北東アジアの平和をどのようにつくり上げていくのか

2015年10月19日

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2015年10月19日(月)
出演者:
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、駐中国大使)
小野田治(元航空自衛隊教育集団司令官、元空将)
神保謙(慶應義塾大学総合政策学部准教授)

司会者:工藤泰志(言論NPO代表)

工藤泰志 工藤:言論NPOは10月24日、25日の2日間にわたって北京で「第11回 東京-北京フォーラム」を開催します。このフォーラムは、日中関係が非常に厳しい状況の中、立ち上げた民間の対話の舞台です。私たちは、日中間の課題を対話の力で乗り越えたいということで、このフォーラムをこれまで行ってきました。

 今回のフォーラムの中で、私たちの一番の関心事は安全保障の対話です。私たちは2年前の2013年のフォーラムにおいて、中国との間で「不戦の誓い」に合意しました。その合意を、さらに拡大、発展させるために、私たちは「北東アジアの平和をどうつくっていくのか」という議論に入っていきたいと考えています。今日は、その対話に参加いただく3人の方にお越しいただき、今回の対話で私たちは何を実現しようとしているのか、という点について皆さんと議論をしていきたいと思います。まず、宮本アジア研究所代表で、駐中国大使も務められた宮本雄二さん、元航空自衛隊教育集団司令官で元空将の小野田治さん、慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙さんです。

 はじめに、今、日本と中国を取り巻く安全保障の環境がどういう状況にあるのか、そして、私たちが課題として考えなければいけない問題はどこにあるのか、という点について話を進めていきたいのですが、まず宮本さんから、どうお考えでしょうか。

日中関係における脇役から主役へと変容してきた安全保障問題

宮本:2013年の北京では、工藤さんの尽力によって「不戦の誓い」という合意に達しました。

 これまで日本と中国の関係において、安全保障というのはいわば脇役の問題でした。日米安保条約がどのように台湾に関連するかという点で、「米国が主役、日本が脇役」という構図だったわけです。ところが、2012年の尖閣諸島をめぐる対立の結果、日中両国の軍、自衛隊と人民解放軍が直接対立するという状況が出現しました。そういうこれまでとまったく状況が違う時代においては、どのように日中関係をマネージしていくか、ということは非常に大きな課題です。この安全保障の問題にうまく対処しなければ大変なことになってしまいます。

 そういう危機感から、「怖いから戦争しません」ではなく、「いかにして平和を作るか」という積極的な不戦である「不戦の誓い」を両国で合意しました。今回行うのはそれを踏まえた上で、さらに一歩どう進んでいくか、という議論です。脇役から主役となった中での今回の安全保障対話は、非常に大きなウェイトを持っているように思います。

工藤:小野田さん、その時から尖閣問題も含めて事態は動いていますが、今の日本と中国の安全保障の関係は、どのような状況でしょうか。

小野田:私は36年間航空自衛隊に在籍しましたが、この10年、20年の間でこうも中国の軍備が強大になるとは、想像していた人も少ないのではないかと思います。中国の軍備拡大のペースはそれだけ早い。もう一つ、これは軍に限りませんが、中国の行動が、周辺国から見て強圧的に見える。この2つのポイントは、日本だけでなくその他の国々にとって、安全保障上の大きな懸念材料になっています。

 尖閣諸島について申し上げると、軍事的な緊張はありますが、実際に中国軍と日本の自衛隊が非常に高い緊張感の下で対峙しているかというと、そうではない。ただし、中国が2013年に防空識別圏を設定して以来、実際に空の世界では見えない緊張が高まっていることは事実です。日本と中国の軍事的な緊張は、東シナ海、特に尖閣諸島をめぐる状況が一番大きいと思います。

神保:20年ほど前を振り返ると、1996年に日米安保共同宣言が結ばれる前の課題は、やはり朝鮮半島と台湾海峡でした。すなわち、地域における不安定性・不確実性に対し、米軍がどのような形で介入し、それを日本がサポートできるか。これが中心的な課題であり、脅威は我々の外側にありました。ところが、宮本さんがおっしゃるように、中国の急速な台頭に伴い、軍事力を投射する「幅」が大きく変わってきました。この「幅」が最初に現れるのが東シナ海の海域と空域、そして現在は南シナ海に広がっています。

 この海洋安全保障をどのように管理するかということが、日中間でも極めて重要な問題になってきており、そこに尖閣諸島という具体的な問題が入ってくるというのが、現在の日中の安全保障問題の構図です。さらに広げて考えると、そこには大きな2つの問題があり、1つが防衛大綱も散々述べている「グレーゾーン」です。伝統的な軍と軍の対峙という武力紛争に至らない領域で、様々な公船や民間船の活動が活発になっており、我々のいう「現状維持」に挑戦する迫力を持ってきています。これをどうマネージするかが非常に重要であることに変わりはありません。もう1つは、小野田さんが言われた通り、「中国の軍事力の近代化」で、これが米国の介入コストを高めています。90年代に米国が朝鮮半島や台湾海峡に介入した際よりも相当にコストが高く、しかも複雑になっている、この戦略環境をどう考えるかという点は、日本にとっても非常に重要な課題だと考えます。

認識のギャップは大きいのに、それを埋める対話の場がない

工藤:言論NPOが実施した世論調査でも、安全保障について日中両国の国民に質問しています。まず尖閣をめぐる領土の対立から軍事紛争が起こるかという質問にところでは、去年の調査では中国国民の半数が「軍事衝突の危険性がある」と答え、これには非常に驚きましたが、今年は収まってきています。一方で安保法制の問題などがあったのかもしれませんが、軍事的な脅威をお互いに抱いている。特に中国国民が、「軍事的な脅威を覚えている国」では、日本が米国を上回って第一位になってしまいました。国民感情など日中関係の世論は改善の方向にありますが、こと安全保障に関しては非常に複雑な展開になっています。この状況を宮本さんはどう思われますか。

宮本:専門的な話は小野田さんと神保さんにお伺いするとして、Perceptionといいますか、「物事を眺めて理解する」という出発点に問題を抱えていると思います。すなわち、中国の専門家がどの程度日本の状況を正確に理解しているか、そして、その専門家の言葉をどの程度一般の人々が理解するか、という課題があります。中国にとって、日本が米国を超える軍事的脅威であるというのはありえない話ですが、そういう結果が出るということは相互理解の問題がある。とりわけ、中国の軍事専門家、人民解放軍をみると、彼らは国内で純粋培養されたような方々で、海外との接触がほとんどありません。中国国内の論理で幹部になった人たちですから、自分たちのやっていることがどのように他国に受け取られているのか、他国の行動は何を意味しているか、ということに関する基本的な理解や想像力が足りません。

 我々が驚くような調査結果が出てくる背景として、出発点のところで相当に複雑な相互理解のギャップがあるということを自覚しておく必要があります。

工藤:そういう認識のギャップがある中で日本では安保法制の成立があり、これが中国でどう受け止められているかはわかりませんが、それが日本の軍国主義や脅威感という認識の形成につながっているのでしょうか。

宮本:戦前、戦中の経験があるものですから、中国の社会には日本の軍事的側面を過大評価してしまうということはあると思います。しかしながら、最も大切なのはそれを超えてどうするかです。中国の人たちは彼らの世界に閉じこもっていますので、日本の人が日本の考え方を説明しても、それが中国の人に届く場がありません。

 その点、「東京-北京フォーラム」は非常に良い場だと思います。我々が議論することで、日本側に日本の立場を伝える機会が生まれ、それが中国社会の中に入っていく。こういうものがないと、(安保法制も)中国側の専門家によって誤った認識のまま理解され、そしてそれが一般の国民に伝わってしまいます。

工藤:小野田さんにも対話に参加していただきますが、現在の安全保障分野の環境はかなり緊張していて対話をしてギャップを埋めなければいけないような状況なのでしょうか。どのような認識をお持ちですか。

小野田:認識のギャップは依然として大きいと思います。私は今回で3回目の参加となります。尖閣諸島問題を契機として日中関係が非常に冷却しましたが、昨年のAPECにおける日中首脳会談以降、中国側の姿勢に変化がみられ、日中関係改善への方向づけをしているように見えます。

 ただし、軍事的な観点から見ると、相互の対話の機会や仕組みが今も存在していません。日中の連絡メカニズム構築がまもなく調印にいたると思いますが、そのような機会を増やすことができれば、例えば軍事関係に携わる人間の相互理解が広がり、お互いの行動に対する予測可能性を深めていくことになるので、そういう機会を増やしていくことが今後の重要な課題ではないかと思います。

工藤:一方で、先ほどの世論調査結果が示すように、世論の中には安全保障面で日中間の距離感を覚えている人もいます。神保さんはこの状況をどのようにお考えですか。

安保法制の混乱を、対話のメカニズムをつくり、メッセージを伝えるための教訓に

神保:安全保障は戦後70年の日本の歴史の中で重要な意味を持っています。実際、日本国内の世論を見ても、安保法制をめぐり大きく意見が割れました。実は、自衛隊の世界的な展開というのは20年前のPKO法案から始まっていて、今はカンボジアだけでなく、アフリカ、中東、ハイチなど、世界中に展開しています。すでに90年代には周辺事態法という形で地域的な展開も念頭に置いていたわけで、その蓄積の中に今回の安保法制や安倍政権の安全保障政策があるわけですが、世論や中国とのコミュニケーションという視点でみると、戦略的なパッケージングについてどう説明するかという難しさがあったように思います。ですから、本来であれば日本国内でもあんなに意見が割れる必要はなく、中国側も落ちついてこの議論をみることができたと思います。そこで、対話のメカニズムを作ることや、互いにわかりやすいメッセージを伝えていく努力を続けるべきという教訓になったのではないでしょうか。

工藤:宮本さん、中国社会は日本の安全保障上の転換を、どのように見ているのでしょうか。

宮本:色眼鏡で見ているところがあります。例えば、「日本は従来から軍事を重視してきたから、軍国主義になりやすい国だろう」と思いながら眺めると、ちょっと動きがあれば「その傾向が強まっているのではないか」とどんどん思い込んでいき、「日本は不安な国」だということになってしまいます。もちろん、中国側だけでなく日本にもそういう傾向があるということは我々も自覚しておく必要があると思います。

工藤:小野田さんもおっしゃったように、専門家レベルでの対話や、軍関係の対話などが動かないと話にならない気がします。

小野田:基本的に軍と軍の対話というものは、両国の政治状況が悪化すると凍結されてしまいます。政治状況が悪くても我々のような民間によるトラック1.5やトラック2であればチャネルとして継続できますが、軍と軍の対話は止まってしまう。止まってしまうと、何か危険な事態があったときに対話のチャネルがないため、偶発的な衝突を生む危険があります。先ほど申し上げたように、昨年来の日中の関係改善の文脈の中で、軍事レベルの連絡メカニズムというものが再始動し、ようやくまとまりかけているというのが現在の状況です。ですから、かなり緩和しているのが現状だと思います。