「第15回東京-北京フォーラム」は開幕式に続き、「新時代・新期待―世界の繁栄とアジアの平和で日中が背負うべき責任」をテーマにしたパネルディスカッションが行われました。日本側は宮本雄二氏(元駐中国大使、同フォーラム副実行委員長)、中国側は趙啓正氏(中国人民大学新聞学院院長、元国務院新聞弁公室主任)が司会を務め、このほか、日中を代表する計6人の有識者が登壇しました。
初めに、日本側司会の宮本氏は、「世界の状況をどう展望し、その中で中国と日本の役割をどう考えていくのか、各分野の視点から答えてほしい」と議論の視点を提示し、議論が始まりました。
中国が示す二つの将来像
続いてマイクを握った日本側の五百旗頭真氏(公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長)はまず、これまで世界をリードしてきた米国の存在が、日中関係の今後を考えるにあたっても重要になってくるとの見方を提示。
五百旗頭氏はこれに関し、歴史家の観点から、「孤立主義」と「世界を思うままに支配する米国」という両極の間で揺れ動いているという、米国政治の特徴を描き出しました。具体的には、「初代大統領ワシントンが掲げた孤立主義を長く続けてきたが、二つの世界大戦に巻き込まれた経験から、日ごろから積極的に国際政治に関与すべきだと考えるようになり、ブレトンウッズ体制と国連という新しい秩序をつくった。ところが戦後70年が経ち『大国疲れ』が出てきて、トランプ氏のような指導者が登場するようになった。しかし、現在の中国への姿勢にみられるように、世界の課題に全く関与しなくなったわけではない」と分析。その上で、「孤立」と「単独での世界支配」のどちらも極論であり、各国が密接につながった今の世界では持続不可能である、と話しました。
一方で五百旗頭氏は、米国と並ぶ超大国の立場を築こうとしている中国にも「両極」はある指摘。まず、歴史上、東アジアの超大国として長く超法規的に振舞ってきたとし、「伝統がそうなので、現在でも何も考えずにそのような行動をする危険がある」と発言。一方で、清朝末期以降、列強の支配に屈した「100年の屈辱」に触れ、この両者を経験していることが中国の特徴だとしました。
さらに、改革開放以降の30年間、年10%の成長を続けてきた中国の成長が戦後日本の発展と異なる点は、経済力に加えて軍事力を、伝統的に国力の両輪としてきたことだと指摘。「米国などは冷戦後、中国が発展すれば責任あるステークホルダーになると期待し、WTOなどの仕組みに迎える関与政策を進めてきたが、今ではそうした期待はなくなっている」との見方を提示し、「2008年のリーマンショック時に4兆元の経済対策で世界経済を下支えしたことで、実力を隠して力を蓄える『韜光養晦』を卒業する時が来た、というナショナリズムが強まり、東シナ海や南シナ海の現状変更に対する米欧日の警戒感につながった」と解説しました。
一方で、習近平主席が、中国が自由貿易や地球環境など世界の課題解決をリードする考えを示していることに言及し、中国の将来像として、「他国を尊重し国際公共財を支える国」と「『100年の屈辱』を乗り越えた、米国と並ぶ大国」の二つが示されている、と分析。「これからの中国はどんな文明国になるのか」と問題提起しました。そして、自身が周王朝の遺跡で目にした文書「天の道を尊び、民を慈しむ」を引用し、「力はあるが過度な行使は控え、他国を尊重するのが尊敬される国だ」と中国側に呼びかけました。
米中「熱戦」を避けるため日本の役割が重要
次に五百旗頭氏は、米中対立に関連し、米政治学者グレアム・アリソンの研究によれば「最近500年で新興国が既存の覇権国に挑戦した15回のケースのうち、戦争を回避できたのは4回だけだ」と紹介。このうち、妥協不可能と思われた米ソ冷戦が「熱戦」に至らなかったのは、核兵器をもし行使すれば相互が壊滅する状況にあったからだ、と語り、その状況は今後の米中にも当てはまるがゆえに、米中の熱戦は回避しなければいけない、と主張しました。そして五百旗頭氏は、覇権争いが戦争に至らなかった「4回」に同じく含まれる英米間でそうであったように、双方が相手を尊重、理解していく努力が必要だ、と訴えました。
最後に五百旗頭氏は日本の役割について、「米中両国と密接な関係を持ち、安倍首相は米中の両首脳と良い関係にある。米中対決の深刻化を食い止めるため、国際ルールの再編を進める役割を果たすべきだ」と強調。そして、「それはトップだけでできる話ではない。官民の英知をまとめ未来を切り開くビジョングループの役割が重要だ」とし、その舞台として本フォーラムの場も活用し、「人類史の大きな課題を平和のうちに超えていく努力を尽くしたい」と決意を述べ、発言を締めくくりました。
日中関係は正常軌道に戻りつつあるが、根本的な解決には至っていない
中国側からは、この5月まで駐日大使を務めていた程永華氏が発言。同氏は、「中日関係は今や正常な軌道に立ち戻り、改善基調にある」との見方を提示した上で、6月の安倍首相と習近平主席の首脳会談で合意した「新時代の日中関係の構築」を実行に移し、両国相互の課題や国際課題での協力を進めるべきだ、と主張しました。
そして、2日前に言論NPOなどが発表した「日中共同世論調査」に基づき、四つの問題を提起しました。
まず、政治・安全保障面での相互信頼が足りない、と指摘。両国関係は正常軌道に戻りつつあるが、根本的な解決には至っていない、とし、「お互いに脅威にはならない」と確認した2008年の日中共同声明を実際の政策に落とし込み、国民の合意にする努力が必要だと訴えました。
次に、相手国や日中関係への認識が中国では大きく改善し、日本では停滞もしくは悪化している、という民意の非対称性に言及し、この背景に中国人訪日客の急速な増加による直接交流の拡大があると指摘。日本の国民にも、中国への修学旅行などを通した顔の見える交流の増加を求めました。
また、程永華氏は第三に、貿易・投資など、首脳間でも確認した実務的な協力の質を高めること、第四に、世界が100年に一度の不確実な時代を迎える中、多くの共通の課題に直面する日中が二国間だけでなく地域や世界の繁栄に貢献することの重要性を訴えました。
世界のデカップリングによる最大の被害者は日中両国
7月まで経済産業事務次官を務めていた嶋田隆氏は、世界の経済秩序という観点から日中の役割を語りました。まず嶋田氏は、トランプ米大統領の出現やイギリスのEU離脱、欧州の極右政党の躍進などは症状にすぎず、根本原因は国際経済全体の地殻変動にある、と指摘。具体的には、第一に、グローバル化と技術進歩と高齢化による社会の分断。第二に、経済と安全保障が一体化し、米中対立においても貿易紛争から技術覇権に焦点が移っていること。第三に、環境や金融などの世界課題で、各国政府ができることと実際の問題とが乖離していることを挙げ、こうした根本原因に向かい合わない限り、問題は深刻化していくという見通しを示しました。
さらに嶋田氏は米中両国の状況に言及。まず、米国人のWTO幹部が「大きなシステムの変わり目には、米国にはシステム自体を否定しながら改革することが許されている」と、現在の局面を1971年のニクソンショックと同列にとらえていることを紹介。米国の政治家だけでなく実務の専門家がそう考えていることは、日中とも深刻に受け止める必要がある、としました。
一方で、中国については、構造改革と経済安定運営の両立を図るために相当緊張感のある政策運営をしている、と述べ、外資規制緩和などの進展を評価。ただ、水際の国境措置を開放するだけでなく、補助金や国有企業などの国内制度をどこまで改革するかが問われているところに問題の本質がある、と述べ、これが中国の構造改革が進みにくくなっている原因だ、と指摘しました。
そして、米中両国で経済のデカップリング論が出ているが、日中とも戦後の相互依存体制の最大の受益者であり、デカップリングの影響を最も受けるのは日中だ、と指摘しました。
最後に嶋田氏は、こうした状況を乗り越えるための三つのキーワードを提示しました。
第一は「多層性」、つまり二国間だけでなく有志国や地域、多国間の枠組みで国際世論を盛り上げながら課題に向かい合っていくことです。嶋田氏は、自身の通産省時代、保護貿易に反対する国際世論を形成していくことで、相手国内の多様な世論に働きかけた経験に触れ、今の貿易問題でも、日中あるいはアジアが連携して具体的なアクションを働きかけていくことが最も重要だと語りました。
第二に「相対化」。政治や安全保障で国家間が勢力を競う世界から、プラットフォーマーと呼ばれる企業がルールよりもコードで経済の仕組みをつくっていく状況に変わっているという視点を持つべきだと述べました。
第三に、「プロジェクト」の推進について、中国の資金・人材面の強みに加え、そしてデジタルを使った社会変革で必要な官民融合のアプローチがあることを指摘。そうした具体的なプロジェクトを進めながら多層性をもった交渉をし、根本原因にアドレスすることが必要だと主張しました。
CPTPPと一帯一路の融合が新たな経済秩序につながる
一方、中国の経済分野からは、曹遠征氏(中国銀行国際研究公司董事長)が登壇。同氏は、中国経済台頭の本質は、単なるGDPの増加でなく、住民の所得の急速な成長にあると指摘。昨年、中国の小売の売上額が米国を超えたことを紹介し、中国が世界最大の市場、世界経済の原動力であることは世界で共有されている、と述べました。
また曹遠征氏は経済面における「新時代の日中関係」について、政治関係の変化に伴って、経済関係も二国間からマルチへと発展させなければいけない、と主張。具体的には、日中韓FTA交渉の推進や、日本が進めるCPTPPと中国の一帯一路を融合する必要性に言及しました。そして、一帯一路については、関係国がともに話し合い、建設し、それにより市場のパイを拡大し、利益を共有するという点で「人類の理想だ」と発言。この理念を日中が参加して仕組み化することは、日中の経済にとって重要であり、グローバル経済の発展のための新たな秩序につながる、と訴えました。
安全保障面での米中「冷戦」下で、日中の戦略対話が重要に
続いて、日中両国の安全保障関係者が発言に立ちました。
香田洋二氏(元自衛艦隊司令官、元海将)は、「米中経済冷戦」と多くの識者は言っているが、実際は経済・技術面では「実戦」の段階に入っており、安全保障面が「冷戦」状態にある、との視点を示しました。
香田氏は、「日中の経済関係は良好に見えるが、軍事面でも中国の対日戦略の基本的転換はあったのか」という疑問を提示。今の日中関係が、経済面だけを追求した便宜的なものであれば砂上の楼閣である、と語りました。その上で、昨年運用を開始した日中の海空連絡メカニズムはまだ「仏作って魂入れず」の状態にあると指摘し、北東アジアの危機管理に向けたさらなる運用改善の必要性を強調しました。
そして香田氏は、米中の安全保障関係が冷却している実態に注目すべきと主張。4月に日本も参加した、青島での中国海軍創設70周年の国際観艦式に、米国は自らの意図で参加しなかったことを紹介し、中国と軽々に妥協しないという米国務省や国防総省の姿勢がここに表れている、と指摘しました。香田氏は、この安保面での「米中冷戦」が日中にとっては最大の問題だとし、この局面で日中の戦略対話が重要になると指摘。中国の国家戦略が意図するところ、米国に対して何を考えているのか日中でしっかり共有すれば、日本は米国の世界一有力なパートナーとして、米国にもしっかりと自分の立場を伝えられる、と訴えました。
安全保障面での日中協力には多くのポテンシャルがある
中国側から本フォーラムに7回目の参加となる姚雲竹氏(中国人民解放軍軍事科学院国家ハイエンドシンクタンク学術委員会委員)は、昨年のフォーラム以降、日中の相違だけでなく潜在的な協力の可能性にも焦点を当てるようになったとし、アジアと世界の平和と繁栄を守る上で、日中に求められる5つの協力分野を挙げました。
第一に、朝鮮半島における緊張緩和に向けた日中の連携。第二に、気候変動やテロ、感染症、シーレーンの安全など、グローバルな非伝統的安全保障上の脅威に対処するための努力。第三に、自律型致死兵器など軍事面でのAIの導入によって、戦争の意思決定における人的要素がなくなり、戦争が無制限に激化するリスクに対処する国際ルールの構築、を同氏は上げました。
第四は、日米中の3ヵ国間の関係において、自国の安全保障を巡る問題に対処するための日中の対話です。具体的には、例えば米国がINF(中距離核戦力)全廃条約破棄に伴い、東アジアで大陸発射式の中距離弾頭ミサイルを配備する可能性が指摘される中、こうした核配備の問題への対処で日中が相互に交流を図ることは、日中関係に意義があると語りました。
これに関連し、姚雲竹氏は第五の協力分野に核軍縮の問題を挙げ、核不拡散体制が崩壊し世界の核兵器の総量が増えることは日中両国にとっても良くない状況だと指摘。中国と日本が、米露両国に対し、INFルールの遵守や、2021年に期限を迎える新START(新戦略兵器削減)条約の5年延長を求めていくべきだ、と述べました。
そして同氏は、安全保障分野での日中協力はこれまで十分ではなく、逆に言えば、今後、建設的な安全保障環境を整備するにあたってより多くのポテンシャルがある、との見解を披露。二国間だけでなく地域や多国間の協力の必要性にも言及し、発言を終えました。
最後に日本側司会の宮本氏は、総括のコメントを、娘の結婚式のため間もなく中国を離れる五百旗頭氏に譲りました。同氏は、自身が参加し、2003年から08年まで設けられた外務省の「新日中友好21世紀委員会」では、互いに尊敬の気持ちを持って深い議論ができたと振り返り、今こそこうした対話の舞台が必要だと強調。米中対立やAIの発展など世界の激動の中で、どのような文明世界をつくっていくのかという構想を練るビジョングループをまず日中間で築き上げることが必要だ、と結論付けました。
中国側司会の趙啓正氏は、日中がその影響力を広げ、世界やアジアに貢献するためにも、日中関係の高度化、顕著な改善が必要だと主張。そして、日中関係の基礎は、双方の政府間の信頼だけでなく国民の相互信頼にあると述べ、「皆さんは両国の国民に負託を受けている」と、会場のパネリストらに呼びかけ、議論を締めくくりました。