10月14日の午後に開かれたメディア分科会では、日中両国のメディア関係者ら21氏のパネリストが参加して、「変動するアジアや世界の政治経済で問われるメディアの役割」をテーマに議論が行われました。フォーラム3日前の10月11日に発表した日中共同世論調査の結果、中国の対日感情は大幅に改善した一方、日本の対中感情はそれほど改善が見られませんでした。この結果に対するパネリストの発言や、世論調査の対象や方法に対する疑問が提起されました。また、中国の日本に対する親近感と脅威感の共存の理由とその克服を探る議論が展開されました。
日中両国のパネリストは以下の通りです(敬称略)。
日本側前半司会:小倉和夫・国際交流基金顧問
日本側後半司会:青樹明子・ノンフィクション作家
天児慧・早稲田大学名誉教授
五十嵐文・読売新聞論説委員
大野博人・朝日新聞編集委員
加茂具樹・慶応義塾大学総合政策学部教授
杉田弘毅・共同通信社特別編集委員
萩原豊・TBSテレビ報道局外信部デスク
古谷浩一・朝日新聞論説委員
山田賢一・NHK国際放送局多言語メディア部チーフ・プロデューサー
山田孝男・毎日新聞特別編集委員
中国側司会:王暁輝・中国網(チャイナネット)総編集長
趙啓正・人民大学新聞学院院長
王浩・中国日報社副総編集長
常宇・北京市冬季オリンピック組織委員会新聞宣伝部部長
白岩松・中央電視台評議員
王衆一・人民中国雑誌社総編集長
袁岳・零点有数デジタル科技集団董事長
金瑩・中国社会科学院日本研究所研究員
劉軍衡・北京三多堂伝媒股?有限公司創作編集長
蘇海河・経済日報東京支局長
李淼・フェニックステレビ日本支局首席記者
世論調査に映る日中両国の市民の姿
まず、日本側から問題提起した加茂氏は、「自らの意図の伝達に失敗したり、相手の意図を誤解したりした場合、戦争となってしまう場合がある。そのような事態を避けるために、今回の調査結果をどのように理解し報道するかが重要である」という認識のもとで、世論調査に関する見解を示し始めました。第一に、「中国の日本に対する親近感が急激に向上しているにもかかわらず、日本人が中国に感じる親近感の改善は緩やかである」と指摘。第二に、中国の対日感情に、親近感と脅威感の並存が見られると説きました。こうした矛盾を日本側がどう理解し、中国側がどう報じるかが重要であると語る一方、メディアには日中間に存在する相互認識のギャップを、研究者やメディアが注目した上で報じていく重要性を強調しました。それに加えて、「未来の東アジア全体の秩序に関する認識についても両国民間で異なっている。したがって、我々はこの違いをどのように正確に理解・報道するかを考えていく必要がある」と語りました。
最後に、「世論には自国の経済的利益や国際環境等が影響を与える。これに明らかなように、世論は誘導が困難である。だからこそ、違いを見据えた議論あるいは報道をしていくべきだ」という立場を示しました。
司会の小倉氏は、親近感と脅威感にズレがあるという問題と国際秩序に関する認識にギャップがあるという問題があると、論点を整理しました。また、世論調査の認識について差異がある可能性を指摘し、この問題についての議論を喚起しました。
中国側の世論調査結果の見解を示すのは金氏です。まず、中国側の調査結果について、日本に対する大幅な印象の改善があったものの、日本人にはあまり改善が見られないという非対称性を指摘。そして、「改善」「不確実性」「可能性」という三つのキーワードを提示。今後の親近感の向上に希望をもつことを呼びかけつつも、盲目的な楽観はすべきでないと主張しました。その根拠として、中国側の設問選択肢にある「ある程度」改善したという表現が、改善の雰囲気を示すに過ぎないのではないかという視点を提示。それに加え、日本側世論調査の年代比率が高齢者に偏っていることを指摘し、来年以降の世論調査に向けた問題提起をしました。
最後に、安倍首相の「この道しかない」という選挙スローガンを引用しつつ、日中のメディアが協力をして、日本側世論調査に多い「わからない」という回答を減らすことにしか日中関係の改善の道はないと主張しました。
金氏の問題提起に対して、小倉氏が「対中感情が改善しないのはなぜか」「『わからない』という回答が日本に多いのはなぜか」という二つの論点に集約し、日本側パネリストに投げかけました。
日中に埋め込まれた世論の非対称性の原因を探る
この問いかけに杉田氏が応答します。「その二つの問いは、おそらく同じ内容を指している。今日本が置かれている国際的状況は、まだ日本人にクリアに映っていないことがこの二つの現象を引き起こしている。状況が鮮明に感じられない理由の一つはアメリカの動向、もう一つは日中関係の改善である」と指摘。また、何事にも決断に時間が掛かるという日本人特有の欠点にも言及しました。
続けて、金氏が指摘した日中世論調査結果の非対称性を「最も衝撃的」と表現するのは天児氏です。対日感情改善の理由の典型的な事例として、SNSを通じて日本を知る機会が増えたことを挙げました。また、中国人が日本を旅行する際、旅行客のマナーが悪いことなどを例示して、双方の接触は必ずしも印象改善に資するとは限らないと指摘。また、日本にはステレオタイプ的な報道があることに言及し、ネガティブのみならずポジティブな面を報道すべきだと語りました。
袁氏は、世論調査のテクニカルな面と内容面に分類して論じます。まずテクニカルな面について、「インターネットが中国の大都市の世論を主導する若者に大きな影響をもたらしている一方、日本には高齢者が多い。そこに日本の民意の固定化が見られるのではないか」と指摘。次に内容面について、「対立をしている部分は、領土、軍事、そして歴史の問題。お互いに不快に思っている分野について、そのジレンマを乗り越える原動力は中国にはある一方、日本にはない」と指摘。その上で、その原動力をメディア、インターネットそして相手の構造理解に求めました。
メディアは親近感を抱かせ、協力し合うことで日中関係を促進できる
青樹氏は、中国向けラジオ番組プロデューサーとしての経験をベースに発言します。自身の若者向けサブカルチャー紹介番組に関する報告を日本ですると、その報告の聴衆の多くは中高年であることを例示し、「中国では若者が、日本では中高年層が日中関係を促進している。親近感を覚えてもらうことが、メディアが補うことができる問題である」と、日中関係の改善に向けて、メディアにもできることがあると指摘しました。また、「等身大の日本が中国に伝わる中、等身大の中国が日本に伝わらないというギャップを解消するための方策を皆さんに考えていただきたい」と、新たな疑問提起を行いました。
白氏は日中に親近感の差異があることを説明するために、「中国は急成長により、脅威というより自信と寛容性を身につけたのではないか。これが日本に対する印象改善という結果につながったのだろう」と語りました。また、中国は若いがゆえにマナーを守らないという問題を抱える一方、日本にも変化が起こらないという問題があるということを指摘。「日本には若くなって、中国には老成してほしい」と語りました。
「日中が緊張状態にあるときでも、日本の報道は特に減っていない。今後、日中で共同取材などの協力を増やしていくべきではないか」と語ったのは王浩氏です。毎日新聞との文化交流に関する取材協力の具体的な事例を挙げながら、取材協力の意義を強調しました。
ここで小倉氏が、「親近感の問題を議論する際に、年齢の問題は避けて通れない。また、印象に関する議論の際、国について議論しているのか人について議論しているのかについて混乱が見られる」と、議論の方向性を示しました。
大野氏は、「世論調査の参加者年齢比率に関する話だが、推計人口を考慮するとそれほどおかしいわけではない。世論調査のやり方が問題なのではなく、日本自体がこのような社会であることを意識すべき」と中国側の質問に回答します。また、自国のメディアの公平性に関する認識について、中国側調査結果で80.6%の市民が自国のメディアを公平であると回答したことを引き合いに出しながら、公平だと考える人が多すぎることも問題であるという新たな論点を提示しました。
萩原氏が、「公平性に疑問をもつということは、それだけ日本メディアの中国報道が多様ということ。ポジティブな報道があることはよいが、良い面のみを報じることは不健全だ」と、大野氏の発言に補足します。また、最近日本のメディアが、中国人有名人に関するスキャンダルを報道したことについて言及しながら日本のメディアの問題点を語ります。「日本のメディアは、人々の関心に寄り添って報道するという独特の発展を遂げた。報道の際、それを本当に大きく取り上げる価値があるのか、編集長の世界観が反映されているのかについて検討する必要がある」。それに加え、メディアが多角的に問題を取り上げることが、両国民の理解を徐々に深めると訴えました。
李氏は、日本側に寛容な目で中国を見ることを要求します。日本のメディアが外国メディアに対して閉鎖的で、多くのメディアが日本から撤退したことに言及。また、「中国人留学生が医療目的で来日している」等の報道を事実である根拠がないと断じ、これらの状況が十数年変わっていないと論じました。
ここで、小倉氏が、親近感と脅威感の共存の問題に誰も触れていないことに言及し、パネリストから意見を募りました。
五十嵐氏は、国について報じるのか、人について報じるのかという問題を提起。「過去には中国の対日イメージは非常に悪かったのに対し、最近は文化についての報道などがイメージの好転に繋がり、日本人に対する興味を引き出しているのではないか。一方、日本は中国の国家としての発展を踏まえ、どうしても国家についての報道をせざるを得なくなっている」と、日中の報道の差異の背景を詳述しました。
中国での出版事情の背景を説明しつつ、和服、人形などといった「小さな日本」を体験させるコンテンツが、ニューメディアの中で重要となりつつあることを説明したのは袁氏です。「小さな日本」・「小さな中国」の「体験」という役割がより大きくなるのではないかという予想を示しつつ、日本のメディアは「小さな中国」の紹介をあまり行っていないと語りました。メディアが日中関係で「体験」という役割を果たすためには、ニューメディアにより力を入れるべきと訴えました。
一方、日中双方は、相手国に対する印象改善に向けた努力の方向性について議論を投げかけます。
古谷氏は、対中感情がなかなか改善しないことについて言及します。古谷氏は、李氏が「中国は、日本に寛容性を身につけてほしい」と発言したことに対し、「ここに、我々の考えていなかった日中関係改善のヒントがあるのかもしれないと感じた。中国が日本を傲慢に感じた理由はわからないが、今出てきた話の中で言うならば天児さんが言うように、交流が増えたからこそなのだろうか」と、相互理解の齟齬の原因を探りました。また、「メディアが世論を導くということは考え難いので、できればそれを踏まえた議論の方向性をつくってほしい」と、メディアと世論の関係について意見を投げかけました。
蘇氏は、メディアを取り巻く現状に答えを出すことは難しいとしつつも、「日中で共通認識を見つけることに向けて努力すべき」と、協調の必要性を主張しました。また、あくまでも記者の仕事は「現場の声を聴くこと」とし、現場の重要性を語りました。
杉田氏は、「危機感を煽る国際報道のやり方は非常に安易で、読者からの反応を得やすい。日本のナショナリスティックな部分に踏み込まないことはチャレンジである」と論じ、小倉氏の「脅威感」に関する投げかけに答えました。また、日本が外国メディアに対し閉鎖的である状態は、徐々に解消されつつあると李氏の指摘に反論しました。
中国側からは、実際上の社会における情報流通に関する話題が振られました。
王衆一氏は、世論調査に関する問題と報道に関する姿勢という二つの広範な問題について発言しました。まず、日本側世論調査は高齢者の回答者比率が大きいので若者の意識がわからないと指摘。メディアの報道姿勢には、実際の現場を見る現場主義の必要性を再度強調しました。
常氏は、現在インターネットによって大量の情報が社会に流通していることに言及。その上で、「他国のことを知るとなると、その大量のニュースで10件程度にしか関心がないのが普通。そして、その情報の中でどのようなことが日本と関係があるのかわからないだろう」と、一般市民が情報把握する際の困難に触れました。
中国側からあった世論調査や脅威感に関する疑問提起に、日本側パネリストの二氏が応答します。
「日本が中国にもつ脅威感を克服するには、中国により魅力的になってもらう必要がある。また、日本には現場で事実を掴んでから報道してほしいとのことだが、それでは中国では自由に取材できるのだろうか」。天児氏は、二点の要望を中国に投げかけました。
冒頭に世論調査結果について解説した加茂氏も、中国側からの疑問に答えます。「すでに指摘があったように、年齢については日本社会のありのままの姿を示している。また、日本側に「わからない」という回答が多いのは、調査方法の差によるものではないか。この調査を読み解くときには、「しっかり調査方法の差を意識しなければならないし、これまでの結果の推移も意識しなければならない」と話します。また、「対日感情に親近感と脅威感が共存することは本質的な議題なので、後半でより議論する必要がある」と訴えました。
分科会前半の中国側発言を取りまとめたのは、趙氏です。初めに、古谷氏の発言を受け、「やはりメディアは世論に対して影響力があることは間違いない。中国の対日感情が改善したのは、日本のメディアの貢献による部分もある」と、各メディアの歴史問題に関する報道例を挙げながら語りました。また、世論環境を作り出すためには、自分の国と国民を愛することの必要性を主張。そして、「今回の議論が最近3回の議論の中で最もよかった」と、前半の議論に満足感を示しました。
最後に小倉氏が、「日中関係を維持、増進するためには努力しなければならない。ただ黙っていてもよくはならない。日中の共同努力が必要だ」と締めくくり、メディア分科会前半の議論を終えました。