【公開第2セッション;動画後半(2:20:00~)】
公開第2セッションでは、引き続き言論NPO代表の工藤泰志と、東アジア研究院院長の孫洌氏の司会の下、「日韓関係を立て直すことは本当に可能なのか」をテーマに議論を行いました。
まず工藤は、日韓関係悪化の背景には、この1年間で起こった短期的な要因(徴用工訴訟判決やレーダー照射事件)と、日韓両国を取り巻く情勢の変化の中で「なぜ日韓関係が重要なのか」、「両国はどのような協力をするべきなのか」といった点について両国間で共通認識が形成されていないという構造的な要因があると指摘。「こうしたことを踏まえ、日韓関係をどう立て直すべきか」と問いかけ、議論がスタートしました。
「日韓関係の立て直し」ではなく、「新しい日韓関係」をつくるためには
日本側の問題提起を行った慶應義塾大学教授の西野純也氏は、この30年間で日韓関係は質的に大きく変化してきており、現在もなお変化は続いているため、「過去の日韓関係を立て直す、というよりも新しい日韓関係をどうつくっていくべきか」という視点が必要であると切り出しました。
西野氏は1990年以前の日韓関係には、第1に「政治」、第2に「実務」、第3に「経済」という3つの領域があり、とりわけ「経済」が日韓関係を前進させる大きな原動力となっていたと解説。しかし、2000年代に入ると、第4に「安全保障」、第5に「市民」という新たな領域が出現し、特にこの「市民」の領域の存在感は増すばかりであるとしました。
西野氏は、日韓関係における市民領域の拡大には、人的交流の増加や文化の相互理解などプラスの面も大きいとしつつ、世論が日韓関係に大きな影響を及ぼすようになったために、かつてのように問題を政治・外交によって決着を図るということが難しくなっていると指摘しました。一方で、「第7回日韓共同世論調査」結果を見る限り、世論レベルでは両国民の意識にまだ大きな乖離はないため、現在進行中の政治・外交上の摩擦を「世論によって中和すべき」とも語りました。
工藤も指摘した「短期的な要因」を管理していくために必要なこととして西野氏は、両国の政治リーダーが、「日韓関係は重要であり、絶対に破綻させてはならない」ということの意志を国民に対して明確に示すことだと主張。現状では対話が途絶し、両国の指導者の意思が伝わっていないため、対話のチャネルを機能させることが必要だと語りました。
一方、「構造的な要因」に対しては、難しい問題であるため、プラスの点(豊富な市民・文化交流)を後押ししながら、マイナスの点を極小化していくしかないと指摘。自身や近藤誠一氏、澤田克己氏など今回の日韓未来対話にも参加しているメンバーも参加した「日韓文化・人的交流推進に向けた有識者会合」(2018年、日韓共同宣言から20年を機に外務省に設置された)の報告書では、政府レベルの対立を市民レベルに波及させないこと、青少年交流など「顔の見える交流」を増やしていくことなどが盛り込まれていたことを紹介し、こうした観点から新たな日韓関係をつくり上げていくべきだと主張しました。
未来に向けた戦略対話が今こそ必要
続いて、韓国側から東アジア研究院国家安全保障研究センター所長で、ソウル大学教授の全在晟氏が登壇。「日韓関係の戦略的な方向性」について問題提起を行いました。全在晟氏は、日韓共通の同盟国である米国の自国第一主義的な行動や米中関係の悪化など、日韓両国を取り巻く環境が大きく変容しているとした上で、こうした事態を切り抜けるためには日韓には協力以外の選択肢はないと主張。それにもかかわらず、日韓関係がすぐに歴史問題など過去をめぐる論争に立ち返ってしまうのは、「これまで未来に向けた戦略的な対話が行われてこなかったからだ」としつつ、戦後70年以上にわたって享受してきた自由な秩序の恩恵をこれからも受け続けたいのであれば、「日韓は今こそ協力して戦略的な行動を起こすべき」とし、そのための対話を強く求めました。
また、全在晟氏は北朝鮮に関しても、米中露といった大国の地政学的な思惑が交差しているため、仮に核問題が解決したとしても混乱と対立は続くとの見方を示し、ここでもやはり日韓が共同して対処する必要があると述べ、戦略対話の重要性を改めて強調しました。
徴用工訴訟判決
問題提起の後、ディスカッションに入りました。議論ではまず、徴用工訴訟判決をめぐって両国のパネリスト間で突っ込んだやり取りが見られました。
衆議院議員の中谷元氏は、54年前の今日、日韓基本条約調印とあわせて請求権・経済協力協定が締結されたと振り返りつつ、これは54年間の日韓関係の基本中の基本であり、ましてや韓国政府も10年前に自国に補償の責任があることは確認している以上、「この枠組みを覆してはならない」と主張。どうしても覆したいのであれば、協定の第三条に「両国はこの協定の解釈及び実施に関する紛争は外交で解決し、解決しない場合は仲裁委員会の決定に服する」と規定されている以上、国際司法の手に委ねるしかないと韓国側に語りかけました。
これに対し朝鮮日報東京支局長の李河遠氏は、1965年で請求権問題は解決したのは事実であり、それは遵守しなければならないとする一方で、「しかし、これまでは企業の対応が不足している、という視点が欠けていたのではないか。法的に解決すれば終わりではなく、感情を救済する方策も探るべき」と問題提起。3日前の6月19日、韓国外務省が被告の日本企業を含む日韓企業が出資する財団を創設し、原告に慰謝料を払う「和解案」を日本政府が受け入れれば、日韓請求権協定に基づく2国間協議に応じる用意があると発表したことを踏まえ、こうした財団に日本企業が自発的に参加することが望ましいと主張。さらに、徴用工本人に対して拠出することが難しいのであれば、日韓関係の未来を支える子どもたちのための財団をつくり、そこに被告とされる日本企業が資金を拠出するというアイディアも披露。こうした「新しいアイディア」によって局面打開を図るべきとしました。
一方、参議院議員の松川るい氏は、65年体制は日韓政府間関係の基礎である以上、これを変更したいのであれば両国政府が関わるほかなく、「民間だけで解決できるものではない」と断じつつ、「請求権問題は韓国政府が処理する」という大前提を守らなければならないと強調。「新しいアイディア」もあくまでもその大前提があればこそ、と主張しました。また松川氏は、請求権の交渉過程を市民が知らなすぎることについても言及し、「政府がしっかりと説明しなければならない」と指摘しました。
韓国の与党・共に民主党の国会議員である盧雄来氏は、日本政府が求めた仲裁委員会の設置など、国際司法による解決は韓国側が応じなければ実現不可能であり、そして文政権は絶対に応じないため、否定的な見解を示しました。同時に、「韓国だけで解決できる問題ではないのであれば、日本も知恵を出すしかない」と日本側に語りかけました。
こうした一連のやり取りを受けて、BS-TBS「報道1930」キャスター・編集長の松原耕二氏は、「この徴用工問題は議論しても必ず平行線をたどる」と嘆きつつ、「個人的には国家間の取り決めでも、一度決めたらどんなことがあっても遵守し続けなければならないとは思わない」とし、「新しいアイディア」にも一定の理解を示しました。一方で松原氏は、「しかし、それにしても文在寅大統領は何もしない。何かボールを投げてくれば日本側としても新しい手を考えるかもしれないが、投げてこないのであれば何もしようがない」とし、日本政府のフラストレーションの要因を分析しました。
この発言に対しては元駐日本国大使の申珏秀氏は、そもそも政府の行動は司法によって制約されるため、対応は遅くなってしまうという事情を指摘しつつ、6月19日の「和解案」により「遅ればせながら韓国政府も動いている」と理解を求めました。
孫洌氏も「確かに、これまで韓国政府は事態を放置していたと思うが、一方で日本政府も性急な対応を求めすぎていたのではないか」とした上で、「和解案を解決に向けた第一歩とすべき」と語りました。
この和解案に対し静岡県立大学准教授の奥薗秀樹氏は、「韓国側の苦労の跡が見える」としつつ、「民間でこういう案がある、と紹介しているにすぎない」し、同種の訴訟が他にも複数係争中であるがそれを包含していないこともあり、「日本政府は絶対に受け入れない」との見方を示しました。その上で奥薗氏は、市民運動家かつ弁護士出身の文大統領の性質からいえば「被害者の要求は100%受け入れられるべき」という固定観念になりがちであると分析しつつも、こうした観念を捨てて妥協点も探らなければなければ前進はできないと語りました。
慶應義塾大学教授の添谷芳秀氏は、韓国政府もこれまでの枠組みを否定はしていないけれど、個人請求権については枠から引き出した、と指摘した上で、日本政府は韓国政府に対して「司法に介入しろ、と言っているのではなく、行政としての役割を果たすべきだ、と言っている」と解説。文大統領があたかも司法の判断と一体化しているように見えることが、日本側の目には行政の不作為のように映り、それが「韓国政府は何もしていない」という印象を加速させているとの見方を示しました。
徴用工問題では議論が平行線をたどりましたが、日韓両国には共通の戦略的利益があるという点では各パネリストの意見は一致。さらに認識を共有するための対話の必要性を指摘する声も相次ぎました。
日韓共通の戦略的利益とそのための対話の必要性
申珏秀氏は、日韓両国は全在晟氏が問題提起で指摘したような「共通の戦略的課題を抱えている」とした上で、それにも関わらず対話が途切れていることを問題視。また、「韓国は対中傾斜している」、「文大統領は親北朝鮮」といった日本側の対韓認識は誤解であるが、そもそもこのような誤解が生じたのも対話がないからであるとし、早急な対話再開を求めました。
延世大学校教授の金基正氏は、共通戦略について、「全く同じスタンスである必要はないが、基本は一致させるべき。そして、互いの政権が代わっても安定的に維持できるようにしなければならない」と指摘。さらに、共通戦略の一端として朝鮮半島の平和を挙げ、「この平和からは日本も大きな利益を得られる、という視点で韓国との協力に取り組んでほしい」と日本側に呼びかけました。
松川氏は、日米が進める「自由で開かれたインド太平洋戦略」は、韓国にとってもコミットし得る戦略であるとし、ここにも西野氏が指摘した「新しい日韓関係」をつくるための足掛かりがあると語りました。
神田外語大学教授の阪田恭代氏は、これまで日韓関係に関する様々な提言があったにもかかわらず、それを両国政府が活用し切れていないことは残念と嘆いた上で、そのような状況の中で「これから新しい共通戦略などつくれるのだろうか」と韓国側に問題提起。阪田氏は同時に、米中対立に伴って日韓を取り巻く戦略環境が大きく変容してきていることを指摘。金基正氏と同様に戦略を完全に一致させる必要はないとの認識を示しつつ、「日韓で利益が重なる部分はあるので、それを探るべき」と語りました。
東アジア研究院理事長の河英善氏は、自身も10年以上前に日韓関係改善のためのプロジェクトと提言に関わった経験を振り返りつつ、日韓関係の厳しい状況を国内政治に利用しようとする勢力が両国内部に多すぎるとし、「政治とのデカップリングが必要」と指摘。その上で、「米中はすでに50年後、100年後を見据えた戦略を構想している。日韓も今すぐ未来を見据えた戦略対話をしないと10年後にまた嘆くことになってしまう」と警鐘を鳴らしました。
自由韓国党の国会議員である金世淵氏は、「真の相互理解のためには踏み込んだ対話が必要」とした上で、首脳級や大臣級など「"上"のレベルの対話ほどそれは難しくなる」と指摘。したがって、課長級など実務レベルの対話を増やしていくべきだと主張するとともに、学生や20代・30代など若い世代の対話も増やしていくことで「対話の多層化」を図っていくべきだと語りました。
一方、元駐韓国大使で国際交流基金顧問の小倉和夫氏は、「未来をつくるのは若い世代だが、真に未来を語ることができるのは過去を知る高齢者だけだ」と語り、高齢者にも高齢者にしかできない役割を果たすことを求めました。
「日韓文化・人的交流推進に向けた有識者会合」の座長を務めた近藤文化・外交研究所代表の近藤誠一氏は、いかに政治・外交上の対立があっても「『民間の交流だけは続ける』ということを両国のトップが保証すべき」とした上で、「すでに交流のメニューはたくさんある。あとは機運を高めるだけだ」と語りました。
こうした議論を受けて、問題提起者から総括のコメントがありました。
共通戦略策定は両国にとって急務
全在晟氏は、阪田氏が指摘したインド太平洋戦略に対する韓国の参加について言及し、中国への対応という観点からも検討すべきであるとし、「早急に日韓で認識を共有しなければならない」と語りました。
また、対話については民間対話でもしばしば互いの自国政府の主張を代弁するかのような議論の展開に陥ってしまっていると指摘した上で、「自国政府とは異なる主張をしてもよいのが民主主義下の市民だ。自由な立ち位置から実践的な議論をすべきだ」と述べました。
西野氏は、徴用工訴訟判決は"65年体制"を揺るがしているものの、「日韓関係には1965年以外にも『日韓共同宣言』の1998年など努力に裏付けられた様々な節目がある」とし、そうしたこれまでの全体的な流れを大事にすべきだと主張。対話については、専門家同士の対話は非常に緊密に連携して行うことができているとした上で、これを今後も継続していくとしました。
共通戦略についても、「現在、日韓間で安全保障の方向性が離れてきている」と懸念を示しつつ、それを再び引き寄せる上でも日本側のインド太平洋戦略、韓国側の「板門店宣言」の発想は双方にとって共有し得るものであり、相互排他的なものではないため、対話によって双方の認識のギャップを埋め、真の共通戦略にしていくための努力をしていくと決意を示しました、
最後に、両司会者が総括を行いました。
日韓関係は最悪ではない。まだ希望はある
孫洌氏は、従来の日韓間の対話は韓国側が過去を語り、日本側が未来を語ろうとするものであったが、現在はその逆で韓国側が未来を語り、日本側が過去を語ろうとしていると指摘。「日韓未来対話」が始まって以降の7年間、日本は政権が代わっていない一方で、韓国は三度も政権が代わったことなど国内情勢の安定性に差があることもこうした変化の背景にあるのではないかと分析しました。その上で孫洌氏は、日韓関係は最悪な状態のように見えるが、「日韓共同世論調査」の現在の日韓関係についての評価を問う設問では、今年よりも2014年~2015年時の方が「日韓関係は悪い」と回答していた人が多かったと指摘し、「まだ日韓関係改善に向けた希望はある」と語りました。
真の市民対話となった「日韓未来対話」は新たなスタートを切った
工藤は今回、夕食会など非公開の場の方が本音の良い対話ができていたと振り返りつつ、「なぜ公の場では発言しにくいのか。それは政府だけでなく、我々有識者も市民の支持を未だ得られているわけではないからではないか」と問題提起。したがって、まずは日韓両国がそれぞれの国内で議論を尽くし、市民の支持を受け、単なる交流ではない、具体的な協力を進めていることが大事だと語りました。その上で工藤は、政府や企業などから資金協力が得られず開催が危ぶまれた今回の「日韓未来対話」は、市民の寄付によって実現にこぎつけたことから「真の意味で市民がこの対話を実現させた。『日韓未来対話』は新たなスタートを切ることができた」と手ごたえを口にするとともに、今後も継続していくことへの決意を表明し、「第7回日韓未来対話」を締めくくりました。