私たちが目指す、独立したシンクタンクとは、日本の将来や直面する課題、そして国境を超えた様々な課題の解決や、この国の民主政治をより強く機能させることに取り組む、ある意味で運動体であり、そのための言論のプラットフォームです。その完成の時期を初めて設定したのは、それまでに山積する課題に向かい合う、強い民主主義に向けた言論の基盤を強化しないと、私たちが設立当初に掲げた日本の将来に向けた影響力がある言論の役割を十分果たすことは難しい、と考えたからです。
27年度の私たちの活動は、言論NPOのミッションとこうした事業計画のもとに行われております。その柱は、これまで行ってきた幅広い言論活動を北東アジアの平和のための周辺国間の「言論外交」と、「世界的な課題解決」、そして「民主主義の強化」や、「日本の将来に向けた政策形成」のための言論という「4つの言論」に集約化し、それぞれの目標の達成に向けて活動を開始すると同時に、こうしたシンクタンクの組織基盤づくりを目指して会員組織の運営に取り組むことです。
この4つの言論で私たちが新しく実現したのは、日本と中国、日本と韓国との二カ国間の対話をさらに進めて2015年10月、北東アジアの平和に絞った日米中韓の米国を加えた4カ国の多国間の対話と共同世論調査を実現し、北東アジアの平和構築の作業を着手したこと、さらに2016年2月には世界の課題を協議し世界に発信するWAC(ワールドアジェンダカウンシル)を発足させ、世界の7カ国の主要なシンクタンクの代表と東京で協議を行い、その成果をG7に対する緊急メッセージとして日本政府(岸田外務大臣)に直接提案したことです。
国境を超えた、これらの新しい言論を私たちはいずれも英語で発信し、日本のメディアだけではなく世界でも数多く報道され、米国などの主要シンクタンクでも報告されるなど言論NPOの活動が広く世界に伝わることになりました。
27年度の事業で私たちは「世界的な課題解決」に本格的に取り組むと同時に、これまでの二国間の「言論外交」を大きく発展させることとなり、昨年末に公表した有権者のための安倍政権の通信簿(政権の実績評価、英語版も刊行)などの「民主主義の強化」や、幅広く公開フォーラムを行った「日本の将来に向けた政策形成」のための言論と合わせて、私たちが目指す「4つの言論」の姿を日本社会や世界により明確に示すことができました。
これと同時に、私たちが注力したのは、こうした言論活動により多くの専門家や知識層の参加を進めることです。これは言論NPOが目指すシンクタンクが、日本の言論の舞台を構築するという、私たちのミッションに基づいたものです。
27年度はこれを三つの方向からアプローチしました。一つは常設の言論スタジオを開設し、様々な対話やフォーラムを実現したことです。27年度は日本の将来課題や世界の課題を軸に35回の言論スタジオを行いましたが、そこには各界の論者が延べで120氏が出席しました。また、これらの議論には日本の有識者がアンケートでも参加しており、22回のアンケートに4,246氏が回答しました。さらに、実際に私たちが行っている4つの言論の作業や議論には延べで260氏に協力していただきました。昨年末に公表した安倍政権の通信簿では評価作業に100氏を超える各分野の専門家が協力しましたが、うち約70氏が氏名の公表を許可していただき、メディアなどでも公表されました。
日本を代表する多くの専門家の協力がこのように進展したのは、言論NPOが目指す言論のネットワークに向けて大きな前進だと私たちは判断しています。
もう一つの柱である、組織基盤の強化に関しては、会員向けのサービス体系を整理して各種フォーラム等の役割を明確化したほか、登録制ウェブサイトの設計を完了しました。それに基づき、年度の後半からは、会員向けフォーラムを計画的に実施し、延べで159氏の会員が参加しました。一方で、こうしたサービス体系を前提にした会員の拡大や、登録制ウェブサイトの稼働は平成28年度の課題として引き継がれ、今後本格的に展開することになります。
1.「4つの言論」で何を実現したか
平成27年度は、北東アジアの平和のための周辺国間の「言論外交」と、「世界的な課題解決」、そして「民主主義の強化」や、「日本の将来に向けた政策形成」のための言論という新しい「4つの言論」が全面的に動き出した1年となりました。また、これらの議論の日本社会と世界への発信強化、議論に参加する専門家ネットワークの拡大を実現し、言論NPOが目指すシンクタンクとしての基盤を作り上げました。
世界の課題に挑む
平成27年度からの新しい取り組みとして、言論NPOは、国際秩序や世界経済の不安定化といった世界的な課題の解決に向けた議論を開始しました。
この事業には、二つの目的があります。一つは、世界の課題解決に向けて日本国内に厚みのある議論空間をつくること、もう一つは、東京から世界的な課題解決に向けた議論を発信することで、国際社会における日本の存在感を高めることです。
27年度は日本国内の議論空間づくりとして、まず、9月にウェブサイトに「ワールド・アジェンダ・スタジオ(WAS)」を開設し、日本語と英語での定期的な議論発信を開始しました。2月には、日本国内の三つの民間シンクタンクと連携し、さらに国際機関経験者や第一線の研究者を交え、世界的課題の解決に向けた国内議論形成を担う有識者会議「ワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)」を発足させました。
このWACのキックオフとして、3月27日には、主要8ヵ国の有力シンクタンクのトップを東京に招き、日本が議長国となるG7伊勢・志摩サミットを前に、国際シンポジウム「ワールド・アジェンダ2016」を開催しました。「不安定化する国際秩序と世界経済にどう挑むか」をテーマに、日本政府からG7の議論を主導する杉山晋輔外務審議官、浅川雅嗣財務官が前後半のセッションにおける基調報告を行いその後の議論にも参加するなど、G7と連動したハイレベルな議論が交わされました。さらに、シンポジウムでの議論を踏まえ、「G7首脳会議に対する緊急メッセージ」を発表し、岸田文雄外務大臣に手渡しました。
G7を控え、日本政府関係者も交えて議論を行い、外務大臣にメッセージを提出するというこのシンポジウムの一連のプロセスと議論成果は、参加した各国のシンクタンクトップらから高い評価を受けています。
このほか、言論NPOは、世界25カ国の国際シンクタンク会議であるCoC(Council of Councils)が公表した「Report Card on International Corporation 2015-2016」の作成に日本を代表する唯一の団体として参加し、日本の主張を盛り込みました。
「言論外交」の挑戦
私たちが取り組む「言論外交」は、北東アジアに平和な将来秩序を構築するための、国民に開かれた対話のアプローチです。平成27年度は、日中・日韓の二国間対話に加え、新たに日米中韓の4カ国共同世論調査・対話を実施しました。
(第3回日韓未来対話)
韓国との間では、日韓国交正常化50周年を翌日に控えた6月21日に「第3回日韓未来対話」を開催しました。日韓両国の多くの国民が日韓関係の悪化に懸念を持っていることが世論調査で明らかになり、日韓の対立点が目立ったこれまでの対話とは異なり、未来に向けて日韓関係をどう改善していけばいいのかが議論され、国交正常化50年を機に両国関係の改善を目指す動きの先駆けとなりました。
(第11回東京−北京フォーラム)
10月に発表した日中共同世論調査では、アジアが目指すべき将来の理念として、両国国民の大半が「平和」と「協力発展」を志向していることが初めて明らかになりました。直後に北京で開催した「第11回東京-北京フォーラム」には、経済や安全保障の分科会を中心に、両国の中央銀行副総裁など第一線の政策実務者を含む約90氏のパネリストが参加し、日中間の課題のみならず、地域や世界の課題に対して両国がどのように協力していくべきか、議論が行われました。今回のフォーラムは、中国国際出版集団を新たなカウンターパートとして実施する「新しい10年」の第一歩となるものであり、主催者の交代による様々な困難もありましたが、兪正声・全国政治協商会議主席への日本側代表団の表敬訪問が実現するなど、ハイレベルな対話への格上げがなされたほか、CCTVなど中国の主要メディアではトップニュース級の報道がなされ、対話の影響力はより広範なものとなりました。
(日米中韓4カ国共同世論調査および対話)
同10月、言論NPOは新たな試みとして「日米中韓4ヵ国共同世論調査」の結果を発表しました。これは、言論NPOの呼びかけにより韓国EAI、中国零点コンサルテーショングループ、米国シカゴ・カウンシルが共同で実施したもので、アジアの将来像や安全保障、平和の課題をめぐる各国国民の意識を明らかにする初の試みとして行われ、7,000人が回答しました。発表当日には、調査結果に基づく参加シンクタンクトップ間の対話を行い、北東アジアの平和環境構築に向けた試みとして、各方面から高く評価されるものとなりました。また、この直前には、米国の主要3シンクタンクのトップを招いて「米大統領選と北東アジアの未来」をテーマに対話を行いました。
日本の将来課題と強い民主主義に対する取り組み
平成27年度は、安倍政権3年の実績評価のほか、日本の民主主義のあり方、直面する課題について、世界との比較を交えた議論を開始しました。
6月には欧州の民主主義大国であるドイツの財団と連携し、同国の国会議員らを招いて民主主義をめぐる対話を実施しました。戦後のドイツ民主主義との比較により、日本が戦後作ってきた民主主義社会の課題が明らかになる対話となりました。
また、11月の設立14周年パーティでは、言論NPOの創設以来、活動に深く関わってこられた故・小林陽太郎氏を追悼し、言論NPOの原点に戻り、「日本はどのような民主主義を目指すべきか」について議論しました。議論には、アドバイザリーボード・メンバーらに加え、石破茂・地方創生大臣など政治家も参加しました。
12月には、安倍政権発足3年の実績評価を公表しました。評価には100氏を超える専門家が協力し、有識者アンケート結果や3回の公開議論も踏まえて評価を行いました。評価結果の詳細はメディアでも大きく取り上げられ、平成28年夏の参院選に向け、日本が直面する課題に対する政権の成果について広く有権者に判断材料を提供することができました。また、実績評価の報告書としては初めて英語版の冊子を作成しました。政権の実績を客観的に評価するという取り組みに対し、海外の有識者からも高い注目が寄せられています。
3月には、米英カナダの計5氏の有力なジャーナリストを東京に招き「アメリカ大統領選の行方とアジアの将来」と題した緊急討論会を行い、いわゆる「トランプ現象」から浮かび上がる民主主義の課題などについて議論しました。
「4つの言論」の日本社会と世界への発信
平成27年度はこれらの議論を、新たに英語版ウェブサイトに設けた「World Agenda Studio」や英語でのニュースレター配信を通じて、海外有力シンクタンクやメディアなど、世界の知識層にも広く発信しました。また、世界的課題についての各国シンクタンクとの議論や、米国ジャーナリストとの対話等を通じて、海外有識者とのネットワークが大きく広がりつつあり、それを活用して日本からのオピニオンを世界に伝える役割を言論NPOが担うようになっています。
国内外のメディア報道については、特に、第11回東京-北京フォーラムや日中共同世論調査、日米中韓共同世論調査など言論外交の取り組みが国内外で大きく取り上げられ、国内352件(前年度比8%増)、海外438件(前年度比90%増)の合計790件の報道を確認しました。
この結果、言論NPOウェブサイトの訪問者数(UU)は、過去最高の18万3,644人を記録しました。ただし、事業計画で掲げたUU180万人の目標には遠く、さらなる発信力の向上に課題を残しました。Facebookのいいね!数は、前年度末比で16%増の1万3,416人に達しました。
「4つの言論」を軸にした有識者ネットワーク形成の取り組み
言論NPOが、日本国内で強い影響力を持つ有識者のネットワークとして機能していくためには、こうした言論活動により多くの専門家や知識層の参加を進める必要があります。27年度はこれを三つの方向からアプローチしました。
一つは常設の言論スタジオを開設し、様々な対話やフォーラムを実現したことです。27年度は日本の将来課題や世界の課題を軸に35回の言論スタジオを行い、各界の論者延べ120氏が出席しました。
また、これらの議論には日本の有識者がアンケートでも参加しており、22回のアンケートに対し4,246氏が発言しました。
個別の事業においては、関係する有識者と連携して事業実施の中核となるグループを形成し、協力して事業を実施する仕組みを作っています。昨年末に公表した安倍政権の通信簿では評価作業に100氏を超える各分野の専門家が協力しました。うち約70氏には氏名の公表を許可していただき、メディアなどでも公表されました。また、例えば、第11回東京-北京フォーラムの開催にあたっては、37氏の有識者からなる実行委員会が、フォーラムの企画に中心的な役割を果たしました。「世界の課題に挑む」議論においては、ワールド・アジェンダ・カウンシルを構成する委員10氏のもとに議論運営を行う体制が整いつつあります。
このように27年度は、各分野の課題に向かい合う、広範な有識者ネットワークの確立に向けて基礎固めを進めてきました。このネットワークの組織化を推し進めることが次年度の課題になります。
2.会員運営を中心とした組織基盤拡大の取り組み
会員組織基盤の確立においては、言論NPO本体に対する会費と寄付で、個別の事業経費を除く本体経費の全てを賄う構造を確立することが目標となります。本年度はこの目標に向け、会員向けのサービス体系を整理・明確化し、年度の後半から会員向けフォーラムを計画的に実施してきました。
会員組織運営について
言論NPOの活動に、より多くの人々に会員として参加してもらうためには、会員が議論に参加し、交流し、発言できる機会を作っていく必要があります。
このため、会員向けフォーラム等の役割の整理と明確化を行い、メンバー向けの「モーニング・フォーラム」を原則月1回、時々の政策課題に精通した専門家を招き議論をする「政策勉強会」を2ヶ月に1回、「会員交流会」を3か月に1回、定期実施することとしました。また、言論スタジオの場を利用して、定期的に公開フォーラムを実施することを決めました。これらの会合は年度の後半から本格的にスタートし、計10回が行われ、延べで159氏の会員が参加しました。
また、言論NPOウェブサイトについて、IDとパスワードを利用した会員・登録者限定コンテンツの仕組みを設計しました。
こうした基盤整備を行った一方で、会員数の拡大や、登録制ウェブサイトの稼働などは、次年度に向けた課題となっています。この実施のため、年明け以降は、会員運営を担うスタッフを増員しました。次年度は新たな体制で、会員向けイベントや情報発信の充実、さらに多くの参加を得るためのキャンペーン等に取り組んでいく計画です。
多様な資金基盤の確立
活動資金の調達については、会員寄付に加え、企業寄付、財団等からの助成という3つの資金基盤の強化に取り組みました。
個別事業への企業寄付・財団助成等では、アドバイザリーボード・メンバーや支援者からのご紹介などのご協力を得ながら戦略的にアプローチを行い、東京-北京フォーラムは4,080万円、日韓未来対話は750万円の支援をいただきました。また、国際交流基金アジアセンターから、インドネシア等の東南アジアの民主主義国との対話に約800万円の助成を獲得しました。
また、海外財団の開拓に関しては、6月の日独対話の開催にあたってフリードリヒ・エーベルト財団から助成を獲得し、事業を実施しました。そのほか、日米中韓の4カ国共同世論調査では、各国の共催団体側の資金を利用しつつ共同事業を進めるという新たな展開も見られました。米国や欧州の財団については関係構築を進めており、言論NPOの活動に対する理解や、支持の声が得られつつあります。