「第14回 東京-北京フォーラム」特別分科会 (デジタル経済)後半
後半の議論では司会の山﨑氏が、前半の議論を踏まえた上で、そこで多くのパネリストが言及していたビッグデータと、そのデータ管理の現状と課題について、各パネリストに尋ねました。
データ管理は地球規模課題
これに対し曲氏はまず、企業が膨大なビッグデータを保有する現代においては、企業の社会的責任も必然的に大きなものになると指摘。そのような状況の中では、企業は個人レベルの安全だけでなく、国家レベルの安全も視野に入れて考えなければならないと説明。中国のインターネット安全法も、各企業と政府の密接な協力の下で制定されたものであると語りました。
もっとも、個人情報データの保護に関しては、人的・技術的な管理体制の整備を進めているとしながらも、世界的なサイバー犯罪の脅威の前には、「安全管理と脅威のいたちごっこになっている」と指摘。特に、2017年に世界150カ国、30万件以上の被害を出すなど同時多発のランサムウェア(身代金要求型ウイルス)としては史上最大の流行となった「WannaCry(ワナクライ)」の例を挙げ、データとセキュリティーの問題は、中国だけで対応できる問題ではなく「全世界で協力して対応しなければならない」とし、これが地球規模課題であることを強調しました。
人々の不安を払拭するようなルール整備が不可欠
佐々木氏は、現在の人々は自分のスマートフォンでどのようなウェブサイトを閲覧したのか、何を購入したのかデータを収集され、さらには街を歩くだけで街頭防犯カメラに一挙手一投足を録画されるなど、あらゆる行動を把握されており、「我々は朝から晩までIoTに個人情報をばらまいているようなものだ」と語りました。特に、Googleやテンセントなど、「それがなければ生活が成り立たない」ようなところほどデータが集まってくるものの、「人々は自分の情報をばらまいているという意識もなく利用している」と解説しました。
もっとも、そのようにして集められた個人データを自らが関知しないところで利用されることに対しては誰もが不安を感じるとし、そのデータ保有者が大企業、国家とレベルが上がれば上がるほどより状況の深刻度は増してくると指摘。これからますます個人情報データの集積が進む中では、「納得できるようなルールがないと人々の不安は拭い去れない」とルール整備の必要性を主張しました。
個人情報をめぐる日本の国情
中塚氏は、「国家に個人情報を握られるということに対して非常にナーバスでセンシティブ」という日本人の国民性を指摘するとともに、自身が金融担当大臣を務めていた2012年時に金融庁、すなわち政府機関も「WeChatPayやAlipayに対してもやもやとした感情があった」と回顧。さらに、個人情報を含んだビッグデータの利活用にあたっては、匿名化という加工を施すことが必須となった改正個人情報保護法についても言及し、個人情報保護に繊細かつ敏感な日本の国情を明らかにしました。
中塚氏は続いて、今年のダボス会議においてメルケル独首相が、現代を「ビッグデータの国家間競争の時代」であるとした上で、国家と企業が実質一体化して巨大なデータベースを構築している中国とどう対峙するか、明確な問題意識を提示したことを紹介。これに対しては、ビッグデータを利活用してお互いに豊かになっていけるのであれば、中国とも二国間あるいはマルチで枠組みをつくって協力のあり方を議論することも有効としましたが、それは上記のような日本の国情を踏まえた上で、という留保も付けました。
データのプラットフォームを構築すべき
一方、陳氏は、データの活用という視点から提言。まず前提として、多くの医療機器メーカーが血圧測定器や血糖値測定器など自社が提供した製品から得られたデータを、他社と共有せずに自社だけの資産と見做して管理している現状を紹介。その上で、研究向上のためにはデータを共有して活用できる仕組みが必要との認識を示しました。そして一案として、データに金や貨幣などのような流通性を持たせ、銀行のような「プラットフォーム」でやり取りすることを提示。そうすればビッグデータの付加価値も飛躍的に増大していくと述べました。もっとも、このプラットフォームを誰が、どのように管理するのかという点については、やはり大きな課題になるとも語り、ここにも日中協力の可能性があるとしました。
山﨑氏は続いて、前半の議論で桑津氏も指摘した「シンギュラリティー」について問題提起しました。
AIは人類の敵ではなく、指数関数的に成長を高めるもの
これに対し江氏は、一般世論のAIに対する見方を、「非常にSF的だ。映画の中のAIと、現実の産業界、科学技術の世界におけるAIは異なる」とし、AIについての正確な理解の必要性を主張しました。実際のAI開発としては2つのものがあり、ひとつは、人間の脳で神経活動がどのように行われているのかを分析し、まさに人間の脳と同じシステムをもったAIを開発するもの。もうひとつは、そのように人間の大脳を代替するものではなく、データに対する数理的・統計的な処理能力による予測を中心とするものと解説。この前者が人類に取って代わると脅威視される「強いAI」であるとしましたが、この研究開発には取り組んでいるものの実現がなかなか進んでいないと指摘。仮に技術的なブレイクスルーが起こった場合には、新たな倫理的、法的な規制が必要になるとしましたが、開発が進んでいない現状においては「将来、まさに機械が人間に取って代わるようなことはないだろう」と楽観的な見通しを示しました。
その上で江氏は、繰り返して行われているような単純作業をAIによって代替すれば、「人間はクリエイティブなことにもっと時間を割くことができるようになる」と指摘。AIが人間の仕事を奪うと考えるのではなく、人間を補完し、人間の労働生産性を高め、成長を指数関数的に高めることができるものと捉えるべきだと主張しました。
AIを正しく活用する前提として、世界的なガイドラインが必要
岩本氏も、シンギュラリティーという言葉が一般的に誤解されていることが多いと指摘。そして、2005年に出版されたレイ・カーツワイルの "The Singularity Is Near"という書籍に触れ、このサブタイトル"When Humans Transcend Biology"が、「人類が生物学的存在を超える時、シンギュラリティーが来る」を意味していると解説。その上で、「AIがどのようなかたちで進化するかはわからないが、今後間違いなく指数関数的に成長していく」との見方を示しました。しかし岩本氏は、だからといって「AIvs.Humanという構図で捉えてはならない」と警鐘を鳴らしました。そこでは、AIと人間が対立するという発想だと、AIが人間の仕事を奪うという発想につながるが、そうではなく「人間がAIとコラボレーションをすることで、人間は生物学的存在を超えられる」と主張。カーツワイルの真意もそこにあり、「そのように正しく理解すれば、AIの未来も決して危ないものではない」と語りました。
一方、AIの開発段階について、専門家が持つ経験則をルールベースに展開して人の知的作業を支援する「第一世代」から、統計・探索モデルによって最適解を発見する「第二世代」を経て、脳モデルに基づき認識性能を飛躍的に向上させる「第三世代」へシフトしていると解説。しかし同時に、人類社会の発展に資するとはいえ、「AIを無制限に開発してもよいのか」という問題があると指摘。そうした問題意識から実際に、政府レベル・各企業レベルでガイドラインづくりが進められていると語りました。もっとも、不妊治療における体外受精などは、世界的に共通の倫理規定に基づいて制限をかけられていることに鑑み、AIも各国・各企業レベルではなく、世界的なガイドラインが必要であるとし、「日本と中国で世界のルールづくりをコントロールしていくべき」と主張しました。
「説明可能」がAIに対する恐怖を解消する
佐々木氏は、シンギュラリティーが人々に恐れられている理由は、AIが設計者(人間)の意図を越えて作動し、人間の関知しないところで結論を出し、それに沿って社会が動いてしまう危険性があることと指摘。その背景には、これまでのAIは、ある判断を提示しても、そこに至った理由を人間が検証することが困難だったと解説しました。
その上で佐々木氏は、判断過程を把握できれば、AIが誤ったポイントも分かるため、「次の事故も防ぐことができる」とし、そうした観点から富士通は「説明可能なAI」の開発を進めていると説明。この「説明可能なAI」がさらに進化すれば、人々の恐怖感も和らぎ、「シンギュラリティーについても落ち着いた議論ができるようになる」との見方を示しました。
その他のデジタル分野でも、日中協力の可能性は大きい
その他にも、様々なデジタル分野での日中間での協力拡大について議論が行われました。中でも、中国の若者の間では日本アニメの人気が高いことを踏まえ、アニメにおける日中協力の可能性を、曲氏が日本側に問いました。
これに対し桑津氏は、日本のアニメ、漫画、ゲーム等の制作会社は既に中国市場への進出だけなく、中国との共同制作に乗り出しているという現状を紹介。したがって、「日本のコンテンツと銘打っていても、その中身は中国のデザイナーが担当しているというケースはこれからますます増えてくるだろう」との見方を示しました。
また、江氏はロボット技術について、日中協力がどのようなかたちで進んでいくのか、日本側の見解を尋ねました。
桑津氏は、ロボット制御技術に関しては日本は依然として高い競争力があるとする一方で、AIベースの技術の進歩によって劣勢に立たされていると解説。したがって、制御だけでなく「IT、ソフト、AIを入れていかないとブレイクスルーがないというのが、日本のメーカーのコンセンサスだ」とした上で、「ロボットの手を動かすなど、メカニカルな制御な制御の部分で強みを持つ日本」と、「ソフト、AIで強みを持つ中国」が連携していけば「鬼に金棒」と主張。ここに大きな日中協力の可能性があり、実際に自動車メーカーなどではそうした動きも見られると語りました。
続いて、会場からの質疑応答に入りました。
中国政府からのソースコード開示要求はない
まず、ソフトウェアの設計図に当たる「ソースコード」について、中国政府からの開示要求の有無についての質問が寄せられると、中国側のパネリストは一様に「政府はそうした要求をしているわけではない」と言下に否定。林氏は、昨年成立のインターネット安全法においては、法案の段階ではソースコードの公開が要求されていたが、諸外国からの意見を聞いた上で、削除されたと説明しました。江氏も、開示要求は噂にすぎないとした上で、「巨額な投資をして開発したソースコードを公開することを株主は許さないだろう」と指摘しました。
豊富な人材が支える中国AI技術の未来
中国のAI技術発展はこれからも続くのか問われた江氏は、強い自信を示しました。その理由のひとつとして江氏は、中国の2018年における大学卒業見込み人数は約810万人と予想されていることを踏まえた上で、その半分程度が理系であり、仮にその1割程度がエンジニアになるとすれば「毎年数十万人規模のエンジニアが誕生することになる」と指摘。理系離れが顕著なアメリカの大学生とは対照的であるとしつつ、この数の力が中国のAI発展を支えると断言。そして、「トランプ大統領がいかなる妨害をしたとしても、中国の発展の勢いは阻止できない」と強い自信を示しながら、「中国は日本のAI開発との協力を強く希望している。一緒に発展していこう」と日本側に呼びかけました。
日中協力でAIによる「匠の世界」体現を
AI分野における日中協力の可能性についての質問に対して、木下氏は日中双方の強みを生かした協力について提言。日本は製造業に強みがあるが、これは「匠の世界」であり、「暗黙知」に支えられている部分も大きいとした上で、これから熟練工が減少していく中では、そうした熟練した技術とAIをつなぐことによって「形式知」にしていくことが必要になってくると語りました。また、社会実装に関しては中国の方が進んでいるため、日中協力可能な領域が多いとし、共に「匠の世界」を体現するAIの開発を進めることや、それをアジア全域に展開していくことを提言しました。
議論の最後に、日中双方の司会者が総括を行いました。
王氏は、デジタル経済をはじめとする新しい領域には新しい日中協力の機会があることがわかったと今回の議論を振り返った上で、「その機会を活かす鍵となるのは人材である」と指摘。今回のフォーラムに参加したような中国の若い企業人と、これまでアジアの科学技術をリードしてきた日本の人材が、連携を進めていけばさらに新しい機会が生まれ、成果も大きくなっていくとし、それが終局的には日中平和友好条約の理念を実現することにもつながっていくと語りました。
山﨑氏も、日中間の考え方の相違を把握できたことと同時に日中協力の可能性の大きさを確認できたことが今回の議論の収穫であると手応えを口にしつつ、白熱した議論を締めくくりました。