基調講演 : 中谷元 ( 衆議院議員、元防衛庁長官 )

2007年8月29日

p_070829_06.jpg中谷元 ( 衆議院議員、元防衛庁長官 )
なかたに・げん

1957年生まれ。80年防衛大学校本科卒業、陸上自衛官、84年陸上自衛官退官二等陸尉退官。85年衆議院議員加藤紘一秘書、86年衆議院議員今井勇秘書、宮澤喜一秘書を経て、90年衆議院議員初当選。95年国土政務次官、96年自民党国防部会長、97年郵政政務次官。その後自民党国会対策副委員長、党広報局長、自治総括政務次官などを歴任。2001年防衛庁長官就任。05年衆議院総務委員長、当選6回。現在、自民党政務調査会副会長、衆議院安全保証委員会理事、衆議院テロ・イラクと区別委員会理事。

基調講演

 本日は発言の機会を与えていただき、ありがとうございます。

 日本で7月29日に行われた参議院選挙は、自民党にとって厳しい結果でした。

 私は、その直後の自民党内の代議士会において、総理に、一度身を引くよう苦言を呈し、退陣を求めました。これは、自民党を良くするために、言いにくいこと、でも言わなければならないことがあるとの信念で意見を言いましたが、それでもまだ、私が自民党員でいられるのは、いかに、自民党が、民主的で、懐の深い政党であり、日本には、言論の自由がある国であるということの証明です。「言論の自由」こそ、人類の知恵の源泉であり、民主主義の基本であります。このフォーラムが、お互いに忌憚のない意見を述べあい、日中間の新しい未来を構築する、議論できる場になりますよう、本日は、率直な意見を述べたいと思います。


 第一に、外交関係においては、わが国は、東アジア、とりわけ中国との外交、対外関係を重視しなければなりません。安倍総理は、価値観外交といって、旧冷戦の自由主義対社会主義の構図の中で、中国をはずしたブロック主義的な外交を提唱しましたが、今、まさに必要なのは排除の論理でなく、新しい価値観に基づく、中国と日本との戦略的互恵関係の維持、特に、安全保障面での戦略的対話と信頼関係の構築です。

 同時に、われわれが懸念するのは、中国の安全保障戦略が見えてこないということです。
先日、中国は、ロシア、中央アジアを中心とする上海協力機構とピースミッション演習を行いました。チェチェンや東トルキスタンの分離独立派のテロを想定し、中ロで部隊レベルにおいて共同で作戦を重視した演習であるとの印象を抱きましたが、この上海協力機構とは、強行イスラム派のテロに備えるための同盟なのか、対アメリカや対日米同盟に対抗するために軍事同盟であるのか、東西冷戦に変る新しい対立の構図ができることを私は懸念します。


 第二に、軍事費の公表の問題。IISS・英国の国際戦略研究所の分析では、05年の中国の軍事費は、1220億ドルであり、日本の3倍に当たります。しかし、全人代で公表された国防予算も3472.32億元であり、細部の内訳や装備費等に関しては、具体的内容の説明もなく依然として不透明です。また、国連の分担比率は、日本は、07年において、16.624%でありますが、中国は、2%強に過ぎません。日本の防衛費の3倍も軍事費に投入しているのに、国連の安保理で拒否権を持つ常任理事国の中国は、日本の5分の1以下です。このことは、国際的に中国の軍事費、軍の体制に対する透明性を求める理由のひとつです。


 第三に、今年、中国は、衛星撃墜実験を地上から行ったと報道されましたが、中国はその事実もデーターも映像も公開していません。事実を公開しないことは、それを可能にする技術、経済的裏づけがあるとみなされます。更なる軍拡、不信感、警戒感を解くためには、これらの事実を明らかにすることです。米露の間では、戦略兵器に関するスタート条約があり、地上発射弾道ミサイル及び巡航ミサイルの保持を自ら禁止したINF条約があります。冷戦末期、日本と中国は、ともにこのINF条約の恩恵を受けました。旧ワルシャワ条約機構とNATOの間には、オープンスカイ条約があり、米露は、相手国の領空を大型のカメラを積んだ航空機で飛行し、査察する権利を持っています。米露の間の信頼関係については、衛星破壊兵器の制限のような書類になっていない紳士協定があり、軍事の透明化は、軍拡競争を抑止し、国際社会の秩序の重要な基盤になっています。NATOやEUなどの多国間の軍事協力、集団的安全保障は、お互いの安全を保障するものであります。


 私は、将来、東アジアにおいて、NATOのような各国の軍隊が協力し合う集団的安全保障機構の創設を目指しています。この安全保障の共通の基盤は、EU のように、経済成長、軍事費の抑制、地域の安定のために一番、必要なことです。朝鮮半島や中台問題を含め、多くの懸案を対話と言論を通じて解決し、新しい対話のメカニズムを構築すべきであります。                            

 現在、瀋陽においては、北朝鮮の核放棄に向けた6カ国協議が行われておりますが、これは、朝鮮半島のみならず、東アジアの相互安全保障機構の第一歩になりうるものであり、日中韓が協力し、第2段階の成果を得なければなりません。しかし、中国は、その中で、東アジアにおいて、戦略核兵器、ミサイルを保有する唯一の大国です。更なる技術も財政基盤も持ち始めています。大国とは、どういうことを言うのでしょうか。私は、安全保障の考え方や国家の進路、自分自身の力を正しく国際社会に示すことが、真の大国であると考えます。米露は、「少なくとも、これだけはしない」ということを、いくつもの条約で示した上で、条約に伴う義務を長年実行し、また、国際社会における紳士協定の雰囲気作りをリードしてきました。 それが、米露の大国としての地位を国際社会が認める理由となってきたのです。中国が王道を歩むなら、態度で示さなければなりません。米露間の軍備管理、軍縮にかかわる条約への参入や、そこで実行されていることに、積極的な姿勢を示すなら、東アジアの安全は安定し、中国の国際社会における地位、大国としての地位を不動のものとするでしょう。

 このような中、中国の曹剛川(そうごうせん)国防部長が、明日から、わが国を訪問され、日中防衛首脳会談や部隊視察が行われます。自ら講演会も実施され、中国の防衛政策を説明されますが、これは、大きな前進であり、日中の信頼感は向上するでしょう。われわれは、国防部長の訪日を心から歓迎し、日中間の相互信頼関係の構築に勤めていかなければならないと考えています。


 昨日も、このフォーラムにおいて、安全保障の分野で、日中双方の識者が、お互いの意見を述べ合い、大変実りのある議論を展開できました。すばらしい人的パイプができました。今回、新しく安全保障も分科会に加えられ、自由な、そして素晴らしい議論ができました。安全保障は、経済、文化、政治の基となる最も重要なプラットフォームであります。今後の日中間の戦略的互恵と東アジアにおける集団安全保障システムの構築を目指して、これからも、お互いの対話を通じて、新しいアジアの未来を切り開くため、全力で挑戦すべきであると考えます。どうもありがとうございました。