言論NPOと中国国際出版集団が北京市内のホテルで開催してきた、「第15回 東京-北京フォーラム」は最終日の10月27日、日本と中国の新しい協力関係で今後、両国はどのように取り組んでいけばいいのか、全体会議の基調講演で日中それぞれ二人の識者が見解を披露しました。
意思疎通の機会を確保し、パートナーであることを普遍的に認識する機会に
まず今年5月まで9年3カ月にわたって駐日大使を務めた程永華氏が壇上に上がりました。程氏は、自身が駐日大使館の公使時代に、言論NPO代表の工藤泰志から日中に民間の新しいパイプを作り、首相の靖国神社参拝問題で滞っている両国関係のコミュニケーションを図りたい、と持ちかけられたことを紹介。程氏はこの話を、大使を通じて本国に伝え、了承を得て今のフォーラムの発足となりました。「このフォーラムは相互信頼の場であり、今回は最も率直な議論ができ、大変心強く感じた」と評価し、中日は、文化を通じている隣国であり、「隣人は選べるが、隣国は引っ越せない」との表現で、中日の連携が更に深まり、互恵関係が一層、発展するよう願いました。
さらに、「これからの中日は、"好き"、"嫌い"の好みで変わるべきではなく、世界の安定のために責任を持っていかなければいけない」と程氏は語ります。6月のG20では習近平主席と安倍首相が会談し、新しいニーズに合わせた日中関係を構築してきました。両国の利益は重複しており、政治的合意が増え、実務レベルの協力も増加しています。対中直接投資、人的往来も増加し、両国に活力をもたらしています。程氏は、「特に、中国の高度発展経済は著しく、多くが貧困から脱出し、GDP成長率は6%を保持している。国策である一帯一路を推進し、維持可能な発展で、その恩恵をより多くの国民が受けられるように目指していく」と、今後の中国の展開を話します。
世界の変化が深刻になっている今、アジアの台頭を阻害することはできず、アジアは牽引力になっています。次世代の技術革命が勃発し、地域経済の一体化をリードする中ではアジアが大きなポテンシャルを担っているからこそ、協力強化し、成長を促し、保護主義に反対し、グローバルガバナンスを推し進めるべきなのです。「習近平主席の訪日が来春、実現できれば、中日発展にとって幅広い効果をもたらし、歴史的チャンスとなる」と、期待する程氏は、訪日に合わせた両国の良い雰囲気づくりに取り組むべきで、戦略的相互信頼を作り、戦えば互いの損になることを認識しよう、と日本側に呼びかけました。さらに「ハイレベルの意思疎通を確保するべきで、互いにパートナーで脅威ではないことを普遍的な認識にし、両国指導者は建設的な二国間関係を構築し、持続可能な安全感を作らなくてはいけない」と、未来を志向する程氏でした。
そして、「各方面でWin-Winの関係を作り、パートナーシップを強化して、共同発展の道を開拓しなくてはならない。特に、財政金融、ヘルスケア、高齢化対応などの多様な分野で、人為的な障害を防ぐ必要があり、予見可能なビジネス環境を整えるべきだ」と、程氏の提案は続きました。「一帯一路は日中にとってチャンスであり、二階幹事長は、一帯一路関連のフォーラムで数回訪中している。一帯一路は第3国市場でのWin-Win、トリプルウィンの達成の見込みがある」と期待を込める程氏でした。
第3国の発展に日中が協力して貢献していくことも重要に
続いて日本側からは、本フォーラムの副実行委員長で元日銀副総裁の山口廣秀・日興リサーチセンター理事長が登壇、全体会議と政治・外交、経済、メディアなど各分科会を通じて建設的な議論が活発に展開され、有意義な対話になったことが報告されました。その上で山口氏は、世界が経済的にも非常に厳しい状況に向かいつつあるといった認識に立って、「世界経済が直面する課題と日中の責任」と題して話し始めました。
まず、世界経済の現状と見通しについては、「長期にわたる拡大過程が終わり、全体として後退局面に入っている」と認識し、景気のピークは、米国と中国の貿易摩擦が深刻化する以前の2017年末ないし18年初めごろと言います。世界貿易は伸び悩み傾向で、世界の対外直接投資残高も減少、グローバルな製造業の動きを見ても、鉱工業生産の伸び率は、17年以降低下トレンドにあります。
日本も、製造業の企業マインドや消費者マインドが悪化し、輸出も低調を続けるなど景気の弱さが目に付くようになっています。中国についても、近年過剰設備や過剰債務の調整といった構造改革を進める下で、17年ごろから個人消費や住宅投資の伸び悩みがはっきりし、昨春以降は米中の貿易摩擦も加わって輸出が大きく減少し、景気は全体として減速を続けるようになっている、と判断する山口氏。各国の経済政策はやや場当たり的であり、中東や東アジアを中心とする地政学リスクが上昇してきていることも、世界の企業の投資行動などを強く抑制する要因のなっていると指摘。期待されたイノベーションの波も、世界経済を十分に活性化させるだけの力を発揮できていないように見え、先行き暗い状況の中で、山口氏は、「楽観的にはなれず、ますます慎重にならざるを得ない」と語りました。
ここで山口氏は4つの課題を指摘しました。①世界の潜在成長率をどう引き上げていくか、②所得格差の改善、③地球温暖化への対処、④グローバルに拡大している金融不均衡で、資産バブル膨張をどう円滑に解消するか、といった問題です。いずれも解決の難しい課題で、世界経済が今後、後退の度を強めていく中で、日中を初めとして、世界の人々の叡智の結集が必要となります。米国、欧州、日本の潜在成長率は、この30年、ほぼ一貫して低下トレンドにあり、中国についても低下してきているのは間違いない状況下で、いかに反転上昇させていくのか。
健全な経済成長を促していくという意味では、所得格差の拡大は望ましくなく、社会の安定という観点からも是正されるべき問題であり、金融不均衡の拡大、資産バブルの膨張にどう対処していくのか。世界の株式市場や住宅・商業用不動産市場などを見ると、バブル的な状況が進んでいて、遠くない将来、米国などで破裂する可能性は小さくない、と見ている山口氏。その場合、日中を含め世界経済への影響は甚大であり、迅速な対応措置を取れるよう体制を整えておくことが重要になると指摘します。こうした課題の解決なくして、フォーラムのメインテーマにある、「『世界の繁栄』は実現しないと言ってよい」とまで山口氏は断言。中国では、ハイテク関連企業の台頭に著しいものがあるものの、それだけでは中国全体の生産性の向上にはつながらず、山口氏は、これまでとは異なるタイプの新しい方策が必要になる、と語りました。
さらに、資産バブルの膨張と崩壊を経験した日本は、金融機関の体力が脆弱化していて、海外からのショックに対し、それを十分に吸収できない恐れがあると指摘。中国も過剰な設備、過剰な企業債務など、実体、金融両面でストックの行き過ぎが見られ、山口氏は、景気が減速する中で、どう対処していくのか、と懸念し、「世界の繁栄」ということで言えば、第3国の発展に日中が協力して貢献していくことも重要だ、と最後に付け加え、講演を締めくくりました。
政治などでのしがらみを超えて、科学技術では友好的に協力し合える
次の李平・科技日報社社長は、山口氏の決して明るくない話題とは対照的に、今の中国を象徴するような講演となりました。科学技術をイノベーションという視点から述べる李氏は、「今の世界は、ここ100年になかった変革を迎えている。グローバルな問題がエスカレートする中で、科学技術イノベーションの重要性から、より広い範囲でWin-Winの関係が議論すべき課題になっている」と力強く語りました。
「昨年8月、日中科学技術合同委員会で、科学技術協力の覚書に調印し、協力を推進することで合意。中国では、全体的な実力が向上し、GDPが1兆9700億元で世界2位、そこでの基礎的研究費は1000億円に達し、日本との格差が縮小されてきている」と指摘。そうした中で、「協力の深さは絶えず進化していて、全人類のイノベーションの資源を生かして、グローバルに融合し、イノベーションの共同体を作ることが大事だ」と李氏。「一帯一路などビッグプロジェクトに参加し、海外でも協力を展開して、123の地域と連携して論文を発表。その数は、1980年の230倍もあり、六大陸と131の国と地域で協力展開し、論文の影響力も高まっている」と強調します。
さらに李氏は、中国は改革開放以来、日本をお手本にし、科学技術協力は二国間協定の大事な一部だが、文化交流もある。桜サイエンスプランを通して訪日する人は1万人に達し、今年4月には、両国政府の共通認識に基づいて新しいルートも開かれており、減災防災に関しても良い議論をしてきた、と日中両国のこれまでの協力関係を説明しました。そして、「国境をまたいで交流するのに適した話題は、科学技術であり、政治などでのしがらみを超えて、科学技術では友好的に協力し合える」と、語る李氏は、「世界第二、第三の経済大国としての発展モデルを作り、重要な責任を共に背負い、新たな局面を共に作るなど、ユニークなシンクタンク型の科学イノベーションを、持続可能な発展を実現するために、共に努力していこう」と日中両国が歩調を合わせることの重要性を強調しました。
日中は対話と協力を続け、時代の変化のスピードに負けない、
新しい歴史を作りだす必要性がある
最後に登壇した元防衛相の中谷元・衆議院議員は、第1回のフォーラムから参加している"超ベテラン"有識者。「北京で開かれた第1回の時には、反日のデモや不買運動があり、駐中国・日本大使の車も囲まれるような時代だった」と当時を振り返ります。そして、東京開催だった2回目のフォーラムでは当時の安倍官房長官が、日中首脳会談を呼びかけ、氷を割る結果をもたらしとし、「東京-北京フォーラム」は、どのような時も日中双方の問題を解決するためのメッセージ発信という大きな意義をもたらしていた」と、フォーラムの存在価値を語り、講演に入りました。
中谷氏は、「米中冷戦の時代が生まれようとしているが、もし米中が衝突したら、日本の経済や安全保障は、利益を得ることができない」と述べ、アジアと米国、中国と米国の摩擦を解消するためにも、日中関係が正常な軌道に戻り、お互いが交流して良好な関係にならなければいけない、との期待を示しました。さらに、「冷戦の名残がある東アジアでは、依然として双方の対抗意識が残っている。そこから"勇気と信念"を持って脱却し、日本は、米国と中国とのバランスを取って、アジア安全保障の均衡をとっていく必要がある」と、日本の役割を説明しました。
そのために、中国はまず、ここ何年もの不透明な軍事力の近代化を公開し、周辺海域での活動の拡大・活発化の懸念を払拭して、国際的な行動規範の遵守や軍事力強化にかかる透明性の向上による信頼性の確保に努めなければいけない、と中国側に強く要望。中国の国防費は30年前、215億元だったのが、2019年は1兆2000億元と48倍にもなり、実際は公表額の1.23倍と言われていることから、昨年の国防費は、2兆335億元(25兆円)にも昇ると中国の現状を説明。こうした巨大な額は、日本の防衛費の5倍にもなり、「このままでは、完全に日米と中国対立の時代になってしまう」と、元防衛相らしく安全保障の面から、具体的な数字を列挙して懸念を示しました。
さらに、今年の天安門での軍事パレードでは、空母攻撃が可能な世界初の最大射程1450kmの対艦弾道ミサイルや、空中からインターネットを破壊する工作機も登場。中国の軍事戦略は、米軍の接近拒否と領域での活動阻止であり、経路は多様化し、沖縄―宮古島の海峡を艦艇や軍用機が通過、空母が西太平洋にも出られるようになったと説明しました。さらに中国は、グアム米軍基地を射程とする弾道・巡航ミサイルを約2000基配備する計画があるようだが、中谷氏によれば、これは中距離弾道ミサイルであり、米ロのINF条約(中距離核戦力全廃条約)に照らし合わせると、2000基のうち95%が条約違反のミサイルとなると指摘。「中国は南沙諸島の公海に、新型中距離対艦ミサイルを6発も発射し、中国の軍事戦略上の対米防衛線である第一列島線の東京からフィリピンまでとグアム、サイパンを含む第二列島線を基準に、米太平洋戦力を遮断することを構想している」と、中谷氏は説明しました。
こうした背景から中谷氏は、米中はINF条約に代わるミサイル削減、撤廃で協議することを決断すべき、と提案。更に、日中の防衛協力の鍵は、北朝鮮問題にあり、日中の安全保障の共通の利益は、朝鮮半島の安定であることから、米朝協議を成功させ、中国の政治・経済力と日本の技術力や民間活力を使って、米朝対話を促進させることに期待を示しました。日中米の安全防衛協力の共通の利益も、朝鮮半島の安定であり、それを実現させるためにも、安全保障組織を機構化、組織化するための対話が必要、と述べる中谷氏。「日中は対話と協力を続け、より具体的で確実な実行を果たしていかなければいけません。私たちは、時代の変化のスピードに負けない、新しい歴史を作らなければいけないのです」と語って、講演を締めました。
その後、前日の26日に行われた各分科会の日中代表者が報告を行いました。