【「第15回 東京-北京フォーラム」特別分科会 後半】
日本と中国は世界第2、第3位の経済大国であり、技術大国でもあります。日中両国の協力関係の強化は米中の技術争いの最中でも不可欠であるといえますが、ではどのような協力が考えられるのか。日中協力のあり方については前半でも議論の俎上にのぼりましたが、後半のセッションでは協力に向けたより具体的な提案が相次ぎました。
AI社会の到来がもたらすインパクトは予測不能。だからこそ倫理指針が求められる
まず、日本側から岩本敏男氏が後半最初の問題提起を行いました。岩本氏はその冒頭、CPU、ストレージ、ネットワークといったITの三大要素技術のExponential Growth(指数関数的成長)を背景として到来したデータ社会においては、「AIをどのように使っていくか」ということが大きなテーマになると切り出しました。
岩本氏はAIがポイントとなる大前提としてまず、「情報の三階層」(データ、インフォメーション、インテリジェンス)理論について言及。その中で、それ自体には何の意味もない無機質なデータは、その上にあるインフォメーションの層に持ち上がってくると、そこで整理されようやくひとつの意味を持つと解説。さらに、そのインフォメーションを意思決定者のために加工、分析して得られたインテリジェンスが、国家、企業、個人が自らの行動を決定する際の最も重要な拠りどころとなるものだとしました。
ただ従来、最終段階であるインテリジェンスに上げる過程には、「人間のこれまでの経験値や、感性、倫理観、宗教観」などといった「フィルター」が介在していたものの、この「フィルター」に大きな変化が生じつつあり、その結果インテリジェンスも大きな変容を見せ始めていると岩本氏は指摘。ネットワークやストレージが膨大なIoTによって、データからより豊富で、より解析的なインフォメーションを得られるようになり、さらに、インフォメーションをインテリジェンスの層にまで上げることも、数年前までは人間の経験値等が頼りだったものの、現在はAIによって代替されていることが、こうした変化の背景にあると解説しました。
岩本氏は、こうしたAIが果たす役割の飛躍的増大の帰結として、「Autonomous Society、つまり自律的な社会、人が何も判断をしないのに社会が動いてしまう」時代が到来したと語り、その一例として証券取引所の高頻度取引(high-frequency trading, HFT)を挙げました。
その上で岩本氏は、こうしたAI社会の到来には功罪両面あると指摘。人類の生活をより豊かにする一助となる点では「功」ではあるものの、例えば、1938年のウランの核分裂の発見が核兵器の開発につながっていったように、AI技術の進歩も今後「罪」を生み出す危険性はあると警鐘を鳴らしました。岩本氏は最後に、こうした予測不能性があるが故に、未然に事故を防ぐためにAIのEthics(倫理指針)が必要であると強調。日中間でもこの倫理指針に関する議論を進めていくべきだと中国側に呼びかけました。
2つの五輪は日中協力の好機
中国側一人目の問題提起者である劉松氏は、ダイナミックでコントロール困難というデータの持つ特性を指摘した上で、岩本氏が問題提起したルールの必要性について賛同しました。一方で、米欧でのルール策定が進んでいることなどから何が求められる最低限のルールなのか、といった点については少し時間をかけて見極める必要があるとも語りました。
劉松氏はさらに、到来しつつあるAI時代においては、スマート化や「人間とAIの協働」をどう進めるかがポイントとなるとした上で、AIにおける日中協力のあり方について提言。そこでは、2020年と2022年に日中両国がそれぞれの首都で相次いで迎えることになる五輪に着目。その中で劉松氏は、アリババが2017年以降、国際オリンピック委員会(IOC)の最高位スポンサー「TOP(The Olympic Partners)」になっており、データやソフトウェアをネットを通じて管理するクラウドサービスに関する業務をIOCから請け負っていることをまず説明。東京五輪では東京2020組織委員会とも連携し、AIによる映像管理や編集、選手の動きの3D分析などを担う予定であると語りました。一方、自国開催となる北京五輪では、チケット発券や輸送、セキュリティーなど、さらに多分野で運営に深くかかわる方針であるとするともに、映像に関しては「8K+VR+スマート編集+クラウドインタラクティブになっているかもしれない」とし、こうした2つの五輪を舞台とする日中協力の展望を描きました。
人材育成とともに日中双方の強みを活かした協力を
中国側の二人目の問題提起には付暁宇氏が登壇。そこでは、自身が所属する中国ソフトウェア業界協会が、情報サービス産業協会(JISA)、コンピューターソフトウェア協会(CSAJ)といった日本の業界団体と懇談会などを通じた活発な交流を進めている状況についてまず説明。同時に、この交流の場がすでに日中協力のプラットフォームにもなっている現状を明らかにしました。
付暁宇氏は続けて、ソフトウェア業界の世界の現状としては、基礎分野では米国が突出しているものの、応用分野では日中両国も強みを持つところがあると指摘。例えば、日本の場合は、産業用ソフトウェア・ロボットに、中国の場合はSNSやオンライン決済サービスに強みを持っているとし、こうした相互補完性の中に日中協力の可能性があるとして、今後の協力のあり方について提言しました。
付暁宇氏はまず、IT人材の不足について、「日本では20~50万人、中国では80~100万人」規模と見積もった上で、これを両国のデジタル経済にとっての発展の障害であると指摘。したがって、人材育成ひいては学校教育におけるプログラミング教育に関する協力を進めることは今後すべての日中協力の基礎になるとの認識を示しました。続いて、前述のような日中双方の強みを活かしたコラボレーションについて再度提言し、問題提起を締めくくりました。
問題提起の後、ディスカッションに入りました。議論ではルールに関する発言が相次ぎました。
AI活用の分野が拡大し続ける前に、Ethicsを共有しておくべき
山岡浩巳氏はまず、イノベーションというものはどこから生み出されるか予測不能であるため、いわゆる"サンドボックス"と呼ばれる初期段階では規制を緩やかにしておくことで、様々なイノベーションが起こる余地を大きくしておくべき、という考え方に言及。しかし、実用化される段階からは岩本氏が指摘するようなEthicsについて考えなければならなくなると指摘。特に、これから自動運転やヘルスケアといった様々な分野でのAI活用が予想される中では、損害補償のあり方も含めて「民間企業がEthicsについて共有する認識を持つということが大事」とするとともに、これが日中協力を進める上で不可欠の前提となるとの見方を示しました。
協力のためにはやはりEthicsあるいは、Data Free Flow with Trustが不可欠
大川龍郎氏は、付暁宇氏の問題提起にあったような日中双方の強みを活かした協力に賛意を示しつつ、日本側からすれば懸念要素もあると指摘。例えば、中国では軍事転用の懸念から外国企業は地図情報を取れないという規制があることを紹介した上で、これによって自動運転技術の共同開発は困難になっていると語りました。また、サイバーセキュリティ法の条文がまだ明らかになっていないことも日本側からすれば予測可能性を担保できないし、場合によっては中国国内で身柄を拘束されるリスクもあることから安心して協力を進めることなどできないと訴えました。
その上で大川氏は、だからこそ、Ethicsあるいは、Data Free Flow with Trust、すなわち「信頼性のある自由なデータ流通」が日中協力の大前提として必要になってくると主張。「データのフリーフローの扱いというものを、EthicsなりTrustなりという考え方で揃えていく、というのは重要なのではないか」と中国側に語りかけました。
まず「恐れ」の共有が必要
一方田中達也氏は、AI社会という人類にとって未知の領域に足を踏み入れるにあたっては、倫理以前にまず「恐れ」を共有すべきではないかと切り出しました。
田中氏は、地球温暖化が当初想定されていたよりも早く、しかも甚大な被害を及ぼし始めたことを引き合いに出し、一人の天才がいればコストや設備投資をかけずとも飛躍的進歩を遂げ得るAIは、さらに想定外のコントロール不能な事態を招きやすい危険性があると指摘。日中を中心とする東アジアの巨大な経済圏では、そうした想定外の事態はより甚大な被害につながりやすいために、尚更「恐れ」の共有から日中協力の第一歩を始めるべきと説きました。
AIの"影"への対策でも日中協力を進めていくべき
伊藤達也氏は、中国側から度々提案に出されている五輪でのAI技術の活用などにおける日中協力に対しては、理想的な社会の実現にも資するために重要な意義があるとしつつ、その一方で、「デジタル社会の光をより強いものにしていくとともに、影の部分に対する対応、解決についての日中の協力も非常に重要ではないか」と問題提起。この"影"の具体例として、サイバー攻撃や、インターネット上の悪質な詐欺などの犯罪でもAIが利用されている現状を挙げつつ、こうした"影"の部分の規制対策でも日中協力を進めていくべきと提案しました。
AIをめぐるルール策定は、次代を担う若い世代に託すべき
劉松氏も、伊藤氏の発言を受けて、現在の中国の刑事事件の統計を見ると、住居侵入した上での窃盗は激減する一方で、スマートフォンの普及と軌を一にするようにインターネット上の詐欺事件が急増していると説明。こうした問題への対応、とりわけルールの不備については、対策は急を要すると語りました。
劉松氏は、こうした新たなルールの検討は高頻度取引や自動運転車といった新技術でも進めるべきであるし、データ管理についても原則よりもまずルールを先行させるべきとし、ルールの必要性を強調。しかしその一方で、その策定はこれからのAI技術を担う若い世代に任せるべきとも主張しました。
AIが人類にとっての脅威となるような"SF的事態"は当面起こらないが、準備は必要
アイフライテックから参加した江涛氏は、AIをめぐる課題の一つとして、一般世論の理解の低さを指摘。現状の一般世論のAIに対する見方は、SF映画からの影響が多分にあるとしつつ、「実際のAI技術のロードマップには2段階ある。ひとつは、人間の脳で神経活動がどのように行われているのかを分析し、まさに人間の脳と同じシステムをもったAIを開発する『強いAI』。もうひとつは、そのように人間の大脳を代替するものではなく、データに対する数理的・統計的な処理能力による予測を中心とする『弱いAI』」と解説。同時に、前者の「強いAI」の開発はまだ途上にあるとし、AIが人類に取って代わるような、まさにSF的な事態は当面起こらないと予測しました。
江涛氏は、AIは喫緊の脅威ではないとしても、やはりデータセキュリティ対策は着実に進めておくべきとも指摘。一方でルールについては、画期的なイノベーションが起こりつつある現在、人々はAIに対する"焦り"があるとしましたが、この焦りに煽られることによって自律的なルールが形成され、徐々に安定に向かっていくとの見方を示しました。
日中間の"結合"のために必要なこと
岩本敏男氏は、ヨーゼフ・シュンペーターがかつて提唱した新たなイノベーションを起こすための「5つの新結合」を引用しつつ、これまで双方のパネリストから提案のあった双方の強みを活かした日中間の"結合"について賛同。その上で、その結合の際の注意点として、双方のIT人材の違い(日本はITベンダー系に依拠、中国は自社内に技術者を抱えている)などを考慮した上でリレーションを考える必要があると補足しました。
続いて岩本氏は、ルールをめぐる問題にも言及。特にサイバーに関しては、そのボーダレスな性質から、国という枠組みを超えた対応の必要性を強調。具体的には国際刑事警察機構(ICPO)のサイバー空間版ともいえる「ネットポリス」のような新たな取り組みが求められるとしました。
岩本氏は同時に、インターネットのボーダレスな性質というのは、不可避的に各国国内のルールとの矛盾、抵触を生じやすいと指摘。大川氏が指摘したのと同様に、日本企業が中国で活動する場合には予測可能性が確保できないおそれがあることについて懸念を示すとともに、より良い日中間の"結合"を実現するためにも「一つひとつの課題を整理しながらやっていくことが重要」と語りました。
さらに、人材に関する発言も多く寄せられました。
イノベーションは個人の自由な発想から生まれる。大学同士の交流も重要
柴跃廷氏は、イノベーションそのものについての分析を提示。まず、イノベーションというものは個人によるものなのか、企業によるものなのか、それとも政府によるものなのか、と問題提起した上で、その答えは「個人」と主張。政府は大いにイノベーションを奨励するが、「それは実は既存技術の再構築にすぎず、オリジナルの発想ではない」とするとともに、企業に関しても「どちらかというと既存技術の改良、改善であって、オリジナリティとは異なる」と説明。オリジナルの発想は個人に依拠するところが大きいと語りました。
したがって、イノベーションが起こるための環境とはすなわち、個人の発想を促すような自由な環境であるとし、そうしたものの整備が日中共通の課題となると語りました。
柴跃廷氏は同時に、大学同士での学術交流もイノベーションに向けた個人の発想を刺激するためには有効であると提言。これまでは日中ともに学術交流といえば欧米の方を向きがちであり、日中間の交流は乏しかったと指摘。「日本と中国は非常に似たような文化、価値観があり、今後交流を伸ばす余地は大いにある」と期待を寄せました。
41年前、すでに日中は人材育成の必要性で一致していた
高洪氏は、付暁宇氏の問題提起にあった人材育成について補足。両国には法制度上様々な違いが存在するために、協力を進めるにあたっては理解しがたいことも多々出てくるであろうと予測しつつ、「サイバーにせよイノベーションにせよ、結局は人間が中心だ」とし、人材育成の必要性を指摘。とりわけ相手の立場に立って相互理解をすることができるような人材育成をすべきと語りました。
高洪氏は発言の最後にも、中国の改革開放を進めた鄧小平氏と、パナソニック創業者の松下幸之助氏が1978年に会談し、人材育成に関する合意を締結していたことを紹介し、重ねて人材育成の必要性を強調しました。
その後、会場からの質疑応答を経て、両国の司会による総括が行われました。
日本側から山﨑達雄氏は、国際的なルール整備をはじめとして、具体的な協力課題について様々な提案があったと手応えを口にすると、中国側の房漢廷氏も同様の感想を述べて、充実感を漂わせました。
一方で房漢廷氏は、日本側、とりわけ日本のメディアに対して注文も付けました。その中で房漢廷氏は、中国のデジタル経済をめぐるこれまでの飛躍的な発展や、知的財産権保護の強化を進めていることなどを強調しつつ、日本メディアにはこうした新しい中国の姿を「是非事実通りに報道してほしい」と要望。どんな事実にも良い面と悪い面が当然あるが、それを客観的かつ正確に報道することが、中国に対するあらぬ誤解や疑念を解消することになり、ひいては民間同士の相互信頼の基礎ともなると語りました。
房漢廷氏は最後に、来年の東京開催のフォーラムにも期待を寄せ、3時間半にも渡る白熱した議論を締めくくりました。