メディア報道のジレンマ -メディアは戦争を止められるのか

2013年10月19日

2013年10月18日(金)
出演者:
会田弘継氏(共同通信社特別編集委員)
倉重篤郎氏(毎日新聞専門編集委員)
加藤青延氏(NHK解説主幹)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

議論で使用した調査結果はこちらでご覧いただけます。

 昨年の9月、日本が尖閣諸島3島を国有化して以来、日中両国の政府間外交は実質的に停止状態にあり、国民感情の悪化やナショナリズムの過熱が指摘されている。こうした状況の背景にはメディア報道の問題があるのではないか。論説委員を経験されるなどメディアで活躍している3人が議論した。座談会では、報道がかえって、国民感情を過熱してしまうという「メディアのジレンマ」やメディアが持つオピニオンの役割の本質を問う議論が展開された。


工藤泰志工藤:言論NPOは10月25日から北京で「第9回 東京-北京フォーラム」を開催します。このフォーラムは現在、日中関係が非常に厳しい局面の中、この状況を打開するためにはどうすればいいのか、ということを両国の有識者が本音で話し合う場なのですが、この中には日本と中国のメディア同士が話し合う舞台もあります。今日は、その議論を前哨戦として、はスタジオに日本のメディアで活躍されている記者の方々をお呼びして、日本のメディアの問題と日中関係について議論します。それではゲストの紹介です。まず、共同通信社特別編集委員の会田弘継さんです。次に、毎日新聞専門編集委員の倉重篤郎さんです。最後に、NHK解説主幹の加藤青延さんです。

 まず、この議論に先立って言論NPOに登録している有識者の方にアンケートを取ってみました。まず、「日本の新聞や雑誌、テレビは、日中問題に対して客観的で公平な報道をしていると思いますか」という質問をしました。回答では「そうは思わない」が70.8%で最多でした。続いて、そのような「客観的で公平な報道をしていないと思う媒体」は何かを聞いてみたところ、一番多かった回答は「テレビ」で79.5%。次に「週刊誌」が76.1%。そして、「新聞」が72.7%と、この3つの回答が7割を占める結果となっています。

 「日本のメディアの日中関係の報道は公平で客観的ではない」、という回答の傾向が出たということは、逆に言えば「メディアはかなり過熱した、一方的な報道をしている」と思っている有識者がいるということだと思います。この結果についてどう思われますか。

既存メディアへの疑念を抱く有識者

会田弘継氏会田:どのようなアンケートや世論調査でも対象となったのはどのような階層なのか、ということが問題になります。このアンケートは言論NPOに登録している有識者が対象ということで、回答者の属性を見ても年齢層が高く、職業的にも知識層が多いと思います。

 この結果から読み取れることは、有識者はメディア報道の現状についてかなり懸念をしている、ということです。つまり、いわゆる既存のメディアがこの状況に対してきちんと対応できているのか、ということへの懸念を強く持っている、ということを示していると思います。

 私は、新聞の報道姿勢については、特に日中間の対立やナショナリズムの過熱を煽っているような状況ではないと思います。ただ、オピニオンについてはどうかというと、日本では実に多様なオピニオンがあるわけですが、人々の注目を集めやすいのは、どうしても問題をこじらせるような論調になってしまいます。そのような状況に対する懸念の気持ちも表れている調査結果になったと思います。

倉重篤郎氏倉重:私はこの回答結果の背景には去年の日本政府による尖閣3島の国有化問題があると思います。国有化に至るまでの過程における日本政府内部の動きや、日中両国政府間の折衝などについての事実関係がまだすべて明らかになっていない。なぜ、そこをメディアは書いてくれないのか、というメディアの真相究明にかける努力不足について指摘されているような印象を受けます。

加藤青延氏加藤:私は「客観的」という概念が、受け取る方によってずいぶん違うのではないか、と思います。例えば、尖閣諸島の領有権については、私たちは日本のメディアですから、基本的には日本の領土である、という立場で報道します。その場合、「いや、中国は自国の領土だと言っているのではないか」という人たちからすると、私たちの立場は日本側に偏っていると見られるかもしれない。日本のメディアとしては中国の立場も紹介しているから「この報道は客観的だ」と考えるのですが、立ち位置が異なる人たちはそうは見ていないのかもしれません。一方で私たちが中国側の意見を報道すると、今度は「日本の領土だ」と思っている人たちが「なぜ中国の主張を紹介するのだ」と反発する。今度は逆の立ち位置から「客観的ではない」と思われるかもしれないわけです。

 だから、私たちは、日本のメディアとしての立場もあるということも踏まえながら、両方の意見を紹介しますが、それで「客観的」という報道のつもりでやっていても、受け手によっては必ずしも客観的と捉えられていない可能性があり、それがこのような調査結果になったのだと思います。

比較的落ち着いている日本のメディア

工藤:アンケートではさらに、「日中関係を報道するにあたり、日本と中国のメディアのどちらかが過熱した報道をしていると思いますか」と「過熱」という言葉を加えた質問もしています。「日中両国のメディアが同じように過熱した報道をしていると思う」という回答が41.7%もありました。ただ、それを上回って最多となった回答が、「中国のメディアの方が過熱した報道をしていると思う」で43.3%でした。確かに、私も中国のテレビ報道を見たことがありますが、「日本と中国が戦争したらどちらが勝つか」、などまさに戦争前夜のような報道がありました。それと比べると、日本のメディアはまだそこまでの論調にはなっていないのですが、メディアによっては、日本でも過熱した報道も現実としてあります。過熱した刺激的な議論をする傾向は、日本のメディアの姿勢の中にもあるのではないか、という有識者は感じているのではないでしょうか。

加藤:中国は圧倒的にメディアの数が多いので、色々と探せばものすごく過激な論調もあるし、そうでない論調もある。同様に日本も多様なメディアがあり、論調も様々ですので、一概にどちらか過熱しているか、ということは言えないのではないかと思います。ただ、私は肌感覚で感じているのは、やはり、中国は昔から日本軍が悪いことをしているようなドラマばかり流してきて、そういう中にどっぷり浸かって、ある意味で反日的な放送が常態化しています。そこにさらにこの尖閣の問題など色々な反日を煽るような要素が上塗りされて余計に酷い報道になっている、というふうに有識者は感じているのではないか、と思います。

会田:メディアの特性として、外交問題では相手の国の過激な報道に目を付けがちになります。つまりある部分だけを大げさに自国に伝える傾向がある。中国で「開戦だ」、という発言があれば、中国ではこんなことを言っているぞ、と大袈裟に報じる。それは逆のことも起こっているかもしれないわけで、日本のメディアのある過激な部分だけが切り取られて中国のメディアによって中国国内に伝えられるということもある。それにより過熱化が増幅される、ということが問題の根底にあるのではないか思います。

 ただ、加藤さんが言われるように、中国のメディアの中には間違いなく日本では考えられないような強いナショナリズムがあるのだろうと想像しますし、海外に出て例えば、CCTVなど中国のテレビの報道を見るかなり過激であると実感します。

 一方、日本のメディアは、中国のメディアに比べるとちょっと落ち着いているのではないか、と思います。それは日本のメディアだけが突出して「戦争」という言葉を避けている。アメリカや欧州のメディアの報道でも「開戦間近」と煽ったり、開戦後のシミュレーションをしたりとか、しばしば見られます。それは興味本位であったりある種のイエロージャーナリズムのような側面があり、中国に限らず色々な国にそういう面が出ています。そのような中、日本のメディアではそういう言葉を使わないように避けている。それにはどういう心理的背景があるのか、議論する必要がありますが、私は日本のメディアは落ち着いていると思います。

工藤:日本のメディアが落ち着いているのは、良い落ち着きなのか、自粛しているのでしょうか。

倉重:両面あると思います。報道の宿命として、これまでとちょっと違った異様なことが起きていれば、それだけ手数を多くかけて映像を作るなど、大きな力を入れなければならなくなる。ただその反面として、メディアは過剰から過少へと極端な変化をする傾向があります。尖閣であれだけ一時騒いだのに、現在は日常化していますよね。日常化して何も問題を感じなくなっている。それもいかがなものかという感じがします。

情報の掘り下げができないメディア

工藤:アンケート結果からは、メディアが真相をちゃんと伝えているのか、ということに対する有識者からの一つの問いかけもあると思います。というのはやはり、尖閣問題を含めて日中関係には様々な歴史的な背景があります。それは多くの人にとってなかなか理解しにくい部分が結構あります。一般の人たちがきちんと問題の背景を判断できるような報道が十分になされているか、という疑問があるのですが、どうでしょうか。

加藤:私たちメディアの人間は極力真相に近いものを報道したい、と努力をしています。ただ、私たちが知りうる情報はどうしても限られている。例えば、尖閣の問題であれば、一番多く入ってくる情報は日本政府や海上保安庁からの情報です。逆に中国海軍や海警局などからの情報は私たちは貰えないわけです。そうするとどうしても、日本側の情報が圧倒的に多くなり、中国側が何を考えているのか、ということまで十分に伝えきれているのか、というと、それは物理的にも困難となり、真相にも迫り切れない、ということになります。

倉重:例えば、去年の尖閣国有化する閣議決定の2日前にウラジオストックで野田首相と胡錦濤国家主席が立ち話をしましたが、その時のやり取りが果たしてどういうものだったのか、明らかになっていません。「国有化するな」と中国サイドから相当牽制されたはずなのですが、それに対して日本政府はどういう判断をして2日後に国有化の閣議決定に至ったのか、というところについて、まだ事実関係の解明ができていないのです。このように日中関係のいくつかの重要な場面における真相が、我々の力不足もあり、できていない。民主主義国家である以上、国会の力を使って真相を究明してもいいのですが、ある程度はメディアの力によって真相を明らかにしていかなければならないと思っています。

会田:例えば、「棚上げについての合意があったのかどうか」、ということも含めて、あの時鄧小平や田中角栄は何を言っていたのか、ということについて色々な本も出版されています。そこで、おそらく国民が考えている尖閣問題の実相というものがあるはずなのに、それとすれ違った政府の立場を毎日のようにメディアを通して聞かされている。それが日本のメディアが「日中問題に対して客観的で公平な報道をしていると思いますか」、という質問に対して、「それは違う」という回答が出てきてしまう理由の一端だと思います。有識者は何か自分が持っている意識とは全然違うことをメディアが伝えている、というところに違和感を覚えているのではないか、と思います。

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