、「究極の目的である非核化への勢いをそぐものであってはいけない」と、日本も射程に入る核・ミサイルの除去よりも、朝鮮戦争の終戦に向けた動きが先行することへの警戒感をにじませました。
約2時間にわたる議論の最後に、工藤が総括の発言を行いました。工藤は、「日中平和友好条約の条文を、両国の政治家がこんな真剣に議論しているのを初めて聞いた」と感想を述べた上で、「日中間では、国民レベルで相互理解と相互信頼のメカニズムがまだ機能していない。それを避けるために、政治家同士の本音レベルの対話が重要だ」と、政治・外交分科会の意義を語りました。
そして、前半での中国側パネリストの発言を振り返りながら、工藤は「北東アジアに、恒久平和をつくるという意思を示してくれたのは非常にうれしい。その議論のスタートになった」と喜ぶ一方、南シナ海問題を巡る賈慶国氏の発言に言及。「中国が強くなった」結果、相手の嫌がることをして国益を守るということであれば、それは「覇権」と同じではないか、と疑問を表明します。「これが何を意味するのか、次の機会で明らかにしたい」と、今後も続く政治家同士のハイレベル対話に期待をのぞかせ、前半の議論は幕を閉じました。