参加者:
明石康(元国連事務次長、「東京-北京フォーラム」日本側実行委員長)
宮本雄二(元駐中国大使、同副実行委員長)
山口廣秀(元日銀副総裁、同副実行委員長)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表、同運営委員長)
工藤:今年の10月25日~27日に、第15回目の「東京-北京フォーラム」が行われることになり、今日、中国側の実行委員会と協議が行われました。基本的に、我々は今回の対話で、日中間がお互いの理解だけでなく、アジアや世界の問題についてもきちんと議論しよう、少なくとも、世界の大きな変化は歴史的な大きな局面になっていますから、それに東京-北京フォーラムがきちんと向かい合おうということが決まったわけです。皆さんは、今回の対話についてどのような期待を持っていますか。
世界が激動期を迎え、中国側の世界への見方が変化してきた
宮本:今回、中国に来て非常に感じたのは、中国の国際社会に対する見方が、大きく我々に近づいてきたことです。極端なことを言えば、これまで西側主導の国際秩序は、西側に有利につくられており、したがって、中国にとっては必ずしも好ましいものではない、と、基本的な底流を否定する、反発するということがありました。ところが、それがほぼ消えた。もちろん、結果として自分に有利なようにしたいという気持ちはあるでしょうが、既存の秩序を基本はいかにして護持するか。そのように変わったと感じます。お陰で、世界をどうするか、世界が大きく変わる中でどうするか、という大きな問題について、日中の間でかなり共通の基盤を見出すことができると感じられた。これは、私にとっての一番大きな変化というか、収穫というか、15回目の「東京-北京フォーラム」に向けて、一つの良い基礎を提供するな、と感じました。
工藤:明石さんは、今年の対話に何を期待しますか。
明石:我々の対話も15年目になって、いろいろな意味で成熟してきたな、大人と大人の関係になってきたな、と思います。中国人も本音を言ってくれるし、日本人もまた、冷静に相互の関係だけではなく、アジアの情勢、世界情勢がどうなっていくか、それが日中の日々の関係にも反映してくるわけだし、日米の関係も、いつまでも我々にとって安泰の関係でありうるかどうか、ということについても、日本人も真剣に考えなくてはいけない。世界は狭くなって、ある意味ではもっと複雑になったけれども、同時に、国民と国民との相互理解というものが本物になるきっかけができてきているのではないか、という期待も持たせます。
今までの世界ののんびりした雰囲気はなくなっているので、そういう意味では、下手をするとみんな殺気立って、お互いに批判し合うばかりとか、「政治家はダメだ」と一様にやり込めてしまうとか、そういう簡単な回答を求めることができない世界になってきている。そういう意味では難しいのですが、同時に、やはり国民全体の考えることが日々に世界情勢に反映することになってきている。日本という、比較的安定した、恵まれた国の雰囲気の中で、「我々はまだしもいいよ」という気持ちでいられないので、我々のフォーラムもそういう意味で、もっともっと、ある意味で真剣味を増していかなくてはいけない、という感じを強くします。
山口:お二方と基本的には同じですが、やはり、世界情勢が政治的にも経済的にも非常に激動期に入ってきたな、という感じがしています。そういう激動期の中で、今回、ハイレベル協議をやってみて、中国側の問題意識、危機意識というのが、少なくとも私が持っていた意識よりは少し大きくなっている。彼らの問題意識が、ずいぶん進んできているとは言いませんが、これまでより大きく変化しているな、という感じを持ちました。今まで、フォーラムの前に、いろんな打ち合わせをする機会を持ってきたのですが、その時には、どちらかというと我々の危機感、我々の問題意識を何とか中国側に理解してもらう、そちら側に力点がかかっていたような感じがしました。今回は、そういう力みというのを、私自身はあまり持つ必要がなくて、むしろ、彼らの危機意識、問題意識と、私自身の持っている危機意識、問題意識を、どうすり合わせていったらいいのだろうか、そんなところに焦点が当たったな、という気がしています。ここまで来れば、実際のフォーラムでずいぶん意義深い議論ができるのかな、という気もしました。
15回目を迎える今回の議論に期待することとは
工藤:10月25日といっても、あと5カ月ぐらいしかない。我々はこれから、この対話を準備することになるのですが、皆さんは、この対話でどんな議論を一番期待していますか。皆さん、参加する分科会も違いますが、宮本さんからどうでしょうか。
宮本:大きな問題を、非常に哲学的に、抽象的にいろいろ議論するのも、もちろん大事なのですが、一方、それをしっかり踏まえながら、実際問題、我々は何をしたらいいのかということに、もう少し軸足を置くべきだろうと思います。国際的なシステム、秩序と言われているものが、今、大きな動揺をきたしていて、それに対して我々はどう対応するかという共通の問題を、日中とも突き付けられているわけです。それに対して我々が同じ立場をとることができる分野が見つかって、それに対して何かやろうとした時に、やはり世界中は、どれくらい我々が本気でそれをやろうとしているのか、それをやれるのか、ということを厳しい目で見ていると思います。そうすると、成果が出た結果として、日本と中国が痛みを自分たちで受けながら、それでもやろうとしている、という真剣さがにじみ出てこないと、世界を動かす力にはならないと思います。ですから、そういう形での議論が10月にできて、それを対外的に発信できれば、単に日中のために良かったということではなく、世界のためにも我々は一つ、積極的な動きができた、と評価できるのではないでしょうか。
明石:お二人が言われたように、世界は前とはずいぶん違ったものになりつつあるし、これからも日々、変わっていくでしょう。そんなことで、今まで正解だったものが、もう正解ではなくなる可能性が強いし、また、回答も一つではなく、いろいろ出るだろうと思います。だから、一人ひとりがしっかりしないと、こういう大きな理解できない流れに流されてしまって、どこに行き着いたか、行き着いたところでも右往左往しかねないわけで、そういう意味では本当に大切だと思います。
ますますAIの世界になっていく中で、与えられるデータというか、客観的なファクトは限りがあるのだけれど、それをどう読むかについては、個々人の考えで違ってくることが多いので、大変だと思います。そういう意味でも、中国人、日本人、それぞれの国籍によって違う答えが出るのではなく、一人ひとりによって違う答えが出てくる可能性があるので、皆がしっかりしなくてはいけない。ファクトとかデータと言っても、本当に信用できるものであるのか、そういう意味では、新しい世界は本当に難しいし、拠って立つところを皆が確かめ合いながら、今日を生き、明日を生きるということになる。我々のフォーラムは、せめてそういう人たちに、既存の報道機関が伝える以上の何かを与えるものであってほしいし、中国側の我々の同僚も、我々と同じような不安とか疑問とか質問を持ちながら、フォーラムに出てくるので、一緒に考え合い、できれば共通の回答に達したいのですが、そういう自信はなかなか持てないですね。
山口:私自身は、やはり経済の議論に深くコミットすることになると思っていますが、自国第一主義が世界ではびこってきている中で、日中がどういう形で、対抗軸ないし対立軸をつくっていくか、非常に重要な時期にますますなってくるのだろうと思っています。ただ、そういう議論をすることが、結局は、日本も中国も自国の利益を優先しているのではないか、というような議論になってしまったのでは、やはり具合が悪い。そこを超えて、アジア、世界の人々の利益につながるものだということを、どうやってそういった人々に理解してもらうのか。そういう意味で深い議論をしなくてはいけない、と思っています。 ただ、議論だけで終わらせてはいけないので、それをどうやって実現し、実行に移していくのか。そのあたりの知恵を、何とか見出していきたいと思っています。
深刻化する米中対立において、この対話の立ち位置とは
工藤:最後の質問で、今言われたことにも少し回答があったのですが、改めて聞きたいのは、我々は、日本と中国の相互理解から、協力する課題に対する解決を一緒にやっていくことを、この14年間やってきたのですが、今の世界の不安定化というのは、一つは、「アメリカと中国」という対立軸が見える中での議論だということです。つまり、この議論を見ている人からすれば、「中国と組んでいるのか」というような、非常に小さな視点で考える人たちもいらっしゃると思います。私たちの考えはそれとは全然違うのですが、そこを皆さんにも語っていただきたいと思います。
明石:我々は中国と組むのでもないし、アメリカは同盟国ではあるけれど、特別組むというのでもなくて、やはり、日本の拠って立つ立場の難しさ、これを正直に認めるところから出発しなくてはいけないと思うのです。習近平主席がアジア文明会議で話したことも、よく聞くと、軍事とか安全保障だけの話では決してなかったし、文化とか歴史とかいろんなことに触れました。ある意味では、我々の会議と前後して、同じ会場で行われたわけです。中国の指導者も、そのように重層的にものを考えているということも、一つの発見であり、我々もこれに負けず、重層的な、柔軟な思考で当たる必要があると思います。
宮本:我々が、中国に「仲間に入りなさい」と言っているのは、そうすることが世界全体のためだからです。日本も中国も、「自分だけが良くて、世界はどうでもいい」という時代は、とうの昔に通り過ぎているのです。「自分のために良いことは、世界全体のために良くない」ということは全くない。そういう世界に、我々はもう入ってしまっているのです。ですから、中国と組んでアメリカと対峙するのではなく、「今、アメリカがやっていることは世界全体のためにマイナスではないですか」ということを、我々は問いかけているわけです。長い目で見ると、今のアメリカも、もう少し国力が落ちてきて考えてみたら、「やっぱり日本、中国が言ってきたことに俺たちも参加した方がいい」と思う日が来ますよ。我々は、世界のどの国にとっても公正なルールに基づく、そして皆で相談して物事を決めていく、そういう世界をつくりましょうと言っているのです。これは、今のアメリカの政権の人たちにはお気に召さないかもしれないけれど、長い目で見たらこれはアメリカのためでもあると、私は思っています。
山口:激動期というのは、特に経済の立場からすると、国際的な貿易の動揺期でもあるし、それから国際金融の激動期なのだと思います。問題なのは、激動の後にどういう姿かたちが見えるかというと、まだ見えていない。ここのところがやはり心配で、結局、私も今日の議論の中で言いましたが、戦後の制度というものが本当に疲れてきている。しかし、疲れた先に、どういう新たな姿があるのか、それが見えてきていない。ここが本当に大きいのだと思います。ここを模索する、そういうフォーラムとして、日中が知恵を出し合っていく。世界中の人々がそれを聞き、あるいは読みながら納得する。こういうことが何とか実現できないか、という思いを非常に強くしています。
工藤:では5カ月後、この北京で非常に良い議論をしたいと思っています。今日は皆さん、お疲れ様でした。