第三話 北東アジアの平和な将来に向けて
工藤:では、今後どうしていくべきなのかという話に入りたいと思います。日中韓外相会談が24日に行われ、3か国のサミット会議も今年東京で行われる予定になっています。つまり3か国でいろいろな協力をし合おうという基盤ができてきているわけで、これ自体は非常に良いこと思います。ただ、状況として見れば南沙問題がある。日本では尖閣に中国漁船が来ている。韓国と中国の間ではTHAADのミサイル防衛網の問題があるというようにいろいろな問題がある。今、日中韓の問題というのはどんな状況・局面にあるのでしょうか。お互いが協力して、前に向かおうというような動きがある状況なのでしょうか。それとも非常にギリギリの段階なのでしょうか。
日中関係で求められるのは「大人の対応」
田中:日韓関係については、日本が韓国を支配したという怨念からはじまった。ですから、日本はものすごく細心の注意を払って関係を維持していかないといけないと私は思います。
日中関係はもう少し長いスパンで見ないといけないと思うのですね。日本と中国は過去2回戦争をやった。40年、50年おきに日中関係は極端から極端へ飛んできているわけです。そして、中国が日本を経済力、軍事力で追い越した中、そういう国との関係をどうしていくか、というのは日本にとってかなり大きな問題なのですね。ですから、よほどの戦略がないとやっていけないと私は思います。
ただ、日中の関係はきわめて簡単というか、要するにガーっと上ってきた国と停滞してきた国の間の権益の争いなんですよ。中国がより政治力を増す、影響力を増すというその時に日本は影響力を失うかもしれないという状況です。だけどここで本当に必要なのは、中国も日本も「大人の対応」として現実を見るということなのですね。確かに権益の衝突はあるかもしれない。だけど権益の衝突を戦争につなげることは両国の利益かといったら決してそうではないわけです。そして、日中間の摩擦の存在を認めた上で、win-winの関係をつくるためにどうするかという話をきちんとしないといけない。中国はアメリカとの間ではそれをやっているわけですよ。アメリカと中国の当面の摩擦は何かというと例えば、海洋とサイバーですよ。これをいかにしてマネジメントするか、必死にやっている。だけど同時に、協力する分野を広げていくための話し合いもしているわけです。
だから、日本と中国の間でもこれをやらなくてはならない。両首脳が「やっぱり日中間はwin-winの関係にしないといけないのだ」と言って話し合う。大事なのはあたかも摩擦がないような顔しないで、摩擦はあると認めた上で、大人の対応をしていくということです。それが第一に求められることです。そう考えると、中国の王毅外相の日本に対する対応なんて私は見るに堪えない。あんな傲慢な態度はどんどん日本国民の感情を悪くしていくと思うんですね。それが中国の利益かというとそうではない。これから中国の経済停滞は本当に深刻になってきますよ。だから中国だっていろいろな意味の協力が必要になってくるわけだから、是非現実をみて大人の対応をしてほしい。子供っぽいことをやるのはもうやめましょう、と。
工藤:win-winの、もっとお互いが利益になるような話をきちんと具体的に話し合っていくべきですよね。
一方で尖閣、さらには南沙問題も含めて対立がある。これをマネージメントするためには今何が求められているのでしょうか。
危機管理メカニズムの構築は急務
德地:日中間、それから日韓間でもそうですけれども、お互いに意見の対立するところ、立場の違うところがいろいろあるわけですね。ですから、そこはまずはっきりさせないといけない。そこについて妥協する必要は何もないわけですね。原則の問題は原則の問題として、あくまでしっかりとした立場を明確にするということは必要だと思います。
他方で、海洋の問題、あるいはサイバーの問題でもそうです。それから宇宙をめぐる問題などでもそうですけれども、そこの秩序が乱れると中国自身も非常に困るはずですよね。例えば、南シナ海です。私は中国が今やっている埋め立て活動は相当な環境破壊だろうと思いますけれども、そういう環境を破壊することによって魚が捕れなくなるということになったとすると、中国にとって大問題なわけですね。世界の漁獲高のだいたい1割は南シナ海からきているわけですし、中国の沿岸部で今はもう魚が捕れないと言われていますから。非常に不当なことをしていることによって中国自身がダメージを受けているということに早く気づいてもらう必要もある。その上でどうしていったらいいかということについて協力していくべきだと思います。
それから、確かに衝突とか対立の懸念もありますので、しっかりとした危機管理のメカニズムをつくるということも大事だと思います。アメリカが今「航行の自由作戦」ということを南シナ海でやっていますけれども、同時に政府の首脳レベル、あるいは軍首脳レベルでしっかりとしたチャネルをつくってそこは絶やさないようにして誤ったシグナルを送らないようにしているわけですね。だから、そういうことを同時にしていくということがやはり必要なことだと私は思います。
工藤:海上連絡メカニズムはなぜまだできないのですか。
德地:海上連絡メカニズムというのは定期会合。あるいはホットライン、それから現場での直接通信。この三層があるのですけれども、これについては原則的な合意はなされています。現実に今どこまで話し合いが進んでいるのかは私も承知していません。いずれにしてもやはり重要なことは危機を回避するということですから、そういう大局的な見地に立って進めていってほしいですね。
二分論から脱すべき
渡邊:日本側でもっと認識すべきなのは、抑止とか安全保障上の対応をしなければならない相手というのは、しっかりとした対話をしなければならない相手でもあるということだと思うのですね。軍事的な脅威の相手だからこそ、対話によってその脅威を低減していく必要があるわけです。
これは韓国にも言えることで、北朝鮮との関係でそういう経験をしてきたせいかもしれないのですけれども、軍事的な対応をしている時には、対話はできないし協力もできないという姿勢になってしまう。中国との関係だと逆に現在、経済的な協力関係を進めているから軍事的な抑止からは引いてしまっている、というようなところが韓国にある気がするのです。韓国には軍事的な対応を取ったら経済的な報復・制裁を受けて大変なことが起きてしまうという懸念が強くある。かといって本当にそうなるのか検証もされていない。
そういう対話と軍事的な対応の二分論が強すぎるというところで日韓に共通の問題があると思いますので、そこのところを変えながら中国への対応でも日韓協力を進めていくのが私は合理的ではないかと思っています。
首脳レベルで大きな方向性を描くべき
田中:まずやる必要があると思うのは、日中の首脳で「こういう関係をつくるんだ」という基本合意をつくるべきですね。例えば、アメリカとの関係はようやく軌道に乗ってきましたが、これは摩擦をマネジメントをする一方で、できる限り協力できる分野を増やしていこうという大きな方針の中で、2012年に習近平国家主席とオバマ大統領が何時間も何時間も話し合った成果です。それでも例えば、軍事に関する対話というのはなかなか起きなかった。だけど、ようやく危機管理のメカニズムも含めて出来上がってきたわけですよ。だからこの問題は下からはできないわけです。上、つまり首脳レベルからの大きな認識が必要であるということですね。これを日中間でもやる必要がある。
その上で日本と中国に韓国を加えた3か国の協力の仕組みをつくっていく。いろいろな意味でこの枠組みは3か国にとって好都合だと思うんですね。先程德地さんが言われた危機管理への対応も日中間だけでなく、韓国も入れて東アジア地域全体でやってもいいと思います。日中韓で危機管理メカニズム、事故の対応、防衛交流などそういうソフトな安全保障対話・協力というのは3か国でやってもよい。
それから同時に必要なのは貿易・投資のルールづくりなんですよ。日本にとって一番大事なのはTPPをしっかりと成立させることです。このTPPを持っておいて、日本がイニシアティブをとって中国、韓国を引き込んでいく。さらには、環境とかエネルギーも含めた協力の仕組みをつくっていくということが必要です。日本と中国と韓国3か国の協力を母体にしてそういうことを目指す。
だけどそれが本当にできるようにするためには、首脳間で大きな方向性についての合意が必要です。今や日韓ではそれができつつあると思う。しかし、日中ではできていません。それは政治の問題であるわけですが、例えば、自民党の二階俊博幹事長などはまさに日中関係において大きな役割を果たしてこられた方ですよね。ああいう方が中心になって、これからの日中の道筋を首脳レベルできちんと出せるように環境を整えていただきたいと思います。
工藤:世論調査では日中韓サミットで議論すべき課題についても聞いてみました。そうしたら、一致するものがなかなかありませんでしたが、一応日韓間で一致しているものとして、「北朝鮮の核問題」と「日中韓の関係改善に向けた広範な話し合い」の2つがありました。特に、後者については田中さんのお話と合致すると思うのですが、これは両国民の3割から4割近くが選択していました。ここのところを本当にサミットで話すことができれば、東アジアの将来も展望が開けてくると思うのですが、德地さんは日中韓は何をしていけば本当に良い関係になっていけると思いますか。
判断材料を提供するような議論が必要
德地:これをやれば絶対に改善する、あるいはこれをやれば必ず協力が進むというものはないだろうと思います。だから、どんな小さいことでもいいから、協力できるものを探す。協力するという癖をつける。それから、「協力していくとこんなに良いことがある」、「協力しないとこんなに悪いことになるよ」ということを日中韓3か国の国民に対してきちんと訴えていく。こういうことが重要だろうと私は思っています。
ところで、今回の世論調査をみると、韓国の日本との間の一つの違いとして、日本人の答えの中には、「わからない」という答えが結構多いのですね。
工藤:日本はいつも「わからない」が多いんですよ。
德地:韓国は「わからない」という人があまりいない。やはり、日本の人たちに日韓関係の現状や今後について、どうしたらいいかということをきちんと考えていけるような材料というものを、いろいろな場において提供していくということが必要ではないかと思います。
工藤:今のお話は非常に重要です。日本の社会の中にいろいろ課題があり、日本の将来、自分たちの生活の将来のために考えて議論するという場が本当に必要になってきている気がします。しかし、材料はいっぱいある。これをただ並列に並べてみると何が起こっているのだろうとよくわからなくなり、不安になってしまいますよね。だから、日本の社会の中で課題に向き合う議論をつくっていかなければならないと思います。
渡邊さんは日中韓の協力を進めていくために何を考えていけばよいと思いますか。
課題は眼前の対立だけではない
渡邊:実際に目に見えるような対立はいろいろあるわけです。しかし、認識されていない対立も実はあると思います。例えば中国と韓国との関係は、非常に良いと言われ続けてきましたが、実は結構もろいところもあった。もろいというところは今回いろいろと証明されてきましたが、そのもろさの根本的なところに何があるのかというと、統一朝鮮のあり方についてのビジョンの違いです。
韓国は統一を主導し、自由民主主義体制による朝鮮半島をつくりたいと考えている。他方、中国が何を考えているかというと、朝鮮半島で一党体制の国を維持したいんですよ。隣に自由民主主義国家ができるのはあまり喜ばしいことではないと考えている。自由民主主義体制による統一がなされるということは、日本やアメリカとの関係が深くなることですから。ですから、中国とうまくやっていきたいのであれば、南北で違う体制の共存も地域全体で考えなくてはいけない、ということになると思います。そういう潜在的な対立を中国は明確に認識していると思います。韓国に向かって統一支持と言う際には、北朝鮮の「自主平和統一」という用語を使って言いますから。
そういう今は特に気にされていない問題もあるわけです。ですから、日中韓の間では対話をしていかなければならないテーマというのはたくさんあると思います。
工藤:中国は朝鮮半島の平和統一後も一党独裁の統治体制をそのまま残したいということを明示的に言っているのですか。
田中:はっきりとは言っていないと思いますが、ただ、中国にとってはこれまで北朝鮮というのは直接西側の影響が及ばないようにするためのバッファだったわけですよね。その意味で好都合な国であった。ただ、これからの中国は選択せざるを得なくなる。国際社会の中で中国がグローバリゼーションでいろいろな国との相互依存関係を結び始めている。したがって、国際社会の中での中国の評価というものを中国自身も考えざるを得なくなってきている。その中で北朝鮮を支持をして、さらに統一後も一党体制をつくろうと行動した途端に国際社会における中国の評価というのは一気に下がっていく。ですから、中国に必要なのは、朝鮮半島において自らに好都合な体制を維持することというよりも、結果的にできる統一朝鮮が必ずしも中国に害を及ぼす存在ではないという実体をつくるためにどうするかという問題意識だと思うんですよ。
今の中国のプライオリティナンバーワンは経済的繁栄ですから、軍事介入などは避けたいわけです。他の国もそうですから、そこには共通項があります。それに「自由民主主義体制」というのも程度問題で、いろいろな自由民主主義体制があるわけです。ですから、そこは中国にとってきわめて不都合でない、そして韓国にとって望ましい、さらに日本、アメリカにとっても望ましい体制はあり得るように思うんですね。例えば両独の統一の時にも事前にかなり話し合ったわけですよ。だから、そういうことを早晩やっていかないといけないと私は思います。
工藤:皆さんのお話を伺っていると、今までは目の前の対立だけに目を向けていればよかったのですが、その問題がある程度良い方向に向かうと、これまで考えなくてもよかった本質的で大きな問題に直面してしまうと感じました。こういうことに関してきちんと議論しておかないと、また新たな対立を招いてしまうと思います。
そこで最後の質問は、せっかく日韓の間で、完全ではないにしても少しは行き過ぎた悪感情が改善に向かい、政府間では少なくともコミュニケーションが動き始めた状況が出てきている。この状況からさらに進んで本当に良い関係にしていくために何が必要なのか。これについて一言ずついただいて終わりにしたいと思います。
地域共存のための対話を今こそ始めるべき
渡邊:日韓関係が良くなっていくプロセスにおいてはやはり政府が果たす役割が大きいと思います。1998年の日韓共同宣言の時は、金大中大統領と小渕首相が主導して、その一年くらい前まで日韓漁業交渉や竹島問題で揉めて、最悪の日韓関係だと言われていた状況を劇的に変えていったわけです。これは政府が主導してきっかけをつくる典型例だと思います。今回、日韓関係に改善傾向が見られるのも、98年の時ほど劇的ではないですが、やはりきっかけをつくったのは政府であったと思うのですね。
当時、金大中大統領は北朝鮮との共存を進めました。先程私が示唆したように一方の体制ばかりを追求しないことによって、中国との関係もうまく安定させたし、日本との関係も良くした。そういうところがあったと思います。今、日中韓の間で問題がないとは言えません。ないとは言えませんけれど、問題があることを前提としてどういう共存の姿を描くことができるか。問題をないことにするのではなく、自分が泣き寝入りするのではなく、どこら辺に共通の落としどころがあるのかというところをよく対話する。そういう地域の共存のための対話は、かつて欧州でも行われたわけです。アジアにおいても今こそ始めなくてはならないということではないかと思います。
日米中韓などマルチの枠組みが必要
德地:やはり、日本と韓国にとって北朝鮮の問題をどう考えるかが重要です。朝鮮半島の平和的な統一に向かってどういう具体的協力ができるか。場合によってはどこかの時点で北朝鮮が何らかの行動に出て、緊急事態が起こるかもしれない。そういうときにどういうような対応と協力をしていくべきか。こういうことについて具体的な話ができるような環境をまずつくるべきだと思うんですね。おそらく日韓の2国間だけでできることは限られていくと思いますので、アメリカあるいは中国などを巻き込みながら、マルチの枠組みをつくっていく。日韓の関係もそういう大きな文脈の中で考えていく。そのための環境づくりをすることがまず求められているのではないかと考えています。
本音の議論をしていくためのチャネルを増やす
田中:私はもうある程度、建前の議論は尽きたので、本音の議論をいろいろなレベルで始める時代が来たと思うんです。今、政府間ではなかなか本音の議論はできないですよね。ですから、それを補完するような本音ベースのチャネルを増やしていく。本音で中国、韓国と議論をし、お互いに「win-winの関係 がいいよね」というところで大きなコンセンサスつくっていく。その際、言論NPO、そして我々有識者が果たすべき役割というのは大きいのではないでしょうか。それが今必要なのはアメリカが変わり始めているからです。アメリカがもはや世界の中で指導的な地位を占めず、リーダーシップをあまり全面的に出すことがなくなっていく中、果たしてこの地域をどうしていくかいうことは非常に切実な問題です。朝鮮半島統一のシナリオ、危機管理の対応の仕方、諸々を含めてやはり本音ベースでコミュニケーションをしていくようなチャネルをできるだけ増やしていく。これに尽きると思います。
工藤:今日の皆さんのお話は私たちにとって非常に重要なメッセージになりました。私たちは民間の様々な対話は政府間外交やお互いの課題解決のための基礎工事だと思っているんですね。そこで本音ベースで議論し、課題解決に対して本気で真剣に向かい合う。そういう議論をつくらなければならないと今日改めて感じました。まさにこのテーマで9月2日に日韓未来対話に臨みます。今回の対話には韓国の政治家が5人もいますし、いろいろな人たちがいます。その人たちと本気で議論します。そして次は、9月の末に中国から50人くらいが日本に来て、そこでも議論します。これはすべてオープンにします。ですから、多くの人に考えていただきたい。考えていく中で北東アジアの将来のきっかけをつくりたいと思っています。そういう意味で今日は良いスタートを切る貴重な対話になりました。皆さんどうも本当にありがとうございました。
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