経済分科会「分極化する世界経済の行方と日中両国の立ち位置」報告

2020年12月03日

 12月1日、「第16回東京―北京フォーラム」の2日目午前には、経済分科会が行われました。この分科会では、「分極化する世界経済の行方と日中両国の立ち位置」をテーマに議論が展開されました。

参加者一覧

【日本側司会】
山口 廣秀(日興リサーチセンター理事長、元日銀副総裁、「東京-北京フォーラム」副実行委員長)

【中国側司会】
張 燕生(国家発展・改革委員会学術委員会研究員、中国国際経済交流センター首席研究員)

【パネリスト】
大橋 光夫(昭和電工名誉相談役)
飯山 俊康(野村證券株式会社代表取締役副社長)
中尾 武彦(みずほ総研理事長、前アジア開発銀行総裁)
國部 毅(三井住友フィナンシャルグループ取締役会長)
吉川 英一(三菱UFJ銀行顧問)
森 浩生(森ビル取締役副社長)
船岡 昭彦(三井不動産常務執行役員)

魏 建国(中国国際経済交流センター副理事長、元商務部副部長)
姚 洋(北京大学国家発展研究院院長)
曲 亮(中国光大銀行副頭取)
陳 有安(中国国際経済交流センター上級専門家、中国銀河証券公司元董事長、中国中央匯金投資有限責任公司元副総裁)


A18I1383.jpg 日本側司会を務めた山口氏は、まず米中対立や新型コロナウイルスの感染拡大の影響が拡大する中、「世界経済は分極化してしまうのか。分断を避けるために日中両国は何をすべきなのか」と質問を投げかけ、分科会がスタートしました。


バイデン政権でも米中対立は続く。「中国の夢」推進に伴う混乱はグローバルな経済協力推進で抑える

A18I1384.jpg 日本側最初の問題提起を行った大橋氏は、米中対立の行方については、各種世論調査結果をもとに、アメリカでジョー・バイデン新政権が発足したとしても、対中強硬姿勢に大きな変化はないと予測。したがって、対立は今後も続き、世界経済の懸念要素も残り続けるとの見方を示しました。

 一方中国に関しては、習近平氏が掲げる「中国の夢」のようにリーダーが秩序の大転換を図ることには、往々にして大きなリスクを伴うと懸念。中でも、「強軍」を推進し、特にアメリカとの大戦に至るようなことがあれば、「人類の破滅」であるため、これは絶対に阻止しなければならないと主張。そのためにも、グローバルな経済協力関係を構築しつつ、中国の変化を穏健なものにしていくように促していくべきと語りました。


分極化しないがリスクはあるため、それを低減するためにも日中協力は不可欠

A18I1434.jpg 中尾氏はまず、「分極化と決めつけることはやや早計」と切り出しながら問題提起に入りました。確かに、格差の拡大への反発などから、無制限的なグローバリゼーションに関しては見直しを余儀なくされているとしつつ、サプライチェーンの結びつきや、人・企業の交流などを通じて人類が発展してきたこと、そして中国も大きな恩恵を受けてきたことを考えると、基本的なグローバリゼーション自体は今後も残り続けると予測。同時に、先月の「五中全会」で策定された「第14次5カ年計画」について、再分配メカニズムの改善、都市と地方との格差改善、高レベルの対外開放、低炭素型発展、債務の持続可能性原則に基づく融資などの内容を盛り込んだことを評価。こうしたことから中国も既存の国際経済秩序と関わり続けるとの見方を示しました。

 もっとも、分極化のリスク自体はあるため、それを低減させるために日中両国が何をすべきかという点についても中尾氏は言及。日本については、明治維新から第二次大戦に至るまでの反省から、アジアの発展に貢献してきたとしつつ、「しかし、これからは日本もアジアに成長を助けてもらう時代だ」と指摘。今後は、RCEPのようなアジアと対等でWin-Winの関係づくりを進めていくべきとしました。

 中国に対しては、歴史の屈辱を晴らしたいという気持ち自体は分かるとしつつ、「大らかに対応してほしい。そうすれば世界から尊敬されるし、影響力も増すことにつながる」と要望。

 最後に中尾氏は、米中間でいわゆるトゥキディデスの罠のような現象が起こることについては、通商や交流を深めていくことで十分に回避できると指摘。この意味でも日中協力を進めるべきとしました。


世界の中心は東アジアにシフトしてきている。その中心にいる日中両国の果たす役割は大きい

g.jpg 中国側最初の問題提起をした魏建国氏は、グローバリゼーションが進めば進むほど、その反動として自国の低迷をグローバリゼーションに帰責する国が出てくるのは常であると、暗にトランプ米政権を批判しつつ、しかしポストコロナのグローバリゼーションはこれまでとは異なるものにしていくべきと主張。具体的には、「包摂的で各国がWin-Winになれるようなものにすること」、「時代の変化に適合したもの、すなわち、デジタル経済などニューエコノミーを中核とすること」などを提言しました。

 また魏建国氏は、世界経済の中心軸が「予想以上に東アジアにシフトしてきている」との見方を示した上で、RCEPによってさらに強化された巨大市場を擁する東アジアの大きな可能性を指摘。その中心にある日中両国は、一帯一路、CPTPPへの相互参加をすると同時に、気候変動やSDGsなどの国際課題でも協力を深めていくべきと語りました。


アメリカが国際協力に復帰する流れに乗って、関係改善を進めるべき

1.jpg 姚洋氏は、中尾氏と同様の視点から、脱グローバリゼーションの動きはあるものの、多くの国が恩恵を受けているため、それは限定的なものに過ぎないと指摘。中国が絡むグローバル・バリューチェーンが断裂しているとの指摘に対しても、「その結びつきは強固だからこそ、コロナ禍でも中国経済は早期回復し今年も高成長だ」と誇示して見せました。

 一方、米中対立の行方に関しては、バイデン政権の発足により、アメリカが国際協力に復帰することへの期待を寄せ、とりわけ気候変動問題やコロナのワクチン開発などでは協力が進むとし、それを足掛かりとした関係改善の展望を描いて見せました。

 問題提起の後、ディスカッションに入りました。


世界経済を牽引する三つのカギ

A18I1414.jpg 國部氏は、新型コロナによって打撃を受けた世界経済を牽引する三つのカギとして、グローバリゼーション、デジタライゼーション、グリーンエコノミーを挙げつつ、これらをポストコロナの世界経済の中核に据えるべきと提言しました。

 また、米中対立に関しては、両国と深い関りを持つ日本が、リーダーシップを発揮して対立が激化しないように仲介にあたるべきとしました。


課題解決ベースの協力関係を構築すべき

A18I1447.jpg 森氏は、グローバリゼーションなくして日本の繁栄はなかったし、とりわけ今後はますますその傾向は強まるとしつつ、その擁護にあたるべきと主張。日中関係の展開については、現在の中国が日本に接近しているのはアメリカとの対立が厳しいことの裏返しであると分析。しかし、そういう打算ではなく、「もっと課題解決ベースの協力関係を構築すべき」と中国側に呼びかけ、SDGsなどは共通に取り組める課題として最適であると提言しました。


「双循環」とともにグローバリゼーションの進展を

A18I1474.jpg 吉川氏は、中国の考え方の特徴として、非常に長期的なスパンで構想を描くということを指摘。日本もこうした特徴を踏まえながら中国と付き合っていくべきと語りました。その上で、内需拡大を軸とする「双循環」を進めていく中国とも、長期的に見ればグローバリゼーションは依然として共有可能であるとしつつ、特にルールづくりでの協力を進めていくべきとしました。また、デジタル分野や、第三国市場での協力についても日中協力の可能性は大きいと語りました。

 一方、まさにこの日に施行された中国の輸出管理法に対しては、規制自体には一定の理解を示しつつ、ビジネスの予測可能性を担保するためにも「定義を明確にしてほしい」と注文を付けました。


中国の社債市場の拡大・活性化を期待

A18I1464.jpg 飯山氏は、グローバリゼーションの中でもとりわけ、資本市場のグローバル化について発言。中国の近年の対外開放に評価をしつつ、金融政策に関しては予見可能性に不安があると指摘。「リスクを取って外から中国に参入できない」と語りました。

 その上で飯山氏は、国有企業でもデフォルトする企業が出てくるようになった中、金融システムの安定化のための方策として、「社債市場の拡大・活性化」について提言しました。


データの利活用に関するルール形成で協力すべき

A18I1486.jpg 船岡氏は、デジタライゼーションが今後の世界経済のカギを握るとしつつ、「データは誰のものか」という点については、「日中両国で考え方の整理ができていないのではないか」と指摘。三井不動産では顧客の了解を取った上でのデータ利用を徹底していることを紹介しつつ、「新型コロナ対策では同意なく個人データを利用することもあるかもしれないが、基本的には顧客保護の観点からデータ利活用のルールが必要だ」と主張。そのルールは国際的に統一されたものが望ましいとしつつ、ここで日中協力を進めるべきだと語りました。


中国が穏当に行動していればアメリカも過度な反応はしない

 日本側の発言が一巡したところで再び中尾氏が米中対立について補足発言。日米貿易摩擦の際、日本もアメリカから強硬な要求を突き付けられた苦い経験を振り返りつつ、アメリカの主張がすべて正しいわけではないと指摘。ただ、それでも「全体的にはフェアな国」であるため、中国が穏当に行動していればアメリカも過度な反応はしないとの見方を示しました。ただ逆に言えば、軍事行動が目立ったり、国主導の産業政策を推し進めていくと、アメリカのみならず欧州や日本からも反発を受けるとも警告しました。

 多様な協力メニューはすでにある。協力を推進し、利益を上げることによって世界を国際協力に引き戻す誘因となるべき


2.jpg 曲亮氏は、コロナ禍と米中対立化の世界経済の現状を、「1930年代の大恐慌以来の危機」と評し、このような不確実性が高い中では、ますます日中協力の重要性が高まっていると切り出しました。そして、科学技術から、環境・エネルギー、少子高齢化、介護、ヘルスケア、文化、青少年交流に至るまで多様なメニューがあるため、強力な国際協力を推進し、利益を上げることによって世界を国際協力に引き戻す誘因となるべきと主張しました。

 曲亮氏は同時に、「双循環」の中では、対外開放と経済の国際化も積極的に進めなければならないと語り、グローバル・バリューチェーンの維持・強化に積極的に関わっていくとしつつ、中国光大銀行の積極的な海外展開の事例を紹介。ここでも日本との共同事業の可能性を強調しました。


日本は中国との協力強化をする上で、他の国よりも優位性がある

a.jpg 陳有安氏は、中国の対外開放が新しいステージに入ったと同時に、日中協力も新しいステージに入ったと指摘。これまで円借款やODAなどを通じた協力の蓄積があること、北京から見れば雲南省や福建省よりも日本の方が近いという地の利があること、少子高齢化など共通課題が多いことなどを挙げつつ、日本は中国との協力強化をする上で、他の国よりも優位性があると語りました。さらに、「五中全会」で採択された、2021~2025年の中期政策大綱である第14次五カ年計画と、2035年までの長期目標を遂行していく中で、中国とGDPはさらに飛躍的に増大していくとしつつ、これは日本にとっても大きなチャンスであると日本側に呼びかけました。

 次に山口氏は、新型コロナウイルスのパンデミックによって大打撃を受けた経済の復興のあり方について尋ねました。


経済連携を進めるためには"政熱経熱"が不可欠

 大橋氏は、経済復興には経済連携の推進が重要としつつ、その際中国には改めるべきことがあると問題提起しました。その中で、いわゆる「政冷経熱」について、これは中国が途上国ゆえに大目に見られていた時代の話だと指摘。すなわち、政治的で道理に合わないことをしても影響が軽微であるため、問題視されずに経済関係だけは進められたのだと振り返りました。

 しかし、大国となった今、それはもはや通用せず、「政が冷なら経も冷になってしまう。経を熱にしたいのであれば政も熱にするほかない」と主張。その上で、中国がCPTPPへの関心を示していることについて、加盟国の賛同を得るためには、政治外交姿勢の見直しは不可欠だと忠告。特に、日本との関係では尖閣諸島周辺での行動に対して苦言を呈しました。さらには、行動を改めないままでいることの帰結として、米台FTAの締結など中国の望まない形での経済連携が進むとも語りました。


多くの企業が依然として中国の重要性を強く認識している。双循環の下でも投資は進むが、ルールは必要

 國部氏も、経済関係の拡大が有効との見方を示した上で、日中経済協力について問題提起。新型コロナによって供給網の脆弱性が露となり、チャイナ・プラスワンなど日本企業の中国からの生産移管の動きが取り沙汰されているとしつつ、企業アンケート結果を見ると、多くの企業が依然として中国の重要性を強く認識していることを紹介。双循環の下でも日本からの投資は進む下地は十分にあると語りました。しかし、そのためには公平で明確なルールを定めるなど投資環境の整備も必要と中国側に要望しました、

 國部氏はさらに、少子化や環境問題、SDGsなど共通課題での協力を進めていくことも重要だとしました。


平和・協力発展だけが唯一の道。そのためにも経済連携を進めていく

 曲亮氏は、日中両国にとっては平和・協力発展だけが唯一の道であるとした上で、そのためには多国間主義を擁護し、自由貿易・広域的な経済連携を進めていくべきとし、両国が成果を上げることこそが、結局世界全体にとっても好影響をもたらすと主張。とりわけ、ようやく合意にこぎつけたRCEPは、日中協力を推進する上で、これ以上ない追い風になると期待を寄せました。

 その他、協力のメニューとしては、新型コロナウイルスの感染が再び拡大傾向にある中、この対策における協力や、デジタル経済、金融といった分野を挙げました。

A50K1180.jpg


「金融分科会」を新たに創設すべき

 魏建国氏も、FTAなど経済連携の推進が経済復興には最も有効と提言。日中、日中韓など様々な枠組みづくりを進めるべきとしました。

 日中経済協力の今後に関しては、引き続き日本の対中投資が重要であるとし、各地で建設が進むデジタルの産業団地や、医療産業団地などへの投資を促進すべきと語りました。

 同時に、日本側から金融市場に関する発言が相次いだことに応える形で、金融市場の開放に言及。さらには、この「東京―北京フォーラム」で、金融分科会を新たに創設することを提案し、そこで継続的に議論すべきと語りました。


急速な高齢化だからこそ、金融協力が急務

 飯山氏も、金融協力の重要性について主張。高齢化によって命の寿命は延びても金融資産は伸びていない現状を明らかにした上で、両国で多くの国民が老後に不安を抱えていると指摘。とりわけ、中国では高齢化の進展に社会保障の整備が追い付かないため、個人の資産形成を進めないと危ないとし、それは社会不安にもつながりかねないと警鐘を鳴らしつつ、「個人が海外に分散投資していくことに関しては、日本がお手伝いできることもあるのではないか」と提案しました。

 同時に、金融政策に関しては、バブル崩壊など様々な先行事例を有する日本の経験を共有していくべきとしました。


即効性ある経済対策として、観光協力を進めるべき


 
 吉川氏も、金融協力について発言。フィンテックについては、先行する中国の取り組みを学びたいとしつつ、こうした新しい分野においては、ルールづくりを共同して行うべきだと呼びかけました。

 また、吉川氏は、コロナ後の即効性ある経済協力としては観光が最適であると指摘。新型コロナによって日中両国で観光産業が大きな打撃を受ける中では、協力は急務であるとしました。

 第三国での協力に関しては、アジア経済がコロナから立ち直るためには重要であるため、ここでは日中が協力して知恵を出すべきとしつつ、開放性、透明性、債務の持続可能性の確保は不可欠と中国側に釘を刺しました。


競争の大前提は公正で透明なルール

 森氏も、ルールについて言及。自由競争の中では必然的に勝ち負けが生じ、その結果として中国が勝つ状況になることはやむを得ないとしつつ、それはあくまで公正で透明なルールが明確に定めてあることが大前提と指摘。しかし、香港の現状を見ると、中国が事前に決めたルールをきちんと遵守するか否かについては一抹の不安もあるとしました。


老朽化集合住宅対策は、日中が抱える課題の複合的な解決につながり得る

 船岡氏は、老朽化住宅ストックの更新に関して具体的な提言をしました。住宅は投資誘発効果が大きいため、内需型経済成長の柱になると双循環との親和性をアピールするとともに、

 全国で3万9000カ所、700万世帯の老朽化した住宅団地(老旧小区)改造を推進する国務院の方針に言及。そして、日本でも高度成長期に建設された集合住宅の再開発が課題になっていることを紹介し、これも共通課題であるとしました。しかも、こうした老朽化した住宅の住人は、その多くは高齢者であるため、再開発というハード面だけでなく、高齢化対策というソフト面の推進も同時に進められる利点があると提言しました。

A50K0886.jpg 議論を終えて最後に山口氏は、グローバリゼーションの流れ自体は今後も続くし、その流れを後押しするためにも日中協力を進めるべきと総括。共通課題は多いため、協力のメニューは豊富にあるとし、ここで実績を上げることがアジアや世界にも好影響を及ぼすと語りました。もっとも、そのためには両国間での信頼向上は急務としました。

3.jpg 張燕生氏は、グローバリゼーションの行方について、東アジアが牽引していくことになるために、その中核にいる日中両国は、大橋氏が指摘した「政熱経熱」という新しいフェーズをつくり出さなければならないと指摘。経済連携や新型コロナ対策で協力を深めると同時に、対話も徹底させるべきとし、来年の「第17回東京―北京フォーラム」での再会を日本側に約しつつ、白熱した議論を締めくくりました。