2018年7月25日(水)
出演者:
伊藤信悟(国際経済研究所主席研究員)
川島真(東京大学大学院総合文化研究科教授)
増田雅之(防衛研究所地域研究部中国研究室主任研究官)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
一方で、中国の習近平国家主席は、国家主席の任期の撤廃など国内における指導力を強めると同時に、新たな国際秩序の構築にも意欲を示している。こうした新たな局面の中、日本は中国にどのように向かい合うべきなのか。今回の言論スタジオでは、中国の戦略を読み解きながら議論が展開された。
まず、司会の言論NPO代表の工藤泰志が、「中国の戦略をどう読み解くか」と題して行った緊急有識者調査の結果の概要を説明しました。その後、中国が自由で開放的な貿易体制の擁護者としての姿勢を示しその存在感を示しつつある中で、中国が貿易体制についてどのような国際秩序を求めているのかに関する本音が見えにくいことについて言及し、中国の本音に関する見解を3氏に問い、議論が始まりました。
中国はなぜ自由貿易体制を望ましいと考えているのか
初めに、川島氏は第19回党大会での「『新型の国際関係』に基づいて、経済的にウィンウィンの関係を作り、そのパートナーシップに基づき『人類運命共同体』を形成していく」という中国の習近平国家主席の発言に触れました。また、そこに民主主義という言葉が使用されておらず、既存の経済秩序とは異なった体制を2050年という遠い未来に作り上げることを想定していることを指摘しました。
次に、「中国は周囲が自由貿易空間である方が望ましいと考えているのは、他の国々が自由貿易を推進している方が物を売買しやすいから。商品の宣伝もしやすいし、相手に浸透もしやすい。しかし中国自身は自由貿易主義をとろうとしない。それでも自由貿易と対立しないように、WTOには参与し、世界銀行やIMFとも対話を続ける意志を示している」と中国が自由貿易の旗手のように振る舞う理由について語りました。
最後に川島氏は、中国はもし相手が言うことを聞かなければ経済的にも軍事的にも脅しとなる材料を保持しつつ利益分配を行っていることを強調した上で、貿易秩序のルールを欠いており、またそのようなものを作ることはできないと分析。「軍事力とルールを形成するには時間を要するという背景から、中国はしばらく世界の自由貿易体制に協調的となる」との見方を示しました。
"人類運命共同体"とは何か
続けて工藤が、「中国のいうところの運命共同体とは、中国の勢力拡大を前提としたものなのか」と質問を投げかけました。それに対し川島氏は、「2050年時点で中国が世界一の経済大国となっていることが大前提。中華民族が世界のトップに立つ一方、他国への利益分配に関する判断については今後中国に都合のよいシナリオを作りあげるが、他国にも利益がある以上それでよいのではないかという姿勢をとるだろう」と断じました。
厳しい局面にある習近平政権だが、反転攻勢のチャンスも
伊藤氏も、基本的には川島氏の意見に賛同しつつ、トランプ米大統領の出現によって中国が民主的で自由貿易主義的な国際秩序を作りあげるかに関する中長期的な設計の決定を迫られている事実を付け加えました。その上で、「今年は改革開放政策施行40周年で、習近平政権がどれだけ政策を実行してきたのかが突きつけられている。また、中国は国有企業の体制に関して国際社会から批判を浴びており、それに対する応答の要求もつきつけられているという厳しい状況にある」ことも指摘しました。
しかしその一方で、「トランプはWTOの協定に違反する行為をとっており、中国はそれをうまく突いて、中国に自由貿易の守護者というイメージを作り上げられれば、中国は世界でのリーダーシップを形成できる」と、厳しい状況にありつつもチャンスもまた存在するという見解も提示しました。
これに対し工藤は、米中の貿易戦争の現状について伊藤氏に問いかけました。伊藤氏は、「中国はWTOに加入した際の約束はある程度は果たしたが、輸出競争力をつけ、所得水準も向上し世界での影響力を高めたのだからもっと市場を開放をしてもよいのではないか」という見解が国際社会に存在していることに言及。したがって、中国にWTOルールに沿うようにさらなる市場開放を求めているトランプ政権の要求自体についてはあながち不当ではないとの見方を示しましたが、同時にその要求を通すための手段がWTOルールから逸脱するようなものであることの矛盾を指摘。実際、国際社会にもそうしたトランプ大統領のやり方に対する戸惑いが広がっていると述べました。
習近平演説から垣間見える中国の危機感
続けて増田氏は、中国は国際社会でリーダーシップをとっていく方針を示しているものの、第19回党大会では「安全」や「国家安全」という用語が多用され、強国路線を示し国内外のリスク対処の協調姿勢を示していたことに中国の危機感を読み取れると語りました。また、一帯一路構想についても、「基本的な経済のコネクティビティの議論に帰結するのだが、アメリカとの関係に頼りきれないという側面があるので、中国が時代を掌握しているとは考えていないのではないか」と指摘しました。
自由貿易は中国にとっても利益だが、自身と同じ体制の国が出ていることは望まない
3氏の発言を受けて工藤は、中国にとって自由なシステムが中国経済にとって利益となるという論点に着目しました。そして、「そのようなシステムを目指しながら共産党指導体制を維持するということは可能なのか。それが可能だとしても、今回のトランプの刃に対して中国は自由貿易の旗手としてどう対抗するのか」と疑問を投げかけました。
川島氏は、「中国にとって世界が自由貿易体制となるのは望ましいことだが、中国自身と同じようなコピーが世界にたくさんできると困ってしまう。アメリカのような自国保守的姿勢に対しては、WTOを利用してノーを突きつけるしかない」と、中国が直面している困難について語りました。
伊藤氏は、中国自身も開放の必要性は自覚していると述べた上で、「早い段階で開放してしまうと、国有企業の問題が発生してしまう。そこに対する不安の一つは、共産党のレゾンデートル(存在意義)とも関連する。現実的問題として、中国の国有企業の割合は約半分であるが、それらが国際競争に巻き込まれた場合に国有企業の存続と競争の両立が図れなくなる。その中で、EUなどと新しいWTOのルールを作るための協議を進めることで、変わっていく中国というイメージ作りと時間稼ぎをしている」と論じました。
安全保障上の中国の最終目標とは
最後に工藤は、「2050年までに中国が軍事拡大を推進すると述べているが、中国は最終的な世界の安全保障体制をどのようにイメージしているのか」と更なる論点を加えました。
それに対し増田氏は、現時点ではわからないと前置きした上で、「基本的には2049年までに世界一流の地位を得ると言っているが、世界一流という言葉は極めて曖昧である。ただ、かつては軍事バランスの観点では中国はアメリカには敵わなかったが、中国近海ではバランスが変化する可能性がある。軍事的なものを表には出さずに、アメリカと対立しないように中国は強い戦域を周辺に作り上げる方向へ進んでいる」と応答しました。
中国の目指すものは何か
第2セッションに入ってまず工藤は、「中国は共産党の指導により中央集権体制などを整え、力の集約によって、何を実現しようとしているのか」と問いました。
川島氏は、「共産党の一党独裁体制の維持、これが中国の第一目標であり、目まぐるしく変わる世界情勢に迅速に対応する体制を、どう作ればいいか。それには、集団指導体制でトップに力を集め決断させていくしかない。党主席制にはいかなかったが、習近平は、毛沢東、鄧小平レベルになり、憲法の改正で最低10年は力が発揮でき、次があるかもしれないと見せることが可能になり、レームダック化しない」と指摘。
一方で、「中央の権力政治においてはこれでいいかもしれないが、中国の弱いところは、個人崇拝が過ぎると党内で反発が出てくることだ。特に、地方社会にパワーを十分に持っておらず、地方政府が萎縮している面もあり、仕事をやらないサボタージュ傾向もある」と解説しました。
こうした独裁的な動きに対し、中国国民は反発しないのか、との工藤の問いには、「色々な批判はあるが、公の場で批判をすれば捕まるから皆さん黙っている。それに昔と違って、ハイテク権力だから発言しにくくなっている」と、苦笑する川島氏です。
美しく良い生活を決めるのは
では、経済的には何を実現しようとしているのか。「中国は今、国民の多様な価値観の登場と、それを十分に満たせていない矛盾を抱えている状況で、これをどう処理していくかに強い危機感がある。その結果として、できるだけ権力集中し、トップデザインで高みに立って調整をしていかないと、中国の諸問題は解決できない。しかし、トップの権力者が全て指示するのは非効率であり、人治ではなく、ルールベースのガバナンスを作らないと、政権は十分に機能していかないのではないか」と、伊藤氏は説明します。
さらに川島氏が言葉を繋ぎます。「中国は沿海部を中心に非常に豊かに発展し、人々は多様な価値観を持つようになった。それに対して共産党の一党独裁を続ける上で、1981年にできた市場矛盾は、人々の物質的需要に対して生産が追いつかない。だから単純に数値を伸ばすことで対応してきた。それが今度は、"美しく良い生活"を実現したい、それに対し生産が不均衡で不十分だ、とそういう矛盾に変えた。"美しく良い"とは形容詞で、測定できない。そこで、その価値を党の方で決めた。我々が価値、基準、規範を作るということに共産党が転換した」と説明しました。
これに対して、「中国は市場化すればするほど、国民の様々なニーズと党の連携によって、QOL(生活の質)を実現する仕組みになりえるのか」と、工藤は尋ねます。「そこを上手にやっていかないと政権に対する支持が失われることを政権としても気にしている。何が中国にとって正しいか、それを決定する力は共産党にあるが、世論はどうなっているのか、その声は政策に反映されているか。上からの指導だけではなく、公聴会などをしっかりやり、業界との関係なども密接にするのが大事だ」と返答したのは伊藤氏です。
規模とスピード感の中国
議論では、顔認証システムなど中国が力を入れている高いレベルでのリスク管理の技術開発も取り上げられました。増田氏がその背景を説明します。「AIは常に更新する必要があるので、ビッグデータを取っている。この分野は、それまで米国の独占状態だったが、中国はそれができる規模を持っている。その結果、米国にとっては安全保障上のリスクにもなっている」と語り、今後、この分野でのルール化が必要となる場合、中国は国家戦略として取り組める強みがあり、「規模とスピード感」でイノベーションできる国と、その脅威を語りました。
最後の第3セッションではまず、日中平和友好条約40周年を迎える今年、日中関係をどのように発展させるべきか、について議論が交わされました。
日本が中国を助ける課題、中国が日本を助ける課題
川島氏は、まず中国の軍事的な側面の現状評価として、「グローバルでアメリカに追いつくことは到底不可能であるが、中国近海ではアメリカを凌駕する力を持ち得る」、「サイバーではアメリカの弱点を突くことができる力がある」などと分析。こうしたことから、東シナ海でのアメリカの優位性は落ちて来るとの見通しを示しつつ、これは「日中関係に直結する問題であり、こうした軍事・安全保障上のリスクは日中関係をこれから考えていく上での大前提となる」と指摘しました。
その上で、イノベーションについて言及。AI技術などを中心として、次の「第4次産業革命」をどこがリードするのかが大きな焦点となっている今、そこでやや出遅れている日本は、キャッチアップしていく上で中国と協力していくべき領域が大きいと語りました。
逆に、中国の国家目標に盛り込まれているQOLについては、日本に優位性があるので、環境や社会保障面を中心として「中国の新たな国家建設に協力していくことがあり得る」と語りました。
通商では協力の余地が大きいが、AIでは注意も必要
伊藤氏は、トランプ政権の誕生に伴い、中国は開放を迫られているが、「自主的な開放」という名の下、これまでよりも開放のペースを早めているとした上で、それは中国自身の国益になると同時に、日本も含めた東アジア、ひいては世界全体の利益になると指摘。したがって、日本は中国に対し、開放をさらに促すようなメッセージを出していくべきと述べました。
伊藤氏はそれに加えて、自由貿易が危機に晒される中、WTO体制の再構築についても、日中は、EUなどとともに取り組んでいくことが求められているとし、ここでも協力の余地が大きいとの認識を示しました。
もっとも、伊藤氏はAI技術における協力については、その必要性を認めつつも、この技術が軍事・安全保障とも密接に関わってくるため、「『線引きとルール化』をしっかりと定めておかないと国際的なアライアンスは困難になる」と注意を促しました。
中国の船舶急増に伴い、自衛隊は新たな対応が求められる
増田氏は、日中間の安全保障関係については、「海空連絡メカニズム」などで前向きな進捗が見られることを評価しつつ、「もっとも、これで十分というわけではない」とも指摘。その理由として、日中間の安全保障領域では、「グレーゾーン」が中国に有利な形で拡大しつつあることを挙げました。そこでは、このグレーゾーンを軍事的な次元までエスカレーションさせないために、「我慢をし、自衛隊の力をシグナルとして見せることにかなり慎重だった」とこれまでの日本側の対応を振り返りましたが、「中国の法執行機関の船舶が急増している現状では、グレーゾーンを日本に有利なかたちで管理可能かというとかなり悲観的にならざるを得ない。そこで自衛隊の見せ方も含めて今一度対応を考えなければならない」と語りました。
しかしその一方で、防衛交流など安定的なコミュニケーションの維持も不可欠であるため、「異なる方向の2つのベクトルを両立させることは難しい作業だ」とし、日本が直面する課題の大きさを明らかにしました。
最後に工藤は、アメリカの変化や中国の動向を踏まえた上で、今後の日本がとるべき立ち位置について尋ねました。
価値観を共有する国々との連携が重要
これに対し増田氏は、アメリカに対する信頼感が下がってきたからといって、「いきなり中国側に行くわけにはいかない」とし、日本と価値観を共有する国々との連携の重要性を強調。安全保障面でいえば、すでに協力の蓄積があるオーストラリア、インドなどとの関係をさらに強化すると同時に、アメリカ以外のG7国とも連携を深めた上で、中国と向き合っていくことが大事だと説きました。
伊藤氏はまず、日米FTAなど2国間交渉を求めてきているアメリカに対しては、「アメリカが要求している開放事項についてはある程度は"お付き合い"をしていく」ものの、同時に「開放しても経済成長をしていけるような力を日本自身が身に付けていくこと」が必要になると指摘。
同時に、中国はまだ輸出依存度が高い経済であり、多国間主義、自由貿易主義の恩恵は大きいため、「これらを擁護するために中国により大きなコミットを求めるべき」と主張。その際、日本だけでなく、EUなどとも連携して働きかけていくことによって、「その場限りの対応ではなく、新たなルールを形成していくために働きかけるべき」とし、増田氏と同様に価値観を共有する国々との連携がカギとなるとの見方を示しました。
短期的には時間稼ぎで対応。長期的には戦略の練り直しも
川島氏は、アメリカがリベラルな秩序から後退している現在の対応としては、「時間を稼ぐこと」がまず大事になると指摘。具体的には、「中国に対しては、『こちら側のルールに則った方がメリットがある』ということを理解させて、新秩序構築を足止めしながら、アメリカが"こちら側"に戻ってくるのを待つ」べきと語りました。
もっとも、これはあくまでも短期的な戦術にすぎず、仮にトランプ政権が2期にわたり、さらにその後任も同じような主張の大統領だとすると、「アメリカを軸とする国際秩序を維持することは困難になる。そうなれば、同盟国+αという新たな枠組みや戦略も考えなければならない」と警鐘を鳴らしました。
その後、会場からの質疑応答を経て最後に工藤は、「日中関係や北東アジアの今後の方向性については、専門家の議論を見てもかなり大きな差が見られるし、政治からのビジョンの提示はまだない」とした一方で、言論NPOが実施している世論調査結果からは、両国国民が「平和」と「協力発展」を求めていることは明確であると指摘。その基礎をつくるための動きを民間から進めていくことの強い意欲を改めて示し、議論を締めくくりました。