経済成長対策を柱に日本経済の立て直しを進める安倍政権。海外メディアなどから「右傾化」の懸念も指摘される中で、持論の日米関係重視を軸に、日本の役割をアジアでどのように果たそうとしているのか。長年、日本で活躍され今、ワシントンのシンクタンクに移ったグレン・S・フクシマ氏と、ハーバード大学留学時代からフクシマ氏と親交があり、安倍氏のブレーンの一人である塩崎恭久自民党政調会長代理が話し合った。
工藤:世界では新しい指導者が登場し、日本でも安倍政権が動き出しました。そして、アメリカはアジア、太平洋に軸足を移し、アジア経済や安全保障に強い関心を持ち始めています。日本がこうした流れの中でどのような役割をアジアで果たすべきか、お二人にお聞きしたいと思います。
フクシマさんは、22年ぶりにワシントンに帰って、日本の存在感がかなり低下していることを実感されたそうです。その原因はどこにあるのでしょうか。
フクシマ:私は1985年から90年まで米国通商代表部の仕事でワシントンで仕事をした後、90年6月、AT&Tというアメリカの会社の日本法人副社長として来日しました。そして今回、22年ぶりにアメリカに帰って二つ感じたことがあります。一つは、日本の存在感が予想以上に大きく低下しているということ。もう一つは、中国、朝鮮半島、インド、ミャンマーなどほかのアジア各国に対するアメリカの関心が急速に高まっていることです。多分、最大の理由は日本の経済力の低下だと思います。
日本の存在感低下は、日本経済の停滞が原因
工藤:アメリカでは日本研究者もかなり少なくなったそうですが。
フクシマ:アメリカでは日本だけを取り上げる学者は減っています。最近、連邦上院の外交委員会がアジアの専門家を10人招いて開いた説明会に私も呼ばれたのですが、10人のうち8人は中国の専門家、1人は朝鮮半島の専門家で、日本のことを研究している人は私一人でした。議論でも中国に強い関心がある反面、日本に対しては、どちらかというとアジアであまり問題を起こしてほしくないという要望であり、あまり肯定的な議論はありませんでした。私は、日本や日米関係の重要性、日本とアメリカは協力した方がいいということを主張したのですが、全体の雰囲気は、私から見ると日本の力を過小評価している面がかなり強かったと思います。
工藤:塩崎さんも若いときにアメリカに留学されて、日米問題に専門的に取り組まれていますが、このような現象をどうご覧になっていますか。
塩崎:私はアメリカに住んでいたことが2回あって、1回は高校生の時、1967年~68年でした。私が住んでいたのは、サンフランシスコに近くて、比較的日本が話題になるところでしたが、そのころのアメリカの日本に対する雰囲気は、トヨタの車を「結構いいよ」と言う人が出始めていた、という程度でした。
その後、80年にハーバード大学に留学した時は、ちょうど前年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を書いたエズラ・ボーゲル先生も大学におられて、クリントン政権で労働長官になったロバート・ライヒ先生と共同でクラスを持っていました。その時の授業で、「日本の産業政策について授業で語ってくれよ」と言われて、私がお話した記憶があります。今では多分、「産業政策を話してみないか」と言われもしないでしょう。つまりあの時は「ライジング・ジャパン」で、今、フクシマさんがおっしゃったように、経済力の大きさというより経済の可能性が注目されていたと思うのですね。
結局、一番大きな原因は、日本は失われた20年で日本経済が方向感を見失い、経済の伸びがなくなってきたことでしょう。そして、日本経済が停滞する中で今は中国の経済が大きくなってきた。もともと80年代は改革開放が始まっていない閉ざされた中国と「狭いマーケットの中での日本」ということでしたが、今は「グローバルマーケットの中の日本」であり、その中で日本は根本的な構造問題を抱えて、それを解決しないで20年経ってしまっている。それに対して中国は、国内には本当はいろいろ問題があるのでしょうが、それを感じさせないほど大きな伸びを見せている。
今度、安倍内閣が、久方ぶりに経済成長を一番に掲げているのも、こうした日本経済を立て直そうと考えているからです。今は世界の投資家が結構、日本を見ていますが、「この変化は本当か?」と私にも聞いてきます。この流れを本物にしなければいけないと、私は考えています。
工藤:日本の新政権は、経済成長に最優先で取り組んでいますが、ワシントンでは、こうした日本に対して、どう期待しているのでしょうか。
安倍政権への二つの期待と二つの懸念
フクシマ:安倍政権に対し、アメリカには、二つの期待と二つの懸念があると思います。期待の第一はやはり経済ですね。経済が復活することに期待しているので、そういう意味ではアベノミクスに関心が高まっています。ただ、この関心の高まりは、7月の参議院選挙までは続くと思いますが、その後はどうなるか、という疑問があります。
もう一つの期待は日米関係の再構築です。この3年間で沖縄問題を含めて日米関係はギクシャクしたので、「日米関係を重要視している人」として安倍さんに期待しています。
懸念事項の一つ目は、安倍さんはアジアの国、特に中国や韓国との関係を悪化させる危険性があるということ。ニューヨーク・タイムズなどの社説でも、従軍慰安婦の問題とか靖国の問題が取り上げられています。もう一つは、国内政策においても防衛問題とか集団的自衛権とか憲法改正、といった問題を過度に重要視することによって、経済の再生がおろそかになる危険性があるのではないか、という懸念です。
工藤:塩崎さんはこの二つの期待と二つの懸念についてどのように思いますか。
安倍首相は、日本経済に根本的な変化を起こす
塩崎:いずれも、「多分、そうだろうな」と思います。まず二つの期待は、間違いなく良い方向に向けていかなければいけないし、多分、そういう方向に行くと思いますが、問題は、それが持続的に進むかどうかです。20年うまくいかなかったことが半年でうまくいくことはないのであって、何年かかかると思います。ですから、本当に日本経済に根本的な変化を起こさせる、ということをしなければいけない。安倍さんは、この間の所信表明演説で「今までの延長線上の対応ではダメだ」と明確に言っています。これまでとは違うことをやるということで、それはそれで正しいと思います。もう一つは「いつまでも財政(出動)ばかりはやっていられない」と自分で言っていることです。これは「古い自民党には戻らない」ということです。首相が自分で約束したこの二つのことをしっかりとやるために、我々としては、皆で協力していかなければいけないと思っています。
日米関係については、私も(第1次安倍政権の)官房長官として一緒にやってきて、官房長官レベルでもアメリカの大使と二人きりで食事をするくらいの関係でやっていました。総理と大統領の関係も非常に良かった。しかし、その後、沖縄の米軍基地の問題もあり、これを解決するのは並大抵のことではないところまできてしまっている。安倍さんはアメリカとの関係が重要であることを一番よく分かっているので、何とかやり切ろうと努力をすると思います。
問題はフクシマさんが言われた、二つの懸念の方です。中国、韓国との関係はアメリカの中でもご心配の向きもあると思います。私はむしろ、そのように心配をいただいている雰囲気の中で、うまくやっていった方がいいのではないかと思います。安倍さんは中国、韓国との関係で駆け引きをよく分かっているので、私はそんなに心配していません。ただ、言うべきことがあれば、私は官房長官の時もいろいろ言っていましたから、今回も安倍さんには言っていきたいと思っています。
もう一つの懸念については、経済対策も7月までで終わるわけではないですし、そう簡単にはいかないので、やり続けないといけない。むしろ、本当に切り込んでいかないといけない問題については、参院選で勝った後に切り込んでいかないといけないし、それは安倍さんも分かっていると思う。とりあえず参院選で勝たないといけない、経済の問題については、政府としても党としても、参院選後も引き続きやるようになると思う。
「世界に貢献する日米関係」を取り戻す
工藤:安倍政権は、日米関係をどのようにしたいのでしょうか。崩れた基盤を修復しようとしているのですか、それとも、修復以上の新しい関係をつくろうとしているのですか。
それから経済は、今は「三つの矢」を総動員してやっていますが、自民党政権は日本経済に最終的にどういう大きな変化を作ろうとしているのでしょうか。
塩崎:日米関係は、新しい関係を作り上げるベースが崩れてしまっているので、まず修復しないといけない。もともと安倍内閣(第一次)でやっていた時に、「世界の中で貢献できる日米関係」に移りつつあったのです。それをやるためには、そもそもこのアジア地域の防衛もしっかりとしていないといけない。環境はどんどん変わっているわけですから、それに合わせてこちらも変わっていかないといけない。その時に、普天間を辺野古に移すという話がこれだけ複雑骨折してしまったので、それを戻しながら辺野古への移転を進めて、米軍全体の再編がちゃんとできるようにしていかないと、この地域の安全保障の安定性は保てない。関係修復をしながら、一緒に協力していく。それをまず前に進めていく。あとは、北朝鮮の問題、他にも南スーダンとかいろいろなところで一緒にやれることがある。世界の中で、どのように日米の新しい同盟関係の中での協力関係を作り上げられるか。それもやろうと思って第1次政権で安倍さんもスピーチをしたのですが、そこからずっと後退してしまっている。もう一回それをやり直し、日本独自でも世界で起きている問題に対して平和貢献ができるような体制を作らないといけない。その時に日米の同盟関係をどう活かしていくか、そして日本の世界の中での新しい役割をどう展開していくかということだと思います。
経済対策は参議院選までと言う話ではない
経済は、ボリュームでは中国にとても勝てないが、それはそう気にすることではないと私は思っている。問題は、日本の質的な力を落とさずに、さらに質を向上させていく。そういうことがもう一度できるようになるかだ。それが、結果として成長率につながっていく。つまりイノベーションの力をどう向上させるかだ。例えばiPS細胞で山中伸弥京大教授がノーベル賞を受賞したが、外国人のノーベル賞受賞者に日本で研究している人は一人もいないという閉鎖性の実態をどう考えるのか。むしろノーベル賞受賞者でも、日本からアメリカに移住を決めてしまっている人が多い。例えば、発光ダイオードの中村修二さんは、私と同じ愛媛県出身ですが、あの人はカリフォルニアに行ったきり帰ってきません。そういうことでは新たな日本の可能性が日本の国内から生まれてこない。最近は日本の高校から直接、アメリカの大学に行ってしまう人が多くなっている。経済力のベースはヒトですから、ヒトが出ていくような国ではいけない。こうした構造や体質を変えないと成長は確保できないということになるので、参院選までという話では決してないと私は思う。
なぜ日本はTPP参加を決断できないのか
フクシマ:日本の経済成長は7月までではなくて、長期的な課題であるという認識は、私も賛成できます。ただ、まだ話題に出ていないTPPですが、アメリカ側では、日本と経済面で協力する一つのやり方としてTPPがあると見ています。それに対して、日本がなかなか決められない。アメリカの中でも「なぜ」と首をかしげる人は結構多いはずです。日本にいると、「アメリカがTPPに入るように日本に圧力をかけている」という報道が多いのですが、実はアメリカの中では議会や経済官庁、あるいは産業界、特に自動車業界などは日本に入ってほしくない。「入ると交渉の時間もかかるし、少なくなるはずの例外事項もたくさん入ってしまう」という懸念があって、日本に入ってほしくない人も結構いるわけです。逆に、ホワイトハウスとか国務省は、日本が参加することによって参加国も利益を得るし、日米関係の強化にも働くという意味で、日本に入ってほしいと考えている人が多い。それが、なかなか日本が決断しないので、中長期的にみたら日本も得するはずなのに、なぜ参加しないのかという疑問もあります。
あと、優秀な外国人たちに日本で仕事をしてもらうということも重要なのです。例えば、私が3年前に理事になった日本のある大学の先端科学の研究所では3年前に、外国籍の人は1人しかいませんでしたが、今は3人に増えています。しかし、それでも、先端科学技術の組織で3人しか外国人がいない。やはり3割から4割くらいは外国籍の人がいてもいいのではないかと思います。また、日本からアメリカへの留学生も、97年には4万7000人いたのが去年は1万9000人まで激減している。外に出る日本人も減っているし、日本に来る外国人も減っているということを、ぜひ変える必要があると思っています。
打破すべきなのは日本の内向き"閉鎖社会"
塩崎:おっしゃる通りだと思います。実際、私がハーバードに行っていた時の日本人学生の人数を今の人数と比べると、本当に寂しい限りになってしまっている。日本人がそもそも内向きになってしまって、留学をしたから何かプラスになるかというとキャリア上はあまりプラスにならない、ということを経営者から聞いたことがあります。フクシマさんは日本のメガバンクで社外取締役をやったことがあると聞きましたが、今でもボードメンバーにはほとんど外国の人がいません。それから、主要な輸出企業、鉄鋼にしても自動車にしても、外国人の幹部はわりあい少ないですね。そういうことを考えてみると、世界を相手にしながらガバナンスは日本人だけ、というのでは多分、日本の経済はもたない。それが韓国と日本の違いではないかと思うのです。
また、大学でも教授会のような内向きのところで、学長が何もできない体制が続いている。こんなものは学校教育法で変えられるところが結構あるのです。多分、全国の大学の教授会がみんな反対するわけですが、それを気にせずやっていかないとダメだと思います。特に国立大学は文科省が事務局を牛耳っていますし。また、民間でも既得権益で頑張り通そうとする人たちとどう折り合いをつけて変えていくのか。それが、これから我々に課せられたチャレンジだと思いますね。
工藤:世界は多分、そういう実行力を日本の政治に期待しているのですが、なかなか実行もできない、ということが日本の存在感の低下につながっていると思います。TPPの問題はその典型だと思いますが。
同盟関係で語るTPP
塩崎:今までは野党だったので、わりあい情報もなかったし、限定的なことしか言ってきませんでしたが、もうそんなことを言っている場合ではないと私も思っています。安倍内閣の「開かれた保守主義」という基本的な考え方からすれば、国をオープンにしていかなければいけない。そういう政策は今回も変わらないと思います。問題は、どういう影響があるか分からないのに「オープンにします」というわけにはいかないということです。だから、農業への影響がどのようになるかとか、他にも医療とか保険とかいろいろ懸念されている点があるので、今、どこまで影響があるのか調べています。
少なくとも、アメリカは日米同盟関係のコンテクストでTPPを語ってもらわないといけないのではないか、と思います。今までは、アメリカが押し付けているのではないかという批判を気にされているのかなと思うのですが、もっとざっくばらんに、「同盟関係だからどうするのか」、「この地域の経済をどうするのか」とか、「その秩序をどう作っていくか」、という本音の対話ですよ。
わが国として、日米同盟関係を新たなステージに持っていこうとするならば、TPPは今までのような話では済まなくなってくると思うので、もう少し現実的に、どのようにオープンな経済の方向に向かっていくのか、ということを考えねばならないだろうと思います。
工藤:塩崎さんは日本の新政権の考え方を説明されましたが、アメリカが安倍政権に期待するのは、どのような点でしょう。
フクシマ:民主党政権から3年3ヶ月で自民党に戻ったということで、日本経済の再生に対する期待が高まっています。次に日本がこれから安全保障面で日米関係をどう方向づけたいかということにも関心が集まっています。、日本がアジアでどのような役割、特に経済面での役割をどう果たすか、という観点から見たTPPだと思うのです。TPPを質の良いものにすることによって日米の経済関係を強化しながら、将来的に中国とか他の国も高い水準まで持っていくという狙いもあります。
工藤:今の話を聞いて安心したのですが、私はひょっとしたら懸念ばかりが今回の主要なテーマになってしまうのではないかと思っていました。
米国は対中国、対韓国で日本の肯定的、能動的役割を期待
フクシマ:懸念を示している人ももちろんいます。特にインテリ層、学者とかニューヨーク・タイムズなどの言論人、そういう人たちが、靖国問題とか従軍慰安婦問題、憲法9条、あるいは教科書をもっと国粋主義的にするとかの問題で、安倍さんのことを懸念しています。ワシントンの中でも、中国や朝鮮半島を専門に仕事をしている人たち、学者も政府関係者もシンクタンクの職員も、「安倍政権がアジアとの関係を悪化させるかもしれない」、と考えています。一方、ワシントンの政策立案者たちは、日米の安全保障関係を具体的に強化するとか、日本がTPPに参加することによって、経済を再生してもらいたい、ということに注目しています。ただ、アメリカから見ると、日本と韓国の関係がきちんとしなければ北朝鮮対策も難しいです。だから、日本が韓国や中国との関係を良好に保つことが出来れば、アメリカにとっても良いと見ているのですね。そういう意味では、積極的な役割を日本が果たすことに期待しています。
TPP参加の必須事項は農業競争力の強化策
塩崎:単純に、TPPに入るということはないと思いますが、第1次安倍内閣で訪米した時に、ブッシュ大統領(当時)との間で、表には出しませんでしたが日米FTAの可能性について安倍さんの方から持ち出しています。もちろん、農業の問題をやらない限り無理だよね、ということで、そこから先には進んでいきませんでした。ただ、日本は農業について政治的な問題を抱えていることは事実ですから、これをどう解決し、それを乗り越えながら何らかの形で答えを出していかなければいけないと思います。そもそも日本の農業が弱くなってしまったということで3年前に自民党は政権を失ったくらいで、民主党政権はそれに対する強化策として金をばらまいたというだけですが、本当の強化策について、安倍内閣になってからまだ対策が出されたわけではありません。これなくして「TPPをやります」なんていうことはありえません。まずは農業競争力の強化策をどうするのかです。私はやはり、政府の経済再生本部、あるいは規制改革会議で議論する時に農業の問題は避けて通れないのではないかと思っています。党の方ではできる限りそれを取り上げていきたい。地方経済の活性化をどうしていくかについて党の側でやってくれ、と安倍総理から言われていますが、その際に農業を抜かしてできないと思います。もちろん自民党内で農業について抵抗があることも間違いないですが、どこかでやらなければいけません。
対中、対米、米中は二国間関係で考えるべきでない
工藤:オバマ政権になって、アジア重視の姿勢が強まっており、アジアというものが、世界の中で重要視されています。その中で日本が自分たちの利益なり存在感をどのように作るかが問われ始めているのですが、日本にいると「対中」と「対米」とか、「対アジア」と「対アメリカ」とか軍事的な議論だけが強まっているように見えます。そういう日本国内の論議をアメリカはどう見ているのでしょうか。
フクシマ:ワシントンに行って感じることは、日本は二国間関係として日米関係や日中関係、米中関係を見ているようなのですが、アメリカは、多国間関係として見ています。ですから、日米関係のことを考えても、日本とアジアの関係が日米関係に影響するとか、アメリカとアジアの国との関係が日米関係に影響するとか、日米だけでは物事を考えられなくなっているからです。アメリカから見ると、アジアにリバランスする一つの理由は、アジアがこれだけ経済成長しているので、アメリカも関与したいというのが一つ。もう一つは、アフガンとかイラクから撤退して、安全保障の面でこれから最も重要になる課題は北朝鮮と中国だろう、という認識で、経済面でも安全保障面でもアジアの重要性を感じています。その中で日本の役割はどうか、ということを考えると、世界第三の経済大国で、価値観とか政治の仕組みという観点から見ると同盟国として明らかに日本との関係が重要なので、日米でどのように協力して安全保障面、あるいは経済面でお互いに利益を追求できるかが課題だと思います。そういう意味では、アメリカは日本に対して期待しているのですが、ただ日本の対応が、今のところTPPに関しては消極的だし、安全保障面でも、アジアの近隣国と緊張感が高まっている。こうしたアジアの国と日本の関係が良くなければ、日米協力の限界もある、と見ているのです。
アジアの中で日本独自のネットワークの再構築を
塩崎:確かに日本は今までアメリカばかりを見ていて、あとは中国とか二国間で見ていたのは事実だと思います。おそらくアメリカが期待しているのは、中国でいろいろ手を焼いたりすることもあるけれど、その時に日本に何ができるのかというのもあるし、アジアの中での日本のポジショニングをもう少し有効に使わないと、ということだと思います。
日本はアジアで影響力を失っている時期も多く、たとえばミャンマーなどは最近、民主化しつつあるから日本との関係もウェイトが大きくなってきましたが、今までは、独自に関係を築いた上で、アメリカが期待しているようにアジアの諸国を引っ張る、というところまではやれていなかったような感じがします。
先日、安倍さんがベトナム、タイ、インドネシアに行きました。タイなんかは日本の総理が小泉さん以来、11年ぶりに行った国です。あんなに大事な国なのに、そのくらい日本の首相は行っていないわけです。安倍総理が3ヶ国に行って、それぞれ尖閣の問題などを説明した時に、反応の仕方はそれぞれで、やはり中国をかなり意識している国があるのですね。そういう国々をどうするのかも、多分、日米で話し合わないといけない。「世界の中の日米同盟」と言いましたが、まずは「アジアの中の日米同盟」を意味のあるものにするように、日本が独自のネットワークをもっと再構築しないといけない。主張すべきことは主張しないといけないのは当然ですが、韓国、中国とも無理に関係を悪くすることはありません。
工藤:尖閣問題で日中にかなり緊張感ある状況になっています。このままいけば日中の間で大きな軍事的な衝突の可能性がある、とアメリカは心配しているのでしょうか。
紛争回避のための多重、多層の外交を
フクシマ:そうですね、心配している人は結構います。安全保障の専門家の中では、特に海軍とか空軍の関係者の間で、何か事件があれば問題がさらに悪化する可能性があると考える人が多い。今、中国の指導部も移行期間で、中国の軍を政治指導者たちがどれだけ抑えているかということが、必ずしもはっきりしない。一方では中国にそういう状態があり、日本も前よりナショナリスティックになっているということで、お互いに意図しないけれども事件が発生すると問題だ、と懸念している人が増えています。
工藤:ということは紛争をしないようにしてくれと思っているわけですね。
フクシマ:そうです。紛争をしないようにできるだけ沈静化してもらいたいというのがアメリカの見方です。「日米安全保障条約の保障範囲に入っているから、アメリカが守ってくれる」という議論だけが日本ではなされますが、アメリカから見ると「紛争してほしくない」という考えの方が強いですね。
塩崎:クリントン前国務長官も、何度も「尖閣は日本に施政権のあるという意味で安保条約の対象だ」と言ってくれているわけです。これを甘えて受け取れば「最後は助けてくれるさ」ということなのですが、おそらくアメリカからのメッセージは「当然、最後は対象になるけれど、そうならないように自分でうまくやってほしい」ということだろうと理解しています。最後の局面になったら、あとはアメリカに頼るということではなくて、日本でしっかりとやっていかなければいけない。特に(日本の)民主党は「クリントンが言ってくれた」と喜んで、あまり日本としての対応をやらないできたのですが、それは最後の一線だけのことであって、そこに至っていいわけではないのですから、そうならないように、多重、多層の外交をしっかりとやらないとまずいと思います。
工藤:国家というものは、領土問題となるとなかなか引けませんが、少なくとも紛争回避のために日本政府はどういう努力を示そうとしているのでしょうか。
塩崎:それは硬軟両方あると思うのです。当然、海上保安庁の体制を強化するというのもあるし、一方で台湾とは漁業の話をもっと詰めていくことも大切です。中国との間では押す政策もあれば引く政策もあって、それをしっかりとコーディネートしていくしかないと思います。
工藤:フクシマさんは、アメリカの安倍政権に対する懸念は、どうしたらなくなると思っていますか。
フクシマ:経済の回復に専念するというのが一つ、あとは韓国や中国との関係を良くする。それによってアメリカの懸念は払拭します。
日本に必要なリアリズムの外交
工藤:安倍政権が誕生して以降、世界の主要メディアで、日本は右傾化する、という論調が相次ぎました。その大半は誤解に基づくものですが、日本もそれに関して明確な姿勢を示せない、ということが、今の世界の懸念につながっている感じがします。そのあたりはどう見ますか。
塩崎:経済と右傾化には結構、関係があって、右傾化というより日本社会が内向き、ドメスティックになっているわけです。ここまで経済がすごく停滞して暮らしが厳しくなっている時に、外に向かって寛容になることはあまりないと思います。日本社会に起きていることはどちらかというと全体として、経済の停滞とともに内向き度が高まっていたような気がします。この状況を変えるためには、経済がもっとオープンに、強くなるしかない、それがかなり寛容になりうる土壌を作るということだと思います。
フクシマ:アメリカ人と話をする時、安倍政権になってから日本が右傾化するとか、アジアとの関係を悪くするという主張に対して、最も説得力がある議論は二つあると思います。一つは、安倍さんの第1次政権の時には、靖国参拝もせずに中国に最初に行って、戦略的互恵関係を推進するという現実的な路線をとったということ。もう一つ、私がよく例に出すのがニクソン大統領です。ニクソンは共和党の右派で反共でしたが、反共だからこそ中国との関係を改善して国交を回復しました。したがって、「ニクソンの場合と同様に、安倍さんも現実的な政治家だから、いくらイデオロギー的にいろいろあっても、日本が置かれている状況を考えると、中国と関係を良くすることによって利益があることも理解しているので、実際には現実的に行動する」と説明すると、説得力があるようです。
工藤:外交においては安倍さんもリアリズムで対応する、ということです。確かに5年前、日中関係が困難な時に安倍さんが関係改善に動いて関係改善の土壌を作ったのは事実です。その動きを水面下で支えた一人が当時の外務副大臣の塩崎さんで、私たち言論NPOが主催する東京-北京フォーラムがその舞台になりました。今回も民間側の努力が必要ですが、単純な話、日中首脳の二人がにっこり握手をしたらそれで終わってしまいますよね。
塩崎:ただ、相手が領空侵犯や領海侵犯を繰り返しているときに、手を握ることはないでしょう。
工藤:そうならないためにも何かのアクションがないと。
塩崎:尖閣に関しては、中国が領海侵犯などのアクションしている時に、日本は関係改善に動き出すことは難しい、ということでもあるのです。外交というのは、特に領土問題はそうですが、国内問題ですから。まず国内の人たちがどういう気分でいるかというのが大前提にあって、全体を改善しようと思えば、そちらをまず良くしていくというのが経済の話です。その上で、あとは中国に対しても国内の人たちが納得できるように、国としてしっかりとやらなければいけない。
一方で、安倍総理が一番よく分かっているのは、小泉さんが日中関係のあのような状況を作ってしまったときに何が起きたかというと、中国に出ていた日本の企業が非常に困って、身動きが取れないということがたくさんあった。私も外務副大臣として向こうに行くたびに伝え聞いてはいましたが、そうなってはよくないし、今回のことでも、暴動でやられてどれだけ大きな影響があるかというと、国内の生産にまで響くわけですから。そこは、安倍さんはよく分かっているので、しっかりとマネージをしていくだろうと信じています。
工藤:日本ではやはりアジアでは「対中」ということがすごく大きな要素になっています。フクシマさんが先ほど言われたのは、アメリカのアジアへのリバランスの中で、日本が積極的にアジアにおける役割を果たしてほしいということだと思うのですが、この地域においてどういう役割を果たしてほしいのか、もう少し突っ込んで話していただけますか。
フクシマ:大きく分けて、経済面と政治・安全保障面があります。経済面では、日本がアジアの国との経済関係を強化し、ミャンマーや、あるいはインドとの関係とか、特に民主国家との経済関係を強化することが期待されている。日本もこれだけ経済力や技術力があるので大きな貢献ができる。安全保障面では、アメリカ、韓国、オーストラリア、フィリピン、シンガポール、ニュージーランドといった国との関係も強化して、アメリカと協力して北朝鮮や中国を牽制する役割を果たしてもらいたい。大きい視点で見ると、この二つだと思いますね。
要求される、硬軟取り混ぜた外交カード
塩崎:去年出たアーミテージ・レポート3の中でも「一流国にとどまれるかどうか」と書いてありましたが、一流国の定義の一番目に来るのは経済なのです。経済力がないと、影響力がある国としては機能しない。アジアにおいて、ボリューム、規模はともかく、力というものを感じさせる経済に復活していくということがすべての原点だと思います。この間の安倍首相の東南アジア3ヶ国訪問、あと岸田外務大臣がいくつかの国を回っていますが、本音をお互いに話し合っていく中で、作るべき組み合わせはいろいろあって、いろいろなネットワークで繋がる日本になっていくことが大事です。もちろん中国が入っている組み合わせもあるし、日・中あるいは日・中・韓の首脳会談も今年、開くことになりますので、そのような組み合わせもやらなければいけない。それから、この地域の緊張関係ということで言えば、最後はやはり、韓国と日本はとても大事で、この2ヶ国がうまくいかないとアジア全体、特に極東はうまくいきません。去年は先方の都合でいろいろありましたが、安倍さんにも近い、新しい大統領が出てきますから、お互い国内のマネージをうまくやって、国民感情を近づけて、日韓の関係をしっかりとしておけば、いろいろなことでうまくいくだろうと思います。
フクシマ:今、塩崎さんが言われた方向に行くと、アメリカも歓迎すると思います。韓国との関係を強くすることと、中国との経済関係を改善させるということ、アメリカはそういう意味では安倍さんに期待していると思います。先ほど説明したように、日本に厳しいニューヨーク・タイムズの社説と、ワシントンの政策立案者との間には安倍さんの評価に関してギャップがあると思います。安倍さんの従軍慰安婦に関する発言などが、今でも影響を残していますが、私はその件はこれ以上発言をしなければ、大きな問題にはならないと思っています。外交はリアリズムです。安倍総理はやはり、外交では硬軟取り混ぜたカードを持って対応していくと思います。
工藤:今日はありがとうございます。
経済成長対策を柱に日本経済の立て直しを進める安倍政権。海外メディアなどから「右傾化」の懸念も指摘される中で、持論の日米関係重視を軸に、日本の役割をアジアでどのように果たそうとしているのか。長年、日本で活躍され今、ワシントンのシンクタンクに移ったグレン・S・フクシマ氏と、ハーバード大学留学時代からフクシマ氏と親交があり、安倍氏のブレーンの一人である塩崎恭久自民党政調会長代理が話し合った。