北東アジアにはどのような危機が迫っているのか
~「アジア平和会議」創設記念公開フォーラム セッション1

2020年1月22日

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 北東アジアでは初めての試みとなる「アジア平和会議」は日本と中国、米国、韓国の4カ国の17氏の有力者が出席して、1月21日午前に創設されました。

 それを記念して同日午後、会議に参加したメンバーが、北東アジアの平和に向けた作業を始めるにあたって2020年、北東アジアにどのようなリスクが高まっているのか、を公開で話し合いました。この議論は二つのテーマで行われ、前半の議論には4カ国から10氏が参加しました。


kudo.jpg 冒頭、アジア平和会議の議長を務めた言論NPOの工藤泰志は、日本の307人の有識者と24人の外交・安保専門家の評価をもとに発表した2020年版の「北東アジアの平和を脅かす10のリスク」を紹介し、「2020年に危機の表面化が予測されている課題はいくつもあり、それに対する取り組みは不十分にもかかわらず、この地域には持続的な平和を考える多国間の協議枠組みすらない」と語り、現在の危機管理に加えて将来の平和を目的とした初の多国間対話であるアジア平和会議の創設の意義を、改めて説明しました。

⇒ アジア平和会議創設公開フォーラム 工藤挨拶
⇒ 北東アジアの平和を脅かす10のリスク
⇒ アジア平和会議創設のコンセンサス


 その上で、工藤は「北東アジアで戦争を起こさないために何が必要なのか」と日米中韓4ヵ国の識者に問いました。


この地域には信頼醸成の仕組みはほとんどなく、偶発的な事故と意図的な軍事行動が、最も大きなリスク―日本

koda.jpg 日本の香田洋二・元自衛艦隊司令官は、「核を含む軍事力では、1位米国、2位中国、3位ロシア、7位日本、11位韓国、12位台湾で世界の軍事強国の多くが北東アジアに集まっており、しかも米中露は核保有国、北朝鮮もその核保有国になる可能性が高い」と、北東アジアが世界のどの地域とも異なり、核を含む軍事環境に囲まれた不安定な地域であると、その特徴を説明しました。

 しかも、この地域では、宇宙やサイバーなどの新領域が経済や軍事と密接にリンクしていながらも、関係国間のコミュニケーションや信頼醸成がほとんどできていない、との見方を示しました。

 その上で、この地域で想定される今後の戦争の可能性として二つのケースを挙げました。第一は、大国同士の意図しない衝突、例えば2001年の海南島上空での米電子偵察機と中国戦闘機との衝突が、その先例だとし、さらに第二に2010年の延坪島砲撃のような、北朝鮮による韓国への意図的な軍事行動が、今後も考えられると、香田氏は説明しました。


米国と中国のお互いの不信感と北朝鮮と台湾が大きなリスク、必要なのは多国間の信頼醸成の仕組み―米国

HIR_5454.jpg 米国のデビッド・シェア元国務次官補は、米国から見る北東アジアの三つの脅威を挙げました。

 第一は、リスクと不安定性が増す米中関係です。シェア氏は1月15日に結ばれた米中貿易協議の第1段階合意には「希望が持てる」としたものの、米中間に募る不信感が、地域の安定を揺るがしかねない、と警鐘を鳴らします。
この不信感は、米国人は中国を「米国の同盟関係を弱体化させ、重商主義的な手段で東アジアの経済覇権を握ろうとし、米国の経済・技術の発展を妨げている」と認識し、中国人は、「米国が自国を封じ込めようとしている」と信じているというものです。

 シェア氏は、この不信感の管理こそ、米中が取り組むべき喫緊の課題だとし、首脳間だけでなく外務省や国防省、軍同士などハイレベルでのコミュニケーションを多面的に構築することが必要だとしました。

 二点目の脅威は北朝鮮情勢です。シェア氏は、金正恩朝鮮労働党委員長が昨年「核・ミサイル実験の凍結には応じない」と述べるなど態度が強硬になっていることに言及。情勢安定化のために六者協議の再開、少なくとも北朝鮮を除いた五者の協議を設け、その中で各国が制裁の継続にコミットするべきだとしました。

 シェア氏は第三の脅威として、今月の総統選で蔡英文氏が勝利した台湾の情勢を挙げ、台湾指導部に対し、1972年の米中国交正常化時にも合意した「一つの中国」原則を遵守するよう要求。また、米国自身も中台関係を巡る強硬な言動を自制すべきだ、と述べました。

 最後にシェア氏は、日米中韓の4ヵ国では二国間の海軍・海上自衛隊同士の交流が多く進められていることに触れ、これを多国間の信頼醸成の仕組みに発展させていくことが有益だ、と語りました。


朝鮮半島と台湾、南シナ海、サイバーが4つのリスク、戦争の可能性は完全には排除できない―中国

z.jpg 中国の人民解放軍系シンクタンクである国際戦略研究基金会の張沱生・学術委員会主任は「北東アジアで戦争が起きる可能性は低いと思うが、完全に排除はできない」と発言。自身が考える北東アジアの四つのリスクとして朝鮮半島、台湾海峡、南シナ海、サイバーセキュリティ、を挙げ、これらのリスクは米中関係の悪化が背景にあるという認識を示しました。

 張沱生氏はまず、朝鮮半島で戦争を防ぐために重要なのは半島の非核化の実現であり、今の休戦体制を平和体制へ移行するべきだと主張。北東アジアの国々が多国間で米朝の非核化協議の進展を後押しすべきだと述べ、具体的には、中国とロシアが昨年12月、制裁緩和などとともに六者協議の再開を国連安保理に共同提案したことを紹介。日本を含む全ての当事国がこの提案を支えてほしい、と呼びかけました。

 次に、台湾海峡での戦争を防ぐための手段は「一つの中国の原則を守り、台湾独立に断固反対すること」だと強調。「台湾が中国から分離しようとした場合、2005年に制定された反国家分裂法の規定に則り、非平和的手段を取らざるを得ない」と、中国が台湾への軍事行動に出る可能性を排除しませんでした。

 その上で、米トランプ政権が「一つの中国」に関する措置をとっていると指摘し、「日米韓、そして国際社会全てが『一つの中国』原則を守ることが、紛争を回避する最大の手段」と語りかけました。

 続いて、海洋安全保障を巡り張沱生氏は、「全ての当事国が武力を使った紛争解決に反対しているので、紛争はないとは思っているが、有事に備えていく必要はある」と発言。中国がASEAN各国とともに、南シナ海の平和を維持するCOC(行動規範)の協議をしていると紹介し、東シナ海でも中国と日本、中国と韓国、さらに中国と米国のそれぞれ3国との間で、米露間のINCSEA(海上事故防止協定)などを参考にしたリスク管理の仕組みを強化する必要があると述べました。

 四つ目のサイバーセキュリティについても張沱生氏は、リスクの高まりに比べて国際的な対話の枠組みが不足しているとの見方を提示。二国間、あるいは多国間のサイバーセキュリティ協議を開始し、ルールの構築によりリスクを管理する必要があると述べ、「アジア平和会議」が今後、サイバーなど新領域へと議論を広げていくことを期待しました。


米朝の非核化交渉は中断し、衝突の可能性も否定できない局面、中国の半島周辺での軍事活動もリスク―韓国

HIR_5495.jpg 韓国で国家安保室第1次長を務めた李尙澈氏は、北東アジアの第一のリスクは北朝鮮の核開発だ、と発言。昨年2月のハノイでの米朝首脳会談以降、米朝間の非核化交渉が完全に中断し、南北間だけでなく米朝間の軍事衝突の可能性も否めない事態になっている、と懸念を示しました。そして、平和プロセスの修復に向け米朝交渉を再開するため、全ての周辺国が努力する必要があると述べました。

 次に、李尙澈氏は、二つ目のリスクとして、「中国海軍・空軍の朝鮮半島周辺での軍事活動」という韓国独自の視点を提示します。「中国海軍の黄海での活動は朝鮮半島近海まで拡大し、また中国空軍の偵察機は韓国の防空識別圏にまで侵入している。韓国にとってこれらは大変脅威だ」と述べ、直接対話できるコミュニケーションチャネルを、中国と韓国の艦艇や航空機の間で持つべきだと提案しました。


 日米中韓それぞれ1人ずつの発言を受け、司会の工藤は「4人が考える北東アジアのリスクに共通するのは、中国の台頭を軸に大国間がせめぎ合う状況だ」と総括。「コミュニケーションチャネルの欠如によって起こりうる偶発的な事故と、ホットスポットにおける意図的な軍事行動の管理をどう進めればいいのか」とパネリストらに問いかけました。


北東アジアのリスクの背景にある
「戦略目標の不一致」と「国内のナショナリズム」

takahara.jpg 東京大学公共政策大学院院長の高原明生氏は、北東アジアの様々なリスクについて、「目の前で起きている現象よりも、もう一段深いレベルでの要因がある」と語ります。

 高原氏はその第一として、日米韓と中露という二つの陣営の戦略目標が一致していないことを提示。不一致そのものは冷戦終結直後からあるが、中国の台頭を受けてそれが大きな問題になってきた、と語り、「これをどうやって管理するかは非常に難しい」という認識を示しました。

 第二に、対外関係に連動する各国国内のナショナリズムを挙げた高原氏は、「人間は、必ずしも理性によって行動できるとは限らない生き物だ。コミュニケーションを情緒的に拒否してしまう、あるいは正しい情報に基づいた判断ができない、といった状況が生じることがある」とし、国民の意識がこの地域の危機の背景にあると、指摘しました。


米中攻防が今後の注目であり、年内にも予想される北朝鮮の挑発にどう対処するか

HIR_5551.jpg 日本の前統合幕僚長の河野克俊氏は、まず偶発事故防止について、尖閣諸島の国有化以降、ストップしていた日中の防衛当局の交流が、昨年の海空連絡メカニズムの運用開始など動き出していることを評価。日中の船舶が接近する東シナ海で、現場でのコミュニケーション、年1回の局長級・課長級の定期会合の枠組みができたのは大きな進歩だとしました。

 次に、河野氏は、日本の有識者が最も懸念するホットスポットである北朝鮮についても言及。「国際社会は、かつて北朝鮮の核開発凍結の意思を信じて最初に見返りを与えたが、結局だまされた。その経験から、近年は、非核化を実行しなければ見返りを与えない、というスタンスで臨んでいたが、ここにきて北朝鮮が初めから見返りを要求するという攻守逆転の構図が見られる」と分析。その背景として、「北朝鮮はトランプ氏の言動に軍事的なプレッシャーを感じて首脳会談に応じたが、対話を重ねるうちに、トランプ氏は武力行使に出る可能性の低い損得重視型のリーダーだ、と見抜いたのではないか」と語ります。

 ただ、昨年末にトランプ大統領が北朝鮮への軍事力行使をほのめかす発言をしたことや、イランのソレイマニ司令官殺害などと合わせ、北朝鮮は米国の本気度を測り直している、と述べ、こうした米朝の攻防こそが、今後注目すべき状況だという見方を示しました。


HIR_5586.jpg 韓国のアサン研究所で副所長を務める崔剛氏は、今年「2~4月」と「10月」に北朝鮮の挑発行動がとられる可能性があると予測。米国が制裁を続けるなら「新たな道を歩む」と宣言した北朝鮮が、2~4月の米韓軍事演習を自らの体制に対する脅威だとして挑発の名分にする可能性があり、また、選挙を控えたトランプ大統領が外交上の成果を欲する10月に挑発を行うことで、米朝交渉を優位に進めようとする可能性があると、語りました。

 また同氏は、挑発の内容が米国に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射である可能性は低いとしつつ、「考えられるのは短距離ミサイルなどの別の手段であり、それは韓国や日本にとって致命的な脅威だ」と警告しました。
 

HIR_5603.jpg 中国社会科学院学部委員の張蘊嶺氏は、北朝鮮について、「核問題は確かに脅威だが、それ自体を解決すれば済むという単純な問題ではなく、北朝鮮が核を放棄する包括的な環境をつくり出さなければいけない」という見方を提示。また、崔剛氏とは逆に、選挙を控えたトランプ氏が北朝鮮に強硬なメッセージを送ることで危機が高まる可能性を指摘。張沱生氏と同様、中国やロシアがイニシアチブを取り、国連などの場において多国間で状況打開の道を探ることも一案だ、と述べました。


HIR_4429.jpg 米国のパシフィック・フォーラム名誉理事長のラルフ・コッサ氏は、過去の安保理決議では、北朝鮮の核およびミサイル実験を容認しない意思が全会一致で示されていることに触れ、この点が北朝鮮を巡る日米中韓の連携の切り口になる、と語ります。コッサ氏は、4ヵ国が連携して核やミサイルの実験に反対する統一したメッセージを送り、それらを続けた場合、北朝鮮にどのような帰結をもたらすか伝えていくべきだ、と訴えました。

 一方コッサ氏は、北朝鮮が持つ米政権への「根本的な誤解」を指摘。「北朝鮮は、米国を挑発すればトランプ氏は選挙を意識して米朝のディール(取引)をまとめようとするのでは、と思っているが、実際には、北朝鮮がミサイルを発射した際も米株価には大きな影響もなく、また、北朝鮮とのディールは支持層である共和党右派から批判を受ける可能性がある」という見方を提示。北朝鮮の挑発はかえってトランプ政権を対北交渉から遠ざけるのではないか、と語りました。


日韓の国民にも求められるには、挑発に冷静に向かい合う「覚悟」

 北朝鮮について、工藤から危機抑止のアイデアを求められた香田氏はまず、河野氏と同様、「過去に何度か核凍結のチャンスはあったが、北朝鮮に見返りの『食い逃げ』を許し、現在、北朝鮮はほぼ実戦配備可能と思われる核とミサイルを開発してしまった」と経緯を語ります。そして、「北朝鮮問題にはおそらく特効薬はない」と断じ、交渉で解決しようとすれば問題は長期化する、という認識を提示。その間には北朝鮮の様々な挑発が予想されるとした上で、「挑発の矢面に立つ韓国、そして日本の国民に求められるのは、挑発にどれだけ冷静に、忍耐強く向き合えるかという覚悟だ」と訴えました。

 ここで工藤が、トランプ大統領は本気で北朝鮮の核保有を許さないと考えているのかと質問、シェア氏は、「トランプ氏の非核化への意思を信じている」と回答。日米韓のイニシアチブで五者会談を実施し、中国の習近平に対しても、日米韓が結束して北朝鮮への働きかけを促すことを提案しました。

 その日米韓連携について工藤は、「韓国政府の一部には、北朝鮮への姿勢について日米とは異なる考えが出ているのでは」と韓国側の対応を問います。李尙澈氏は、北朝鮮の挑発に対する韓国の備えはなお非常に強力な体制であるとした上で、「北朝鮮は、世界最強の軍事力を持つ米国に対して自国が直接の脅威になることを示すためにも、核やミサイルという戦略面での挑発をする可能性がある」と分析。その解決策について、「圧力一辺倒」も「対話一辺倒」も過去に失敗してきた、と同氏は指摘し、「圧力と対話をうまく調和させながら、核を放棄した場合にも体制が保証されるというインセンティブを日米韓などが協調して示し、米朝交渉への復帰に導くことが必要だ」と語りました。


北朝鮮の非核化では米中は協力できる

 張沱生氏は、中国の対北朝鮮政策の今後について、「中国は今なお米朝対話を支援している」と発言。2018年以降、「米中の摩擦により、北朝鮮に米中の間で動く外交的空間を与えてしまっているが、それでも中国は米朝対話を支持する」と語り、具体的には、シンガポールでの第1回米朝首脳会談の際には航空機を、ハノイでの第2回会談時には列車を、金正恩氏に提供したエピソードを紹介。このように中国が米朝対話を望む理由について、「北朝鮮の核保有はNPT(核拡散防止条約)体制を揺るがし、中国にとっても脅威。具体的には、北朝鮮の脅威に対して日本や韓国から米国との核共有の議論が出てくれば、中国にとっても危険」と語り、米中が協力して北朝鮮の非核化を進める必要性を強調しました。

 高原氏も、「北朝鮮の非核化では米中の利益は一致しており、六者協議、五者協議を望む声は米中両国から出始めている」と指摘。「それに協力することは日本にとっても課題だ」と語りました。


米中関係全般が悪化するからこそ、軍関係を米中関係の安定装置に

 最後に工藤は、「米中の二国間には、艦艇や航空機の間の偶発的な事故を減少させるために合意した行動規則などの危機管理の仕組みがあるが、それは米中対立が深刻化する現在もこの北東アジアで本当に機能しているのか」と質問しました。

 シェア氏は、「米中間の戦略的な信頼が衰えている中でも、多様な接点は担保されている」と回答。国防省間の直通電話や、MMCAに基づく両国の海空軍幹部による協議、さらに、軍事演習などの相互通報や、海空軍の衝突回避のための行動ルールを2014年、2015年に合意したMOU(了解覚書)、そして2014年に米中を含む21ヵ国でCUES(海上衝突回避規範)を合意した西太平洋海軍シンポジウムなど、米中の様々な危機管理や意見交換の仕組みを列挙します。シェア氏は、こうしたチャネルは米中関係が悪化する中でも維持されている、と述べ、日本を含む他国のリスク対策の参考にしてほしい、と語りました。

 張沱生氏も、「米中間では、中日、中韓と比べてもより多くのホットラインがある」と語り、加えて、米中間では2004年から、民間有識者間によるトラック2の危機管理対話が動いていることも紹介。全般的な米中関係が悪化する中で軍関係も悪化すれば不測の事態につながりかねない、との見解を示し、「軍と軍との関係を米中間の安定要素にしたい」と述べました。

 最後に司会の工藤は、「様々な問題を抱えた北東アジアで、偶発的な事故が戦争になることを予防し、さらに防止するため、既存のいろいろな仕組みをレビューしながら適切な危機管理や事故防止の手段を提案していきたい」と抱負を語った上で、「そのための具体的な話ができた」と振り返り、第1セッションを締めくくりました。