安全保障分科会「地域の紛争防止と目指すべき東アジアの平和秩序」報告

2020年12月07日

 12月1日、「第16回東京―北京フォーラム」の2日目午後には、安全保障分科会が行われました。この分科会では、「地域の紛争防止と目指すべき東アジアの平和秩序」をテーマとした議論が展開されました。

参加者一覧

【日本側司会】
宮本 雄二(宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)

【中国側司会】
陳 小工(元中国共産党中央外事弁公室副主任、元空軍副司令官、第12期全人代外事委員会委員)

【パネリスト】
中谷 元(元防衛大臣、衆議院議員)
香田 洋二(ジャパンマリンユナイテッド株式会社 顧問、元自衛艦隊司令官(海将))
西 正典(元防衛事務次官)
小野田 治(東芝インフラシステムズ株式会社 顧問、元航空自衛隊教育集団司令官(空将))
高原 明生(東京大学公共政策大学院教授)
神保 謙(慶應義塾大学総合政策学部教授)

姚 雲竹(中国人民解放軍軍事科学院国家ハイエンドシンクタンク学術委員会委員)
張 沱生(中国国際戦略研究基金会学術委員会主任)
呉 懐中(中国社会科学院日本研究所研究員)
帰 泳濤(北京大学国際関係学院副院長)
劉 華(参考消息報社新メディアセンター副主任)

miyamoto.jpg 日本側司会を務めた宮本氏はまず、現下の米中対立の激化を踏まえた上で、東アジアの安全保障環境はどのような状況になっているのか、どのような問題があるのか、その見方を尋ねました。


自信を付けたことが中国の強硬姿勢の背景に。アメリカとの正面衝突に至らないように自制すべき

nakatani.jpg 日本側最初に登壇した中谷氏は、この一年間の特に憂慮すべき中国の動向としてまず、香港やウイグルにおける広範な人権制限を伴う強硬対応を提示。大国となり自信をつけた中国が、それまで抑制的にしていた自己主張を強めてきたことがその背景にあると読み解きました。

 そして、こうした強硬な姿勢は東シナ海、とりわけ尖閣諸島周辺でも見られるとし、増加の一途をたどる船舶の領海侵入に「既成事実をつくり、事態をエスカレートさせる行動は容認できない」と強い口調で苦言を呈しました。同時に、バイデン次期米政権もこうした中国の海洋における動向に対しては、非常に大きな懸念を抱いていると忠告しつつ、緊張が高まる中、「事態が正面衝突などに至らないように、互いに自制しなければならない」と語りました


アメリカが台湾で"レッドライン"に触れたら戦争になる。影響を受ける日本も役割を果たすべき

3.jpg 中国側最初に発言した張沱生氏は、新型コロナウイルのパンデミックがさらに米中対立を悪化せているとしつつ、特に懸念している対立のマイナスの影響について問題提起。まず、南シナ海や台湾海峡における緊張感の高まりを挙げ、とりわけ台湾に関しては、「アメリカ側がサラミ戦術の形で台湾の話題を取り上げ続け、中国側のレッドラインに触れた時には中国側は非平和的な手段をもって台湾独立を抑制しなければならない」と警告。その場合には日本にも大きな影響が及ぶとしつつ、ミサイル防衛を進める日米の対応にも併せて苦言を呈しました。

 張沱生氏は、米中間の対話が困難になっている状況は、米中協力が不可欠な北朝鮮の非核化の先行きにも暗い影を落としていると指摘。また、東アジア地域におけるマルチの安全保障枠組みの重要性を主張しつつ、今のアメリカがその阻害要因になっているとも批判。バイデン政権での姿勢転換に期待を寄せつつ、日本にも積極的な役割を果たすことを求めました。


"レッドライン"に迫る中国。日米同盟体制は非常に大きな難題を突き付けられている

koda.jpg 香田氏はまず、昨年の「第15回東京―北京フォーラム」では、米中対立がすでに"熱戦"になっていると自身が語ったことを振り返りつつ、情勢はさらに悪化していると切り出しました。とりわけ、南シナ海では、ミサイル発射実験や軍事演習を繰り返す中国は、これまでは比較的局外にいると思われていたインドネシアやマレーシアとの間でも軋轢が生じていると指摘。また、台湾海峡についても、「日本から見れば中国の挑戦的な行動によって緊迫感が高まっている」としつつ、「我々にとってのレッドラインとは、問題解決に武力を使うことだが、中国は相当際どいところまで来ている」と語り、日米同盟体制は非常に大きな難題を突き付けられているとの認識を示しました。


米中の競争関係は今後も続く。協力と同時に競争をマネージすることが重要

2.jpg 姚雲竹氏は、米中関係は1972年のニクソン訪中以降、最も複雑で、最も困難な状況にあるとしつつ、香田氏が指摘したような熱戦状態というわけではなく、冷戦にもならず、世界の分極化にもつながらないとの見方を示しました。その要因としては、バイデン政権発足に対する期待があるとし、とりわけ相互の誤解をなくすための正常な政治・外交のコミュニケーションルートが回復することに期待を寄せました。同時に、アメリカが一国主義を脱却し国際協調主義に戻ることや、安全保障分野においても軍縮など共通の課題があるために、協力の機会が多いことも期待の理由としましたが、その一方で、「期待はしているが幻想は抱いていない」とも発言。人権問題での干渉や、技術面でのデカップリング、そしてインド太平洋戦略の推進などはトランプ政権の方針を大枠では引き継ぐとの見方を示し、「競争関係は今後も続く。競争と協力を同時に行っていき、競争をマネージすることが重要だ」と主張しました。

 姚雲竹氏は、危機管理についても発言。米中間ではタスクフォースを組んで合意が得られた部分があるなど一定の成果があったことを紹介。もっとも、危機が中国側に集中していることから、双方の意識に非対称性があると難しさも吐露しつつ、逆に、日本側とはそうした非対称性がないため、体制構築は十分に可能とも語りました。


経済・財政の世界から安全保障上の和議を求めるのも一つの方法

nishi.jpg 西氏は、新型コロナウイルスのパンデミックによって、世界各国が財政支出を余儀なくされた結果、多くの国で財政が逼迫しているとした上で、ワクチンが流通し、世界中で感染が収束に向かっていった場合に「借金の山が溶けて大洪水を起こす」と予測。その中には、一帯一路の推進によって対中国の債務が積み上がっている国々が多いとし、「中国自身の財政はともかくとして、貸し倒れのリスクは高まっている」と警告しました。

 一方で、西氏はこうした状況は米中協力にとってはむしろ好機であると主張。第二次世界大戦後、世界の財政・金融を立て直すために、米英が協力してブレトンウッズ体制をつくったことを振り返りつつ、「今、世界一位と二位の経済大国である米中が新型コロナ対策の新たなブレトンウッズ体制をつくるべき」と提言。同時に、両国と深い関りのある日本が仲介の労を取るべきとし、「安全保障上の問題を回避するために、視点を変えて経済・財政の世界から和議を求めるのも一つの方法だ」と語りました。


日米豪印の安全保障連携が中国包囲網とならないように

5.jpg 帰泳濤氏は、西氏の提言に賛同しつつ、その一方で日本の国内状況について、中国に対してバランスの取れた見方が少なく、安全保障上の対立や脅威を煽る言説が多いと指摘。日米豪印4カ国の安全保障連携が進んでいることについても、これが中国包囲網にならないように、と釘を刺しつつ、こうした懸念が払拭されないと他分野での協力も進まないと語りました。


中国の行動が強圧的に見えるから日米同盟や地域諸国との連携が推進される

onoda.jpg その日本国内の言説として小野田氏は、中国の軍事力や海上の法執行能力が急速に強大化していく現状では、日本側としてはどうしても「中国の行動は強圧的に見える」と解説。同時に、こうした現状を見れば自ずと日米同盟の強化や、地域諸国との連携推進が必要であると多くの日本人が考えるようになるとも指摘。「お互いがお互いの原因になっているということをやはり認識をしていかなければならない」と冷静な議論の必要性を強調しました。


アメリカは初心と常識に戻るべき。日本は冷静な見方を

4.jpg 呉懐中氏は、小野田氏の発言に対して、中国の行動はあくまでもアメリカの動きに対応したものに過ぎないと回答。とりわけ、台湾という中国の核心的利益にまで迫っていることに言及し、「アメリカは初心と常識に戻るべき」と批判しました。同時に、歴史を振り開ければどこか特定の国が急速に成長することはしばしばみられる現象であるとするとともに、それを既存の大国が過度に牽制、警戒することの悲劇的帰結も歴史上明らかであると指摘。日本に対しても、同様に冷静な見方を求めました。


意見の不一致があった時でも絶対に手を出さないという原則を両方がしっかりと守るべき

takahara.jpg こうした日本側に冷静な見方を求める意見に対して高原氏は、「隣に面積が26倍で人口が10倍以上あって、国防予算がどんどん伸びていまや自分の4倍以上ある国が、実際に自国の領海に盛んに侵入してきたらどう思うか」と日本側が感じている心理的圧迫感を表現。「やはり体が大きい方、軍事能力が高い方が自制するということが非常に大事だ。また、何か意見の不一致があった時でも絶対に手を出さないという原則を両方がしっかりと守っていかないと二国間関係はうまくいかない」と指摘しました。


日本は米中対立の背景の中で戦略と戦術を分けて考えるべき

6.jpg 劉華氏は、米中対立の中で、日本がアメリカの対中政策を特定の方向へと導こうとしていると指摘。2016年、米大統領選でトランプ氏が当選した直後に訪米し、他国に先駆けて会談を行った安倍前首相が、その中で中国の軍事的脅威を強調し、それがトランプ政権の対中政策に影響を及ぼしたと振り返りつつ、こうしたことは「米中関係をより複雑化させてしまう」と批判。「日本は安全保障政策では、米中対立の背景の中で戦略と戦術を分けて考えるべきだ」と主張するとともに、西氏が述べたように仲介の役割をすることに期待を寄せました。


米中間の枠組み構築は難しい、バイデン政権に期待しつつ、軍備管理では議論を始めるべき

jimbo.jpg これに対し神保氏は、日本がアメリカと対中国戦略的競争関係を共有する立場にあるのは確かであるとしつつ、「日本がすべてアメリカと同じ立場というわけではない」と指摘。経済秩序に関してはアメリカとは異なる形を志向しているとし、それはTPPやRCEPなどを見ても明らかであり、「日本とアメリカを一体だと見做すと、友好的な対日関係はつくれない」と忠告しました。

 一方、米中関係の分析としては、中国の急速な成長により構図が日々変化するため、安定的に管理する基本的な枠組みをつくること自体が難しいとの見方を提示。そうした中で、オバマ政権期につくられたものの、トランプ政権期で機能しなくなった軍事的信頼醸成の枠組みが、バイデン政権になって再び機能することに期待を寄せました。

 同時に神保氏は、「そろそろ中国は多国間の軍備管理・軍縮交渉に関する積極的な取り組みをするべきではないか」と提言。アメリカがこうした枠組みに中国を引き入れようとしている中、それに応じて議論をすることが信頼醸成につながり、ひいては安定的な秩序づくりにもつながると促しました。

 西氏もこの発言に同意し、「中国はアメリカとの対話を望んでいるのに、なぜ安保問題の中核ともいえる核の対話に応じないのか。それに、対話に参加しなければ中国が与り知らぬうちに米ロだけで様々なことを決められてしまうのではないか」と忠告しました。


 続いて宮本氏は、これまでの議論を踏まえて、「では、この地域の紛争回避や平和共存のために何をすべきなのか。日本と中国にどのような努力が求められているのか」と各氏に問いました。


紛争回避のために分極化を回避。日本はアメリカを、中国は北朝鮮を説得し、ロシアも意識するべき

 呉懐中氏は、紛争回避は日中二カ国だけの問題ではなく、両国が地域全体に対して責任を持って実行しなければならない課題だと切り出した上で、そのために必要なのは「地域の分極化を避けること」と問題提起。そこではアメリカにも責任を持った行動をさせることが必要であり、同盟国日本にその働きかけを求めると同時に、北朝鮮に対しては中国が協調に引き入れることに当たるべきとしました。また、ロシアの役割も意識しなければならないと注意を促しました。

 呉懐中氏は、そうした協力を実行するためにも、建設的安全保障関係を構築しなければならないと主張。そのためには徹底した対話が肝要であり、戦略レベル、政策レベルの対話や防衛交流、透明性向上や海洋法など個別課題に関する対話、さらにはアメリカも引き入れた日米中の対話などを提言しました。


米中関係安定化、日中関係改善、日米同盟強化を両立させていくことが、日米中関係の安定化につながっていく

 神保氏は、バイデン政権下でも米中の競争状態は変わらないとの見方を示しつつ、米政府の行動の予測可能性は高まる分、対応はしやすくなるとし、今後4年間がチャンスになると指摘。中国は米中関係を安定化に向けて軌道に乗せるとともに、日本としては日中関係改善と日米同盟強化を両立させていくことが、日米中関係の安定化につながっていくとしました。


新たなテクノロジーを活用した兵器でも管理の議論を

 神保氏はさらに、先程の軍備管理についての発言に補足する形で無人兵器や極超音速兵器、量子技術など新たなテクノロジーを活用した兵器の管理について問題提起。リーダーや国民の理解が及ばず、ともすれば過小評価されがちなこうした兵器に関する危機管理の議論を今のうちに始めるべきとしました。

 小野田氏は、この新たなテクノロジーをめぐる問題について補足発言し、西側諸国の開発者はAIやロボットが人間を傷つけないようにするという倫理的な規範を共有しているが、そうした歯止めがない権威主義国家が非人道的兵器への転用を進めることに対し強い懸念を表明。だからこそ、この新技術に関しても日中対話が不可欠であると呼びかけました。


バイデン政権でも危機再燃の可能性はあり、楽観はできない

 帰泳濤氏は、こうした新兵器に関する議論に賛同。政府やメディアの煽り立てるような論調に影響されずに、専門家同士で議論すべきと語りました。

 一方でバイデン政権に対する見方は、オバマ政権では北朝鮮問題が「戦略的忍耐」によって傍観するだけで終わったことに鑑み、「危機再燃の可能性はある」と懸念を表明。だからこそ日中協力で備えるべきだとし、「そのためにも相互に相手を警戒しすぎることなく、信頼醸成を進めるべき」と語りました。


自由で開かれたインド太平洋と一帯一路を協調させることが、平和・協力発展につながる

 高原氏は、日中関係にも競争と協力の両面があることをしっかり認識すべきとした上で、競争については、対話をしながらマネージしていくべきと主張。一方、協力については「最近、ややないがしろにされているのではないか」と懸念を示しました。その上で、協力を進める上でのポイントとして、「自由で開かれたインド太平洋と一帯一路」に着目。安倍前首相が条件付きながら一帯一路への協力を表明したことが、日中関係を好転させる一つの要因になったとの見方を示しつつ、今度は逆に習主席がインド太平洋構想への協力を表明することに期待を寄せました。そうして共存・共栄を実現することが、地域と世界に大きなインパクトを及ぼし、平和と協力発展につながっていくとしました。

 このインド太平洋をめぐっては、中国側司会の陳小工が、日本のインド太平洋構想は経済が主軸なので、一帯一路とも親和的であるが、アメリカのそれは対中軍事的な色彩が強く、これに日本も協力するのであれば、中国としては相容れないと指摘。

 これに対しては、香田氏は日米豪印それぞれのインド太平洋概念があるとし、「相当程度国益が重なる部分が多いから協力が進んでいるが、完全に同じ歩調というわけではない」と指摘。高原氏は、インド太平洋に関する日本の報道が、アメリカ的な軍事面を強調するものが最近は多くなってきているために、中国側が懸念しているのではないかとしつつ、日本のものはあくまでも協力を志向しているものだと強調しました。


レベルや分野ごとに様々な対話を行うべき中でも、日米中三カ国の対話が必要

 張沱生氏は、東アジアの平和のためには地域の大国である日中関係が安定化することが不可欠であるとし、関係正常化を進め、新しい地域大国関係をつくるべきと主張。そのためには、現状存在する意見や見方の食い違いを乗り越えるためにもやはり対話が不可欠であるとし、レベルや分野ごとに様々な対話を行うべきとしました。中でも、呉懐中氏と同様に日米中三カ国の対話の必要性を強調し、「中国が持つ日米同盟に対する不安を払拭するためには、日米と同時に対話する方が効率がよい」とそのメリットを解説しました。同時に、危機管理に関しては海空連絡メカニズムに基づくホットラインを早期に運用開始させることの必要性にも言及しました。

 このホットラインに関する発言に対しては香田氏も強く賛同し、「明日にも不測の事態が起こるかもしれないのだから寝ているホットラインをすぐに起こすべき」と訴えました。


 議論を受けて最後に、両司会者が今回の対話の総括を行いました。

 宮本氏はまず、バイデン政権発足後も米中対立は続くものの、「競争だけでなく協調の側面も出てくるので、それをチャンスとして新たな展開を模索していくべきというのが、今回の対話の大方の意見だった」と振り返りました。協力を進める上では対話が重要であることも改めて確認し、当面の危機管理の重要性も再認識したと語りました。

 また、軍縮・軍備管理の議論も出たことを踏まえ、軍拡よりも軍縮によって安全を確保しようという意識が中国側にも出てきていると分析。もっとも、限界はあるため、安定管理の枠組みが必要であるとし、そのためにも有識者が知恵を出していくべきとしました。最後に宮本氏は、平和秩序実現のための枠組みづくりは東アジア史上初の取り組みであり、日中、そしてアメリカも加えながら進めていくべきと締めくくりました。


1.jpg 陳小工氏はまず大前提として、インド太平洋と一帯一路に関する議論があったことを踏まえ、「日中関係全体の中では、安全保障問題は一部であり、最優先課題ではない」と全体の文脈で考えることの重要性を指摘。RCEPを追い風として経済重視の関係づくりや、諸課題での協力を進めるべきとしました。

 安全保障問題に関しては、今回も対話の重要性が再確認されたため、これを引き続き進めていくべきとしつつ、先月の茂木・王毅両外相の会談で、海洋に関するハイレベル協議を開くことをはじめとして意思疎通を進めていく方針が打ち出されたことは朗報であるとしました。

 陳小工氏は最後に、東アジアの安全保障枠組みにも言及。今回の議論でもあった新たなテクノロジーの対応など協力できる課題は多いため、そうした協力を積み重ねながら制度化を模索していくべきと語りつつ、白熱した議論を締めくくりました。