青樹氏に日本側司会をバトンタッチし、メディア分科会後半が再開しました。初めに、中国側2名から報告がありました。
なぜ主流メディアは報道しない自由を行使するのか
北京市冬季オリンピック組織委員会新聞宣伝部部長を務めた常氏が、冒頭の議題提起を行いました。常氏は、「オリンピックはメディアとしても非常に重要なイベントである。スポーツの場を通じて協力をすべき」と提案。オリンピックを通じて、第一に持続的かつ安定的な取材協力を、第二に国の文化やストーリーを語る協力を、第三に日中のメディアが一連の交流を行うべきだと語りました。その上で、お互いを客観的に友好的に報道し、相互理解を促進すべきと訴えました。
続いて、白氏は中国は開放を進めており、自身を正しく見つめているものの、中国のIT企業を例示した上で、中国企業には国際的な力とプライバシー保護が不足していると主張。そして、メディアの報道に対する姿勢に新たな疑問を投げかけました。「メディアはいかにして報道すべきか」。これに対して、メディアは事実に基づいた報道を、メディア自身は態度をもって判断すべきではないという見解を示しました。最後に、「老人介護やサービス等については、謙虚になって日本から中国が引き続き学び取る必要がある。そうすれば、更に対中感情が改善する可能性があるのではないか」と、対中感情改善のための方策を示しました。
青樹氏が報道姿勢に関する具体的な方法を探るための報告を求めると、初めに古谷氏がそれに答えました。「主流メディア」という語を用いて、それらが分断の社会の中で世界の政治家の求心力づくりに利用されている実態を報告。「何年か前よりも明らかに、中国での取材が厳しくなっている」とした上で、このような状況とどう対峙するのかについて疑問を投げかけました。
また、午前中に行われた全体会議での福田康夫氏の特別講演を受け、「北京の空は青かった」のような事実を、なぜ主流メディアは報道しないのかについて問いかけました。そのような不満をもつ人には、若者が多いと指摘。その理由の一つにSNSの発達を挙げつつ、不満への対処法を問いました。
山田賢一氏は、メディアは本来冷静に報道すべきだとしつつも、2002年の反日デモが連日報道されたことで、何度も反日デモがあったと誤解された事例を紹介。「ネガティブなことを報道しなければ、視聴率が上がらない」と、メディアを取り囲むジレンマを語りました。
報道に判断は必要か
山田孝男氏は、分科会前半終了時の趙氏の発言に言及し、「『国を愛する』の『国』とは何か」という、表現に対する異論を提示し、このような表現が誤解を招くと断じました。また、「報道には判断は不要である」という白氏の見解に疑問を投げかけました。事実報道と社説の違いを語ることで、意見の差異を明確化しました。
中国側からも、報道姿勢に関する見解が示されました。劉氏は、自らのドキュメンタリー番組制作の経験をもとに持論を展開。「もし自分の良心に反するようなものであれば、報道はできないと思う」と、ジャーナリズムに根付く誇りを語りました。
白氏は、古谷氏が提示した報道しない自由に基本的に賛同。かつて同僚に「ニュースはあるときだけ報道し、ないときには報道すべきではない」と語った経験を紹介しつつ、中国人は日本のよいところも悪いところも見るべきだと訴えました。また、不満のある現状を変えていこうとする若者をメディアが育てる必要性を語りました。
取材協力が日中の誤解を解消する道である
天児氏は、報道姿勢やメディアの立場の問題解決の壁を語ります。そしてその壁は相互の誤解によるギャップが原因と主張。「人間には必然的に起こりうる誤解を解消するとき、真実を報道するとか、ネガティブなことを報道せずにポジティブなことを報道するということは生産的な話にはならない。むしろ、誤解をどのように埋めるかが重要」と結論付け、次回のフォーラムはこのような具体的なイシューを議論する場としたいと期待を込めました。
天児氏らの発言を受け、青樹氏が中国側に誤解が起こる理由と解く方法について問いかけると、李氏から意見が提示されました。2017年、日本で中国人留学生が殺された事件の取材経験に触れつつ、誤解の原因は取材ができないことにあると主張します。「裁判所に取材の申請書を出しても取材はできなかった。結局裁判に出席することはできたが、カメラは入れられなかった。報道の自由があるはずの日本で、どのようにして海外記者を助けるかが重要だ」と、取材協力の重要性を力強く語りました。
司会を務めた青樹氏と王氏は、記者の取材環境を改善することに誤解を解く鍵があることを確認します。袁氏は、報道しない自由について批評します。「報道しない自由はある程度正しい側面をもつ。しかし、興味がなくなったら報道しないことは果たして正しいのか。事件の後には何があったのか、を伝える必要があるはずだ。ニュースとして完結させる必要性があるのではないか」と、一貫してある事件について報道する必要性を力強く主張しました。
加茂氏は、中国の2氏の議論に応答します。初めに、白氏の議論に対して「日本のメディアの中国報道が本当に日本社会の中国理解をつくっているかというと、そこまで単純ではない。私が指導している学生は、報道されている姿と自分の理解が異なっていると言う。自国のメディアが公平かという世論調査の回答傾向とも整合的なので、自分の経験とマッチさせて理解していると判断すべき」と、自らの指導経験をもとに日本の世論像を提示しました。
次に、李氏に対して「李氏が直面している『日本に報道の自由がない』問題と日本のメディアが直面していると感じている問題は違うのではないか」と語り始めました。自身の研究発表の際、開催地によって配慮が必要であるという経験を披露しながら、結果は同じでも性質が異なった問題なのではないかと論じました。
最後に、日中双方から1名ずつ今回の議論の取りまとめを行いました。中国側からは、司会の王氏が明日のコンセンサスに向けて議論の要約を行いました。「メディアの協力によって双方の誤解をなくし、対立を解消する必要がある」と主張。そしてそのためには、第一に昨年度のフォーラムで議論した共同取材を、第二に編集長などの組織上層部が自らの問題を相手に押し付けることなく交流することが必要だと熱弁。それに加えて、日本のメディアでの中国の取材に困難があれば、相談するように呼びかけました。最後に、日本の若者の海外離れを実例として取り上げ、若者の海外進出にメディアが協力する余地があると、メディアが果たすべき別の責任を指摘しました。
これまでに4回のフォーラムの取材経験と2回のパネリスト経験をもつ五十嵐氏は、大変建設的な議論ができたと満足感を示します。報道姿勢と世論調査の2つの論点に着目・整理しました。
まず、トランプ大統領が主流メディアと対立している問題意識を投げかけました。「報道の自由を主導したアメリカでさえメディアの幅を絞られている厳しい現状の下でも、報道はあくまでもプロパガンダとなるべきではない」とメディアの立ち位置について熱弁しました。
また、「日中共同世論調査」とは別の世論調査では、6割強の日本国民が新聞を情報源としている一方、インターネットメディアを使う人が3割強存在するものの信用する人は2割程度であり、9割程度がインターネットニュースをフェイクだと考えているという結果を紹介しました。中国でもおそらく信頼されているメディアソースはそれほど多くないのではないか、と日中の共通点を語りました。信頼されるメディアの役割をこれからも堅持するため、これからも議論を続けるべきだと語りました。
王氏が来年に向けてこのような議論を継続していきたいと今後への意気込みを表明し、メディア分科会を締めくくりました。