2019年6月14日(金)
出演者:
西野純也(慶應義塾大学法学部政治学科教授)
奥薗秀樹(静岡県立大学国際関係学研究科准教授)
安倍誠(ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター・東アジア研究グループ長)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
言論NPOは、先日発表した「第7回日韓共同世論調査」の結果を受けて14日、「今後の日韓関係をどう考えればいいのか」を議論する公開フォーラムを行いました。日韓関係に詳しい識者として、慶応義塾大学法学部政治学科の西野純也教授、静岡県立大学国際関係学研究科の奥薗秀樹准教授とジェトロ・アジア経済研究所地域研究センターの安倍誠・東アジア研究グループ長の3氏をお招きしました。
今回の世論調査の結果によると、日韓両国民は、今の状況を反映して、日韓関係についてかなりマイナスの評価をする人が増えています。日本側で、日韓関係を「悪い」と見る人が、昨年に比べ20ポイント以上(40.6%→63.5%)増え、その中のほとんどが「非常に悪い」という見方でした。日韓関係の将来に対しても、最も多い33.8%が「悪くなっていく」という答えでした。韓国側も同じように、日韓関係の現状に対する評価は悪い(66.1%)のですが、ただ、相手国に対する印象に関しては、旅行など様々な市民の交流や、主に若年層が使っている携帯アプリなど、生活感覚をベースにした情報源が印象悪化のクッション役になっています(「良くない印象」が日本側で46.3→49.9%と増加したのに対して、韓国側は50.6%→49.9%に減少)。工藤は、こうした点から、「日韓関係の先行きはかなり厳しいような印象を受けた」とした上で、3氏にこうした現状をどう評価するのか問いました。
韓国への日本世論の厳しい見方をどう見るか
西野氏は、「とりわけ日本側の世論が、現状に対する認識と将来に対する展望について深刻かつ悲観的にとらえているというのが、よく表れた結果だったと思う。それは、日本の世論が、日韓の政治・外交関係に焦点を当てて見ているというのが、極めて大きい。他方、韓国側の世論は、日本に対して良い印象を持っている人の割合が今回、非常に高かった(31.7%)ことからも明らかなように、政治・外交関係よりは、文化・人的交流の側面をよく見ている。それが、日韓の人的交流1000万人、特に韓国側から日本への訪問者が年間750万人という数字になって表れているのだと思う。
日本はとりわけ、いわゆる歴史の問題について、現状認識が非常に厳しいが、韓国側は、そういった歴史問題、特に徴用工の判決の問題をきちんと見ることができず、そういった問題がどういう性質で、日韓関係にどのようなインパクトを与えているのかについては、必ずしもきちんと認識できていない。その代わりに、日韓の文化交流とかそういった側面に対する関心が前面に出る形で、良い印象を持っているという結果になって表れているのかなと感じる」と調査結果の印象を話しました。
日韓関係の構造的危機?
一方、「今の日韓関係は、これまでとちょっと違う危機に瀕している側面がある」との視点を語るのは奥薗氏でした。「例えば、特定の政治家が暴言を吐いたとか、あるいは教科書の問題とか、靖国神社参拝とか、そういった特定のイシューで両国関係がギクシャクしている、というようなことではなく、1965年の日韓国交正常化の時の大きな枠組みそのものが問われるような、構造的な問題になっているところが非常に深刻だ。ただ、今回の調査結果を見ると、例えば、相手国に対する印象が、日本は"良い"が2013年の調査開始以来、過去最低(20.0%)ですが、韓国は"良くない"印象が過去最低(49.9%)で、"良い"が過去最高(31.7%)になっている。あるいは、日韓関係の重要性でも、日本は"重要だ"が過去最低(50.9%)で、"重要でない"が過去最高(21.3%)になっている。ただ、韓国は"重要だ"が8割を超えている。今後の日韓関係についても、日本も非常に悲観的なのですが、韓国でも"悪くなる"が増えている(13.5%→18.7%)一方、"良くなる"も2割以上を維持していて、日本に比べると非常に楽観的だという印象がすごくある。
そのように見た時に、日韓関係が非常に大きな危機を迎えているという危機感のようなものを、日本側はすごく深刻に受け止めているが、韓国側は必ずしも、本当に危機に瀕しているのだという危機意識を共有できていないのかな、という印象を受けて、逆に、そのことが問題だ、と感じた」と分析しました。
安倍氏は、西野氏と奥薗氏の見方に同意しつつ、「韓国の方は、日本に対する比較的良いイメージが非常に強くなってきていることは事実で、これに日本とのギャップがある。ただ、日本に対する感情が良くなっている一方で、やはり歴史問題等に関しては"重要である"というところも示されている。従って、一旦、韓国側で歴史問題に火がついた場合、いいイメージも一気に反転する可能性もあるのではないか。その意味で、日本側のイメージがうまく伝えられていないということと、韓国側の雰囲気も、決して全ての問題を踏まえた上でのものではないということで楽観はできない」との認識を示しました。
政治・外交問題と切り離されて進んでいく、若者文化交流だが
3氏の評価を聞いて工藤は、質問しました。「韓国では、若者をはじめとした文化交流が、日本に対する感情悪化のクッション役になっているが、これはどのようにとらえればいいのか。奥薗さんが言われたような政治・外交の本質的な課題というものと、一般世論との関係をどうとらえればいいのか」。
西野氏は話します。「日韓の間での様々な世論調査を見ると、共通している傾向は、やはり日韓とも20代で、相手国に対する親近感を感じる割合が非常に高くて、高齢層になるほど減少していく。従って、世代がどんどん交代していけば日韓の未来は明るいのではないか、という意見がよく出るが、別のデータを見ると、必ずしもそうはなっていない。とりわけ韓国の世論に、歴史の問題について"日本は更に謝るべきか"という設問をすると、若年層でも非常に高い割合で"日本はさらに謝罪すべきだ"という回答が出る。つまり、文化的な観点から日常的に接する日本に対しては親しみを感じるけれども、歴史問題は歴史問題として、日本にもっと歴史を直視するように求める、というのが基本的な韓国の世論だ。こういった二つの考え方が、実はあまり交わっていない。
我々が考えなければいけない問題は、日韓の若者世代で、友好的な感覚で見ている両国に対するイメージを、いかに政治・外交的な摩擦の部分に良い影響を与える形で接点をつくっていくか、ということではないか。それから、日本は政治・外交問題に過度にフォーカスしていて、裾野の部分が十分に見えていない、あるいは報じられていない。韓国の世論やメディアを見ると、日韓の政治・外交問題がいかに深刻な状況なのかということについては、奥薗先生がおっしゃったように十分に認識をしていない、あるいは楽観的に見ている。この認識のギャップを緩めていく、これが今回の対話の一つの重要なポイントになるのではないか」と西野氏は指摘しました。
若者層の交流が進んでいるから大丈夫だ、という方向に議論が向かうことに懸念を示すのは奥薗氏でした。「『日韓はどこが史上最悪なのか、日韓関係は大丈夫だ』というような、本当にお先真っ暗の中で何か光を求めたい、という意識が働くのかもしれませんが、政治・外交の極度に悪化した両国関係を『放置していてもいいのだ』といったような方向に議論が行ってしまうのは非常に良くない」と言います。
「この調査結果は、民間次元では両国関係が成熟していることの証であり、非常に望ましいことだとは思うが、そうでありながらも、歴史が絡む形で、両国の間の軋轢とか摩擦、葛藤というのはなくならないと考えるべきで、その意味では悲観的だ。だとすると、そういう軋轢が起きても、若者を中心とした人的・文化的交流が影響を受けないような、地道な交流はずっと続けていきながらも、政治・外交における危機管理のようなものを同時にやっていく必要がある」と、政治、文化両面からのアプローチの重要性を述べる奥薗氏でした。
経済面から日韓関係を立て直そうという動きはないのか
工藤の問題提起は続きます。「日韓の経済協力が自国の将来にとって必要か」と問うと、韓国では8割を超える人が"必要だ"というが、日本はそれが4割にとどまっている。韓国側は経済が大事でも、日本側は、日韓関係で経済の重要性を強調する人がいない。今回の徴用工問題では"報復しろ"とか"断交しろ"という議論まで出てくる。この問題は今、どのような状況になってきているのか」と。
日韓関係を経済面から研究している安倍氏が答えました。「日本で、韓国に対する経済協力の重要性を認識している割合があまり高くないというのは、上から目線で韓国を見ているところもあるのでは。もともと日本にとって、経済協力は韓国に対して『してあげるもの』であって、自分たちがしてもらうものではない、というところがある。更には、経済規模は日本の方がはるかに大きいではないか、だから韓国は取るに足らない存在である、という認識が特に日本の古い世代を中心にまだ強いのかな、という印象があるだろう。実際は、韓国は経済規模からいってもGDPが日本の3分の1くらいあるし、以前に比べるとはるかに大きい存在だ。日本の輸出先も、6~7%くらいのシェアを占め、大きいお得意さんでもあって、その辺の認識が、日本側はなかなか出てきていないのかと感じる」。
「韓国側も、最近の経済状況があまり良くない中で、『経済協力』という質問をされると、様々な形で協力を受けた方がいいな、という発想が働くというところもあると思うし、今、韓国が日本を求めるというのは、若干、今の政権に対する批判も込めて、マスコミの中でも、日本との関係が悪いことに対する保守系からの批判が強まっている。今日の新聞でも、『徴用工判決以降、日本との経済関係はこんなに悪くなっている。まずいのではないか』というのがかなり出ているので、それに対する反応というか、保守層の共感を反映しているのかもしれない」と言う安倍氏でした。
次に工藤は、最近の問題を取り上げました。「日韓関係が良くないのは、徴用工の判決とかレーダー照射などに対して、今の文在寅政権は適切に対応していない、ということを理由に挙げる人が多い。これを韓国の人に聞いても、同じように、『文在寅政権の日本への対応を評価しない』という人が一番多い(35.4%)。これは韓国の問題なのか、日韓のお互いの問題なのか」と。
徴用工問題に関与しない姿勢を、現時点では決め込んでいる文政権
西野氏は解説します。「日本側は、韓国側がしかるべき措置を取るべきであり、特に徴用工の判決については、2005年に韓国政府が示した立場に基づいて、もし補償が十分でないところがあるならば韓国政府が責任を持って取り組みをすべきである、というのが日本側の認識。しかし、文在寅政権は、朴槿恵前政権が慰安婦合意を、国民世論やいわゆる被害者の方々の意見を無視する形で結んだ、ということを反面教師にしている。従って、徴用工の問題についても、訴えた原告の方々の声であるとか、国民世論というものを無視して、政府が何らかの措置を取ることは望ましくない、と考える。しかも、政府が何らかの形で介入をするということが、後々の日韓関係にはむしろマイナスである。だから、むしろ何もしない方がいいのである、というような文在寅政権の認識がある。そういう認識に対して、韓国の中では、保守系の人たちとか、日韓関係について知見のある方々は、『それはあまりにも無責任なのではないか』という声がかなり強くなっている」。
「昨年10月30日に判決が出た直後には、韓国政府が昨年末までには何らかの立場なり措置を取る、という方針だったのが、いろいろ検討した結果、良い措置は考えつかない。しかも、何らかの措置を取ると、せっかく長年苦労して裁判を戦ってきて、やっと報われる判決が出た被害者の方々の意に沿わない方向で、政治的な妥結なり決着をつけるということになりかねない。これは良くない、被害者に寄り添う形ではない、というのが文在寅政権の考えです」と西野氏は言うのでした。
しかし、その場合、今後の日韓関係はどうなるのでしょうか。
「文政権の考えは比較的一貫していて、被害者に寄り添う形で、被害者が望む形での解決というのは、日本企業が被害者の方々に支払いをすべきである、ということ。このまま時が流れていけば、差し押さえをされた日本企業の資産が現金化される、それが渡される、ということで、文政権からすれば、それでいいのではないか、ということになりかねない。ただ、日本からすると、後続の訴訟がどんどん起きて、収拾がつかなくなる可能性がある。韓国政府も当然、それを心配していると思うが、今のところそれに代わる被害者の方々も納得する形での有効な枠組みを考えるには至っていない、という状況だと思う」と、西野氏にも明るい展望は描けないようでした。
韓国側の政策転換は、米国の仲裁に期待するしかないが、トランプ政権にそれを望めるか
今回の世論調査では、「今の状況を改善する努力をすべきだ」という声が韓国で70.8%もありました。日本は40.2%ですが、両国民は「何かおかしい」と思っているわけです。しかし、今の状況で、政権として改善の努力をあまりしない、ということになると、どういう状況になるのでしょう。もし、日本政府が報復するなどという形になれば、かなり厳しい状況になるのでは。
「悲観的にならざるを得ない」と言うのは奥薗氏でした。「韓国は今、北朝鮮の問題と来年4月の総選挙まで1年を切り、政治的な駆け引きが本格化している。今まで経済政策が非常にうまくいかない中で、文政権の支持率を支えてきたのは、北朝鮮との融和がうまくいったということだ。それが、ハノイでの米朝首脳会談が物別れに終わったことで、文政権は南北だけに集中して一生懸命やっているうちに、気がついたらアメリカからは不信の目で見られ、日本との関係はズタズタになり、中国との関係も回復とは程遠い。北のことばかりやっていたら孤立してしまったではないか、という外交面での批判が、文政権を攻撃する野党、保守系の勢力からすると、一番大きな問題で、対日政策において、韓国側でも『評価しない』(35.4%)が『評価する』(21.5%)を上回っている」。
文政権に、対日政策を見直す動きはないのでしょうか。
奥薗氏は続けました。「朴前政権も一時期、日本に対して非常に強硬だった。日本に対して非常に強硬に出ている政策が、結果として韓国から見た時の対米関係を害する、米韓関係が揺らぎ出す、という悪影響を及ぼすようになった時に、『米韓関係が揺らいではいけない、揺らぐことがないようにするためには、対日政策を改めなければいけない』という力学が働く側面はある。今、日本と韓国は国交正常化して50年以上が経っているが、アメリカが今の日韓関係を非常に問題視して、仲裁という形で、アメリカが何らかの影響力を行使してくれるということを、一つ期待せざるを得ないようなところまで、日韓関係は来ている。オバマ大統領の時代、オランダ・ハーグでの日米韓首脳会談で、安倍首相と朴前大統領をほぼ無理やり会わせるようなことをやりましたが、問題は、果たして今のトランプ政権でそのような仲裁を望めるのかどうかは分からない」と米日韓同盟関係のあり様を語りました。
「制裁合戦」になれば、日韓の経済にも影響が
しかし、もし徴用工問題で日本企業の資産が売られ、日本政府がそれに対抗すれば、日韓の経済関係は先行きどうなるのでしょう。
安倍氏がこれに答えました。「実際に差し押さえ、現金化等が行われ、それに対して日本が制裁をした場合、制裁の度合いと、それに対して韓国がどう出るかにもよるが、『制裁合戦』のようなことになった場合、実際の影響は色々な形の波及効果を及ぼす。貿易を止めるとか阻害させるということになれば、例えば日本の場合、間接的に別の日本企業に影響が及ぶとか、韓国国内の日系企業に影響が及ぶとか、第三国の日系企業に影響が及ぶとか、様々な形で影響が出てくる。韓国側が制裁をした場合にも、当然、同じようなことが起こる」。安倍氏はこう話しましたが、それだけ相互依存が強い日韓経済関係なのです。
最後に、工藤は日韓両国が関係を改善するためには何をすべきなのか、各氏に問いかけました。
日韓関係の構造が変わる中、新たな共通利益を探し出すべき
奥薗氏は、現在の日韓関係はこれまでの日本優位の"垂直関係"から対等の"水平関係"に移行する過渡期の最中にあるとした上で、こうしためまぐるしい変化の中では日韓関係の重要性も従来と同様の視点では捉えにくくなっていると指摘。そこで近視眼的ではなく、中長期的かつ戦略的な視点で日韓共通の利益を見出していくことが必要になるとしつつ、対米・対中関係のような一国だけでは対処できない課題や、少子高齢化のような将来的な共通課題では日韓協力を進めやすいため、そうした取り組みを通じて互いの重要性を再認識していくべきと語りました。
安倍氏は、経済面でも日韓は"水平関係"に移行し、WIN-WIN関係ではなく、競合分野も増えてきたと解説。他方で、ビジネスモデルの共通性など、"立ち位置"では共通する部分も多いため、経済環境の整備においては協力の余地は大きいと指摘。すでに日韓企業が連携していることは日常的になっているとも紹介しつつ、こうした協力をさらに深めながら共通利益を拡大していくべきだと述べました。
西野氏は、徴用工訴訟判決が出てきた背景として、韓国社会が"進歩的"になっていることがあるとし、歴史認識問題ではこうした流れは今後も続き、したがって日韓間のギャップも続くとの見方を示しました。
一方で西野氏は、北朝鮮や中国との距離感については、政権レベルでは乖離が大きいものの、世論レベルでは実はそれほど差はないと「日韓共同世論調査」などを基に分析。ここに協力の基盤を形成する余地はあるとの見方を示しました。
西野氏はさらに、サンフランシスコ体制下の日本にとっては常に朝鮮半島は重要な意味を持ってきたと戦後これまでの北東アジア外交史を概観しつつ、米韓同盟の変容について言及。この事態は日本にも大きな影響を及ぼすために、「この4~5年の流れは日本の将来にとっても重要になる。ここで韓国と完全に離別してしまうことは日本にとっても危険だ」と警鐘を鳴らし、そうした戦略的な視点を意識しながら日韓関係の再構築に努めていくべきだと語りました。
議論を受けて最後に工藤は、「日韓共通の利益とは何か、考えなければならない時期に来ている」とした上で、22日開催の「第7回日韓未来対話」ではこの共通利益を見出すために本気の議論に取り組んでいくと意気込みを語り、白熱した議論を締めくくりました。
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