2014年2月21日(金)
出演者:
五百旗頭真(熊本県立大学理事長)
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)
インタビュー出演:
高原明生(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
工藤:言論NPO代表の工藤泰志です。私たちは今年から、東アジアの問題について様々な議論を行ってきました。東シナ海、南シナ海の中で、中国と関係当事国の間に色々なかたちでの対立が生じてきている。私たちはこの状況を何とか、封じ込めたり管理したりして東アジアの秩序作りを進めていく必要がある、という問題意識を持っています。そのために、自衛隊関係者や専門家の方をお呼びして議論を進めてきましたが、今日はその一つのまとめとして議論をしていきたいと思います。
それではゲストの紹介です。まず、熊本県立大学理事長、そして前防衛大学校長の五百旗頭真さん、次に、宮本アジア研究所代表で、駐中国大使も務められた宮本雄二さんです。なお、スタジオには来られませんでしたが、東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生さんにも事前にインタビューをさせていただきましたので、そのインタビューも交えながら今日の議論を進めていきたいと思います。
それでは、議論に入ります。やはり、この議論の直接の契機となっているのは、日本と中国の関係悪化の問題です。去年の10月末に、私たち言論NPOは民間レベルですが日中間で「不戦の誓い」をしました。また、私たちだけではなく、経済界も含めて民間レベルで何とかこの状況を改善する環境を作ろうという色々な動きがあったのですが、安倍首相の靖国神社参拝など新たな問題が起こり、日中関係はかなり厳しい局面を迎えています。
ただ私たちは、現在の紛争が懸念されるような状況から、日中関係を何とかして立て直したいという気持ちを持っているのですが、今後の課題についてどうお考えですか。
日中関係における当面の課題は何か
宮本:短期、中期で分けて考える必要があると思います。これまで日中関係に携わってきた私の経験から見て、短期的には雰囲気の改善が最優先課題です。雰囲気が改善されないと上の人は動けない、上の人が動けないと下も動けない。とりわけ中国側ではそのような構造になっています。そこで、双方が相手を大事にしている、そして、相手との関係改善を望んでいるのだ、というメッセージを送ったりして、良い雰囲気をお互いに感じることができるようにして、動きやすい環境を作ることがまず大事だと思います。
中期的なポイントは、大きな意味での転換期を迎えた中国が、国際社会において責任ある大国になるために、どのようなビジョンを描いていくのか、ということをわれわれも一緒になって示すことです。国際秩序は理念と、その理念を具体化するルールというものを持っています。こういうものに対して、中国はそろそろきちんとした回答を出す必要がある。自分たちはそれを全面的にサポートするのか、部分的修正を求めるのか。あるいは、全面的修正を求めるのか。そういうことを明らかにしないと、危機的な日中関係の再構築、さらにはアジア全体の秩序の構築も難しいと思います。
五百旗頭:中長期的な観点からお話しします。大国というのはどこでも自らを「例外国家」と位置付けるのです。その典型がアメリカです。アメリカの場合、普遍的なルール作り、あるいは戦後の秩序作りが好きですが、それを作ると自分もそれに制約されることになる。そこで、それを作る特別なミッションがあるというプライドを持ちつつ、その作ったものに縛られたくないので例外国家としての振る舞いをして、色々と国際社会で問題視される。そして、中国も非常に例外国家的なところがある。国内では最高指導者層は超法規的存在ですが、国際関係の中では、中国という国そのものが超法規的な存在になろうとしている。そして、中国が欲するものを周辺国は尊重しなければいけない、そうすれば良い関係を作ってやる、といった態度を取るのです。その中国の例外国家の自己イメージがどういうものになっているのか、非常に気になるところです。古い宗主国・朝貢国的な国際関係はもはや現代にはそぐわないとみんなが思っていますが、そういった思考が中国の伝統の中にはまだあります。それが、東シナ海、南シナ海での行動にもつながっているのです。1992年の領海法の制定時には大きな動きを見せませんでしたが、2020年に中国の経済力、軍事力が日本を上回るという状況になってきた時にはアクションを起こすことも考えられます。中長期的なそういう意思があると思います。
他方で中国は、周辺国から尊敬される国でありたい、という願望もあります。去年の10月、習近平の周辺外交方針のステートメントにはそれが示されているわけです。そういう中で、中国がどういう例外国家になろうとしているのか、そして、どのように「責任ある大国」になっていくのか。それが非常に気になるところです。そして、それを暴走することなく何とか落ち着かせていく、ということが国際社会にとっての課題であると思います。
いまだ理念の定まらない中国
工藤:確かに中国がやっていることはかなり危険で、国際社会から見るとびっくりするようなこともあるのですが、一方で、昨年10月末の習近平の周辺外交方針を読みますと、意外に平和や関係国との交流、友好などを非常に重要視している。このように硬軟両面を見せていますが、どちらが中国の本音なのでしょうか。
宮本:中国はあらゆる面においていまだ形成過程にある国です。外交方針についても今、色々な考え方が乱雑に机の上に置かれていて、それぞれに魅力を感じている、という状態です。ですから、周辺国外交方針で示した、「中国だけが豊かになっても意味はない、周辺国と共に豊かになっていかなければいけない、共に豊かになるためには周辺国と平和で安定的な関係を作らなければならない。周辺国に中国のことを尊敬してもらいたいのであれば、我々も周辺国を尊敬しなければならない」など、これらの美学も間違いなく彼らの本心です。
しかし、その美学と現在、南シナ海で見せている、周辺国に対する姿勢がつながらない。例えば、ロンドンに住んでいる中国人の学者が勇ましい論文を書いている。習近平政権の外交方針について提言していたその中には、「戦争を恐れず、戦争をできる力を持って初めて戦争を避けることができる」などと書いてあります。そういう力に対する信奉も確かに中国国内にはある。非常に平和的、倫理的な側面と、「力」という現実的で、赤裸々なものに対する信奉という2つの面を中国は持っている。したがって、これから国際社会は、いかにして中国を前者、すなわち周辺国と協調する平和的な国、という方向性にもっていくのか、ということを考えながら努力していくしかないと思います。
工藤:中国には世界、あるいはアジア地域において、どのような秩序を作っていくのか、という理念がまだないのでしょうか。
五百旗頭:私は新日中21世紀委員会の委員を5年間やっていましたが、その時に、中国のカウンターパートに「中国はドイツのような台頭の道を進む気なのか。つまり、力の高まりとともに、それを使って既成秩序に挑戦し、20世紀のような大戦を引き起こすのか」と問いかけました。そうすると、中国側の人はこぞって、「我々はかつてのドイツや日本のような道を取らない」と答えました。では、「第1次大戦から第2次大戦の頃のアメリカ型かイギリス型か」と聞くとそれでもない。彼らは「中国には中国独自の大国としてのあり方、道があるのだ」と言います。では、「それは何か」、と聞くと、あまり明快な回答はなかった。宮本さんは、この辺りをどのように見ていらっしゃいますか。
宮本:色々な意見が中国の言論空間に満ち溢れている状況の中で、とりわけ中国が今、一番困っているのは、中国古来の伝統的な価値観をどのように位置付けるのか、という方針がなかなか定まらないことです。ですから、「中国独自」といった場合に、何をもって「中国独自」とするのか、という問題があります。マルクス・レーニン主義というのは決して中国独自ではありません。
そもそも、何が中国独自なのかということについて、実は彼ら自身も分かっていないわけです。「中国の夢」や、「中国の特色ある社会主義の価値観」など色々なものが出てきています。しかし、それが定着しない。
私個人の考えとしては、中国が中国らしくあるというその根本には、中国の伝統があるのではないでしょうか。歴史、伝統から離れた中国というのはあり得ないわけです。そうすると、その歴史、伝統的なものを取り戻して、それを今の中国社会の中に位置づけるということをやらないといけないのですが、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論などが展開されていくうちに、伝統的なものが入る余地がなくなってきている。それが今の中国の最大の論理矛盾なのです。
工藤:周辺外交方針では、「親・誠・恵・容」という4つの言葉が新しい概念として出てきましたが、この意味は何でしょうか。
宮本:まさに、伝統的なものを使って、外交方針を説明しようとしている新たな努力なのです。そのこと自体はむしろ歓迎すべきことで、「親、誠、恵、容」は中国の伝統的価値観でもあります。それを中国は外交で使おうとしている。
ただし、そういう伝統的な価値観をどう位置付けるか、ということについて、中国共産党自身はまだきちんとした公式の結論を出していません。
一時期は孟子も出てきませんでした。ご存じのように、孟子は中国儒学の中で一番の革命思想で、世の中を変えていこうとする意識の強い論説なのですが、それをしばらく中国共産党は出さなかった。しかし最近、この孟子も出始めました。ですから、以前に比べると変わってきてはいるのですが、それをきちんと整理できていない。例えば去年の夏頃、義利観外交という理念を楊潔?と王毅が出しましたが、中国社会の中で受け入れられず、消えていきました。
工藤:ここで高原さんのインタビューを紹介させていただきます。
工藤:現在、日中関係が非常に厳しい状況なのですが、どうすれば解決の方向に向かうのでしょうか。
高原:お互いの国の中の雰囲気を変えていく、ということがとても大事だと思います。特に中国では今、ものすごい反日プロパガンダが続いています。それを改めていくための土台づくりをしていかないと、政治関係はなかなか前に進めないと思います。それを進めていくためには、習近平さんの鶴の一声、号令、あるいは明瞭なシグナルが出るということが大事だと思います。
そのためには、習近平さんが日本についての正しい情報を得るということが、最も大事なことだと思います。ですから、日本側としては「東京-北京フォーラム」も含め、様々なルート、チャネルを駆使して、習近平さんにアプローチしていく、ということが大事です。
工藤:中国も日本も、この状況を解決したいという意志は持っているのでしょうか。それとも、非常に不安定な状況はむしろお互いにとって都合がいいと思っているのでしょうか。
高原:一部には都合がいいと思っている人もいるかもしれません。そういう人たちが情報を指導部に上げているとすると、非常に困ったことになりますので、習近平さんに対しては、今すぐ日中関係を改善することが、中国にとってこんなに重要なことなのだ、という点をアピールしていくことが大事だと思います。
工藤:次に、今、尖閣諸島の周辺を含めて、東シナ海での危機管理ができない状況が続いていて、世界も非常に気にしています。実際、こういう問題をどういう風に立て直していけばいいのか、そして、それは可能なのでしょうか。言論NPOがこの前、有識者アンケートを行ったところ、日中2国間での関係改善は難しいので、アメリカに仲介を頼んで、日米中でやったらどうか、という意見が出てきました。こういうことは、どのように考えていけばいいのでしょうか。
高原:そういうマルチ、ないしはミニマルチみたいなものでもいいと思うのですが、ポイントがどこにあるかというと、まだまだ誤解が大きいという点だと思います。例えば、中国側の識者の間でも、2012年9月の日本政府による尖閣諸島の購入が、ものすごく捻じ曲げられて理解されている部分があります。日本側が仕掛けてきた、強く出てきたという認識があります。あるいは、棚上げで合意していたのに、それを破って悪さをしてきた、という認識があるのです。全くの誤解だと思いますが、そういった認識を変えていくというところから始めなければいけない、と思います。それをしていく上で、第三者も入った方が中国側も納得してくれるということであるならば、ミニマルチみたいな対話もいいと思います。
日中両国の雰囲気は変えられるのか
工藤:高原さんがおっしゃっていた、「お互いの雰囲気を変えていなかないといけない」ということは、先程宮本さんもおっしゃっていました。では、どのように雰囲気を変えていけばよいのでしょうか。
宮本:中国国内でもいくつかの意見がせめぎ合っています。単純に中国は現状を力で変更するということで固まっているというわけではなく、それはおかしいという声もかなりあります。雰囲気を改善していくためには、中国側でそのような良識的な人たちが動きやすくなるように、ということを心がけていくことが必要だと思います。
もちろん一番重要なのは政府、とりわけ安倍首相をはじめとする日本のリーダーたちが中国側に積極的なメッセージをきちんと送り、中国側のレスポンスを得ることです。それから、経済界、文化、青少年を含めた様々な民間交流を活発化していくことによって、雰囲気の改善を図っていくことです。もちろん、中国が軍事・安全保障に力を入れてきたら、こちらも負けないようにしっかりとやればよいと思いますが、それと同時に中国に対して彼らの痛みを理解するようなソフトなアプローチをどのようにしていくべきか、ということを日本として考える時期に来ていると思います。
五百旗頭:中国から力を背景にした挑戦をしかけられた時に、日本は安易な妥協はすべきではありません。一方で、危機を加熱し戦争も辞さない、という姿勢も示してはいけない。じっと耐えながら、動かずに、しかし、国際的に有利なかたちに形勢をもっていくということが重要です。そのためには日米同盟を強化し、北方のロシア、南方の東南アジアの国々とも関係を構築する、さらにその他の地域の国々とも、関係を良くして、どことでも前向きな関係を作っていくことが必要です。
この点、安倍政権は1年1か月の内に31か国を訪問しました。これはよくやっていると思います。安倍政権は、そうして形勢を作ったうえで、タイミングを捉えて中国に対して、にこやかに「穏当な協力関係を作りましょう」と対峙することによって、中国が日本との関係構築をせざるを得ない状況に追い込んでいく、という外交戦略なのかと思っていました。しかし、昨年12月に安倍首相は靖国神社に参拝され、結局中国に後ろ足で砂をかけてしまった。これによって日中関係再構築の機を失った。こうなってしまうと、もう少しじっくりと様子を見ながら、しかしできるところから良い関係を作り直していき、雰囲気を作っていくということしかないと思います。
日本はどう中国に向き合うべきか
工藤:確かに、かなり動きにくくなりました。ただ、この状況をどのように作り直さないといけないのか、といことを考えないといけないと思います。それでは、どのようなきっかけがあり得るのでしょうか。
また、アメリカや世界が東シナ海の問題に注目しています。国務長官の動きを見ているとアメリカが仲介に入ってきているようにも見えます。実際にそこまでの動きはあるのでしょうか。
宮本:アメリカでも、中国が力で現状を変更しようとしている認識がますます強く持たれるようになってきています。アメリカ国内の報道や発言を見ても、そうした傾向が目立ってきています。したがって、アメリカはそういう力による現状を変更するようなことは許さないというメッセージを出してきていますので、米中関係は以前より緊張しています。しかし同時にアメリカは、計算できない状況下で不測の事態が起こることも非常に心配していますから、アメリカは間違いなく東アジアに関与せざるを得ないと思います。ですから、それは一つの大きな流れとして組み込んだうえで、日本は外交戦略を立てていけばいいと思います。
しかし、日本がもう一度中国と膝を交えて話さないといけないことは、お互いに相手をどのように位置づけるのか、ということをもう一度冷静に考えてみることです。未来永劫の潜在的な敵国とみなすのか、それとも将来的にはパートナーに戻るのか。さらには、東アジアにどのような秩序をつくり、どのように繁栄を享受していくのか。そのビジョン作りから出発すると、これからどうしたらよいかという方向性が出てくると思います。現在のように軍事・安全保障に重点を置いた考え方だけになってしまうと、潜在敵国としか考えられなくなり、しかもいずれは顕在化します。これは避けないといけません。
五百旗頭:同感です。私は歴史家ですのでその観点からお話ししますと、20世紀の日本は太平洋の両側の2つ大国であるアメリカと中国と敵対した結果、昭和20年のような結末を迎えることになりました。こうした歴史を踏まえ、21世紀の日本の安全な航海のために必要なことは、この2つの国と敵対しないということだと思います。とはいっても、両方と同じような友好関係を築くのではなく、日米同盟プラス日中協商という視点が重要です。「同盟」の相手はアメリカです。協商は外交用語でアンタント(entente)と言いますが、これは相互利益を意味します。全体的な運命共同体ではなく、部分的な共同利益があればそれを大事にしていくということです。この「協商」の相手は中国です。日米同盟プラス日中協商が21世紀の日本の生存と繁栄にとって不可欠なのです。
その観点からいうと、宮本さんが言われたことに賛成です。確かに、尖閣問題で中国の力による変更に日本が屈してしまったら、日本の喪失感が大きいだけではなくて、東南アジアの国々も「日本でもその様か」と失望するでしょう。ですから、しっかりと「力には屈しない」と構える。しかしその一方で、最終的には中国と協力関係を培っていくという心構えをもっていることは非常に大事です。これは21世紀を通じての課題だと思います。
工藤:昨年末、 NSCが発足し、初めて日本は政府としての外交戦略を出しています。しかし、日本はアジア外交、とりわけ対中国に対しては、まだ封じ込め政策のような印象を受けるのですが、戦略的な展開や理念、姿勢は定まっているのでしょうか。
宮本:2012年の野田政権の尖閣諸島国有化に対する中国の強烈な対応を、私も含め日本は読めていませんでした。したがって、ある種の不意打ちになったわけであり、日本の対応もあくまでも瞬間的な対応であり、それで対中政策がきちっと定まったわけではありません。
NSCでは、そういうことを踏まえた総合的な視点から中国も含めた対アジア、対太平洋の政策を作っていってもらいたい。そういうときに五百旗頭さんがいった視点は当然入れるべきだと思います。
五百旗頭:「中国とは険悪だ、韓国とはもうだめだ」と決めてかかってしまうと、そのような雰囲気になり、本当にその方向に行ってしまうという危険性があります。難しい事態になればなるほど、東アジアだけでなく、アメリカ、ロシア、東南アジアなど、空間的に視野を広げ、時間軸を長く取って中長期的に外交を見ていくべきだと思います。そうすると、大筋ではお互いにつぶし合うことは双方にとっての利益にならない、という方向に行くと思いますので、そこでどのような関係改善のきっかけがあるのか、ということを模索していく。中国は領土の主張はなかなか変えないと思いますので、今後も軋轢はあるでしょう。しかし、隣国との関係を大事にしたいのであれば、ただ単に無視するのではなく、プラスの点が見えてきたら、「これは評価できる言葉だ」というような反応を一つすることだけでも、関係改善に向けて弾みがつきます。この心構えがあれば、きっかけは出てくると思います。
宮本:確かに、褒めることは大事だと思います。皆さんは中国のことを4000年の歴史がある老大国だと感じているかもしれませんが、中国社会全体はまだ発展途上ですし、中国人たちもまだまだ成熟する過程にあると思います。ですから、良いことをしたらその点についてはしっかりと褒めて、そういうことで雰囲気を変えていく。それを足掛かりに相手に対して「自分は関係改善する用意がある」という意思表明ができると思います。
工藤:ボールは日本側にあるのでしょうか。
宮本:これは高原さんがいったように両方にあります。向こうも、我々と違う状況認識です。おそらく、防空識別圏が日本国内の対中観に非常に大きな影響を与えたという自覚は中国にない可能性があります。ですから、中国の防空識別圏設定で日本は、びんたを食らった、と感じでいる人もいます。しかし、向こうはそういう気がありません。むしろ、安倍首相の靖国参拝で自分たちがやられたと思っている。間違いなくそういうところで行き違いがあります。そこはもう少しいろんなチャネルを使って、きちんとしたかたちで意思疎通をすることが必要です。
「平和」に存在する日中間の根深い体験の差
工藤:今度は日中関係をベースにしながら東アジアの平和で安定的な秩序をどう作っていくのかというテーマで議論していきます。中国の力による現状変更の動きは認められないし、日本もきちんと対応する必要があります。ただ、国民レベルで両国が共に理解できる言葉はあると考えます。昨年10月、私たちは「東京‐北京フォーラム」で「不戦の誓い」を出しました。それは、「戦争をしない」、「平和を希求する」、「命を大切にする」など、そういう価値に関して、合意することが、日中両国の世論を変え、それが政府間外交の新しい環境づくりに役立つであろうと考えたからでした。当時、あの段階では中国の民間人も不戦の誓いに合意したわけですが、ただ、それ以降の「使い方」がうまくいっていないし、ねじれている感じがしています。この「不戦の誓い」で示された「平和」という価値観は今後の日中、さらにはアジアにおける秩序作りにおいて、共通の価値観として重視されていくのでしょうか。
宮本:再三再四確認するべき、重要な理念や目標であることは間違いないと思います。中国側でも平和を破壊しようという動きに対する国民の支持は決して高くありませんので、日本側としては引き続き、中国に対して平和の価値について確認し続ける必要があります。また、政府レベルでも確認する必要があると思います。特に去年は日中平和友好条約35周年という節目の年にわれわれは「不戦の誓い」を出しました。平和については条約というかたちですでに日中間で約束しているのですから、両国政府はその約束を折に触れて思い出す必要があります。また、日本政府が現在進めている積極的平和主義についても、その具体的な内容に私たちが提唱しているこの理念をぜひ入れてほしいと思います。
工藤:私たちは毎年、日中共同世論調査を行っていますが、野田政権による尖閣国有化前の調査では、「領土問題をどう解決するか」と質問したところ、「平和的な解決を望む」という回答は、中国人の方が日本人よりも多い結果となりました。この結果は、国民レベルでも平和は共通の理念になりそうだということを示していると思います。ただ、その後、国有化にともなって、国民世論が非常に複雑な状況になってしまいました。それについてはどうでしょうか。
五百旗頭:国家が平和を希求し、その実現のためにどの程度本気で取り組むかは、国民の歴史的体験によって左右されると思います。日本は戦前、戦を非常に好みました。山本五十六が揮毫によく書いた句として「国大なりといえど、戦好まば必ず滅ぶ」「国安らかなりといえども戦忘れるならば必ず危うし」というものがあります。当時、特にアジアでは近代化された軍隊をもっていたのは日本だけであり、戦えば必ず勝てるので、日本は好戦的でした。その挙句に、世界を敵にし、昭和20年に一度、日本は滅んだわけです。その手痛い国民間の共通体験がありますので、戦後の日本では、平和は絶対的な価値であり、憲法9条があろうとなかろうと軍事力を用いて目的を達するということは、とんでもないことである、という国民の共通認識があると思います。
その点が中国とはまったく異なります。中国の場合、日本の侵略に対して、抗日戦争をして新しい中国を作った。つまり、自分たちの存立のために、力、武器が有用であった、という体験があります。ですから、抽象的に「戦争よりは平和の方が良いでしょう」と問いかけたら、「そうだ」と答えますが、国家意思が発動される非常時には、経済力だけでなく、軍事力も国益にプラスなら躊躇なく使う、という逞しさを中国は持っていると思います。ですから、平和に対して、日中間には非常に根深い体験の差があるということは理解していないといけないと思います。
宮本:尖閣諸島をめぐる状況を見ていると、日中双方のロジックは似ていると思います。すなわち、「相手国が自分たちの領土を侵してきた。したがって、自分たちの領土を守るためには、軍事力を使ってでも、それを排除しないといけない」ということです。大多数の日本国民も中国国民も、自国の政府が毅然とした強い姿勢をとることに賛同しているのは、それは自分たちの領土を守る、という一点のためであり、それを越えて本格的な戦争に入ろうとしているわけではありません。ここに一つの光明があると思います。
ますます重要になってきた民間の取り組み
工藤:ここでまた、高原さんのインタビューを見てみたいと思います。
工藤:東アジアのガバナンスが非常に不安定で、何かが起これば、すぐに紛争勃発につながる危険性が出てきて、経済を始めとして、様々な面に影響が出てきてしまう。こういう状況を変えないと、東アジアが常に不安定な中東のようになってしまう可能性があるような気がしています。東アジアの平和で、安定的な秩序というものを、どのように作っていけばいいのでしょうか。その見通しというのは、高原先生の中にありますか。
高原:長期的には、自然にある種の共同体づくりに向かっていくと思っています。
工藤:それは、どのような範囲ですか。
高原:すでに色々な枠組みがありますが、それらが徐々に淘汰されて、最後に一番役に立つ枠組みが残ることになるので、それをベースにして、ある種のアイデンティが諸国民の間でできていくのではないかと思います。ただ、それは随分先の話だと思いますので、まずはそこにいくプロセスが重要です。そのためには、すでに、賢人会議などでビジョンが出されていますから、そういうものを決して忘れないで、時々復習していく必要があります。喫緊の問題に直面している安全保障については、どうやってマネージしていくのかという制度化から議論を始めたらいいと思います。例えば、10年前には、北朝鮮の核ミサイル開発という安全保障上の問題から、六者協議ができてきました。日中間には尖閣の問題がありますから、海上の安全メカニズムをつくっていく、ということが当面の課題ですので、そこから始めるべきだと思います。
工藤:私たちは昨年、「不戦の誓い」を発表しました。その「不戦の誓い」を、日中間の民間レベルで、東アジアの秩序づくりに活かしていけないか、ということを提案しました。つまり、「平和」や「戦争をしない」ということを、東アジアに置いて一つの共通した価値として確立していくために、民間レベルでアプローチしていくことについては、どのようにお考えですか。
高原:そういったことを民間レベルでやるのは、非常にいいことだと思います。将来的には中国でも、日本のものを参考にしながら中国なりの平和教育を行ってもらいたいと思いますが、そういう方向に向けた第一歩として、日本人が貴重な価値だと認識している「平和」をどうすれば中国人と共有できるのか、という課題に民間の会議が取り組んでいくのは、非常にいいアイデアだと思います。
工藤:高原さんがおっしゃっていたことは、やはり、民間の取り組みということが重要な局面に入ってきた、ということです。東アジアで不安定な状況がずっと続いているにもかかわらず、それを解決しようとする動きがないということは、これはこの地域でガバナンスが効いていない、ということですよね。特に、政府間外交が、なかなか2国間も含めて機能しなくなっている状況の中で、政府だけに任せて期待するだけでは、さらに危機が深刻化してしまう可能性がある。そうであれば、今度は民間という私たちの出番だと思っています。では、民間が未来に向けて何ができるのか、何を実現していかなければならない局面なのかということを最後にお聞きします。
宮本:まさに日本の知的コミュニティの責任だと思います。政府より半歩、一歩先を行って、構想、アイデアをどんどん打ち上げていく。日本の相対的な力、とりわけ経済力はこれから落ちていくわけですから、そういう中で、日本の存在感を維持し、場合によっては強めるためにはソフトパワーしかないわけです。そういう理念や構想を作り出すものは間違いなくソフトパワーです。安全保障の観点からすると、中国というアクターがいる限り、中国とバランスのとれる大国が入っていなければ、日本にとって意味のある安全保障の枠組みはできないと思います。したがって、アジアだけでまとまるということは、むしろすべきではないと思いますが、それ以外の経済や文化などについては、アジアがまとまっていくということについては、私は何の異議もありませんし、発展していけばいいと思います。アジアのガバナンスを確立していく上で、アジアの共通意識というものは不可欠だからです。ヨーロッパで一つのガバナンスができているのは、やはり共通の基礎があるという意識があるからです。そうすると、経済、文化の交流も含めて、アジアがもう少し交流を深めていって、共通意識を深めていく努力をしていくことが必要です。
五百旗頭:自由主義社会の良さは、多様性があり、民間が自由に動くことができる、ということです。その強み、持ち味を出すということが、今のように政府間外交が難しい状況では大事になってきます。中国では政府の意に反することはそんなにできないので、日本の社会に比べれば限界はあると思います。とはいえ、中国社会も伝統的に、例えば、食客3000人を囲って、ニュートラルな知恵として貢献させる、というふうな伝統もあるわけです。実は13億人の社会というのは、結構、多元的ですよね。その中には、日中関係が今のままではまずい、と懸念している心ある人も多くいると思います。しかし、彼らは自発的には動きにくいでしょうから、こちらの方から力強く動いて、そういう人たちの動きを引き出していかないといけない。また、日中間だけではなく、東アジア、場合によってはアメリカの民間なども入れた枠組みを作っていけば、より新しいインパクトがあるのではないかと思います。
日中だけでなくアメリカも入れた枠組みが必要
工藤:将来的には、多国間、マルチの政府間の仕組み作りが北東アジアにとって必要になってくるのでしょうか。
五百旗頭:全般的にはその通りですが、中国の場合、あまり多国間外交の伝統は少ないのです。中国外交は2国間、すなわちバイで合意していくということがベースなので、彼らにとっては、多国間外交というのは新しい経験なのです。しかし、得意ではないけれど、できないこともない。例えば、ARF(ASEAN地域フォーラム)で、東南アジアの国々が一斉に中国に対して「行動規範を作るべきだ」と言うと尊重する。このようなことが国家間でもあるので、民間レベルでもあり得るのではないかと思います。
工藤:日米中で、尖閣諸島周辺海域の危機管理をする、というアイデアについては、どう思われますか。
五百旗頭:非常に望ましいと思います。中国は日中間にアメリカを入れるということは好まない。しかし、アジア太平洋の問題を有効にマネージするためには、日米中という枠組みしかない。積極的に秩序を作る、という流れに直ちにはいかないと思いますので、まずは、危機管理的な観点から、日中に戦争をされたらアメリカにとっても大変なことになる、ということでアメリカを引き込んでいくことが大変重要だと思います。
宮本:結果としてはそういうふうになるのだろう、と思いますが、我々日本人の心の持ち方には注意が必要です。中国との間でどうしても話のしようがない、困りました、じゃあ、アメリカに入ってもらいますか、というのでは、情けないと思います。やはり、日本も一対一で中国ときちんと話せる状況を作ってから、アメリカにも入ってもらうべきです。危機管理上、米軍の存在というのはものすごく大きいというのは客観的事実ですから、アメリカが入ること自体は自然だと思います。
工藤:まずは日本と中国の2国間で現状を改善する努力を始めないといけませんね。
ということで、今日は非常に重要で、かなり内容の深い議論を皆さんに提供できたと思います。このアジア太平洋の中で、私たち日本人、また、日本の社会がどう考え、向かい合っていくのか、ということでずっと議論をしてきましたが、皆さんはどう思われたでしょうか。皆さんのご意見も踏まえながら、ただ議論するだけではなくて、日中関係、それからアジアの秩序作りに対して、何らかの役に立ちたいということで、実際に動きを進めていきますので、また皆さんにもご参加いただきたいと思います。皆さん、今日はどうもありがとうございました。