【座談会】日中間の議論のネットワーク構築に向けて 「日中シンポジウムのアジェンダは何か」

2003年12月11日

林芳正氏林芳正 (参議院議員)
はやし・よしまさ

1961年生まれ。84年東京大学法学部卒。三井物産を経て、94年ハーバード大学大学院修。95年参議院議員に初当選。91年に米国留学中、マンスフィールド法案を手がけた。現在、自由民主党行政改革推進本部事務局長。

イェスパー・コール氏イェスパー・コール (メリルリンチ日本証券会社チーフエコノミスト)
Koll, Jesper

ジョンズ・ホプキンス大学卒。OECD調査統計部、京都大学経済研究所研究員、SGウォーバーグ証券、JPモルガン調査部長、タイガー・マネジメントを経て、1999年メリルリンチ証券入社。日本経済の調査に携わり、経済産業省の産業金融小委員会等、政府諮問委員会にて政策提案策定に参画。内外の雑誌・新聞に多数寄稿。

周牧之周牧之 (東京経済大学経済学部准教授)
Muzhi, Zhou

1963年中国湖南省長沙市生まれ。中国湖南大学工学学士、東京経済大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士号取得。85年中華人民共和国機械工業部(省)入省、91~94年(財)日本開発構想研究所研究員、95~2002年(財)国際開発センター研究員、主任研究員を経て2002年より現職。主な著書に『メカトロニクス革命と新国際分業─現代世界経済におけるアジア工業化』『都市化:中国近代化の主旋律』等。

日中の可能性をどのような視点から議論すべきか

工藤 言論NPOでは、12月17日に開催予定のシンポジウムで、中国の政策当局関係者をお呼びして、日本と中国の将来の新たな可能性を探る議論を行おうと考えています。

この間、私たちはアジア戦略会議という舞台で日本の将来の選択肢の形成に向けた議論を行おうと言うことで議論を進めてきましたが、今回のシンポジウムもその一つのプロセスとして公開しようと考えています。中国の経済の台頭の中で日本とのFTAなどの経済の統合や交流といったもののその先にあるものは何なのか、最終的に日中の可能性をどう描けるのか。もしそれに対して大きな障害があるとすれば、何が障害なのか。それをまず議論として全部出し合いたい。それが多分、今回の私たちのシンポジウムの趣旨になると考えています。では、林さん、日中の将来についてどのような議論を期待していますか。

 5年、10年、15年ぐらいの把握ということになると、多分一番大きな話は、アジア・太平洋の域内の協力でしょう。統合という言葉までいかないのでしょうが、そういうことが1つの大きなテーマになるのではないか思います。

最近、中国のいろいろな方が来られた際に言っているのは、域内のいろいろなことを考えるときに、日中がある意味では大きな家族の中における夫婦のような役割をしていかなければ、子供がみんなホームレスになってしまうのだという話をしているのです。夫婦だから、もう離れられないし、お互い何を言ったら相手が怒り、喜ぶかということはわかってきた。だから、その先の話をする。そういうことであって、ヨーロッパとの対比でどういう役割を我々が担っていくのか。それが果たして可能なのか。一番大きい課題はそれです。そう考えますと、例えば安全保障はどうか、経済はどうか、通貨はどうか、そういうことがいろいろ出てくると思います。そういうことをまず考えるのか、そういうふうにならない前提でやるのかというのが、一番の入り口ではないかと思います。

工藤 コールさんは日本に滞在していて、多分ヨーロッパの人から見れば、中国も日本も同じような顔をしているという感じで見ているのではないかと思いますが、日中の可能性については、ドイツの体験を踏まえて、どのように考えていますか。

コール 日中の可能性は、経済的なことと政治的なことを分けて考えて、まず経済的なことで考えていくと、マッチ・メイド・イン・ヘブン、天の配剤です。これはどういうことかというと、経済で見ると、先進国の中で日本はきちんとしたテクノロジー、技術をたくさん持っている。そして、高齢化している。逆に中国は、まだ非常に若くて技術はあまりないということであって、統合すれば経済的な効果は非常に大きいということです。

冷徹なアナリストの目から見れば、実は経済的な統合は、この数年間で非常に積極的に進められてきた。日本から中国への対外直接投資が急に拡大し、日本のテクノロジーやノウハウの移転、あるいは人材への投資や教育は、中国の現地で積極的に行われている。日中間の貿易で見ると、逆輸入が非常に多く、中国からの輸入の5割~6割程度は逆輸入です。日本の企業は、中国の現地で生産して、また日本に輸出するということです。これが、例えば5年前と比べれば大変大きくなっている。したがって、競合的な統合ではなく、協調的な統合ということになるわけです。

他方で、政治や外交的な統合は、ヨーロッパ人の目から見ていると、これはまだ全然うまくいかない状況ではないか。ヨーロッパ統合の原点は哲学でした。第2次世界戦争の後、ドイツのエリート、フランスのエリートは、次は絶対に戦争が起こらないような構造をつくらなければならないという決定をしたのですが、これは本当に政治的なリーダーシップに基づいて、哲学から構造をつくったということであったわけです。そして、30年間、大体1世代かかってヨーロッパ統合はでき上がったわけです。しかし、どうも政治の面から見ていると、日本と中国は、そういうような哲学的なアプローチが今のところはほとんどないのではないですか。

工藤 周さんは、中国からこられて日本での生活も長くなりましたが、日本と中国の将来の新しい可能性に関してどういうことを期待しているのでしょうか。

 基本的に今の中国の状況を、まず我々は認識しなければなりません。中国の2つのデルタ、長江デルタと珠江デルタにおいて今、大きな本質的な変化が起きているわけです。例えば、日本のホンダは5年間で中国での自動車生産の部品現地調達率を85%まで持っていきました。これは何を意味するかというと、1つはホンダが頑張ったこと。もう1つは、中国の産業集積がものすごく大きくなったことです。そうでなければ、5年間で数万点の部品現地調達を達成することはできないでしょう。中国の二つのデルタ地域における巨大な産業集積が今、動いています。さらにこの産業集積が集積を呼んでいるのです。

この二つのデルタ地域において例えば、15%ぐらいまで成長率を上げても、地方の官僚はこの成長率はまだ低いと言う。「長江デルタは成長率がもっと高いじゃないか」と珠江デルタの人たちは考えている。輸出が30数%伸びたとしても、まだ低いと言っている。要するに、数字に麻痺しているわけです。数字はどんどん上がっている。これは嘘ではありません。昔はみんな中国のデータはでたらめだ、水増しているのではないかと言っていました。最近は逆に、数字を控えめに抑えているように感じます。どうも現場に行きますと、物凄い活気なのです。どんどん投資家が来て、設備も動いている、人間も動いている。輸出もかなりやっている。本質的に何が今、こういう構造をもたらしているかについて、日中の間でまず議論しなければなりません。

私から見ると、3つのことが言える。1つは世界経済のパラダイムがシフトした。世界のパラダイムのシフトがなければ、こういう現象は起きるわけがない。これは日中の間で認識しなければいけない。それに対する認識がなければ、日本も中国も、自分の新たな発展パターンは展望できません。あるいは昔のままのやり方でやってしまう。

2点目は、現場で何が起きているのかについて互いに確認しなければなりません。

3点目は、日中間の協力はどのようにやったらよいのか。冷静に議論しなければいけない。コールさんの話は非常に正しいと思います。というのは、日中間は経済協力がものすごく進んだのです。しかし、政治面ではちゃんとした交流をあまりしていない。政治家同士会っているかもしれないけれども、腹を割って議論することはあまりできていないのではないでしょうか。官僚はもっとできていない。形式的な交流が多いのではないか。

工藤 中国の官僚は浮き上がっていて、現状をあまり知らないということですか。

 それは日本も同じことです。程度の差の問題だと思いますが(笑い)、あまりにも現場が大きく動いているものですから。中央も忙しいし、国が大きいわりに中国の中央官僚が大変少ない。

もう1つは、パラダイムのシフトの中で、今の対中国投資、あるいは、中国経済の原動力の一つになっている外資については、官僚にとって理解しづらい面が多いのです。というのは、例えば国家統計局は、自国の資金についての動向はそれなりにつかんでいるわけですが、海外からの直接投資の中身に関してはあまりわかっていません。

工藤 つまり、今の変化の実態を冷静に見て判断できるというよりも、日中はとにかく動きの方が動いてしまっているという感じなわけですね。コールさん、この現象はどう分析すればいいのですか。

コール 今、ばらばらでしょう。これは本当におっしゃるとおり、中国の各地域の開発のように、本当に泥棒資本主義のようなことになっているのではないか。儲かるところに行きましょうということであって。しかし、大きな観点から見ると、統合方向への戦略はないのではないですか。

工藤 しかし、今の形というのは、ただの投資などだけではなく、中国はマーケットとしても期待され始めているということではないですか。

 中国のマーケットは大きくなっています。例えば自動車のマーケットは今年、400万台を超えてしまう。

工藤 日本の企業行動は、そういう動きがあるときには必ずリスクヘッジするのですが、もう賑わっているという状況ですので、リスクヘッジしない形で突入する状況になってしまっている。今、どんどん売れる状況になってしまうと、そんなことを言っていられないという状況になる。その実態も把握できないし、その変化を知っているから、地元の人たちはもっとこれは動くのではないかと思っているのが今の状況だということでしょう。

中国で起きている経済実態の大きな変化

 おもしろいなと思ったのは、中国は計画経済なのが、市場主義を入れるのだというふうにはなったのですが、実はほかの資本主義経済と言われている国などよりも、よほど現場が先に進んでいる。だから、例えば今の経済官僚が中央で果たしている役割は、一体何なのだろうか。市場経済と言われている国よりもよほど市場原理が末端で発達して、儲かることを勝手にどんどんやり始めているというような現状があるとすると、逆に言うと、例えば著作権にしてもFTAにしても、リーガルな枠組みを考えなければいけないときに、誰と話をすればいいのかという問題が出てくると思うのです。かつては、水産の問題がありました。200海里を超えて入ってくる、何とかしてくれと。政府としてはきちっとやっているが、コントロールできないのですと、韓国も中国も言っていた。それは日本からすると、そんなことはあり得ないではないかと言うのですが、実はそれが現実なのです。

経済の発展モデルで中国の経済のことだけを考えると、それは良いことも悪いこともあるのでしょうが、域内でいろいろなことをやることになると、国家間でいろいろなお話をしなければいけない。そのときに相手と我々は、法治国家として自分と同じようにきちっとコントロールをしているという前提で話すわけです。しかし、それがもし無いということになると、では、一体どうしたらいいのかという問題が出てきて、リスクヘッジもしないで、そこは大きな爆発的な市場があればどんどん行くが、では、行った人が勝手に自分で身を守るしかないのか。しかし、そういうわけにもいかないし、一方でWTOにも中国は入っている。では、WTOが軍隊を送って海賊版を取り締まるというわけにいかないので、そこは日本からODAをどうしようかという議論になっていますが、そういうきちっとしたルールに基づいた市場経済に将来的になってもらうためにどうしたらいいのか。そういう支援をするということが必要になってくる。

 これは今大きく変わっています。私も中国の官僚だったのですが、その当時は計画経済そのものでした。すべての投資、人事権、メンテナンスまで全部官僚が権限を持っているわけです。今それがどういうことになっているかというと、例えば今回の来日メンバーの中には 5カ年計画担当局長がいるのですが、この人たちと我々がずっと議論しているのは今後、中国の経済計画づくりにおいて昔の計画経済の中身を入れるのは全部やめましょうということです。何をやろうとしているかというと、制度づくり、戦略づくり、政策づくりです。この3つに徹する。今年の3月に行政改革の一環として国家計画委員会という名称から計画の文字をなくしたことがそれを象徴的に表わしている。第10回5カ年計画を見てみるとわかるのですが、プロジェクトはよほど大きなものでなければ、国の計画から外されているのです。計画そのものは戦略、制度、政策の3つに徹するということです。第11回5カ年計画はさらにこうした傾向へとシフトしようとしているのです。

私が中国で今、最も強く言っているのは、市民社会のシステムをつくりましょうという話です。昔は、「市民社会」という言葉を出すと、それだけでもうみんなびびってしまっていました。

工藤 周さんのエネルギーは認めるとしても、それは受け入れられているのでしょうか。

 受け入れられているのです。私が市民社会は大事だと言っていたら、中国の三大新聞の1つである「経済日報」では、今年9月に紙面1面使ってこれを掲載しました。一学者のオピニオンで紙面を埋めていくというのは今までにない話だったのです。中国はいまこうした方向に動き始めているわけです。

現在、中国の民間資本の活力が非常に大きくなっています。2つの事例があります。杭州湾の橋をつくるプロジェクトがスタートしたと発表されたのですが、私は驚いてしまいました。というのは、昔、この議論に私は10年も関わったことがありまして、お金がなくてスタートしなかったことを知っています。世界で一番長い橋をつくる。そのお金を中国政府はとうとうつけることができなかった。それが今回決まったのはどういうことかと調べに行きましたところ、現地の民営企業家がお金を出し合ったということでした。

 PFIだ。

 しかも、数社集めてやったのですが、ほかに投資したい人もたくさんいたのにプロジェクトの投資には参入できませんでした。民間がとんでもない力を持つようになったことが伺えます。

もう1つは、寧波港があって、新日鉄と一緒に宝山製鉄所をつくったときに、寧波で鉄鉱石をおろす港をつくったわけです。宝山の港の水深が足りないため寧波で半分おろして、船がようやく宝山製鉄所に近づけるのです。中国政府は寧波でおろされた鉄鉱石を寧波に製鉄所を建てて処理しようとしたのです。これも20年間ずっと議論してきたのですが、なにしろ1兆円プロジェクトです。金額が大きくてこれまでできなかったものなのです。それが今年この地域で2件の製鉄所建設プロジェクトがともに動き始めました。

工藤 それは中国の民間ですか。

 そうです。国家プロジェクトではなく、民間ベースでやってしまったのです。それぞれ1兆円プロジェクトですよ。

コール 開発銀行などから保証をもらうということはなかったのですか。完全に民間ベースだったのですか。

 完全に民間ベースですね。

コール では、貸し渋りの逆が起きているということですね。

 最近、日本の新聞でもおもしろいなと思ったのは、中国の資本が日本の企業を買収するという日経新聞の特集がありました。そうしますと、日本とFTAをやるという話もあるのですが、資本市場など、アジアクリアのような構想をどうするかというところに現実はもう来ている。もう1つは、さきほどの市民社会がおもしろいなと思ったのは、首長の評価を中国でやっている。世論調査をやって、上海の市長を何%支持しますかとかというのが出ているわけです。そういうものは今までの常識では、どうせ共産党が勝つに決まっているからといった認識しかなかったわけです。

そういうことがいろいろな分野で進んでいるとすると、日中と言えば、我々が向こうへ何か投資をするといった、行く話しかないのですが、向こうが持っているものをこっちへ受け入れるということになってくる。そうなると、さきほどの天の配剤ということで言えば、完全な補完関係だったものが、むしろそうではないところがかなり出てくるのではないのかという感じがしました。

経済実態の変化は中国の政治にどのような変化をもたらし得るのか

工藤 実態の方がとにかく議論よりもどんどん先に進んでしまっているからという状況ですね。今の動きは、政治のメカニズムを変えていくような状況になってくるのですか。

 もちろん変わりつつあります。1つは、結果的に計画経済を完全にぶち壊してしまった。問題は、中国の経済の動きは今の日中関係と似ているところがありまして、二重構造なのです。というのは、経済の方をうまくやれば、上も下も経済方面のことに気をとられる。市民社会とか制度づくり、そういうことは下から上に要望が上がらないのです。これは非常に問題です。むしろ制度づくりは上から下へまず1回やらないと駄目なのです。

コール だから、私は泥棒経済、泥棒資本主義だと言った。きちんとした制度、きちんとしたチェック・アンド・バランスがない。しっかりした法律や信頼できる規制がなければ、官僚の責任はどこにあるかということになる。ばらばらになってしまう。

工藤 それは今、中国はそういうことに気づいて、それをやろうとしているのですか。

 はい。しかも、成功した企業は今、第2世代になっています。最初の第1世代は、コールさんの言っているとおり、昔は、韓国経済もそうですが、スタートした時点での資本の蓄積においては、いろいろな不正があったわけです。ただし、現在のきちんとしたほとんどの企業は、こういうことはもうできません。しかも、自分も目立つようになってしまったから、もうきちんとした企業の形で、ルールでやらないと、恐らくどこかで壁にぶつかってしまう。それについては、ものすごく危機感を持っています。ですから、非常に有名な企業にヒアリングに行くと、まず税金はきちんと納めよう。地元に貢献しましょう。変な話を一切やらない。昔やったかどうかは別の話ですが、とにかく有名になってしまったら、大きくなったら、みんなこうなっています。

工藤 しかし、そうは言っても、民間の人たちが政治のガバナンスや、制度をつくりなおそうという側にいくわけではないでしょう。

 そういう人たちがどんどん出てくると、例えば、産業振興のために法人税を下げてくれ、企業に社会福祉を押しつけるのをやめてくれ、こういう主張が資本家の方に出てきますね。一方で、みんながそういうふうに豊かにならないので、むしろブルーカラーや農家など、ある意味でそういう経済社会的に競争力がない人が出てくる。その両方のニーズを中国共産党一党だけでずっとバランスをとっていけるのか。それとも新しく2つの政党にして、複数政党で争った方がいいのか。こういう議論になっていくのかということでしょう。

 それはいずれそうなるでしょう。中国共産党の中にもいろいろな側面を持っている人がいます。とにかく経済を大事にしなければいけないという人が結構いますが、今の社会問題はものすごく深刻です。私がいつも言っているのは都市化です。数億の人間が農村から都市に今なだれ込んでいる状態になっているから、いろいろな問題が起きているわけです。こういう人たちをどう幸せにしていくのかを議論している人々もたくさんいるわけです。本当に同じ政党の中にいる人間とは思えないぐらいです。

 それは全然違和感がないですよ。

 自民党の方々は違和感はないでしょう。恐らくこれはアジアの政党の特徴なのです。今は党の中でやっているかもしれませんが、将来、すっきりするためにどうなるかというと、わからないわけです。ただ、おもしろいのは、民営企業の資本家たちは、今は自分の利権のために声を出せる状態ではないということです。企業経営で精いっぱいであって、政治的な立場がまだ弱い。ようやく中国共産党に入党できるような状態になったのです。

コール 開発のモデルについては、例えば日本の開発モデルは、所得の分配は非常にうまくやってきた。60年代、70年代、80年代の日本の制度に対する評判はどうでしょうか。

 日本は非常にうまくやったのだと思うのですが、日本は今、清算し始めているのでしょう。つまり日本は戦後、非常に平等な社会を作り上げました。しかしいまはこの平等な社会をぶち壊さない限りは、日本は前進できない状態にまたなっているのです。工業化社会は非常に平等な社会です。日本は緻密な工業化社会をつくってしまった。しかし次の知識経済の社会ではそういうふうにはやっていけない。逆に平等な社会構造そのものが知識経済発展の邪魔になってしまう側面があります。今の日本の改革は、どう見てもそういう方向に行っているわけです。

中国が今動いている歴史的な背景は、次のパラダイムに入っているということです。ですから、日本のようにできないわけです。例えば、アメリカでも日本でも、工業に従事する労働者の労働条件はどんどん劣化しているわけです。中国では工業に従事している労働者の条件については、私の調査によると、珠江デルタの労働者の実質賃金は10年間上がりませんでした。ホワイトカラーはどんどん上がっています。恐らく日本モデルは中国では通用しないということが決定的になっているわけです。時代の背景が違う。パラダイムが違いますから。

工藤 日本は公平な開発でしょう。

 どちらが公平か、これはまた議論しなければならないでしょう。

 今の中国が70年代や80年代に我々と同時にいたとしたら、多分、開発経済独占モデルでやれたと思うのですが、もう既に我が国は、ある意味では競争モデルにするということで、アメリカやアングロサクソンのようになっている。そのような中で、中国だけあと20 年、我々が過去20年やってきたモデルでやっていきましょうというのは、産業のパラダイムシフトの中ではなかなか難しい。日本は、等しからざるを憂える、貧しからざるを憂えずというので何とかやってこられたのですが、もう、等しからざるを憂えて、貧しからざるを憂えて、両方憂えながらやるのはなかなか難しいことだと思うのです。そうすると、それをやるのは一党でやった方がいいということになるのか。いろいろな不満も出てくるのを、二大政党で政治でわあわあやっているよりいいという議論になるのでしょうか。ロシアのようになってしまうということをよく言われるわけです。あれだけ大きな国で急に制度だけぼんと改革したら余計混乱した。だから、中国人はそんな馬鹿ではないとよく言うのですが、そうでしたらものすごく大変なことだと思います。

コール 哲学的あるいはモデル的には、中国の発展は米国には非常に似ているのです。マーケットの原理主義。政府はどうでもいいと。

 どうでもいいというよりも、政府は環境づくりに徹しましょうというのが今議論しつつあることなのです。問題は環境づくりです。要するにビジョンや戦略、政策をつくるには、問題が2つあって、1つは、何のために発展しなければいけないか。その発展の哲学を議論しなければならないのに議論されていない。とにかく数字だけが先に走ってしまった。これが私は一番の問題だと思う。

2点目は、人材が足りないのです。今回来日するに際して集まったテクノクラートは、中国の最高レベルですが、人数がものすごく少ないのです。特に、ビジョンや戦略、政策作りに対応できる人が足りないのです。テクノクラートは、昔はプロジェクト主義中心でやってきました。だからその方面の人材はたくさんいる。衛星もぶち上げることができるし、有人で宇宙から帰ってくる。私も最初はそういう人材として育てられたので、それは徹底的に訓練させられましたが、政策や戦略や制度づくりの人材は非常に欠けています。


日本と中国は哲学やビジョンを語り合えるのか

工藤 そうしますと、その戦略のところは、哲学というものも絡むのですが、どういうことを今考えるのですか。その先にある姿や目標があるから、それに対する戦略アプローチができるわけですね。

 今までは人材がいなかったのです。例えば_小平さんのスローガンは、とにかく石をさわって川を渡れと言っていますが、私から見ると、石をさわって川を渡ると溺れてしまう。要するに、今まではビジョンなき改革・開放だったのです。だから、これからビジョンをつくろうとしているのです。今までビジョンなんて議論しないでくださいとお互いに言っていたわけです。

コール これは外から見ると、非常におもしろい。だからこそ、日本と中国の統合のチャンスは非常に高いのではないか。日本も現在ビジョンがないでしょう。戦略、政策、制度も同じ議論でしょう。官から民へとか、誰のために何をやっているのか、本当に役人は信頼できるのかとか...。

工藤 ということは、今、周さんがおっしゃったような戦略やビジョンがないという点は、今回来られる方もそういう認識ではあるわけですか。

 程度の差はありますが、それなりに同じ認識を持っていると思います。

もう1つは日本の話ですが、日本は中国と逆なのです。昔のビジョンを引きずっている。これからのビジョンを持っている方は多分いらっしゃるのだと思いますが、我々の目に余り触れられていないのではないかと思っています。昔の、例えば100年前の植民地時代の亡霊に取りつかれている人もまだいるし、もう何世代前のビジョンを、パラダイムが変わってきたにもかかわらず、まだ引きずっている人がいる。

工藤 さきほど夫婦という議論もありましたが、夫婦でも仲の悪い夫婦と仲がいい夫婦があります。仲がいい夫婦という形は、日中間ではどうなのでしょうか。中国側の人たちはそういう意識を持っているのかどうか。そのようなことは考える余裕がない状況ですか。

 そういう意識は持っていません。日本との関係については、深刻に考えたくはないというのが、多分エリートたちの現状だと思っていいのではないでしょうか。例えば、日本のミッションが中国へ行ってもなかなか要人は会ってくれません。というのは、会ってもあまり生産的ではない話になってしまうこともあるからです。だから、とにかく経済を先にやりましょう。その他の議論はまたいずれと。

コール アメリカからのミッションは会っていますか。

 会っていますよ。ヨーロッパも会っている。日本も会うことは会っているのですが......。

 新幹線とか?

 新幹線は互いの新たな協力をさぐる話だと私は思っています。靖国神社などといった話になってくると、実はそういう話を中国側の多くは話したくないわけです。しかし問われれば、型どおりの返事をしなければいけないし、ものすごく不愉快なのです。

工藤 どうするのでしょうか。いつまでもそういう状況でも駄目でしょう。ですから、言論NPOで議論の場をつくりましょうということになってくる。

 早くお互いに直視しなければいけません。本当に隣り合っている者同士なのですから。

コール そういう状況はトップからしか解決できないでしょう。

 私が夫婦と言ったのはそういう意味でして、まだ誰も夫婦だと思っていないわけです。しかし、こんなに近くにいて、もう離婚できないわけです。2000年も3000年も結婚しているわけですから。だから、夫婦だったら、お互い、何を言ったら相手の機嫌がよくなり、何を言ったら相手の機嫌が悪くなり、今、相手が何を欲しいのかと顔を見ただけでわかるでしょう。周さんがおっしゃるように、ついては靖国問題についてとか教科書問題について、もうわかっているのだから言うなと。言われたら相手も答えざるを得ないのだから。それがまた新聞に出るわけです。そんなことを言うよりも、今日は子供が学校へ行ってどうだったとか、そういう新しい、かつ、必要なことだけ話をすればいいのであって、そういうことをもう考えるときになってきた。それはずうっと長い間あった問題をもうなくせといったってなくならないのだから、それはあるのです。しかし、これを何だか他人行儀に常に枕言葉にするのはもうやめたらどうですかという意味が夫婦という意味なのです。

工藤 それは日本の側も考えなければいけないですね。

 だから、中国の方も、この人はこの問題をもう無視しているというふうに相手が思わないという信頼がなければそれはできないので、そのぐらいの信頼がある人がやらなければならないのではないでしょうか。今日はちょっと時間があるから、その問題を夜、酒でも飲みながら徹底的にやろうというときになってやればいいので、初めて行ったような人がわけもわからず、何か書いてあるからと出すような話ではないということなのです。

日中統合の議論を始めるために必要なことは何か

工藤 そこで、私たちのテーマにだんだんなっていくのですが、日中は、とりあえず経済の面である意味での実体的な統合になっていくということなのでしょうか。

 日中が2つでというよりも、域内の統合、つまり、家庭全体の幸せを両親が2人で考えるということです。少なくともそれがなければ、この域内は無理ですから。

工藤 その可能性は実態として動いているわけですから、それをどういうふうな形にすべきかということで、障害などいろいろな論点がこの問題で出てきますね。そこには今何か問題があるのですか。

 そういう話になると、問題はたくさんあるのです。

工藤 その問題を出してもらった方がいいのではないでしょうか。

 その問題を議論するのは我々の役目ではないのです。というのは、この域内で一番大事なのは、なぜ協力し合わなければいけないのか、なぜ夫婦の関係が大事なのか、その話をする必要があるからです。例えば、日本にはFTAの話に否定的な見解を示す研究者がたくさんいます。どうも彼らの議論になってくると、細かい技術論に走ってしまう。全部大変なのだという話になってきます。もうこれ以上の展望なしというわけです。本来はなぜやらなければいけないかという議論をまずして、それから政治的な決断でやる。技術問題を全部解決する。

工藤 私もそう思いますが、ただ、その場合、かなりトップの間で、そういう人が現われてこなければ駄目なのでしょう。

 それはヨーロッパのときも、やはりいろいろな人がいらっしゃって、政治のリーダーシップでやったわけです。ヨーロッパでは100年間で4つの戦争がドイツとフランスでありました。そこで、哲学というか、戦争をしないところから始まって、という形に進んでいくわけです。そうしないための一番の方法は経済的に相互依存関係になることだ。それはエネルギー分野だとなったわけでしょう。

工藤 日中間でも、少なくとも、経済的、実態的には、基本的にそういう形である程度動き始めているわけですね。その先にもう一歩行けるかどうかですね。行く必要があるかという問題もあるかもしれませんが、周さんはどう思っているのですか。

 2つの話をしなければいけません。1つは、昔の戦争などいろいろ不愉快があったわけです。これは事実です。ただし、これは昔のパラダイムの中で、昔の発展観からもたらされたものです。時代が変わった。もうそういうことは二度とない。これをお互いに確認しなければいけない。しかも、互いの国民にもこの点について浸透させていかなければなりません。この努力はやらなければいけない。この清算は別に誰かをまた処罰しなければいけないという話ではないのです。先人がやらなかったからいまの世代の人がやらなければいけない。というのは、昔のパラダイムの中の昔の発展観の中で起きたことなので、今は違うパラダイムで、違う発展観がある。これをお互いに確認し合って、お互いの国民に全部これを浸透させる。これは大事なことです。

2点目は、人的交流の密度です。質が変わらなければいけません。お互いに何でも話し合えるような、情報はお互いにすぐにでも取れるような人脈をつくらなければいけません。それは非常に大事なことです。信頼は個人から始まります。

個人の信頼関係に基づいた議論のネットワークの形成を

工藤 ですから、今回のシンポジウムは、そうした一歩にならないかなと思っています。

 責任のある個人が信頼感を構築していく。これが自ずと発展していく。

工藤 何とかそういう形をつくっていかなければいけないと思っています。今回来る人たちはそういう人たちですか。みなさん40代ですね。

 今回のミッションは普通とは違っていて、いわゆる中国の日本屋さんではなく、中国の中枢にいて国の運営を直接やっている人たちです。この人たちと日本の運営を直接やっている人たちとが、一緒に議論し合って信頼感をつくることがこのミッションの目的です。これが大事なのです。日本の中国屋さんと中国の日本屋さんがやる議論とは違った議論の展開が期待されます。これからは、お互いの中枢にいる人たちの信頼感が大事だと思う。

 それは大事だと思いますね。日本屋と中国屋でない人が会うのはものすごく大きくて、それは例えば日米をやっているときはどうしても、向こうは大体日本に関心のある人が、日本屋みたいな人たちしか来ないわけです。しかし、日中はそれを越えてやらなければいけないし、やれるということでなければならない。向こうも、中日友好でなくても、やはり日本の話をしなければいけないというプライオリティーが高いわけでしょう。だから、それは非常に大事な話だと思います。

 とにかく国を運営している人でないと、ちゃんとした話ができないのです。要するに、評論家的な話になってしまうのです。

 そのためには役所の人を入れておかなければいけない。側からいろいろ言うのは幾らでも言えますから。

工藤 今、最後の2点は非常に重要だなと思いました。最終的にそういうことがあって、林さんが言っている1つの夫婦という考え方ができてくるのですから。それは市場で動くのではなく、人がそういう形をつくっていかなければだめですね。

 私が中国で繰り返して言っているのは、日中間の関係は非常に大事であるということです。結構嫌な顔をされたりもしますが、これを今後も言い続けることは大事です。日本にとっても日中関係は非常に大事です。

工藤 日中連合とか同盟とか、コールさんはそれぐらいの言葉を使ってもいいのではないかと言っているのですが、それは中国側の人が違和感を感じるのでしょう。

 だから、まず清算を先にやらなければいけないのです。少なくとも国の運営を担う立場にある人たちの間では、日中関係を語ることに嫌な顔をしない。まずそういう状況を作る必要がある。

工藤 議論としては簡単かもしれませんが、意識まで変えるのはどうですか。政治レベルではそういう人はいますか。日中問題を本気で議論しようよという人は...。

 それは多いと思います。自民党の中の様子は、皆さん、ご存知のように、いまだに台湾議連と日中議連とがあって、やり合っているのですが、しかし、もうやり合っているという状況ではなくなってきましたね。だから、我々は冗談で両岸派と言っているのですが、なぜ隣の国の国内問題で我が国の国民が2つに分かれるのか。それは馬鹿げている。ですから、中国屋がやるというよりも、誰もが避けて通れない問題なので、少なくとも責任のある地位にいる人にとっては、日中問題は必須の課題ですというアプローチでやっていっていく。今の歴史の問題とか清算問題は主観のぶつかり合いなので、いろいろ学者さんがやっていますが、この文書のとおりでございますというのはなかなか難しい。それについては、昔のパラダイムでやったことで、今からは、二度とああいうことはもう起きようがないのですということを、1回やる必要があると思います。そのことさえやっておいて、もし信頼関係ができたら、例えば南京で何人死んだ、どっちが正しいとか、教科書の記述がどうだとかという話は、お互いの国にいろいろな人がいるから、いろいろなことを言うから、まあまあこの辺でということになっていくのだと思うのです。

工藤 そういう努力から始まるわけですね。今回のシンポジウムはその一歩を何とか始めようという感じですね。

 今回、このシンポジウムを企画するとき、私には考えがあったのです。1つは、向こうの産業屋を中心に集めてこようということです。産業屋は一番冷静に状況を見ているわけです。まずお互いにこれは夫婦だと。産業面ではもう離れられないことをお互いに確認し合う、これをまず冷静にやらなければいけない。そこで中国の産業政策担当、それから全国の計画を全部担当している人たちを集めてきました。また、FTAの話ができる人も集めました。この2つです。展望ができる人たちです。お互いに新しい時代を展望していかなければなりません。

工藤 つまり、細かい話よりも、それをベースに次の展望とか課題が見える人ですね。

今回は基本的に日中の新しい可能性という大きいテーマですが、そのための1つのスタート台、議論交流をこれから始めていこうと言うことが今回のシンポジウムで得られたらいいな、と思っています。本日はどうもありがとうございました。

(聞き手は工藤泰志・言論NPO代表)

言論NPOでは、12月17日に開催予定のシンポジウムで、中国の政策当局関係者をお呼びして、日本と中国の将来の新たな可能性を探る議論を行おうと考えています。