北東アジアの平和秩序実現に向けて、足元を固めつつ将来にも目を向けた議論を  ~「日米対話」第2セッション報告~

2019年1月18日

⇒ 「日米対話」非公開会議 報告
⇒戦後70年を経て疲弊したシステムを日米両国が再構築し、 主権国家としての責任を果たす局面に
~第1セッション報告~

⇒ 「北東アジアの現状についての有識者調査」結果 はこちら


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 引き続き行われた公開会議の第2セッションでは、「目指すべき北東アジアの平和秩序と平和への課題」と題して議論が行われました。


北東アジア地域を取り巻く状況の変化に対応するため、
既存のシステムを放棄することなくアップデートし続けていくことが重要に

n.jpg 冒頭、日本側から元防衛事務次官の西正典氏が問題提起を行いました。西氏はまず、北東アジア地域は軍事、経済両面において「世界最大のホットスポット」と評した上で、日本が置かれている地政学的状況を概観。中国など大陸国が太平洋に進出しようと考えた場合、それを阻むように日本列島が位置しているため、この海域で紛争・衝突が生じた場合、「日本は必然的に巻き込まれる宿命にある」と指摘しました。

 次に西氏は、第2次大戦後に日本は北東アジアの主要な軍事プレイヤーの地位から退き、米国の拡大抑止の傘下に入ったという選択は、この70年間では正解だったと評価。もっとも、それが正解なのは米国の軍事力が突出している状況の話であり、中国が台頭してくるにつれて、日本自身も主体的に「この地域の将来のための新しい絵姿を描く必要性が出てくる」と主張。さらに、「新しいルールづくりを主導すれば、ゲームの主導権も握ることができる」とも語り、ここでの日米協力の必要性について強調しました。

 また、地域を取り巻く状況の変化には、既存のシステムでは対応することが難しいと指摘。そうかといって、ゼロからシステムをつくり直すこともコストが大きすぎるため、今あるシステムを放棄することなくアップデートし続けていくことが大事だと語り、問題提起を締めくくりました。

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地域の秩序を守るための3つの原則を提示

d.jpg 米国側1人目の問題提起を行った東アジア・太平洋担当国国務次官補を務めたダニエル・ラッセル氏も、北東アジア地域は多くの課題に直面し、大きな困難を抱えていると言います。こうした中で日米両国にとって重要なことは、「いったん立ち止まって、我々はどのような"資産"を共有しているのかを確認すること」であると主張。ここでいう資産とは、民主主義や法の支配、自由貿易などの価値やシステムを共有してきたこと、グローバルな課題に共に取り組んできたこと、強固な同盟関係を築いてきたことなどの経験であるとし、こうした資産を活かしながら、地域の秩序を守っていくべきであると述べました。

 同時に、その際念頭に置くべき原則についても提示。そこではまず、民主主義を安定化させたり、よりオープンなイノベーションをしていくことによって、中国よりも強く、魅力的な社会をつくり上げていくこと。次に、いかなることがあっても理念や価値を守り続けること。そして、価値を共有する他の国々をサポートすると同時に、共有の輪をさらに広げていくこと。既存のシステムを不断にアップデートし続け、最適化していくこと、などを挙げました。

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すでに平和秩序実現のための構想は存在している。問われているのはその具体化

o.jpg 日本側2人目の問題提起は元航空自衛隊航空教育集団司令官の小野田氏が行いました。小野田治氏はまず、世界が直面している安全保障上の大きな変化として、安全保障領域の対象が拡大していることを指摘。例えば、領土など主権だけでなく、個人情報や企業データなども国家の安全に直結するようになったこと、さらに、海洋、宇宙、サイバー空間などグローバル・コモンズの領域も対象になったことなどを解説しました。

 その上で小野田氏は、ルールに基づいた秩序の完成が北東アジアの平和にとっての「最終ゴール」とした上で、そこに到達するためには、HA/DR(人道支援・災害救援)での協力の積み重ねに加え、上記のような新たな領域をめぐるルールづくりで対話を積み重ねていく中で、徐々に信頼を醸成していくことが有効であると主張しました。

 最後に小野田氏は、2005年の六者協議では北朝鮮が非核化しNPT体制に復帰すること、さらに、6カ国で北東アジアの平和枠組みをつくるという合意をしていた。既に関係各国は平和秩序実現のための発想を当時から持っていたし、その必要性を認識していたので、「あとはこれをどう具体化していくか。それが今問われている」と訴えました。

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価値を共有する国々を拡大していくことが不可欠

rg.jpg 米国側2人目の問題提起を行ったパシフィック・フォーラム理事長のロバート・ギリエ氏も、小野田氏と同様に可能な分野から協力を始め、信頼関係を構築し続けていくことで、平和秩序が実現可能となると語りました。ただしそれは、上辺の言葉だけでなく、具体的な行動を伴い、しかも一貫性を持って取り組まなければならないとの留保を付けました。

 またラッセル氏と同様に、価値を共有する国々を増やすことを追求し続けることも重要であるとし、そのために日米両国は道徳的な基盤に立脚しながら、積極的にアドボカシーを行っていく必要性があると主張。その際、価値を共有すればどのように繁栄していくことができるのか、その道筋を具体的かつ包括的に示すことが重要なポイントになると説きました。

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k.jpg 4人の発言を受けて工藤は、今回の対話の直前に実施した有識者アンケート結果を紹介しました。その中で、北東アジアの平和秩序実現のためには必要なことを尋ねた設問では、多くの有識者が「対話」と回答していることなどを紹介。さらに、言論NPOが昨年実施した日中共同世論調査結果にも言及し、日中両国民は互いに相手国に対して軍事的脅威を抱いているが、北東アジアで目指すべき理念として「平和」と「協力発展」を多くの人が求めていることなどを説明。その後、こうした世論や有識者の動向を踏まえながら平和秩序実現に向けた道筋を探るべきと指摘し、ディスカッションに入りました。

 議論では米国のリーダーシップとアジア政策についての意見が数多く寄せられました。


米国のリーダーシップ低下にどう向き合うか

sh.jpg スタンフォード大学アジア太平洋研究所前アソシエイト・ディレクターのダニエル・シュナイダー氏は、これまで世界の平和と安定を支えてきた米国のリーダーシップが後退しているとした上で、その背景にあるのは中国の台頭に伴う相対的な力の低下だけではなく、「イラクやアフガニスタンでの失敗を引きずっていることが大きい」と指摘。これはベトナム戦争の敗北後、アジア地域への関与が一時的に減少したことと同様の現象であるとしました。

f.jpg 元駐米大使の藤崎一郎氏は、米国がそのリーダーシップを取り戻すことに強い期待を寄せました。それとともに、日韓など同盟国側も、例えば、レーダー照射問題のような日韓間の問題ですぐに米国に仲裁を頼まず、まずは自分たちで解決していくことが大事だと指摘。米国に余計な負担をかけず、北東アジアに関わることへのコスト感を抱かせないようにすべきだと語りました。

 ラッセル氏は、リーダーシップとは上からの押しつけではなく、価値や理念によって他国を自発的に追随させるものであるものと語ると、オートリー氏も、米国のリーダーシップの源泉にはモラルオーソリティー(道義的権威)があり、これがあるからこそ皆が共鳴し、アジアにおける同盟関係は強固なものとなったと分析。しかし、現在の米国にはこうした権威性・正当性が低下しているため、これを回復させることが不可欠との認識を示しました。


日本の防衛大綱の米国への記述は5年前から変わらず、
トランプ政権下の米国とどのように向き合おうとしているのかはわからない

 続いて、工藤は昨年12月に閣議決定した新しい防衛計画の大綱(防衛大綱)を踏まえながら、日本の安全保障政策は米国との同盟関係をどのように強化しようとしているのかを尋ねました。

 西氏は、日米ともに財政的な制約があることから、「ミリタリービルドアップによって中国に対抗していくことは難しい」とした上で、今後の方向性としては「フレキシブルな日米同盟を構築するため、ソフト面でのアップグレードを志向している」と語りました。

to.jpg 一方、元防衛審議官の德地秀士氏は、「自衛隊の体制のための政策文書」という性質からおのずと限界があると前置きしつつ、今回の防衛大綱では、米国に対する記述は5年前の防衛大綱とあまり変わらず、「トランプ政権下の米国とどう向き合うか、日米同盟をどう強化していくか、それを国益にどうつなげていくかなどといった点には触れられていない」と指摘しました。同時に、メディア報道も海上自衛隊の護衛艦「いずも」の事実上の空母化などに焦点が当てられており、したがって国内の議論の現状は、日米同盟の方向性に関心を持つ「エキスパートの関心には向き合っていないものになっている」と解説しました。


トランプ政権に対アジア外交・安全保障政策の明確なアプローチは存在しない

 この発言を受けて工藤はアメリカ側に問いかけます。「中国が台頭する中で、トランプ政権はアジアの安全保障でどのような戦略を持っているのか」と。

s.jpg これに対して、ショフ氏は、「トランプ政権には明確な唯一のアプローチはない」と答えます。ただし、ハブ・アンド・スポーク型の同盟システムや、オバマ政権におけるアジアリバランスとの継続性はみられると解説。同時に、台湾や南シナ海への関与などについては、中国の強い反発があっても継続していくべきと主張しました。さらに、インド太平洋戦略についても言及。この地域は日米豪印だけでなく、英仏などもステークホルダーであるため、こうした国々も巻き込みながら戦略をアップデートしていく必要があると語りました。

 ギリエ氏も、自由で開かれたインド太平洋戦略という戦略に様々な国がに耳を傾け、言及するようになってきたことは非常に重要だ、と指摘。さらに、志を同じくする国々、共有した利益を持っている国々の間で協調して何をしていくのか、という重要な基盤になり、将来の活動に向けて理論を超えた下地になり得ると評価しました。

 ラッセル氏は、紙に書かれているプランと現実に実行されている政策の間にはまだギャップはあるとしながらも、再び地域のバランスを取り戻そうという試みは見られると分析。米国の強みとはネットワークの構築とその活用であると指摘しつつ、この強みはインド太平洋戦略のような広域構想でこそ活かせると語りました。

 一方シュナイダー氏は、少し異なる観点からの懸念材料を提示しました。トランプ大統領個人の外交スタイルの問題に言及し、そこでは「自分と通訳のメモだけで首脳会談に臨む」ことを指摘。米朝首脳会談でもそのスタイルは変わらず、したがって、誰も金正恩氏と実際に何を話したのか把握・検証できないとし、これに対して強い懸念を示しました。

 こうしたアメリカ側の見解を踏まえて工藤は、德地氏が防衛大綱においてアメリカに対する言及が昔のままだと指摘したことについて、再度德地氏に問いかけます。「トランプ大統領がやっている北朝鮮に対するディール、在韓米軍についての話は、日本はディール上の言葉と受け止めているのか、それとも安全保障上の大きなスタンスの変更と受け止めているのか、どのように判断しているのか」と。

 これに対して德地氏は、米国を論じる際の留意点として、「トランプ大統領の発言と、米国という国が実際にとっている政策、米国という国が行っている実際の行動の3つを分けて考えるべき」と語りました。そして、特に安全保障で米国を支えているのは、「インテリジェンス組織であり軍であり、それらは継続性が大事である以上、トランプ大統領の発言の度に惑わされてはならない」と注意しました。

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リベラルな社会が不可欠だと粘り強く発信し、国際社会の多数派を形成すべき

 次に工藤は、中国の問題は私たちが目指すべき社会とは共有できない違いが見え始めている。中国との協力発展と平和はこの地域の課題だが、深まる米中対立の中でも、それを目指すことは可能なのか、と問いかけます。

 これに対して西氏は、中国の特性として、いくつもの政策を矢継ぎ早に打ち出すが、その中でうまくいくのはごく少数にすぎない、すなわち周到な計画の下、熟慮しながら政策を打ち出しているわけではないと指摘。しかし、そのうまくいった政策に関しての自己正当化については「異常なまでに長けている」と解説。当然、外交・安全保障の舞台でもそうした弁舌は繰り広げられるが、その内実は後から無理筋で正当化するようなロジックである以上、「それにごまかされてはならない」と注意を促しました。

 さらに西氏は、現在の世界は日米のような「オープンでリベラルな社会」か、それとも中国のような「全てを国家に監視されている統制社会」かの二択になりつつあると指摘。そうした中では、個人の尊厳が守られ、真の豊かさを享受するためにはリベラルな社会が不可欠であるということを粘り強く発信し、国際社会の多数派を形成していく必要があると主張しました。

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中国との対話の重要性については日米で一致

 最後に工藤は、「安全保障上の議論の中で、平和の維持、今後の秩序という問題を課題設定し、どういうことを中国と議論すべきだと思うか。それとも、そもそも中国と議論すること自体、意味がないと思っているのか」とパネリストに尋ねました。

 ショフ氏は、「核心的利益が関わらない分野においては中国とも合意できるが、競合する分野でも合意を諦めてはならない」と主張。中国とASEANの間では、南シナ海行動規範(COC)の策定に向けた対話が長い間続けられてきたことを例に挙げ、「すぐに進展がなくても、焦らず対話を続けるべき」と訴えました。同時に、この海域の資源の重要性に鑑み、資源管理のルール策定においては日米がASEAN側に加わるべきとも述べました。

 小野田氏も、中国との対話の重要性には同意。その上で、中国の特性として、「国際社会にどう見られるか、体面を非常に気にする」ことを挙げ、南シナ海の行動規範が策定されたら日米とASEANが組んで中国の遵守状況をチェックしたり、違反した場合には広く国際社会に周知することなどをしていくべきだと述べました。

 德地氏は中国の国連海洋法条約に対する姿勢について、「自分が関わっていないルールには従わないと主張しているが、実際には中国も批准している」と指摘した上で、「こういった主張に対して安易に納得してはならない」と警鐘を鳴らしました。

 一方で、対話の重要性については同意。南シナ海の全海域にわたる権利を主張するために独自に設定したいわゆる「九段線」をめぐって、日米が対話において断固としても受け入れなかったため、断念こそしていないものの近年は主張を控えていることを紹介。「規律ある対話」が中国の姿勢を変化させる上で効果的であると語りました。

 さらに、ショフ氏と同様に資源管理の観点から、南シナ海は世界の漁獲量の1割を占める有数の漁場であることに言及。したがって、この海域の資源管理は世界の関心事であることから、国際的な意識を高めていく必要性があると語りました。

 ギリエ氏は、地域のルールだけでなく、グローバルなルールを適用すべきと主張。どこの地域で起こっている問題でも、グローバルなルールに抵触する以上、世界各国が関心を持つべきだと語り、その意味で英仏豪が南シナ海において航行の自由作戦に参加していることを評価しました。


北東アジアの平和秩序実現に向けて、足元を固めつつ将来にも目を向けることが大事

 会場からの質疑応答を経て、藤崎氏が総括を行いました。藤崎氏はその中でまず、「中国に対して敵対一辺倒では困るが、拱手傍観するのもよくない。こうした認識が日米、さらには他の国々にも広まっているのはいいことだ」と指摘。

 次に、日米をはじめ、意見を同じくする国々と一緒に、価値感や同盟、ルールに基づいた社会などを重要視し、それを世界に広げていくこと、そのために密にコミュニケーションとコーディネーションを強化していくべきと呼びかけました。

 北東アジアの平和秩序実現にあたっては、足元をしっかりと固めつつ、しかし同時に将来に対しても目を配ることが大事だと発言。この点、日本はこの地域で外交上のチャレンジに直面しているとしつつも、それは同時に局面を打開する「チャンスでもある」と期待を寄せました。

 最後に工藤は、2日間かけて、「米中対立から北東アジアの平和という問題に関して、濃密な議論ができた。今回の議論が成功できたのは、参加してくれた両国のパネリストと聴衆の皆さんがこの地域が抱える課題に真摯に向き合ってくれたからだ」と謝辞を述べ、4時間にわたる白熱した議論を締めくくりました。

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