2017年6月13日(火)
出演者:
德地秀士(政策研究大学院大学シニアフェロー、元防衛省防衛審議官)
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)
古川勝久(元国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル委員)
香田洋二(ジャパンマリンユナイテッド株式会社艦船事業本部顧問、元自衛艦隊司令官(海将))
司会者:工藤泰志(言論NPO代表)
セッション1 危機の現状をどう認識しているか。
冒頭、司会の工藤が「基本的に外交交渉の中で解決する可能性を模索すべきだと思っていますが、状況はそんなに単純なものではないことも分かっています」と述べたうえで、各氏に現下の北朝鮮危機をどのように認識しているかについて発言を求めました。
最初に発言を求められた德地氏が「改めて北東アジアにおいて、何らかの形で武力衝突に至るかもしれないという状況が起きているということではないか」との認識を示しました。毎年、春から夏にかけては米韓の共同軍事演習が行われるため、北朝鮮がミサイルを発射するなど騒がしい季節だが、今年は北朝鮮が10発以上ものミサイルを発射、一方、アメリカも日本海に2隻の空母を派遣するなど通常とは違った動きがあったからです。
次に香田氏が今回の危機の発端は、昨年の9月にあったと指摘し、次のように語りました。「9月の核実験とその直後の新型ロケットエンジンの試射。この2つはアメリカにとって何を意味したかというと、いわゆる(アメリカ)本土に届く核弾頭付きのミサイルが間もなく現実のものとなるということなのです」。それ以降、アメリカは北朝鮮に対する圧力を徐々に強めるが効果がありませんでした。この間、アメリカではオバマ大統領からトランプ大統領へと政権交代が起こります。そして中東では4月6日、トランプ政権はシリアのアサド政権をトマホークで攻撃、北朝鮮に対しては日本海に空母2隻を派遣して、軍事力の行使も辞さない姿勢を見せました。
香田氏は「トランプ大統領は前任のクリントン、ジョージ・W・ブッシュ、オバマの各大統領とは違うんだということを見せたのだと思う」としたうえで、現状をこう分析しました。「4月6日を起点とすると、もう70日経っているが、この70日間で問題解決にプラスの要因は全くなく、マイナスの要因しか起こっていない。実は事態としては極めて悪くなっていることを我々は自覚すべきなのです。今までと違うのは軍事行動の可能性があると見るべきでしょう」と、結論付けました。
未熟なトランプ政権の外交手腕
続いて古川氏と神保氏はトランプ政権の未熟さに焦点を当てました。
古川氏は核開発について「(北に対する)制裁圧力が強まる以上のスピードで、北朝鮮は核ミサイル戦力を増強させている。恐らく今後2年から5年のタイムスパンで、アメリカ本土を攻撃しうるICBM(大陸間弾道)開発が見えてきたという状況だろう」との認識を示しました。
加えて、トランプ政権の準備不足を厳しく指摘しました。トランプ大統領はオバマ前大統領から北朝鮮問題の引継ぎを受け、自らの政権でレビューを行った後、すぐに軍事的圧力を高める行動に出ました。「問題なのは、トランプ政権には北朝鮮政策のコーディネーターがいませんし、かつ大統領にツイッターで無責任なメッセージを出すのはやめてくれと進言できるような担当者もいません。つまるところ、せっかく高めた軍事的圧力を大統領の不用意なメッセージで一つずつくさびを抜いていったという状況があると思います。北朝鮮と向き合う前に、アメリカそのものの足腰が整っていない。トランプ政権内の少なからぬ混乱が垣間見える状況になっています」。
続いて神保氏が三つの視点で今回の危機を分析・評価しました。一つ目が、我々は北朝鮮問題と長期的に付き合っていかざるを得ないと再確認したこと。中途半端な軍事的圧力や経済制裁では、北朝鮮の行動は変わらないということが再確認された一方で、本格的な強制措置=徹底的な経済制裁や軍事介入は、北朝鮮の崩壊が招く悲惨な結末が待っているため、事は長期的にならざるを得ません。
二つ目が北朝鮮は金正恩体制の下でいわゆる並進路線=核の開発と経済発展を同時並行的に進める路線を取っているが、この路線には変わりがないこと。アメリカ軍の介入を軍事的に阻止できることが証明されたと相手側(アメリカ)が認めるまで、徹底的に核およびミサイル実験を続けるということです。
三つ目がこの危機の中で思いの外アメリカと中国の間でディールが進んでしまったのでないかということ。「いずれもがトランプ政権の外交戦略のアマチュアリズムから導き出されたものです。最初のころは軍事行動さえほのめかしていたのに、4月の後半あたりから、ティラーソン国務長官が政権を転覆する意図はないと言ったり、マクマスター大統領補佐官が軍事行動を起こしたら悲惨な結果を招くと言ったり、おおよそアメリカが軍事的圧力を使って強制外交をしている中で、統一したシグナリングがそれぞれの人から出されていないと認めざるを得ない。
北朝鮮が何ら妥協しない間に、アメリカ側から勝手に折れる。しかもその過程で中国側に経済制裁をやってもらう見返りとして、貿易の不均衡問題の優先順位を下げるとか、様々なテコが外交交渉で使用された節がある」と、神保氏は見解を述べました。
これに対して工藤が「結果的に北朝鮮に対する抑止に成功していないし、トランプ政権に意思の不統一があるといった状況下で、純軍事的に見ていまの状況はどう判断できるのでしょうか」と、香田氏に問いかけました。
「マクマスター大統領補佐官、ティラーソン国務長官、マティス国防長官の3人が戦争は嫌だと言っているが、これは逆のシグナルかもしれないです」。香田氏は神保氏とは異なる解釈を披露しました。香田氏はこう続けます。「北朝鮮は先制攻撃でアメリカを潰せますよ、アメリカはあなたの先制攻撃の前にあなたの領土を潰しますよ、と言い合っているわけですが、(軍事行動に移るかどうかは)アメリカにこの計算が成り立つかどうかなのです。アメリカは世界の中で唯一こうした環境を自分で作れる国です。ですから、我々はティラーソンの発言よりもアメリカ軍の能力蓄積が実際にどうであるかを冷静に見るべきなのです。地上戦に入らないとすれば、アメリカの現在の能力は、先制攻撃を先に封じる環境を作れる段階に来つつあるというのが、一つの冷静な見方だろうと思います」。
さらにトランプ政権が南シナ海において、5月下旬に実施した初めての「航行の自由」作戦は、中国の顔に泥を塗ったものだったと付け加えました。それは中国が埋め立てた岩礁、中国が領海と主張する海域で行われたものだったからです、その含意は習近平政権に北朝鮮の暴走を止めることを期待していたが、やはり止められなかった、次は中国に頼らず単独でも行動するぞ、と」。
純軍事的観点から見ると、危機は去るどころか、軍事衝突の可能性は高まっているといえるでしょう。
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