第1セッションに引き続き、第2セッションでは「北東アジアの平和実現に日米はどう協力すべきか」をテーマに議論が行われました。なお、このセッションから小野田治氏(東芝インフラシステムズ株式会社顧問、元航空自衛隊教育集団司令官・空将)と、德地秀士氏(政策研究大学院大学客員教授・シニアフェロー、元防衛審議官)が議論に加わりました。
まず冒頭、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、現在の北東アジア地域について、一見すると均衡している状態であるとしつつ、その一方で北朝鮮や台湾を始めとするホットスポットが存在しており、偶発的な事態が起こりうるリスクを内包しているとの見方を示しました。しかし、こうした実質的な不安定状況にもかかわらず、多国間で対話をしたり、信頼醸成をするためのシステムがないこと、さらに、日韓をはじめとする二国間関係も不安定なものが多いことを工藤は指摘。だからこそ、議論のためのプラットフォームが必要であるとし、そのためにもまずはその中核となるべき日本と米国がこの地域の平和を脅かす課題について共に考えていく必要がある、とこのセッションの趣旨を説明しました。
今、追求していくべき6点のポイント
続いて、米国側からデビッド・シェア氏(元国防次官補)が、より広い視点として、インド太平洋の観点から問題提起を行いました。シェア氏は、この地域における不確実性を高める要因として、北朝鮮や台湾、東南シナ海について例示しましたが、同時に本来秩序の守護者であるべき米国も不確実性を高める要因となってしまっていることを指摘。今年秋に控える大統領選挙の動向は特に注視していく必要があると指摘しました。
その上でシェア氏は、国防次官補としての経験を踏まえつつ、中国と競争しつつ安定を図っていくために必要な事柄について6点提言しました。
まず1点目として、主権の相互尊重や自由貿易といった、ルールに基づくリベラルな国際秩序を支えてきた諸原則を今後も維持するための努力を続けていくことを提示。ただ、その際に留意すべきこととして、それは決して中国共産党の打倒を目指すようなものにはしないこと、とも付け加えました。
2点目としては、協力を通じて抑止力を確固たるものにしていくことを提示。抑止力はすべての協力を支える土台であるとその重要性について説きました。特に、宇宙やサイバーなど新たな安全保障領域が出現している中では、ますます協力なくしては抑止力の維持は困難であると語りました。
3点目としては、抑止力協力に関連するものとして、外交・防衛のネットワークを再構築し、強力なものとしていくことを提示。二国間、三カ国間、四カ国間といった様々な組み合わせで強化していくことが重要であるとするとともに、特に揺らぐ日米韓では再構築が急務であるとしました。
4点目としては、中国の技術移転をめぐる問題に対して実効的な対応をしていくことを挙げましたが、同時に5点目として、たとえ競争関係が強まろうとも、中国と協力すべきところは協力していくべき姿勢を忘れてはならないと指摘。とりわけ、環境問題やグローバル・ヘルスなどといった分野では十分に協力の余地があると語りました。
最後の6点目としては、日本に対する注文として、その防衛力の向上を求めました。
次にシェア氏は、個別のホットスポットについての問題点にも言及。まず、北朝鮮については核放棄の意志はないとの見方を示した上で、外交と軍事による抑止を組み合わせた対応が求められるとし、そこではやはり日米韓の連携が不可欠であると改めて説きました。
台湾については、蔡英文政権の継続により不安定性が増すことを懸念。米国はこれまで台湾政策では「二重の抑止」、すなわち中国の台湾に対する軍事介入を抑止すると同時に、台湾の中国からの過激な独立運動も抑止することを基本路線としてきたと振り返りつつ、台湾に過度に接近しすぎることないように従来路線を維持すべきと語りました。
尖閣諸島をめぐっては、中国公船の周辺海域への侵入増加を踏まえ、米国もきちんと関心を持って関与を続けるべきと主張。
南シナ海をめぐっても、関与継続を訴え、その方策としては、カンボジアなどが経済的な誘惑を断ち切れずに中国に取り込まれていることなどを踏まえ、一帯一路に対抗した取り組みの必要性を指摘。同時に、これまでトランプ大統領がAPEC首脳会議など、この地域に関連する重要イベントを欠席してきたことを踏まえ、米国のリーダーがきちんと会議に出席することで、米国のコミットメントを内外にアピールすることも重要であると主張。こうした関与の在り方は、これらのホットスポットすべてのリスク管理上必要であるとし、国際会議の機会を捉えて、政府高官や軍など様々なレベルで対話の機会を増やすことが大事だとし、それがやがてリスク管理に関するマルチの枠組みにもつながっていくとしました。
平和秩序が実現するその日まで、日米同盟は重要であり続ける
続いて、日本側からは宮本雄二氏が問題提起に登壇しました。宮本氏は、シェア氏の「米国も不確実性の要因」という発言に同意しつつ、そうした状況の中でもやはり日米協力を進めていかなければならないと切り出しつつ、日米安全保障条約のいわゆる極東条項について言及。その中で宮本氏は、かつての日米安保は「極東」に台湾が含まれるか否か、すなわち台湾情勢をめぐる問題であったが、しかし2012年に尖閣問題で日中対立がピークに達して以降は、日本自身の防衛の問題となったと分析するとともに、これを「日中関係に安全保障という柱が入った」と表現しました。続けて宮本氏は、軍事力を増大させるにもかかわらず、依然としてその全容の不透明性が高まる中国に対しては、やはり日米同盟がその強靭性を高めることで対応していくべきであり、それはアジア全体にとっても必要不可欠なことであると主張しました。
宮本氏はさらに、短期・中期両面からの課題についても提示。まず、短期の課題については台湾を挙げました。宮本氏はその中で、台湾問題に関しては蔡英文総統が独立論を強めることなどよりも、トランプ大統領が中国が受け入れられないような安全保障面での米台接近をすることが心配であるとし、仮にそうした接近があった場合、中国が軍事オプションを取ることは十分に考えられ、それが拡大すれば日本にとっても甚大な影響を及ぼすとしました。
次に中期的な課題としては、この地域における平和な秩序をいかにしてつくるか、ということを挙げ、そのためには中国とも議論して、共に目指すべき最終的なゴールをまず設定するようなアプローチをしていくべきと提言。その上で最後に宮本氏は、そうした平和秩序が実現するまでは日米同盟はきわめて重要であり続ける、と改めて米国側に語りかけました。
問題提起の後、ディスカッションに入りました。まず、米国側からリスクについての分析がなされました。
足元を見てくる北朝鮮への新たな対応が必要。しかしミサイル配備は慎重に
ダグラス・パール氏(カーネギー国際平和基金ディスティングイッシュド・フェロー)は、北朝鮮情勢について指摘。成功したかに思われた外交プロセスが止まりつつあり、金正恩委員長が大統領選に乗じてトランプ大統領の足元を見ながら脅しをかけてくることを懸念。新たな軍の展開も含めて様々なオプションを考えなければならないとしましたが、その一方で中距離ミサイルの配備に関しては、台湾問題で神経過敏になっている中国の過剰な反応を呼び起こしかねないとも語り、注意を促しました。
"トランプ流"に我々が追い付けていないこと自体もリスク
ラルフ・コッサ氏(パシフィック・フォーラム名誉所長)は、対照的に楽観的な見通しを示しましたが、中距離ミサイルの極東配備に関しては、地上配備型迎撃システム「終末高高度防衛(THAAD)」の韓国配備の際の中国の強い反発を振り返りつつ、パール氏と同様に注意を促しました。
コッサ氏は、リスク要因として指摘されているトランプ大統領への向き合い方についても言及。大統領がツイッターを活用して積極的に発信していく、という新しいスタイルについて政府高官も含めて誰も追い付けていないのではないか、としつつ、再選の可能性は排除できない以上、「我々も一刻もトランプ流のやり方に慣れなければならない」と語りました。
日本側のさらなる防衛力強化は不可欠
クライド・プレストウィッツ氏(米経済戦略研究所所長、元米商務省審議官)は、北朝鮮問題をリスク要因とした上で、そこでは日米韓の連携が不可欠との認識から、日韓の深刻な対立と米韓同盟の揺らぎを懸念要素としました。
台湾についても言及し、台湾は独自防衛が不可能である以上、日米の役割は必須であると指摘。しかし現状、米国の負担が大きくなっているとし、「安倍政権はよくやっている」としながらも、日本側にさらなる防衛力強化を求めました。
続いて、日本側パネリスト各氏が発言しました。
変容を続ける日米同盟に対処すべく、日本も努力を重ねてきた
まず、河野克俊氏(前統合幕僚長)は、プレストウィッツ氏の日本に対する要求を念頭に、米国が日本に対して「さらなる努力」を求めれば求めるほど、周辺諸国からは日米同盟に隙間風が吹いているのではないか、と勘繰られることになると注意を促しました。
次に河野氏は、日米同盟成立の沿革に触れながら、当初は戦勝国と敗戦国の同盟という非対称性をその本質としていたが、日本の国力増大に伴い徐々に性質が変容してきたと回顧。その中で河野氏は、日米安保条約の第5条(米国の日本同盟義務)と、第6条(日本の米国に対する基地提供義務)の両者は、当初はバランスが取れていたものの、それが崩れてきたとも指摘。とりわけ兵士の生命を失うというリスクがある米国側には不公平感が大きいのだろうと分析しつつ、一方の日本側としても何もやってこなかったわけではなく、防衛費増とともにオペレーション面での拡大を可能とした平和安全法制の整備など不断の努力は続けてきたと主張しました。
ルールベースの秩序維持のため、日米それぞれの課題克服を
德地氏はまず、日米同盟の非対称性について、理屈の上ではバランスが取れていたとしても、米国側から見れば感情的にはバランスが取れていなかったのではないか、と河野氏の見方に補足。
続いて德地氏は、平和や正義については国によって考え方が異なることを指摘した上で、日米が主張する「ルールベースの秩序」の考え方についての問題点を指摘。これは米国のシステムを基礎としているため、米国に対する信頼度が低下すると、それに伴って必然的にルールベースの秩序に対する信頼度も低下してしまうという連動性があると解説。したがって、それを防ぐためには米国自身がまず自国内でルールベース秩序を守り通すための努力をすべきと米国側に語りかけました。
一方、日本側の問題点としては、「ルールベース」と英語がそのまま使われて定訳がないことが示すように、実はこの考え方自体を日本社会の中で内在化できていないのではないか、と指摘。したがって、内在化への努力が必要であるとしました。同時に徳地氏は、このルールベースの観点から台湾についても言及。同じ民主主義国家である台湾との連携について考えなければならないことがあるとの認識を示しました。
台湾有事は日本有事
香田洋二氏(元自衛艦隊司令官)は、トランプ大統領の対中政策について、強硬な経済政策は評価できるとする一方で、同盟国の扱いについては強烈な不満を表明しました。特に、日本に対する防衛負担増については、非対称性の解消は必要としつつも、「東アジアには太平洋艦隊が2つあるようなものだ」との喩えによって海上自衛隊の存在感と貢献度の大きさを強調しました。
香田氏は次に、香港と台湾について言及。德地氏の発言を受けて、理念や原則を重視している日本が、香港と台湾に連帯を示さないことに対する苦言を呈しました。特に、台湾については、中国による侵攻が起きた場合、日本の南西諸島に対する影響も甚大であるため、台湾有事は日本有事でもあると指摘。「しかし、その時になってから考え方を決めても遅い。今から腹を固める必要がある」と警鐘を鳴らしました。
さらなる日米協力のためには技術協力が不可欠
小野田氏はまず、中国の行動は変えることができるとの認識を示した上で、日米が協力して中国にその軍事面での透明性を高めさせていくことこそが危機管理において最も重要であると主張。
一方、日本の防衛費に関する増額要求については、やむを得ないとしつつも、米国製装備の購入に関しては、その高額さについては負担が大きくなりすぎることに不満を示し、米国側の理解を求めました。同時に、技術面で見ても、現状では米国側だけが独占し、日本には流れてこないという問題があると指摘。同盟国である以上、技術レベルでのさらなる協力が必要不可欠と語りかけました。
こうした日本側パネリスト各氏の発言を受けて、シェア氏は防衛費負担については、不満はないとしつつ、やはり問題は最前線で日米がいかにして肩を並べていくか、であると主張。同時に、日本や豪州といった国々に対しては、ミドルパワーを発揮すべきとも語り、そのためには自らの足かせ、すなわち法的な制約を取り払っていくべきだと要望しました。
会場からの質疑応答を経て最後に工藤は、北東アジアの将来のためには、日米同盟は不可欠であるとした上で、今後同盟を深めていくための課題を再確認できたと今回の議論の収穫を強調。明日の「第1回アジア平和会議」でもさらに議論していくことへの意欲を示しつつ、白熱した議論を締めくくりました。