2016年7月14日(木)
出演者: 奥薗秀樹(静岡県立大学国際関係学研究科准教授)
澤田克己(毎日新聞論説委員)
西野純也(慶應義塾大学法学部政治学科教授)
司会者: 工藤泰志(言論NPO代表)
7月20日、言論NPOと東アジア研究院(EAI)は、ソウル市内で記者会見を行い、「第4回日韓共同世論調査」の結果を公表しました。それに先立ち行われた言論スタジオでは、静岡県立大学国際関係学研究科准教授の奥薗秀樹氏、毎日新聞論説委員の澤田克己氏、慶應義塾大学法学部政治学科教授の西野純也氏をゲストにお迎えし、「第4回日韓共同世論調査をどう読み解くか」と題して議論を行いました。
まず冒頭で、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志が、今回の世論調査では、相手国に対する印象や日韓関係の現状認識などにおいて、両国で昨年より前向きな傾向が出てきているとの結果を紹介しました。それを踏まえ工藤は各ゲストに対して、「このような印象改善の背景には何があるのか」と尋ねました。
なぜ国民感情は改善したのか
これに対し韓国をしばしば訪問する西野氏は、韓国国内の変化として、これまで3年間の日韓関係があまりにも悪かったため、「さすがにそろそろ改善しなければならない」という雰囲気が出てきていると解説。そして、昨年12月の「慰安婦合意」について、その内容に不満はあれど「これをきっかけに日韓関係を正常化しなければならない」という機運が高まってきていると説明しました。
奥薗氏は、西野氏の見方に同意しつつ、国民感情改善の別の理由として日米韓の再連携の動きを挙げました。朴政権発足以降の韓国は中国との関係を重視し、「日米と同じグループ」ではなく「中国の側に行ってしまったのではないか」と日本側が懸念を抱かざるを得ないことが続いたが、2016年に入ってから韓国が「中国との関係を一定程度犠牲にすることを覚悟しても、明確に日米両国との連携を深めるというアクションを起こしている」ことにより、日本側の対韓認識が好転し、それが韓国側にも波及するなど改善の好循環を起こしていると解説しました。
澤田氏は、慰安婦合意について、合意直後の世論調査では韓国国内で7割が否定的な見方をしていたことを紹介し、それと比較すると今回の世論調査で否定的な見方が4割を切っていることから、韓国人の対日観が落ち着いてきていると語りました。澤田氏はその背景として、慰安婦合意以降の報道姿勢の変化を指摘。特に、韓国のメディア報道は、その政治的立場によってポジティブな方向の報道とネガティブな方向の報道との二極化しており、それによって韓国国民の慰安婦合意に対する見方も割れ、日本に対する否定的な見方一色にならなくなっていると分析しました。
日韓関係の先行きには不透明感も見られる
次に、国民感情だけでなく、日韓関係の現状についても評価が改善していることについて、工藤がその理由を尋ねると、西野氏は「悪い」という評価が「底を打った」としつつも、特に韓国では、「非常に悪い」は激減した一方で「どちらかといえば悪い」は増えていることから、まだ「様子見」という風潮があると指摘。さらに、朴槿恵政権の対中外交、対米外交が共にうまくいっていないことに伴い、一定の進歩が見られた日韓関係についても先行き不透明感が広がっているとの認識を示しました。また、日本側にも「慰安婦合意が着実に履行されるのか、不安に思っている人が多いのではないか」と語りました。
澤田氏は西野氏の指摘を受けて、「日本と韓国の関係は、ここ20年くらいで大きく変わり、それまでの『日本の方がはるかに大きくて韓国がそれに依存する、韓国は日本を防波堤として強く必要とする』というかつての関係とは違う、もっと水平的な関係になってきている。だから、過去に経験のないこの状況の中で日韓関係がどうなっていくのかというのは誰にも分からないということをこの世論調査結果は反映しているのではないか」と韓国側の「不透明感」の背景を解説しました。
中国に対する過剰な期待からやや揺り戻しが見られる韓国
次に、「日韓関係と対中関係のどちらが重要と思うか」という設問において、韓国では日本と比べて「中国との関係が相手国との関係に比べて重要だ」という人が多かったことや、「自国との関係にとって、世界の中でどの国が最も重要だと思うか」という設問で、日本は「アメリカ」という回答が圧倒的だったものの、韓国では、安全保障上の同盟関係にある「アメリカ」よりも「中国」という答えの方が多かったという結果について、工藤がその理由を尋ねました。
これに対し西野氏が、この結果を地政学的な観点から「現在の国際社会で置かれた日韓それぞれの立ち位置をそれぞれがどう認識しているのかということを、素直に表した結果だ」と評すると、奥薗氏も韓国側の事情として、アメリカがつくり上げてきた既存の秩序を大事にしつつも、中国がつくろうとしている新しい秩序にも関与せざるを得ない韓国が置かれている難しい立場を指摘しました。
その一方で西野氏は、「韓中関係が重要」と考える韓国人が10ポイント近く減少していることに着目し、この背景には北朝鮮の核実験に対し中国が韓国の期待したような対応を取ってくれなかったことに対する失望感があると指摘し、今後は「中国に対する過剰な期待は禁物である」という認識も広がってくると予測しました。
奥薗氏もこれに同意し、「朴政権を支持する保守勢力の中でも、朴大統領が中国との関係を非常に重視してきたことに対し、それが対米関係を害するのではないかという不安感があったのが、総選挙で与党が負けて以降、政権末期で政権の求心力が落ちていく流れの中で、『これは朴槿恵外交の失敗である。やはりアメリカとの関係をしっかりしていかなければいけないのだ』という揺れ戻しの動きが、韓国の国内でも表面化してきている」と解説しました。
澤田氏は、両氏の見方に同意しつつ、「では、韓国の対中認識が日本と同じラインに立つのかというと、それは全然違う」と述べ、「中国に期待しすぎた」という反省から揺り戻しはあるものの、「それは相対的な認識のレベルが下がったというだけであって、日本の対中認識とは次元が違う」と語りました。その上で今後、安全保障面の協力などにおいて、「日米韓の連携が必ずスムーズにいくかというとそういうものでもないし、むしろ期待しすぎてしまうと、南シナ海の問題などに対する韓国の中国寄りの対応をするようなことがあれば、日本やアメリカの側で失望感が以前よりも強くなりすぎはしないだろうか」と懸念を示しました。
安全保障をめぐる日韓の認識の違いの背景には何があるのか
次に、工藤は「軍事的な脅威を感じる国」という設問で、昨年よりは20ポイント減少したものの、韓国人が「北朝鮮」に次ぐ2番目に「日本」を挙げている理由について尋ねました。
これに対し西野氏は、昨年、韓国の中で「日本が軍事的脅威だ」という回答の割合が上がったのは、「安保法制に対する不信、不安の一種の表れだ」とした上で、「ところが、昨年8月のいわゆる「安倍談話」以降、どうやら『安倍政権は思っていたほど保守的でも、軍国主義的でもない』という認識が出てきたことにより、20ポイント下がった」と分析しました。
そして、日本に軍事的脅威を感じる理由について、工藤が「日本の新しい安保法制の中で、集団的自衛権に基づいたアメリカとの共同行動が可能になったから」という答えが3割あったと述べると、奥薗氏は、「アメリカとの共同行動が可能になったことによって、朝鮮半島有事の際に自衛隊が朝鮮半島に入ってくることに対する強いアレルギーがある。そのことで、韓国国内では、マスコミも含めてかなり議論が高まったのでそれが反映されているのではないか」と解説しました。
続いて、工藤が日韓両国の核武装の是非について、韓国人は、日本の核武装には「反対」が82.5%だが、自国の核武装については59%が「賛成」と答えているという結果を紹介すると、西野氏は「そもそも韓国人には日本人が持っているような核アレルギーはない。実際に、1990年代以前には韓国にはアメリカの核が配備されていた」と説明。しかし同時に、この結果は現状に対する不満の一種の表れであり、「核武装のメリット・デメリット」について良く考えた上で回答している人はいないとの見方も示すと、奥薗氏も澤田氏も同意しました。
そして、新設した設問である「自国内の米軍に期待する役割は何か」という設問に関して、まず工藤は「日本人と韓国人とで、米軍の役割に対する認識が違う。日本人は、自国防衛だけでなく、北東アジアの平和的な秩序のために米軍の役割を期待しているところがあるが、韓国人は自国と朝鮮半島の問題だけを考えていて、他の地域のために米軍が駐留することを嫌がっている」と指摘しました。
これに対し奥薗氏は、「朝鮮半島は、歴史的に見ても周辺諸国の角逐場になってきた」とした上で、「仮に朝鮮半島が平和的に統一されたとしても、在韓米軍がいきなりいなくなると、その空白をめぐって再びそういう歴史が繰り返されるのではないかという懸念が、朝鮮半島の人々には強くある」と指摘。
澤田氏は同様の認識を示した上で、「日米同盟は、朝鮮半島有事以外にも台湾環境の有事も想定されるが他方、米韓同盟の場合、韓国人は中国に対して非常に気を使わざるを得ないため、台湾有事には絶対に触りたくない。朝鮮半島安定以外にはせいぜい中東に展開するための米軍の後方基地くらいの役割しか求めていない」と語りました。
日韓の「求心力」を高めるために、ノンガバメンタルな両国のパイプを太くしておく
最後に、工藤が今後の日韓関係の進め方を尋ねると、澤田氏は、世論調査結果で「相手国に行ってみたい」という人は多いにもかかわらず、実際に訪問経験がある人が2割から3割にとどまっていることを踏まえ、「『行ってみたい』と思っている人たちに、相手の国に実際に行ってもらって、そこで色々なものを感じてもらうということが重要だ」と直接交流を増加させることの重要性を説きました。
奥薗氏は、歴史や領土など日韓両国を引き離すような「遠心力」がある一方で、それを上回る対共産主義や対北朝鮮などの「求心力」もあると指摘。しかし、「冷戦後、遠心力だけが働くようになって、共通分母が日韓の間でなくなってしまった」と振り返りました。その上で、「日韓関係の遠心力は今後も働くが、例えば北朝鮮の核に日韓がどう対するかという課題では、今年に入ってからの日韓関係の改善を見ても、まだ共通分母として機能している」と明るい材料もあると語りました。そして、「色々な要素で共通分母を大事にしていく中で、遠心力が働くからといって、日韓関係全体が停滞してしまうようなことをいかに回避していくか」が課題であり、それを乗り越えるためには、「トラック2、トラック3の多様な日韓関係を併存させていくことが大事だ」とノンガバメンタルな両国のパイプを太くしておくことの重要性を指摘しました。
西野氏は、慰安婦問題に関する調査の結果に着目し、「韓国国内世論で『評価しない』という人たちが合意直後から徐々に減ってきている」と指摘。このように「今後どうなるか見守ろう」と考えている層に対して、「慰安婦合意を誠実に実行していき、今後、日韓関係が意味あるものにしていくのだ」と伝えていく作業が必要だと語りました。
また、相手国に対して良い印象を持っている理由に関連して西野氏は、「韓国側の答えで多いのは『日本人は親切で真面目だから』という理由が多く、日本側の答えでは「韓国のドラマが好きだから」などとなっている。こうした、ごくごく自然な国民レベルの素朴な感情が両国関係を支えていることは間違いないわけだから、これをもっと育てていく必要がある。この世論調査は、どこを育てていけばいいのかという処方箋を出していくための非常に重要な診断であるので、これを活用していくのが日韓関係に携わる我々の役目だ」と語りました。
議論を受け最後に工藤は、9月に韓国・ソウルで開催される「第4回日韓未来対話」に向けた強い意気込みを口にし、白熱した議論を締めくくりました。
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