工藤:今日の言論スタジオは、日中の共同世論調査について議論したいと思います。私たちにとって14回目となるこの世論調査は、10月11日に公表されました。今、中国との間で14年間継続的に行われている世論調査は、世界にこれしかありません。ということで、この非常に重要な資料をどう読むかということで、今日は専門家の方4人に、この世論調査の中身を分析していただきます。まず私の隣が、東京大学公共政策大学院院長の高原明生さんです。次に、東京大学東洋文化研究所教授の園田茂人さん。続いて、慶應義塾大学総合政策学部教授の加茂具樹さんで、最後に、毎日新聞専門編集委員の坂東賢治さんです。
この調査は、今、集計したばかりで、きちんとした分析は非常に難しいと思いますが、まず結果を一目見て、皆さんはどんな印象を持ったかをまずお聞きし、その上で中身に入っていきたいと思います。高原さんからどうでしょうか。
日中両国民の相手国への印象に表れた非対称性の要因は
高原:多分、皆さん感じられたことだと思いますが、第一点目としては、中国側の対日イメージが、また大幅に改善されたということです。もう一つは、日本との経済協力に対する期待も、だいぶ拡大した。そういう印象です。
園田:同じなのですが、結局、日本側は比較的変化がゆっくりなのに、中国側の変化が急だ、ということを、興味深く見ています。
坂東:そういう非対称性というものを感じるのですが、去年と今年の一つの違いは、中国共産党大会が終わって「習近平さんに権力が集中する」というふうな報道が、日本では中心だった。その後、米中の貿易摩擦があった。その間に、日本人の中国に対する認識はあまり改善していないな、と感じました。
加茂:皆さんがおっしゃったことにプラスして言うとすれば、「日中関係は重要だと思うか」という点については変わらず、日本も中国も約70%を維持している。この点は確認しておくべきところかと思います。
工藤:今、坂東さんも若干触れたのですが、この世論調査がどういう時期に行われたかということです。一つは、今年は日中平和友好条約40周年ということで、日本と中国の政府間が新しい協力関係に向けて動き始めている。10月中旬には安倍さん自身が北京に行くという状況があって、その1週間前に私たちは「東京-北京フォーラム」というかなり大きな対話を準備しています。
もう一つは、米中の貿易戦争が深刻化してきて、世界の大きな秩序を巡って米中の争いが見えてきている。その中で、中国は自由貿易体制を守る側に立とうとしている。そういう中での日中協力が、その意味でも大きな焦点になってきている。
また、北朝鮮の非核化という問題が動いてきている。場合によっては、この問題が朝鮮半島自体の平和プロセスに連動するということになると、まさにアジアや世界の歴史的な局面の中で、日中関係というものが問われている。こういう中で行われた調査だということだと思います。
まず、皆さんがおっしゃった、中国人の対日印象がかなり改善しているということについて、議論したいと思います。日本に対する印象を過去14年間で見てみたのですが、驚いたのは、日本に対するプラスの印象が42.2%に上ったことです。今までの世論調査で、日本へのプラスの印象が4割を超えたのは初めてなのです。そして、日本に対するマイナスの印象も前年の66.8%から56.1%に下がり、好悪の差が縮まっている。このペースが単純に続けば、来年は、日本に対する良い印象の方が上回ってしまうということになります。そういうことはこの14年間ほとんどなかったので、それをどう考えればいいのか。
一方で、日本人の中国に対する印象はほとんど変わっていません。依然、86.3%が中国に対して良くない印象を持っている。ただ、日中関係については皆さん「改善している」と思っていますから、この非対称性が目立っています。この辺りを皆さんに議論していただきたいのですが、高原さんからどうでしょうか。
対日印象の改善に見る中国の変化とは
高原:相手国をどのように認識するか、ということですが、だいたい三つくらいの要因が働くと思います。一つは、先ほど坂東さんがお触れになった国内政治の問題です。もう一つは国際環境。ここではアメリカが大きなファクターになります。アメリカとの関係が、特に中国にとって非常に厳しくなっている。そういう状況下で、日本に対して好意を持つ割合が増える。これはよく理解できます。三つめは経済です。中国経済の今後に対する不安が高まってきている状況で、米中経済摩擦がドーンと来たわけです。すると、日本に対する期待も向上する。こういった三つのファクターがいずれもプラスに働いて、中国側の対日イメージが良くなったと理解しています。
園田:高原先生は政治の研究者なので、どうしてもマクロの経過に関心がおありだろうと思います。私は、むしろミクロに注目しています。実際に、今回の調査結果でものすごく面白いと思うのは、相手国への渡航時期です。中国人の方が、相手国に来た人の数が多いのですが、そのタイミングが全然違う。日本の人で、最近中国に行った人の割合は非常に少ないのですが、中国の調査対象者のうち訪日中国人の9割近くは、5年以内に日本に行っています。言論NPOでの分析でも常に出ていますが、ある種の接触仮説が非常に有効で、実際に日本に来てみると、日本が清潔だったり安全だったり、という部分での印象は、じわじわ良くなっていく。それはすごく分かります。
逆に、日本の人たちは中国との距離、特に物理的な距離がなかなか縮まっていない。従って、メディアの中で言われているような話をそのまま受け取るようなところがあって、政治的な距離もそうでしょうが、心理的、あるいは身体的な距離も、今回の調査では日本と中国に非対称性があって、それは、今言った日中関係に対する評価の原因でもあるし結果でもある、と感じます。
工藤:今の話で少しだけ補足しますと、日本に来ている中国の渡航者だけを抽出して、日本に対する印象を見ると、なんと74.3%が日本を「良い」と思っている。日本に来たことがない人では「良い」印象が36%ですから、2倍以上の差が出ている。これは去年の調査よりも広がっています。園田さんがおっしゃったように、日本に来ている人の数が増えて、それがかなり大きな土台を作っていることは間違いないと思いますが、坂東さんはどうでしょうか。
坂東:そう思います。日本に来た人たちが、SNSを通じてものすごい数の写真を中国に送り返しています。非常にプラスイメージのものが多いと思います。それに加えて、先ほど高原先生がおっしゃったような、中国にとっての今の国際環境のようなものがある。私が見ていても、中国のメディアの中から、日本に対するマイナスの情報が非常に少なくなってきた。こういうことがかなり、中国国民の対日イメージ上昇に役立っているという気がします。
工藤:今、坂東さんがおっしゃった話も、私にとっては非常に重要です。今はまだ分析の途中なのですが、今回の調査で日本に対して良い印象を持っている人たちを見ると、年配の人も、若者も、全ての世代で改善しているし、日本に関する情報源でも、今まではテレビ報道が日本に対するマイナス印象をつくり出すと思っているのですが、テレビで情報を得ている人たちも印象が改善している。
だから、積極的な報道、あるいはマイナスのことを報道しなかったのか、何かがあったような気がするのですが、こういう状況を考えると、高原さんがおっしゃったように、何か、中国は日中関係を良くしたいという一つの目的があるのではないかと思いますが、加茂さんはどのようにご覧になっていますか。
加茂:恐らく、いろいろな理由があると思うのですが、一つは米中の貿易摩擦が深刻化してきた中で、もう一度日中関係を再評価していく議論が挙がってきたということが、大きな流れとしてはあるのだと思います。それが、プラスの方向性になって、今までの日中間の交流の蓄積を踏まえて、メディアの方で日本へのプラスの報道が増えてきた。それが一つの大きな背景にあるのではないかと思います。
「強国・中国」への不安を打ち消せない日本世論
工藤:逆に、坂東さんに聞きたいのですが、日本側では9割近くが中国に対してマイナスの印象を持っています。その理由として、去年よりも多くなっているのは、中国が国際社会の中で行動する姿勢に違和感を覚える、といったことなのです。世界の大きな変化を受け、日中関係を改善しようという動きがある中で、日本の国民はなかなかそうならず、印象としては悪いまま、という状況を、どう考えればよいのでしょうか。
坂東:今回、初めて設けた項目ですが、「今後10年間で、どの国がアジアにおける影響力を高めるか」と聞くと、日本でも6割くらいの人が「中国」の力が強くなっていくという未来です。中国の力が強くなっていくというのは、考え方によってはプラスのことかもしれない。しかし、中国が大きくなったアジアに対して、必ずしも日本人はプラスのイメージを持っていないのかなと。
その一つの要因は、今アメリカあたりでも出ていますが、中国が経済発展すれば、政治制度なども少しは我々と近づいてくるのではないか、というイメージを持っていたのが、去年の共産党大会以来の流れを見ると、中国は、たとえ先進国化しても社会主義強国を目指すのだ、ということです。その辺で、中国が力を強くするのだろうけれど、そういう中国と日本はきちんと共存できるのか、ということに対しては、まだ未来に自信がない。日本からすると、そこでまだ、中国に対してプラスのイメージを持てないのかな、というイメージです。
園田:中国に対して相当、否定的なイメージ、これを私はずっと「安全保障フレーム」という言い方をしていたのですが、要するに、すごくゼロサム的な状況の中で中国とやり合う、そして中国が日本に対してすごくアグレッシブに出てくる、それに対して日本側がどう思うか、というフレームがありました。中国側には、先ほど言ったような接触仮説で、大量の人たちが外に出ていきながら、「これって違うんじゃないか」というものすごく大きなダイナミズムがあるとすると、日本の場合、それを打ち消すような力は弱い。つまり、日本から実際に中国に行ってみると「違うじゃないか。おかしくない?」という人が、ボリューム、数としてはあまりいない。とすると、今までのある種の残像を引きずった形で、「中国がこうなっている」、特に軍事的な脅威という点では、中国に対する潜在的、顕在的な脅威を感じている人たちは相当数います。その人たちのフレームを打ち消すだけの力が、たぶん今の日本社会の中にあまりない、というのが、現状なのかなと理解しています。
高原:「良くないイメージをなぜ持つのか」という問いに対する答えとして一番多いのは、相変わらず尖閣の問題です。中国が領海にたびたび船を入れてきている、と。今年は日中平和友好条約締結40周年で、あの時も「覇権反対」ということが大きなテーマだったわけですが、やはり実力をもって自分たちの意思を押し付けようとしてきている、ということを行動でまさに示している現実が、恐らくは良くないイメージの一番のベースであり、一番大きな原因なのではないかと思います。
日中関係はなぜ重要なのか、国民レベルでは漠然としているビジョン
工藤:今の皆さんの話には全て非常に意味があるのですが、中国が弱い人たちに対して実力でいろんなことをやっていく、ということをメディア報道で見て、多くの日本国民は違和感を覚えている。本当は政治的な交渉などの中で必要な問題なのですが、その姿がなかなか見えないために、不安だけが出ているような気がしてたまりません。それについてはまた後からお聞きしたいと思います。
次の話は、日中関係についてです。私が気になっていたのは、確かに日中関係の現状は「悪い」という答えが、日本でも一気に3割台まで減りました。しかし、「良い」という人がなかなか増えない。日中関係が「悪い」という人が大きく減り、「良い」という人が増えないという構造があります。
一方で、日中関係を二国間では、皆さん重要だと思っている。多国間で見ても、中国人はアメリカと日本を比べて「アメリカ」の方が重要だという人が減り、「日本」を選ぶ人が増えている。日本でも、アメリカと中国を比べて「中国」が重要という人が若干増えています。
「重要性」に対する認識が上がり、日中関係の現状は「悪くない」と言っているのですが、「良い」という判断にならず、どうすればいいか分からない。この意識構造は何を明らかにしているのでしょうか。
高原:日中関係が大事だというのは、日中の対立がもっと厳しく感じられていた時からそうでした。ずっと7割くらいの人たちが「そうとはいえ、日中関係は大事だから」と。これは、客観的な要因を考えてみると、もちろん、日本にとってみれば、安全保障のことを考えても、経済のことを考えても、中国との関係が重要だ、ということはあまりにも明らかなわけです。しかし、現実を見ると、なかなか急激に関係を改善できない。そういうフラストレーションも同時に感じているという状況が、今も続いているのではないかと思います。
園田:全体的に、今までずっと「悪い」というイメージがあったことに、いろいろな形での歯止めはかかってきています。しかし、これを変えるには相当シンボリックな、「これだから良かったのだね」というイベントがすごく広い層に認識されないと、「悪くはない」という二重否定の認識にズルズルとなっていく。例えば今までのケースだと、2008年の四川大地震の時の民間の活動で、一時期すごく良い感じになったのですが、それも続かなかった。そういう、ある種の象徴的なイベントが起こらないと、少なくとも日本の側では、今言ったような形の構造になる。
例えば経済的な交流といっても、昔から経済の交流はあるし、昔に比べて取引量が増えているという傾向はあるのですが、それがイメージの変化に決定的に影響を与えるという構造にはなっていない。そういう意味では、必ずしも現実にそぐわない、どちらかというと変化が遅い形で、今、日本の中にイメージが出来上がっているという理解をしています。
工藤:今の園田さんの話が本質を突いているので、その話をしなければいけないと思います。私も本当にその通りだと思いました。「日中関係はなぜ重要か」という、一つのビジョンなり考え方が国民のレベルで整理されていないし、政治もそういう議論がないために、結果として「なぜ重要か」という設問では「隣国だから」とか「経済規模が世界2位、3位だから」という話になってしまう。
しかし、先ほど言った世界やアジアの環境を考えると、もっと日中関係の意味付けをしないといけない。それがなされていないという空白が、何か分からない、単に「悪くはない」というだけの状況を作り出しているのではないかと思ったのですが、高原さんはどのように考えていますか。
高原:その辺は私ども研究者の力不足ということかもしれませんが、もう少し分かりやすく一般国民に対して、日本にとっての中国の重要性を説いていくということをしなければならない。それなりにはやっているつもりだけれど、なかなか浸透していない。どうしてもマスメディアは、何か事件が起きればそれに飛びつくわけで、構造的なというか、そういう説明をするというよりは事件の報道が主となってしまう。そういう状況を変えないと、本当の意味で「どうして中国は大事なのか」ということを、国民が改めて自分に問うて考える機会があまりない、ということなのでしょう。
工藤:園田さんがおっしゃったシンボリックな存在というのは、ビジョンをお互いにきちんと共有するような流れがないと、国民は日中関係の意義が見えない、ということをおっしゃっているのですよね。
園田:世論調査を見ると、特に日本側の人たちは、東アジアの将来にとって「平和」がすごく重要なポイントだと分かります。ただ、すごく微妙なところで、「既に明らかに平和が壊れているので、それを修復するために日中関係が重要だ」というところで、強くは認識されていない。だから、ぼんやりと「平和」というものの中で、日中がある種の適切な役割をするとよいのだ、というところまでは理解されているけれど、先ほどの「安全保障スキーム」を凌駕するまでの大きな力には、まだなっていないという感じです。
中国政府の中でも定まっていない日中関係の位置付け
工藤:坂東さんは中国の政治を分析されていますが、中国の指導部は、日中関係がなぜ重要だと思っているのでしょうか。つまり、これをベースに、この地域や世界のビジョンを共有していくというところまで考えている兆しは見えるのでしょうか。
坂東:そこまで考えているというより、先ほどから出ているように、もう少し短期的な視点で、とりあえずアメリカとやっていく上で、周辺国、そして経済的な力も強い日本や、あるいは世界的に見ればEUとの関係を良くしていかないと、アメリカと渡り合っていく上では大変だ、というイメージの中での対日関係、ととらえているのではないか。それは心配です。もう少し大きなイメージでとらえてもらえればと思います。ですから、安倍さんが今月中国に行き、来年には習近平さんが日本にいらっしゃる。おそらくそういう方向でしょうから、その中で、そんなものをきちんと打ち出せるようなことになるのか、まだ時間がかかるのか。例えば、第5の政治文書を出すことに期待する声がありますが、1年間でそういうものを組み立てるのもなかなか大変かな、という気がします。
加茂:おっしゃる通り、日中、とりわけ中国側が対日関係をどう位置付けているのかというのは、研究者が真剣に検討しなければいけない課題だと思います。先ほど皆さんの議論でもありましたし、私も申し上げましたように、対米関係が悪くなってきている中で、必然的に日中関係をどうするのか、という議論が中国の国内で出てきたのは間違いない。ですがその先、対米関係を改善するために日中関係を良くするのか、また別に独立した課題として日中関係を良くしていくのか。その辺のロジックがまだ定まっていないと思います。