世界中でコロナの影響が続く中、米中対立は深刻化し、香港の問題や、東シナ海、南シナ海で隣国・中国の動きが激しくなってきています。言論NPOは7月20日、アジアでの活動を加速させている中国と日本は、今後どのように付き合っていくべきかをテーマに、神戸大学大学院経済学研究科教授の梶谷懐氏、立教大学法学部政治学科教授の倉田徹氏、東京大学公共政策大学院教授の高原明生氏の3氏と議論しました。
米中対立が激化する中、「極端な考え方に振れないことが重要」とする梶谷氏は、「コロナ対策にしろ、各国の歴史的、社会的背景も振り返りながら、これからの道を考えていくことが重要」とし、倉田氏は「米中対立が高まる中で、日本が米中の間で互いの真意を確かめ合いながら、香港や台湾、日本といった国や地域の民主的価値観を尊重するように中国に求め、平和を互いに維持すべき」と主張します。これに対して高原氏は、「中国との間では、この間続いてきた『競争』と『協調』が共存する矛盾した関係が今後も続いていくことを前提に、そこを生き抜く強さ、したたかさ、賢さを日本は持たなければならない」と日本に覚悟が問われていると語りました。
司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志は、4月頃までは、コロナ対策で日本も中国も双方への人道援助に取り組み、それが世論改善につながっていたが、今は強権外交に日本が戸惑っていることを挙げ、「中国の外交は何が変わったのか」と、最近の中国の行動について3氏に疑問をぶつけました。
中国の外交の先に、具体的なビジョンは描かれていない
高原氏は、米中間で言えば、トランプ大統領が武漢で発生したコロナ感染を『中国ウイルス』と呼び、中国外交部のスポークスマンは、『米軍が持ち込んだもの』と応酬するなど、3月の段階から激しくなっていったとし、その背景には中国の国内事情と関係があると指摘しました。具体的には、1月の段階でコロナ対策で初動の遅れがあり、2月にはコロナに警告を発していた医者が亡くなるなど、第一ラウンドでは、習近平政権は劣勢に立たされた。この事態を巻き返すため、第二ラウンドで武漢を封鎖する強い措置でウイルスを抑え込もうとしたと強調。そして内外に向けて、中国は、習近平の強いリーダーシップで立ち直った、と宣伝キャンペーンを行い、汚名を晴らさなければいけない、という面が強かったと語ります。ただし、こうした中国の対応は、『戦狼外交』と言われてしまうほど、やり方が悪く、中国の「米軍が持ち込んだ」との応酬に対して、中国の在米大使が否定する等、中国内部も一枚岩ではなかった、と付け加えました。
続けて工藤が、「中国は攻めの動きに出ているのか、守りを固めているのか」と問いかけると高原氏は、それは様々な分野で異なるとした上で、安全保障関係について、中国は前々から計画されていることを東・南シナ海でも力を入れてやっており、最近、激しくやっているわけではなく、国力の増大にともなって外に出ていくのは、以前から続いている、と語ります。一方で、その先に「どういう世界にしたいか」、「こういう東アジア秩序にしよう」という具体的なビジョンは依然ないと語りました。
工藤は、こうした中国の行動に中国国内の世論も変化しており、今は政府の統治行動への信頼はむしろ、高まっているように見えると指摘し、その原因を問いかけました。梶谷氏は、「武漢については、当初は政府への不信感があった」と述べるものの、中国の人たちすると、「いつ自分たちへ感染するのか」といった不安があり、政府が不安を解消する行動をとってくれると、信頼してついていこうとなる、と中国人の心理を語りました。その上で、中国政府がSARS(重症急性呼吸器症候群)の感染拡大時に功績をあげた医師・鍾南山氏を、コロナ感染対策のトップに呼び寄せる等対応し、中国人の不安を政府が解消したことが大きな変わり目となり世論がまとまったのではないか、と振り返りました。
中国経済の最大の課題は雇用問題
さらに梶谷氏は、コロナ禍での中国の経済対策について、事業者の資金繰りが厳しいための貸付資金の提供など、供給サイドの対策については非常に迅速であった一方で、個別に生活資金を給付したり、休業補償はせず財政的には抑制的だった、と欧米や日本との対策の違いを指摘しました。そして、この理由として、財政赤字が膨らむことへの警戒があるといいます。
また、雇用については中国の特性として、農民が零細飲食店で働いたり、屋台を開業したりするなど、職を失っても、食いつないでいく手段が一種の社会のバッファ(緩衝)となっている点を強調。その上で、そういう人たちのことも忘れていない、というメッセージを出すために、5月の全人代で李克強首相が「社会の安定が大事だ」「屋台経済で食いつないでいこう」というメッセージを盛んに出していると語りました。
但し、日本と同様に、サービス業、飲食業、旅行業が不振に陥っており、農村から出てきた底辺の農工民の農民の失業者は、3月ぐらいは7000万~8000万人に達しており、直近では5000万人と言われているものの、臨時工などの数は反映されておらず、実態との乖離があるとも指摘しました。
さらに、中国経済の状況について梶谷氏は、むしろ封じ込めが功を奏し、工場が稼働する等V字回復の状況を見せていることからも、最大の課題は国内の雇用だと指摘し、対応を間違えると非常にまずいという認識が中国側にあるとの見方を示しました。
突然の「香港国家安全法」
―--香港の民主化と外国の介入に、焦りがあった中国
香港問題については、中国が問題に深く介入すれば、国際社会に飛び火するのはわかっているのに、それでも中国が踏み切ったのは、なぜか、工藤が問いかけます。
これに対して、全人代の前日5月21日に、「国家安全法」が議題になる、と聞いた時「本当にやるのか」と驚いたと言うのは倉田氏です。続けて倉田氏は、「国家安全条例」は、香港基本法の地方法規として香港が規定し、香港内部でやるのが本筋だと指摘しつつ、昨年から始まったデモによる破壊行為が長く続き、過激化していくにもかかわらず、デモは一向に収まらず、これが相当のダメージになったと語ります。その背景には、昨年11月の区議会選挙では民主派が85%もの議席を獲得したこと、さらにアメリカで香港人権・民主主義法が成立したことで、民主派の伸長と、米国など外国の介入を抑えなければ、と焦りがあって法律の制定に至ったのではないかと分析しました。
さらに倉田氏は、基本的には北京の対応はリアクティブとしつつ、香港の状況が想定外の方向に行ったために対応せざるを得なかった、との見方を示します。それが香港の状況を脅威視するにまで発展した背景には、中国共産党がこれまで針小棒大に脅威を語ってきたことがある、と話しました。
例えば、2003年に香港独自の選挙法制度を認めてくれ、と香港の民主化が論争になった時、中国の法学者は、『それでは香港独立と同じではないか、これは革命である』と反論しており、中国では本来、民主主義国家では比較的自由にできるはずの変化も、国家の安全に直結してしまうと語ります。倉田氏は、これは「安全保障のジレンマ」と同じ構造にあるとし、脅威を取り除こうとする構造が攻撃的に見えてしまっており、その結果、米国も、西側もメンバーの一つである香港社会が中国共産党に取られる、と危機感を持って見られる構造を自ら招いているとの懸念を示しました。
社会の近代化が進めば進むほど、政治と社会の在り方にズレが生じ、
党の一党支配に無理が出てくる
倉田氏の話を受けて工藤は、米中両国がお互いの不安や、「危険だ」という感情を増幅してしまっており、最終的にとんでもない方向に向かってしまう可能性がある、と危機感を示しました。その上で工藤は高原氏に、台湾問題について全人代の政府活動報告で例年存在した「平和的」が削除されたものの、その後の記者会見で李克強首相が口頭で「平和統一」と発言して修正を図ったり、香港問題についても、中国政府内でもまとまって徹底的に介入するといった形が見えず、今後、揺り戻しがあるのか、と問いかけます。
これに対して高原氏は、「支配の正当性のない政権が、いつかひっくり返されるのではないか、というカラー革命の恐れに取りつかれている」と強調し、「共産党指導部の不安」が根底にあると指摘しました。その上で、習近平指導部になって、党の支配強化、一元的な強化をやればやるほど、香港の連邦制のような存在は認められなくなるとしつつ、そもそも習近平氏が誕生した背景には、「社会の近代化が進めば進むほど、政治、社会のあり方はズレ」があり、構造的に共産党が習近平氏を生むメカニズムがあったと語りました。
米中対立の行方は非常に不透明であり、この地域が不安定化する可能性が高い
次に工藤は、米中関係は当初「戦略的競争」と言われていたものの、今では互いに敵国とみているのではないか、という声まで出ているとした上で、今後、米中対立はアジアや世界にどのような影響を与えるのか、問いかけました。
高原氏は、安全保障の面では戦争に近い状況であり、テクノロジーの分野でも安全保障と経済にまたがる領域で競争がかなり激しくなっているとしながらも、経済を含めて米中両陣営が完全にデカップリングして対峙する可能性は、現時点では低いのではないかと語りました。加えて、コロナウイルスに対するワクチンができるまでは、どの国の国民も不安を抱え、かつ経済的な打撃も受けており、人々は情緒的になりやすい時期であり、何とかこの時期を平和に乗り切ることが重要であり、日本は米中の狭間で、平和維持に向けて全力で取り組む必要があると指摘しました。
倉田氏は、過去40年、50年にわたり米中は平和共存しようという方向性であったものが、大きく変わる転換点の可能性があると強調。その上で、デカップリングであれ、ブロック化であれ、新冷戦の報告に向かってしまうのではないかという嫌な予感がある、と今後の見通しを語りました。さらに、今後、香港で示したような強硬な手段で中国政府が成功したとなると、台湾や尖閣諸島、さらには外交面でも強硬に出ようと北京が考える可能性もあり、東アジア全体にとっての不安定化にも懸念を示しました。
あらゆる手段を動員して、平和を維持することが日本の役割
最後に司会の工藤は、今後、日本は、中国に対してどのように対応していけばいいのか、3氏に尋ねました。
梶谷氏は、現状を過渡期であるとした上で、中国を度見ていくのか、何を新しい軸にすべきか見出せていないと語ります。ただ、極端な考え方に振れないことが重要であり、コロナ対策にしろ、各国の歴史的、社会的背景も振り返りながら、これからの道を考えていくことが重要だ、と話します。
「中国には、日本への期待もある」と話すのは倉田氏です。欧米に比べて、中国の日本への批判は抑制的であり、日本は対話の余地があるのであれば、このチャンスを生かすことが重要だと指摘します。米中対立が高まる中で、日本が米中の間で互いの真意を確かめ合いながら、香港や台湾、日本といった国や地域の民主的価値観を尊重するように中国に求め、平和を互いに維持していくという、これまで日本が力を入れてこなかった分野に対応していく必要がると語りました。
高原氏は、「感情論に傾かないこと」と強調しました。日本にとって大事なことは、対米関係の安定、そして対中関係の安定、そのどちらも非常に重要であり、これまでも、中国との間では、『競争』と『協調』が共存しているような、矛盾した関係が続いていたが、今後も続いていくことを前提に、そこを生き抜く強さ、したたかさ、賢さを日本は持たなければならないと指摘しました。同時に、あらゆる手段を動員して、何とか平和を維持していくことが日本にとっては重要だと語りました。
議論を終え、司会者の工藤は、結局、日本は、隣国である中国と共存していく、少なくとも一緒に、このアジアを考えていかないといけない立ち位置にある、とした上で、それを一歩進めて、世界的な課題に関しても、本当の意味で議論できる関係を築き、中国と本音レベルで互いに問題を共有し、乗り越えられる関係作りに努力する意志を示し、議論を締めくくりました。
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