前半の北東アジアの安全保障環境をめぐる議論を踏まえた上で、後半の議論では北朝鮮の核開発問題について意見交換が行われた後、再び日中安全保障協力のあり方について話し合われました。なお、この後半の途中から李薇氏(中国社会科学院日本研究所研究員、中華日本学会会長)が中国側の司会を務めました。
北朝鮮によって激変する北東アジアの戦略環境。だからこそ日中の連携は不可欠
後半の問題提起には、最初に日本側から香田洋二氏が登壇しました。香田氏は、北朝鮮問題を考えていく上でのポイントとして3点を提示。まず、米朝交渉について言及し、「世界の耳目を引くような大きな政治ショー」は3度あったが、冷静に分析すれば2018年6月のハノイでの首脳会談以前とは、少なくとも核問題としては何も状況は変わっていないと指摘しました。
次に、北朝鮮が今年10度にわたって繰り返している短距離弾道弾・ロケットの発射について言及。短距離とはいうもののその射程は最大600kmであり、南北軍事境界線からであれば韓国全土を狙えるものであると解説。北朝鮮の米国に対する抑止力は大陸間弾道ミサイル(ICBM)と核であるが、その抑止が通用しない場合の次善の手段として、在韓米軍と韓国の主要都市を直接攻撃する兵器が必要である、と香田氏は北朝鮮の意図を読み解きつつ、ICBMではないという理由で、トランプ米大統領が短距離弾道弾を黙認している中で着々とその能力を高めていることに警鐘を鳴らしました。
香田氏は最後に、北朝鮮が潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)の発射実験も進めていることについて論及。これは核兵器搭載可能なものであるとの見方を示し、これを日本海に展開すれば東京の破壊も可能になるとの懸念を示しました。
こうした状況から香田氏は、北東アジアを取り巻く戦略環境は大きく変わったとの認識を示した上で、その中では米国よりも日中が対応にあたらざるを得ない局面が多くなると予測し、であるからこそ両国はより精緻な対話を進めるとともに、協力関係を深める必要があると主張しました。
対話によって相互の認識のギャップを埋めることが平和秩序構築の第一歩となる
中国側の問題提起を行った張沱生氏はまず、米朝交渉は香田氏の言うように確かに行き詰まりを見せているものの、千載一遇のチャンスはいまだ続いているとし、非核化に向けたロードマップの第一歩を踏み出すことが何よりも重要だと切り出しました。特に、北朝鮮が着実にその能力の高度化を進め、時間が限られている現状の中では、何とかして落としどころを見つけ出すことが最優先課題であるとし、そこでは制裁緩和がカギとなるとの見方を提示。その際に日中両国に求められる役割としては、中国は北朝鮮に、日本は米国にそれぞれ働きかけを強めることであるとしました。
張沱生氏は、そのようにして非核化が進めば、朝鮮戦争の終戦宣言にもつながり、日本も北朝鮮と関係を正常化することになるとした上で、課題が北朝鮮の経済復興に移った段階では、特に日本と中国がその経済的な実力を発揮する機会は大きく、そこに両国の協力のフィールドが広がっていると指摘。そのようにして安定した北朝鮮が現出されることこそがまさに北東アジアの平和的環境にも直結していくと語りました。
さらに張沱生氏は、そうした日中協力を進めていくための基礎づくりとして、改善基調にある両国関係をさらに良いものにしていく必要があるとした上で、そのためには安全保障上の認識の相違を乗り越えなければならないと指摘。その前提として、中国側が日本に対してどのような点で懸念を抱いているのかを明らかにしました。
張沱生氏はそこでは、日本の安全保障政策の基調が対中国を念頭にして南西諸島を中心とした海空の警戒監視機能を強める南西シフトを色濃くしていること、日本は日米同盟という2国間同盟を志向しているのに対して、中国はよりマルチの枠組みを志向しており、そこにギャップがあること、日中防衛交流は再開したとはいえまだまだ不十分であること、ホットラインもいまだ実効的なものとなっていないこと、台湾海峡が依然として不穏な情勢であり、そこでの日本の出方が不透明であること、など中国側の懸念事項を矢継ぎ早に述べました。
張沱生氏は、こうした懸念を解消するためにはやはり対話が不可欠であるとし、防衛省の副大臣クラスによるハイレベル対話の創設や、軍幹部同士の相互訪問の活発化について提言。また、議論すべき対象の拡大についても言及し、サイバーやAI兵器といった新たな安全保諸領域に関する対話も必要であるとしました。張沱生氏はその他にも、台湾海峡や、南シナ海における平和原則の確立、南シナ海行動規範(COC)の東シナ海版の策定、日米中のトラック2対話の創設など、様々なメニューを打ち出しながら、こうしたことを実現していくためにはやはり、対話によって相互の認識のギャップを解消し、相互信頼を構築していくことこそがまず肝要であり、それが平和秩序構築の第一歩になると語りました。
問題提起の後、ディスカッションに入りました。
六者協議を復活させるべきだが、現状のままでは機能しない
秋山氏は、北朝鮮問題に関する張沱生氏の問題提起に同意しつつ、補足として日中協力をベースとしつつも、六者協議の枠組みが必要であると指摘。最近の情勢を見る限りでは北朝鮮は核を放棄しない可能性は高いとの見方を示しつつ、米朝交渉が頓挫した場合、六者協議が交渉を引き継げるような仕組みにしておけば、それまでの外交努力も無駄にはならないと語りました。また、仮に米朝交渉が妥結に至ったとしても、トランプ大統領と金正恩委員長では日中韓など周辺国から見れば必ずしも適切な内容の合意をしない可能性があるし、適切な合意だったとしてもそれをきちんと履行しているか、監視をするためにはやはり六者協議の枠組みを整えておく意味は大きいと主張しました。
一方、呉懐中氏は先日日本を訪問した際に、今月1日に退官するまで7年間にわたって安倍首相の外交を支え続けてきた兼原信克・前内閣官房副長官補のインタビューを見て仰天したと発言。その中で兼原氏が中国は北朝鮮に対して影響力を及ぼし得るにもかかわらず、その役割を果たしていない、と述べていたことを紹介しつつ、こうした見方を適切なものではないと批判。日本の政権のキーパーソン(だった)人と中国側の見方の間に大きな落差がある現状から、これでは日中協力などうまくいくはずがないと嘆きました。呉懐中氏は返す刀で、日本政府は米国に追随しすぎており、強硬な姿勢を示していたかと思えば、突如対話路線を打ち出したりと一貫性がないことにも苦言を呈しました。また、六者協議についても、日韓が完全に反目し合っている現状では機能しないのではないかと懸念を示しました。
香田氏は、兼原氏は長期にわたる激務から解放された高揚感からそうした発言をしてしまったのだろう、と苦笑しながら擁護しつつ、しかし日中間の認識の違いについては、対話によってしっかりとギャップを埋めなければならないと応じました。一方で、対米追従一辺倒との指摘に対しては、トランプ大統領に対してものを申せるのも安倍首相だけであり、決して盲目的に追随しているわけではないとも語りました。
単なる交流にとどまらない真の戦略対話、そして「機構化」を目指すべき
北朝鮮問題を通して日中間の認識のズレが再確認されたところで、改めて日中安全保障交流をいかにして進めるか、という議論が繰り広げられました。中国側からは張沱生氏が問題提起で示したような様々な交流と協力のメニューが提示され、この点については日本のパネリスト各氏も同意しました。
一方、日本側からは単なる交流だけでは不十分との視点も提示されました。
増田氏は、現状の日中防衛交流について「会う回数を増やしましょう」ということに主眼が置かれ、それ自体が自己目的化しているのではないか、と指摘。かつて日中防衛当局間では地域協力をいかにして進めるか、PKOなど国際的な公共財をどのようにして提供していくべきか、というより大局的な議論がなされていたとし、そうした視点から秋山氏が前半の議論で提言したような戦略対話を構築していくべきだと語りました。
小野田氏も、協力のためのメニューはすでに様々なものが提示されているし、それらは総じて妥当なものであると評価しつつ、問題は「それをどう実行するか」であると切り出し、そこでのポイントは「機構化」であるとしました。
小野田氏は、かつて秋山氏が「日米同盟はアジア太平洋の平和と安定に寄与する公共財としての役割を果たしているのだから、この日米同盟自体を国際機関化すべき」と言った趣旨の発言をしていたことを引き合いに出し、日中間でも「機構化」の可能性を模索すべきと語りました。
また、小野田氏は、企業や政府などの問題解決プロセスを支援するファシリテーターとして著名なアダム・カヘン氏の「敵とのコラボレーション――賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法」という著書を紹介。そこでは、課題解決のために多くの人が協力するにあたっては、特定の誰かが突出したリーダーシップを発揮することは実は協力関係崩壊のリスクが高いことを指摘した上で、それよりも皆が習熟した上で緩やかなコラボレーションをしていくことの方が効果的であることが描かれている、と解説。こうした観点からも「機構化」による並列的な協力体制の構築は望ましい方向性であるといえるとしました。その上で、日中安全保障関係においても、単なる対話にとどまらず、機構化によって集中的に世界や地域の課題に対する解を見つけ出していくことを共に進めていくべきであると提言しました。
呉懐中氏は、例えば中東政策では、日本は米国と一線を画した政策を取っており、しかも中国との方が共通利益は多いことを指摘。こうした「日米」よりも「日中」の組み合わせ方が効果的な分野では、常設的な協力も進めやすいとの見方を示しました。さらに、とりわけ米国が国際公共財の担い手としての役割から離れようとしている中では、グローバル・ガバナンスを支えるためにも「機構化」による日中協力の強化という視点は時宜に適ったものであるとの見方を示しました。
李薇氏は、日中双方にはいまだ冷戦期の思考が残存しており、それが相手に対する見方を曇らせ、様々な錯覚を引き起こしているのではないかと分析。そうした曇りを払拭する上でも、「機構化」によって日中協力の頻度を高め、顔と顔を突き合わせる機会を増やしていくことは有効な方策であると賛同しました。
その他の議論としては、中国側からは昨年の本フォーラムと同様に、日本のインド太平洋構想について関心が寄せられました。特に、米国も同様にインド太平洋戦略を打ち出しているため、日本のそれは米国と軌を一にするものなのか、といった質問が中国側から寄せられると、日本側からは当初は確かに中国を意識した上で「戦略」という言葉を使っていたが、徐々に中国への対抗色は薄れ、現に「戦略」という言葉は「構想」という言葉に置き換わっている、対中戦略の意味合いが強い米国のそれとは根本的に性格が異なる、といった趣旨の回答がなされました。
その後、会場からの質疑応答を経て最後に宮本氏が総括を行いました。宮本氏はその中でまず、北東アジアの安全保障環境は決して楽観できるものではないし、むしろ新たな問題が生じ続けていることを指摘。しかしそうした中で、今回の議論では具体的な解を示すような提案が数多く寄せられるとともに、日中間でコンセンサスを得られたことを非常に元気づけられるものであると語るとともに、「北東アジアの安全と平和秩序を構築する日中の責任」という本フォーラムの初期の目的を果たすことができたと手応えを口にしました。
日本側司会 宮本雄二 宮本アジア研究所代表、元駐中国大使
パネリスト 秋山昌廣 秋山アソシエイツ 代表、元防衛事務次官
小野田治 東芝インフラシステムズ株式会社 顧問、元空将
香田洋二 ジャパンマリンユナイテッド株式会社 顧問、元海将
中谷 元 衆議院議員、元防衛大臣
増田雅之 防衛研究所 地域研究部中国研究室主任研究官
中国側司会 陳小工 元中国共産党中央外事弁公室副主任、元空軍副司令、
第12期全国人民代表大会外事委員会委員
パネリスト 朱成虎 中国軍備管理軍縮協会理事
姚雲竹 中国人民解放軍軍事科学院国家ハイエンドシンクタンク学術委員会委員、
元中米防務関係研究センター主任
呉寄南 上海市日本学会会長、上海国際問題研究院諮詢委員会副主任
張沱生 中国国際戦略研究基金会学術委員会主任
李薇 中国社会科学院日本研究所研究員、中華日本学会会長
江新鳳 中国人民解放軍軍事科学院戦争研究院研究員
呉懐中 中国社会科学院日本研究所研究員